11刀目 お試しダンジョン終了

「何ということでしょう。姉様発見職人坊ちゃん解体職人の手によって、悪辣無比な罠階層が、一気に初心者向けのお散歩コースに……」



 迷路のような二階層を進む中、暇を持て余したベガのナレーションのような呟きが大きく響いた。


 ベガがまた馬鹿なことを言っているようにも聞こえるが、現在の状況を的確に表している言葉でもある。


 リラの権能である《天秤》。


 鑑定もできるというそれは、いやらしい罠の数々を丸裸にしてしまった。


 リラと蒼太の視界と共有するという不思議な工程があったものの、見ただけでどんな罠があるのか、一目でわかる。


 漫画の吹き出しのようなものが『ここにこういう罠がありますよー』と教えてくれるのだ。


 これだけやってもらって何もできません、なんて口が裂けても言えない。


 落とし穴は避ければ問題ないし、転がり落ちてくる大岩もみじん切りにしてあげればただの岩。


 毒矢などもあったが、場所が分かれば叩き落とすだけで済むし、天井が崩れ落ちてくるのも全部切った。


 背後で「とんでもねぇ漢前解除っす」と戦慄していた従者がいたが、罠の中をスルスルと進むことができた。



「うわぁ、扉があるよ……」


「おかしいっすね……3日かかると思ってたのに、1日もいらなかったんすけど」



 細かい彫刻が施された、洞窟の中にあるには不自然な鉄の扉に溜息をつくと、ベガの悲しそうな声が聞こえた。


 気になった呟きだったので、蒼太は思わず呟きの内容を拾う。



「あれ、3日間やるんじゃないの?」


「残念ながらこのまま後2部屋進んじゃえば攻略完了なんっすよ。お試しダンジョンっすから」


「えー」


「いや、えー、って言いたいのはアタシっすよ。罠の解除方法とか、見分け方とか色々と教えようとしたのに、全部『切れぬものはない!』と言わんばかりに切っちゃいますし」



 蒼太の罠の解除方法が気に入らないらしい。


 五体満足で解除できるなら何でも良いと思うのだが、ベガはそう思わないようだ。


 最初の階層で1日はかかると見積もっていたので、その時点で予定は白紙へ。


 その上、罠の階層も数時間程度でここまでしたのだから、ベガの予定は狂いに狂ってしまったのだろう。


 あり得ない、信じられないと呟いているのを見ていると、何となく察してしまった。



「この扉の先、危ない感じがするんだけど、絶対に罠部屋でしょ。ここ以外に階段はないのかな」



 洞窟にある不自然に豪華な鉄の扉をノックしてみる。


 鉄の鈍い音が返ってきたが、勝手に開いたりはしないようだ。


 中の部屋からは特に気配を感じないが、入った瞬間に敵が山のように出てくるのか。


 それとも、閉じ込められて動きを止められてしまうものなのか。


 小説のありきたりな展開ならば強敵が待ち構えているのだが、ここは現実である。


 ベガが再現したものだというし、そんな素直な罠だとも思えない。


 怪しんでくださいと言っているようにしか見えない扉に、思わず顔をしかめてしまう。



「怖いっす、エスパーか何かっすか……?」



 蒼太のいぶかしむ声を聞いて、ベガの体がぶるりと震える。


 従者が引いている一方で、主人であるリラは嬉しそうに笑っていた。



「蒼太の勘と私の権能は鬼に金棒だったようですね」


「アタシは泣きそうっすけどね。本当に、今までのアタシの苦労って一体……」


「ベガさーん、嘆いているところ悪いけど、この先に何があるか聞いてもいい?」



 涙目のベガに構わず聞いてみると、なかなか凶悪な罠が待っているようだ。


 まず、扉を開けてしまうと重力で部屋の中心まで吸引されるらしい。


 部屋の真ん中まで引き摺り込まれると、扉は影も形もなく消えてしまい、天井や足元から水が溢れてくるそうだ。


 出口は壁の中を移動しているらしく、壁に扉が隣接したタイミングで飛び込まないと壁に激突しただけになってしまう。


 3分以内に抜け出さないと水死体になるのは間違いないとのこと。



「そして、そんな部屋を抜け出しても、油断してはいけないっす。次の部屋も即死級っすからねー……あ、即死と言っても《再現》しただけで死にはしないので、安心して挑戦してほしいっす!」



 死にはしないけど、死ぬような目に遭います。


 そんな裏の言葉が滲み出ているので、蒼太の警戒度は鰻登りだ。安心できる要素が1つもない。



「……その即死級の内容は教えてもらえないと?」


「水の罠の部屋に似ているってヒントだけで許してください。即死の疑似体験が怖いんでしたら、ここでやめてもらってもいいですし」


「わからないのが怖いのは確かだけど」



 わからないからと言って、やめるほどでもないのだ。


 蒼太は木刀を握り直し、息を長く吐き出す。


 ちらりとリラの方を見ると、『好きに進んでください』と口だけ動かして伝えてきた。



(死ぬような思いをするだけで、死なないなら安いものだろうし)



