10刀目 合流と休憩
空が見えていた一階層からガラリと変化して、二階層は洞窟の中であった。
本来は暗いのだろうが、壁や天井に生えた苔が緑色に光っていてそこまで暗くはない。
現実にはなさそうな苔の淡い光は、静かな洞窟を幻想的に見えた。
「
そんな洞窟の冷たい地面で、ベガは土下座していた。
階段を降りた瞬間、自主的に始めたのである。
土下座をしている理由はやはり、一階層の階段付近の落とし穴の件であった。
「いや、僕もダンジョンに罠があると思ってなくて、油断していた結果だし……そんなに謝らなくてもいいんだけど」
「……うぅ、やっぱり謝らせてください。そんなことを言われてしまうと、罪悪感で死んじゃうっす」
土下座のまま顔を上げないベガの話を聞くと、どうやら蒼太に罠にかかってもらおうと思っていたらしく、特に注意も何もせず、階段まで誘導したそうだ。
ただ、そこで予想外のことが二つ。
蒼太が周辺をかなり警戒していて、嵌める予定だった罠にかからなかったこと。
それによって、起動させる予定がなかった二段目の罠に追い込んでしまい、危うく蒼太を溶岩遊泳させてしまいそうになったこと。
二段階目の罠は一段階目の罠が開かない限り、絶対に開くことはない。
だからこそベガは、二段階目の罠をそのままにしてしまったのだという。
「これも全部、アタシが坊ちゃんを舐めていたから起きたことっす。ほんっとうに申し訳ないっす……」
「怪我もなく生きてるんだし大丈夫だよ。それより、どうして罠にかけようとしたの?」
「二階層は罠がメインなんっすよ。だからクッション詰めの落とし穴に落として、危なくない経験してもらいたかったといいますか。『ダンジョンは罠があるんだぞ、キリッ』ってしたかったと言いますか」
「一応、ベガなりに安全も考えて仕組んでいたと」
「でも結局、マグマダイブさせるところでしたし不手際になんといえばいいのか……本当に、本当に申し訳ございませんでしたっ」
しどろもどろな発言をしつつも、結局は謝りたいらしい。
きれいな土下座を披露されてから
「その、情けない話なんっすけども」
「情けないって、どうしたの?」
「あのぉ、そのですね。今のこと、姉様に内緒にしてもらえませんかね……?」
また土下座の姿勢に戻りながら、チラチラとこちらを見てくるベガ。
中々引き下がらないと思ったら、そういう事情も入れての謝罪だったらしい。
蒼太個人は黙っているのはよかった。五体満足で怪我も全くないのだ。気にすることなど全くない。
「ごめん、それは僕には決められないかな」
しかし、ベガの望み通りにできるかどうかは別の話である。
後ろにいる存在を見た蒼太が、無責任なことを言えなかった。
「な、何でっすか……?」
理解できずに呆然としているベガの後ろを指差す。
恐る恐る、蒼太の指先を追ったベガの視界に入ったのは、紫色の煙を撒き散らして微笑むリラの姿。
リラの周りにある煙が拳の形を作り、叩きつけるように振り下ろされている。
殴られる地面を見て何を思ったのか、ベガの顔色が拳を叩きつけられるたびに悪くなっていく。
「2日後に帰ってくると聞いていたのに、どうして姉様が後ろに……?」
「昨日と今日で2日ですからね……それにしても。まるで、私が帰ってきたら困るような発言ですね。ねぇ、どうしてですか?」
すっと目を細めながらにっこりと笑うリラに、どうやら何かを察してしまったらしい。
顔が真っ青なベガは貼り付けたような笑みを浮かべている。
大仏に紛れて坐禅を組んでいても、おかしくはなさそうな表情をしていた。
「リラ、おかえり。ベガさんじゃないけど、もう少し遅くなると思ってたよ」
「ただいま帰りました。予定よりも少しだけ早く帰ることができたので、蒼太達の様子を見にきたのですけど……」
そんな話をしている蒼太とリラの視線の先には、人型の携帯電話かと思ってしまうぐらい震えているベガがいる。
「蒼太、すみませんがベガに話を聞きますので、少し待っていてください。もちろん、ベガが《再現》したダンジョンは消しますから」
リラがパンッと手を叩くと、幻想的な洞窟が元の地下室に戻った。
蒼太は地下室の真ん中に立っており、周囲を見渡しても《再現》前の景色と同じ。
先ほどの草原や洞窟が幻でしたと言われても納得するだろう。
「それでは、少し待っていてくださいね」
「ひぇぇぇぇぇ……」
情けないベガの悲鳴を無視して、リラは白くなったしまった人型携帯電話を掴んで地下室から出ていく。
それを黙って見送った蒼太は、気になっていた地下室の床を足踏みした。
「この床が落とし穴になったなんて、信じられないよなぁ」
地面が崩れる感覚を思い出し、隅々まで歩き回るが、床が脆くなっているところはなさそうだ。
