9刀目 ブートキャンプ・1階層

「さぁさぁ坊ちゃん、着替えて準備万端っすね?」


「うん、着替えたのはいいんだけど……」



 翌日。

 蒼太とベガはまた地下室に移動していた。


 二人の今の服装は体操服。


 平仮名でそれぞれ、『そーた』と『べが』と書かれたゼッケンが拘りポイントらしい。


 背中には三日間分の食糧も入った大きめのリュックを背負っている。


 食糧以外にも色々と入っているので、見た目よりも重たい。



「あのさ、この格好は何?」


「リュックはこれからのブートキャンプで必要なもの。そして、服装は……まぁその場のノリっすね」


「特に意味はないと」


「イェスッ。大正解っす、景品の飴、食べます?」


「……もらうよ」



 蒼太は投げられた飴を受け取り、口の中に放り込む。


 甘いオレンジの味が口に広がって、少し口が緩んだ。



「これからやるのは別の世界で開いた穴──アタシ達は【ダンジョン】って呼んでるんすけど、それの中を《再現》したものを攻略してもらうっす」


「それって地下室でできることなの?」


「ふっふっふっ、アタシの《再現》は言葉通りではありませんよ。なんといっても【権能】っすからねっ」


「おぉ、凄そう。ところで【権能】って何?」


「知らないのにとりあえず褒めるの、やめてもらってもいいっすかね!?」



 テンポ良くツッコまれながら、詳しい話を聞くとだ。


 ベガ達のような侵略者は皆、人間でいうところの心臓、魂核ソウルコアと呼ばれる核を持っているらしい。


 蒼太が河川敷で拾った宝石がリラの魂核ソウルコアであり、ベガにも同じようなものが体中にあるのだという。


 その魂核ソウルコアがあれば使うことのできる力の名前が、【権能】なのだ。


 ゲームでいうところの技能やスキル等と呼ばれているものが、ニュアンス的には近いようである。


 【権能】として発現する能力はどれも強く、今回の候補者は『一定条件下の不死身』や『未来を見る』、『必ず攻撃が命中する』等、強力な権能の持ち主が多いとのこと。

 

 リラもベガも『特別な力』という名前に相応しい力を持っており、今から見せる力も権能によるものだと、ベガは話してくれた。



「【権能】は持ち主の性質に似るとか、逆に権能に持ち主の性質が寄っていくとか色々言われてますけど……その辺はどうでもいいっすね。便利で素敵な力があるんだなー、程度でオッケーっす」