「……そうだね、やってみようかな」



 そう決めると、脳が勝手に扉の向こう側にある罠の想定を始める。


 最初の罠は水の罠。それ自体は蒼太の想定した通りならば突破できるだろう。


 問題は次の罠だ。ヒントは『水の部屋の罠に似ている』である。


 ヒントの前に『次の部屋』と言っていたのできっと、水の罠と同じく部屋そのものを使った罠。


 水の罠は水没死させるためのもの。


 息ができなくなるものなのだから、次の罠もそれと同じか、似ている何かがあるのかもしれない。



 なんて、色々と考えてみたが、蒼太にとっては単純な話だ。


 切ってみればいい。切れなかったらその時に考えよう。



「手助けは必要ですか?」



 赤と紫の目がじっとこちらを見てくる。


 それは勘違いでなければ、優しさと信頼が込められた瞳で。


 蒼太は笑みを溢しつつも首を横に振った。



「サポートしてくれたら嬉しいかな。後は全部、切り開くから」


「わかりました。それでは、存分に楽しんでください」



 即死級の罠を楽しんでくださいなんて、『普通』の人に言ったら正気を疑われるような言葉ではないだろうか。



「うん、楽しんでくるよ」



 しかし、蒼太は普通の感性をしている少年ではない。

 にっと笑みを返して、重い扉に手をかけた。



「うぉっと」



 扉を開けると、ベガから聞いていた通りに体が吸い込まれた。


 体勢を崩さない程度に引力に身を任せると、上下から水が部屋に入ってくるのが見える。


 開いていたはずの扉は壁に変わっており、周りを見ても壁、壁、壁、壁。


 3分以内に脱出しないといけないというだけあって、流れてくる水の量も激しい。


 でも、切れる可能性があるので理不尽ではない。


 目を閉じて聴覚に全てを捧げる。


 水の流れる音の中に響く僅かな金属音。法則もなく一拍子ごとに前後左右から聞こえて来る音。


 蒼太の考えが間違いでなければ、移動している扉の音だろう。



(違ってても別の方法を考えたらいいか)



 前に扉がきたと思った瞬間に昨日真似したばかりの縮地で一気に距離を詰め、壁を切る。


 細切れになった壁が崩れると、簡素な木の扉が出迎えてくれた。


 当たりだ。移動してしまう前に扉の取っ手を掴んで引いた。



「うげ」



 次の部屋に飛び込んでから後悔しそうになった。


 目の前が瓦礫がれきだらけでどこを見ても燃えているのだ。煙たくて呼吸が難しい。


 戻ろうにも水の部屋の時と同じで、後ろの扉は無くなっている。退路がないなら前に進むしかないのだ。


 できることは少ないが、幸いなことに壁も瓦礫も切れない物質ではない。


 誰も蒼太を止めてくる存在はいない。


 瓦礫がれきに剣を振り下ろす。リラの権能のサポートに従い、脆い場所を切り拓きながら瓦礫の先を行く。


 道を塞ぐ瓦礫を壊していくごとに息が苦しくなって、茹だるような暑さのせいなのか。


 それとも煙のせいなのか、頭がうまく回らない。



「ははっ」



 頭が回らなくても関係なかった。


 どうせ蒼太にできることなんて、切ること以外ないのだから。


 煙だけでなく、目そのものにも異常が出てきたのか、視界がはっきりしない。喉もカラカラだ。


 体の力も抜けていくので、長く留まれば瓦礫を切る力も無くなりそうだ。最低限の力で瓦礫を切っていく。



「ははははっ」



 頭だけが浮かんでいるような感覚の中、それでも剣を振るう。


 邪魔なものを切っても、やめろと言ってくる無粋な輩はどこにもいない。


 ここで剣を振っているのは、蒼太が望んで、選んだことなのだから。



「ああ、そうか」



 この道を塞ぐ瓦礫のように、全部全部、切ってしまいたかったのだ。


 押さえつけてくる意味のわからない『常識』も、押しつけられる変な『当然』も、雁字搦がんじがらめに縛ってくるおかしな『当たり前』も、強要される苦しい『普通』も、全て。


 嫌だった。無視したかった。でも、そんな相手が家族だった。


 家族の言うことは『絶対』だった。


 『暴力』を身につけた頃には『常識』や『普通』で縛られて、『当たり前』で『当然』の檻の中から出られなくなっていた。


 選択肢は無数にあるはずなのに、諦めて言いなりになるか、諦めて死ぬしかないんだって、狭い選択肢以外に見えなかったのだ。


 それにようやく気がついて、遅かったなと笑う。


 今まで縛ってきた邪魔な鎖ごと切り裂くように、瓦礫へと剣を振る。


 自分の笑い声をどこか他人事のように聞きながら、最後の瓦礫を切り裂いて、扉を開いた。


 体はとても重いのに、心は飛び上がるほど軽い。



「お疲れ様でした、蒼太」



 落ちそうな意識の最後に見たのは、いつの間にか現れていたリラが、蒼太を支えてくれている姿だ。

 穏やかな笑顔を見てから、重い瞼を閉じる。





 ──今なら籠の中から飛び出して、どこまでも行ける気がした。





 ────────────


[後書き]


「おかしくねぇっすか!? ツッコミたかったんすけど、木刀で岩もコンクリート製の瓦礫も切れるの、おかしくねぇっすか!?」


「蒼太ですから」


「あの、姉様ー? 脳死で坊ちゃん全肯定やめてもらっても良いっすか?」

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