12刀目 閑話 【権能】による欲求
蒼太が1人で水没死と焼死の罠を切り開いた後。
流石に疲れてしまったのだろう。倒れた蒼太を寝室まで戻し、リラとベガは別室で向かい合うように座っていた。
「それで? 姉様の権能が強くなってる……って本当っすか?」
「ええ、まだ不意打ちの損傷は治ってないのですが、権能の方は絶好調でして」
リラはベガの話に応えながら、机の上に飾った苧環の花を権能で早めに咲かせる。
5月に咲くはずだった花は紫色の花が開き、満足げに頷く主人に従者は何も言わない。
ベガは特に触れずに話を続けた。
「強くなったのは1つだけっすか、それとも3つ全部?」
「いえ、新しく目覚めたのは1つだけです。他はいつも通り」
【権能】という力は管理者や候補者、従者の
【権能】の数は1人につき最高で3つ。候補者は全員3つ持っているが、従者になると1〜2つが基準なのだ。
──ベガ達三姉妹のような一部の例外もいるが。
「今でも『最も管理者に近い候補者』って言われるぐらい、強い姉様が更に成長することってあるんすか?」
「そんな候補者も、不意打ちで満身創痍。無様な状態ですからね……あるかもしれませんよ」
個人の魂が形作られ、力の象徴ともいえる【権能】が強くなることはないと言われている。
【権能】の変化とは、急にその人の魂が別物に変わってしまうようなものなのだ。
憑依モノとか言われる読み物の世界でもない限り、外側はそのまま、中身だけ入れ替わったりするのはあり得ないのである。
ベガの疑問は最もだし、リラも《天秤》で調べるまでは疑っていた程、常識の話だった。
「まぁ……正確には強くなったものの、成長したわけではないらしいんですけどね」
「えーと、どういうことっすか?」
「今まで眠っていたんですって。私の権能」
「はぁ!? そんなことあるんすか、本人も自覚してなかった隠れた性癖がひょっこり出てくるようなもんっすよ!?」
「相変わらず例えが独特ですね……」
ベガが椅子から立ち上がり、机に身を乗り出す。
半分まで飲まれたココアがコップの中でくるくると動く様子を傍目に、リラは紅茶に口をつけた。
「ねぇ、ベガ。私は思うんですよ」
「はぁ、何をっすか?」
まともに答えるつもりがないのがわかったのだろう。
ベガはゆっくりと座り直しながら、ココアを飲み直す。
落ち着いたのを確認してか、リラは改めて口を開いた。
「私、他の一部から滅茶苦茶好き勝手言われてたでしょう?」
「微笑みの無感情、冷徹鋼女、管理者製機械人形、幸運厨、頭運命畑とか言われてるっすね」
「聞いたことのない悪口も混ざってますが、そんな感じで言われてましたよね」
ちゃっかりベガ本人が思っていること後ろ2つ分程入れてきたが、今のところは無視しておく。
次に失礼なことをしたらお仕置きするが、それは従者である彼女も承知しているだろう。
「その評価を受けた理由って、権能が眠っていたせいだと思うんですよね」
「……その根拠は?」
「私はここに来てからずっと、理性で言い訳を付けながら欲しいものを手に入れる為に動いている。それが根拠です」
ベガは黙った。
難しそうな顔をした後に眉をぐいっとあげたり。
目を閉じて首を傾げたかと思えば、ぐるりと首を一回転させたり。
何か言いたそうに唸ること少し。遠くにいっていた焦点が帰ってきた。
「……欲しいものって
「いえ、それもあればいいですけど、最優先ではないです」
散々悩んだベガの回答をバッサリと切り捨てる。
確かに候補者は
しかし、リラは今回の回収が初参加だ。
失敗するつもりは毛頭ないが、やってしまっても消滅という意味では余裕がある。
「えぇ……
「それは語弊があります。私は
それに、
管理者の従者は広義的には管理者のもの。
従者にさえしてしまえば、管理者になった時点で彼を手に入れることができる。
望まなければ従者にしない理性もまだ残っている。
が、もしも色々と望んでくれるのならば、彼の保護者としても、その準備をする準備が必要だろう。
そういう意味でも、手に入れる理由が増えたのである。
「私も管理者になれるし、ベガ達は消えなくて済む。その上、この先消滅する恐怖に怯えなくてもいい……良いことではありませんか」
リラもベガ達姉妹もにっこり。素敵なことではないだろうか。
そう思っているのだが、目の前の従者はお化けでも見たような顔でリラの額に手を当ててくる。
「熱はないっすね……え、お酒とかありましたっけ、ここ」
もう片方の手を自分の額にあてて、とても失礼なことを宣った。有罪である。
額に当てている手を握りしめ、曲がらない方へと手首をぐるり。
「痛い痛いっす! すんません失言っすぅ!」
お仕置き執行。
悪口を堂々と上乗せし、さらに病人や酔っ払い扱いのトッピングまでするベガが悪いのだ。異論は認めない。
「ともかく、そろそろやる気になろうと思っていたので安心していいですよ」
リラは今回の【廃棄世界】が試験の初参加なので、今まではやる気のなさそうな言動をしてきた。
候補者は4回目まで生き残ればチャンスがあるのだが、5回試験に失敗すると『管理者の資格がない』ということで、存在を消滅させられる。
そこで、初参加の存在がやる気のない言動をしていれば、他人からどう受け取られるか?