それなのに二段構えの落とし穴にできるとは、蒼太はベガの《再現》を舐めていたのかもしれない。
敵が出てくる。何かが転がってきたり、飛んでくるぐらいは蒼太も想像できていた。
《再現》というぐらいなのだ。出すことならばできるだろうと考えていたが、甘かったと言わざるおえない。
《再現》が地形を変えてしまうとは予想できていなかったのだ。だからこそ勘に気を取られている間に、まんまと罠に引っ掛かってしまった。
ベガは謝罪していたが、落とし穴に嵌まったのは蒼太の思い込みのせいなのだ。
地下室が変わる程のものなんてないだろう、と想定をしていなかった。
言い訳をするならそんな理由だろうか。
「早めに失敗できたんだし、感謝しないと」
同じことをしないために、どうするかあの時の状況を思い返しながら考えていると、出ていっていた二人が戻ってきた。
ベガの顔色は戻っており、まだ調子は戻っていないようだが、許されたのだけはわかる。
「おかえりなさい。もう大丈夫?」
「ええ、お待たせしました。私の都合で止めてしまってすみません。再開しましょうか……ベガ」
「うっす、戻しますよー」
ベガは軽快なフィンガースナップの音を響かせて、周囲を光る苔が周囲を照らす洞窟へと塗り替える。
最初の奇怪な動きはしなくてもいいらしい。
「ベガさん、その……罠のこと、ありがとう。落とし穴のお陰で致命的な失敗をせずに済んだよ」
指を鳴らすだけで済むのなら最初からそうすればいいのに、と思いつつも蒼太は先にお礼を述べた。
おかしなことを考えていることに気がつかないベガは、驚いたように目を見開き、恐る恐る口を開く。
「坊ちゃん、罠にかけてきた相手にお礼を言うなんて……もしかして、変態っすか?」
「……貴女は余計なことを言わなきゃ気が済まないんですか?」
横に立っていたリラは、軽く人差し指でベガの頰を小突いた。
ベガは「あうち」と間抜けな声を出しながらも、特に反抗もせずにされるがままだ。
「アタシの都合でしたし、礼を言われるのはビックリなんっすけど……受け取ったっす」
「じゃあ、引き続きよろしくお願いします」
「任されたっすよ!」
蒼太とベガのやりとりを微笑ましそうに眺めていたリラが、「そろそろいいですか」と声をかけてきた。
「見たところ、まだこの二階層を攻略していないみたいですね。蒼太はここの階層の特徴は聞いてますか?」
「確か、ベガさんが『二階層は罠がメイン』って言っていたような」
「一応、説明はありましたか。でしたら話は早いですね」
蒼太の答えに満足そうに頷くと、リラは前を少し歩き、壁に手をつけた。
「ベガが色々と権能のことを話したようですし、私の権能の一つも見せましょう」
「権能っていうと、素敵で凄いっていうあの?」
「なんですか、そのフワッとした認識は。間違いとは言い難いんですけど……」
リラが呆れるような目で視線を向けると、フワッとした認識を植え付けた犯人は掠れた口笛の音を披露していた。
大きく溜息を漏らし、リラはこちらに向き直す。
「私が三つ持つ権能の一つ、《天秤》には鑑定能力
「鑑定能力?」
「ベガ風に言うと『何でもわかる』能力です。それは罠も例外ではありません」
蒼太はわかっているような、そうではないような関心の声を出す。
何でもわかるの何でも、はどこまでなのかは不明だが、ベガの《再現》を見る限り彼女の力も凄い力に違いない。
「一階層では罠が見えなくて嵌ってしまったんでしょうけど、この階層では私がサポートします。ですから、思う存分、罠の階層を楽しんでくださいね」
「姉様のソレはこういう階層だとヌルゲーになっちゃうレベルっすからね。坊ちゃんは姉様の力に震えるがいいっすよ」
「震えるほどでもありませんよ。ベガは少し黙ってなさい」
「……あい」
こうして、お調子者の口が封じられた蒼太達は二階層の攻略に乗り出すのであった。
────────────
[後書き]
「ところで、ベガ。その大荷物はどうしたんですか?」
「姉様、聞いてくださいよ。折角アタシがウッキウキで用意したのに、坊ちゃんが攻略RTAやり始めたんで、無駄になったんすよー」
「あぁ……蒼太ならありえますね」
「ありえちゃうんすか。このベガの目を以てしても見抜けなかったっす」
「いや、貴女の目は権能も何もないので、当然ですよね……?」
「無くてもきっと、見抜ける! ということで証明してみせましょう……うぬぬ、次でお試しダンジョンは終わるっす!」
「それは見抜いたんじゃなくて、見通したというのでは?」
10話も読んでいただき、ありがとうございます!
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