「そんなにフワッとしてて大丈夫なの?」


「何事も全部詳しく知らなくても困んないっすよ。触りさえわかれば後はやってみて怪我して、また勉強っす」



 剣を振るのも一々机に座って講義を聞くことなんてしない。ベガの言うことは尤もである。



「いい感じに疑問も解決したところで、始めるっすよー」



 ベガがブンブンと両手を振り、イェーイなんて言いながらピースサインを天井に向ける。


 またよくわからない行動をしていると、蒼太は呆れていたが、今回は違った。


 手を上げた瞬間、周りの景色が変化したのである。


 殺風景な部屋から、壁も天井もない草原へ。


 地下室だったはずの部屋は、開放的な外へと変化してしまった。


 青い空に周辺を照らす太陽。草の青臭さや足踏みした時の土の柔らかさ、頬を撫でる風の感覚。


 どれをとっても元密室だとは思えない、広々とした空間だった。



「坊ちゃん、ボーッとしてていいんっすか?」


「え?」


「ほら、前に出てくるっすよ」



 そう言われて意識すると、前の方に突然、額に角を生やした兎が現れた。


 膝ぐらいの大きさで、毛の色は山吹色。


 赤い目は草食動物というよりは肉食動物らしい鋭さで、足は普通の兎よりも発達している。



「兎っぽい何か、だよね」


「アルミラージっていうらしいっすよ。結構凶暴で、鳴くと仲間を呼ぶから気をつけて──」



『ピィィィィ──ッ』



 ベガが言い終わる前に、目の前の兎擬き、アルミラージが鳴き始めた。


 慌ててアルミラージを切り倒すが、遅かったようだ。


 もうアルミラージに囲まれてしまっている。


 どこを見ても山吹色の毛が見えるのだから、かなりの数が集まっているのだろう。



「ちょーっと、警告が遅かったね」


「っすねぇ……これはもう頑張ってほしいっす」


「他人事だなぁ。うん、頑張るんだけどさ」



 喋っている間に突進してきたアルミラージを1匹、掬い上げるように切り倒してから息を吐く。


 兎の強靭な脚を活かして、鋭い刃物のような角が蒼太に目掛けて突っ込んでくる。


 ベガは狙われないらしく、守りは気にしなくても良さそうだ。多少気遣う程度の意識で暴れても大丈夫だろう。


 カチリ、と思考が切り替わる感覚。


 見渡しても視界いっぱいの兎の山。全部全部、切ってもいい相手だと考えれば、蒼太の気分は自然と盛り上がっていく。



「僕の体力がなくなるか、獲物うさぎがいなくなるか……いいね、ワクワクしてきた」



 青と紫の瞳を爛々と輝かせながら、蒼太はアルミラージの群れへと飛び込んだ。


 次々に屠られる仲間を見たアルミラージが鳴く。


 その声は悲鳴にも聞こえて、早く倒してくれと懇願しているかのよう。


 側から見ればアルミラージが可哀想に見えたが、そんなものは蒼太には関係なかった。



「うーん、これは修羅ってますね」



 兎の体が吹き飛ぶ姿を見ながらベガが呟くが、戦闘に夢中な蒼太には全く聞こえていない。


 アルミラージは戦車に穴を開けるぐらい凶暴である。


 少なくとも、目の前の無双ゲームを思い出すような吹き飛び方をする程、弱い存在ではないはずだ。


 既に20匹ぐらい蒼太に刈り取られているが、そんな数に囲まれたら普通ならば死亡確定である。1人で生き残るなんて容易なことではない。



「そうでなければアタシ、今頃管理者になってますしねー」



 呆れるように前を見ると、《再現》されたアルミラージは紙切れのように飛んでいく姿が見える。


 リズムよく動き回る死神によって、一拍子ごとに兎が空を舞う。


 逃げようと背中を見せたら刈り取られ、立ち向かっても狩られる。


 どちらにしても逃げ道がなく、本物ではないのにその姿はとても哀れだ。


 100を超えて数える方が面倒になってきても、戦う方はとても楽しそうで、止まりそうになかった。



「時間は……1時間とちょっとっすか。それであの数を倒せちゃうのかぁ……」



 200を超えてくると、哀れな獲物はもう両手で数える程しか残っていなかった。


 この階層全てのアルミラージが集まっていたのかもしれない。


 生き残っているアルミラージが必死に鳴いていても、答えてくれる存在は誰もいなかった。



「よし、僕の勝ち!」



 最後の1匹が倒され、思わず拍手をしたベガに、蒼太は笑みを返す。


 ベガは途中で逃げることも想定していた。しかし、そんな様子もなく戦闘を続け、蒼太が勝ってしまった。



「逃げる準備もしてたんすけど、無駄でしたね」


「あはは。あんなにずっと戦い続けたのは初めてだったけど、案外なんとかなるね」


「何とかなる時点で凄いんっすけどね……」



 1時間15分。蒼太は動き回っていて少し呼吸は乱れていたが、それも何回か深呼吸していたら整ってきた。


 程よい疲れは丁度良く、体も温まってきた。過激だったものの、蒼太にとっては良いウォーミングアップになった。



「たぶん、今のでこの階層のアルミラージは根こそぎ刈り取ったと思いますし、さっさと次にいくっすよー」


「……ねぇ、それって本当?」


「そんなに警戒しなくても、あんなに仲間を呼んでたんすからもう何も出ませんって」



 あっけらかんとベガが言うが、蒼太はその言葉を鵜呑みにできなかった。


 確かに、この空間はベガが作り出したものである。彼女の方が詳しいだろう。


 しかし、何故か嫌な予感が止まらない。蒼太の勘が告げてくるのだ。


 【ちょっと危ないかもしれないし、気をつけた方がいいよ】と。



「出ないものは出ませんし、次にの階層へ行くっすよ」


「……わかった」



 周囲を警戒しても、何の気配もない。どうして危険を訴えてきているのかわからなかった。


 ベガの言うことも否定できず、周りの気配を探りつつも歩を進める。


 一歩、また一歩。進むごとに頭の中の警鐘はどんどん大きく鳴り響く。それなのに何もない。


 下へと降りる階段が見えてきたのに、特に何もなく歩いてきてしまった。



「ほら、何も来なかったでしょう?」


「……うーん」



 安心させるようにベガが声をかけてくるが、蒼太の返事は曖昧だった。


 階段が見えるのに、背筋が凍るような感覚が止まらないのだ。やはり、何かがある気がする。


 前後左右ではない。空でもなさそうだ。


 ならば後は──足下か。



(……やっぱり!)



 階段近くの地面を踏んだ瞬間、地面が崩れた。


 警戒していた甲斐もあり、蒼太はその場から後ろへ、倒れるように離れる。



「──坊ちゃん、それ2段構えっす!」



 何とか避けて油断しそうになったところで、ベガの慌てているような声が聞こえた。


 聞こえたのに、その声の意味を理解するが遅かった。


 理解した時にはもう遅い。着地しようとした地面がなくなっていた。


 草が生い茂る地面が、溶岩が覗く落とし穴へと変わっていたのだ。



「お、りゃぁっ!」



 溶岩へダイブしてしまう前に、背後の穴の壁へと木刀を突く。


 反対側の壁へと体を押し上げている間に体勢を整え、壁を蹴る準備をした。


 チャンスは一度きり。


 初めてだとかそういうのは関係ない。登りきれないと跡形もなく溶けてしまうだけだ。



「落ちて、たまるかっ!」



 滑り落ちる前に前方と後方の壁を蹴り上げ、その勢いで穴を登っていく。


 幸いなことにそこまで深くない穴だったので、体力が尽きる前に穴の縁を掴んだ。



「……し、死ぬかと思った」



 無事に穴から脱出した蒼太は重たいリュックを横に置き、どっと疲れた体を大の字にして寝転がる。


 危機は去ったらしく、勘は何も訴えてくることはなかった。




 ──────────


[後書き]


☆ベガのやらかし君

クッション製の落とし穴に落として、『ダンジョンには罠があるんっすよ!』とドヤ顔。

……しようとしたら、何故か引っかからないし、一つ目にかかっていたら絶対に引っかからない落とし穴の方に落ちて、青褪める。


『そんなつもりはなかった、想定外なんすよ』と、2段目も安全な罠に変更しなかったやらかし君は語る。

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