初参加だし、
1回目は見学に徹するのもセオリー通りだ。やる気がなくてもおかしくはない。
そう周囲を油断させるためにもそんな言動をしていたのである。
ただし、そんな判断に困ったのが、手首の痛みに呻く目の前の従者だ。
ベガも含めた三姉妹は既に、4回試験を受けていた。
今回で従者がクビになれば、5回目の挑戦をすることになるかもしれない。
それで今の自分が消滅する可能性もある。
そんな恐怖が長女の不安を煽っていたのだ。
リラも同じ候補者として、もう失敗できない恐怖を想像することはできる。
だが、経験のない状態で消滅に怯える彼女の気持ちをきちんと理解できていなかった。
結果、従者を闇雲に心配させてしまうような悪手を取ってしまった。
だからこそ撤回しなくてはいけなかったし、今このタイミングが撤回するのにちょうど良かったのである。
そんな言い訳を並べている間に、手を抑えて涙目になっているベガがこちらに視線を向けてくる。
「姉様はそれでいいんすか? 今回の試験、すっっっごく嫌がってたじゃないっすか」
「勝手にとある管理者様に大声で発表されて、他の候補者の恨みをこちらに押し付けてきたら誰でも嫌でしょう」
恨みなんて無料でもいらない。
苦いものを口に入れたような顔をしつつ、紅茶を飲み干したリラはため息を溢す。
「あの腐れ傲慢ライオンが、プライドを投げ捨てて背中を狙い撃ちするぐらいですよ? 注目されるのは損なんですよ」
「獅子座の旦那は今回で5回目っすからね……後がないんすから、姉様を真っ先に潰しちゃうっすよねー」
ベガの言う通り、傲慢ライオンのように追い込まれている候補者もいるから恐ろしいのだ。
過去の試験から他の候補者の【権能】を知っていたリラは、初参加の唯一のメリットである『誰も【権能】を知らない』を存分に活かそうと隠していた。
しかし、1人の管理者によって、リラが大々的に宣伝されてしまったのである。
そこから無駄に注目されるようになるし、周りはリセット経験なしのベテランという、凄腕の猛者しかいない。
それなのに協力できそうな存在はほぼゼロ。
大きなメリットは3分の1が潰されてしまった。権能の有能性を考えると半分と勘定してもいいぐらいである。
その上、試験参加直前に奇襲を受け、瀕死状態のマイナススタートになったのだ。堪ったものではない。
蒼太がいなかったらリラは今頃、初参加で
この経緯だけでも、ご丁寧に発表してくれた管理者を呪ってしまっても許されるはずだ。
「不意打ちは想定内とはいえ、序盤から踏んだり蹴ったりっすね」
「……今振り返れば、あの攻撃を受けたことが逆に、幸運だったかもしれませんがね」
「姉様、致命傷を受けるのは不運っすからね? 姉様の幸運の基準が全くわかんねぇっすよ」
「困難の中にこそ、人は幸運を見出すんです。幸せな真っ只中で幸運を噛み締められる人がいないように、私の幸運基準もそんなものなんです」
他の候補者全員が見ている中、背後から致命傷を負う。
でもそれは「あぁ、もうアイツはダメだな」と印象付けるのには最適な出来事で。
雲隠れして密かにダンジョンを攻略するにはかなり有利になっているのではないか、と改めて振り返ると思うのだ。
ならば不幸中の幸い。幸運だったと言ってもおかしくはないだろう。
「今までの最終試験データを見るに、現地人をメインにした候補者っていましたっけ?」
「管理者様が使えないって報告してから、現地の協力者はいらないって結論なら出てたっすけど」
「でも、候補者の
虚空から計測してもらったデータを入れた石を取り出し、ベガに投げる。
受け取ったベガは石の情報を読み取ったのだろう。目を見開いてこちらを見た。
「それがあれば蒼太のことも、反対しませんよね?」
「木刀で切り倒した理由がこれっていうことっすね? ちゃんと本人を説得できたらアタシはもう何も言わないっす」
「そこは大丈夫です。そろそろ動くのでしょう? タイムリミットがそこでも、早くてもどちらにしてもやることは変わりませんから」
油断せず、情報を集めて場を整える。
それさえできれば、ダンジョンを攻略し、
消滅しない為にも、リラは勝たなければならないのだ。
────────────
[後書き的なメモ]
☆
エネルギーの塊のこと。存在を動かしたり、権能を使う際の動力となる石。
エネルギーの塊なので、存在を成長させるエネルギーにもなるし、幅広い効果が期待できる。
……が、候補者達は大体、権能のエネルギーとして使用する。
現地人としては万能の石なので、人々はそれを求めてダンジョンの魔物を討伐することになるだろう。
☆
候補者、従者など、権能を使う者ならば誰もが持っている権能の中核にして、心臓。
これが完全に壊れてしまえば、その存在の
☆
世界を構成するエネルギーの塊。
廃棄世界に認定されると回収されるぐらいには巨大なエネルギーであり、管理者が修復すれば再利用可能なモノ。
これを求めて、候補者達は今回も争うのだ。
(次回も閑話みたいなお話の予定です)
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