8刀目 バトルっすよ!
今日も憎たらしいぐらい地下室は白い。
今日1日だけは使えないぐらい壊れていても良かったのに、どうして何一つ問題がないのか。
あれやこれやとベガの勢いに流され、抵抗も虚しく地下室に連行されてしまった蒼太は、理不尽な怒りを内心で撒き散らしていた。
連行されたとはいえ、蒼太自身はいつでも戦える状態。
今すぐに斬り合ってもいいのだが、ベガが「準備運動や柔軟するっすよ!」と提案するので、それらをしっかりと行う。
十分に準備をした2人は、お互いに向かい合うように立ち、武器を構えた。
「それじゃ、始めるっすよー」
気の抜けた声でベガが開始の合図を告げる。
始まったのか疑わしいぐらい、ゆったりとしたスタートだ。
「始めるのはいいけど……戦えるの?」
今の様子を見ると、戦えるようには見えない。軸もブレているし、体の使い方も雑。
バトルしようというぐらいなのだから、戦えない素人のように見えても強いのだろう。
しかし、全くそうは見えないのが違和感を強調してくる。
「ふふふ、それはすぐにわかるっすよー」
疑いながらも警戒していると、ベガの気配が変わった。
背筋が痺れるような感覚。身体中に電流が巡り、蒼太の体は瞬時に備える。
勘に身を任せて木刀を振るうと、ベガが振り下ろした木の棒とぶつかった。
「おぉ、今のに反応するとは姉様の当たり的な発言も間違いじゃないみたいっすね!」
瞬間移動みたいなものだろうか。動かないと観察していたら、いつの間にか目の前にいた。
距離を取ったベガは蒼太の周辺をグルグルと回る。
「さぁさぁ、アタシは同じ技しか使わないんで、どうにか
四方八方、どこからともなく近づいてきて、気がついたら棒を振るってくるからやりにくい。
一度や二度ならいいのだが、十を超えて受け流していると数えるのも億劫になってくる。
だが、何度も攻撃を受けているとわかることがあった。
ベガが使っている移動は恐らく、古武術とかにあるという『縮地』と呼ばれる類の移動だ。
直線的な動きと、体を大きく前傾させた素早い移動をみる限り、見当違いではないだろう。
足音が驚くほど響いていないので、何かの歩法も混ぜているのかもしれない。
相手が直線的な動きだけでなければ、あっという間にやられてもおかしくない相手だ。
「へいへーい、一方的にやられるだけっすかー? それじゃあダンジョンの攻略なんて到底無理っすよー」
「……姿勢はこう、足は1歩目と2歩目に注意して……いや、これだと察知されるだろうから体重を乗せないように、あ、こっちの方が良さそうかも」
「ブツブツ言うだけで何もないのは不気味っすね……おーい、反撃しないんっすかー?」
挑発に反応することも、反撃をすることもなく、蒼太は棒を
目は瞬きひとつせずにベガの動きを観察していて、口に出しつつ頭で情報を練り上げていく。
ベガから見ると何もできずに守っているだけに見えるかもしれない。
だが、もしも第三者が蒼太を見ていたら気がついただろう。
──あれは守ることで精一杯な者の目ではなく、飢えた獣の目であると。
「うん、大体わかったかも」
そして獣は動き出した。
幸いなことに、一番最初でベガの動きの三歩手前程度の移動ができた。目を見開くベガの棒に木刀を絡ませて、後ろへと飛ばす。
棒は円を描きながら背後へと飛んでいき、地面に軽い音を響かせながら落ちた。
唖然とするベガの首に、ゆっくりと木刀を添える。これでこのバトルは終わりだろう。
「え、もしかして今のアタシの動きっすか!?」
「うん、真似させてもらったよ。結構便利だね、足音とか静かなのは面白いし」
驚くベガの前で、蒼太は足踏みしたりその辺りを歩く。
蒼太の足からは音が響いていない。縮地の時に一緒に習得した歩法だけを真似し、披露していた。
「ひぇぇ、あの短時間で縮地だけじゃなくて歩法まで真似しちゃったんすか」
「かなり見せてもらったからね。わかりやすかったし助かったよ、ありがとう」
「……これがシェリーちゃん曰く『チートや、チーターやー』って奴っすか。おっそろしい」
おかしなことを言いながらブルリと震えるベガに、蒼太は木刀を腰に戻しながら首を傾げる。
あんなに見せてくれていたのは対策するか、真似てくれと言っているのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
それに、彼女の縮地も綺麗な形なのに、体に合っていないように見えた。
体の大きな男が使っていたものをそのまま写し取ったかのような技だったのだ。
真似ることを前提で見せてくれていると蒼太は勘違いしていた。
だからこそ必死に自分の中に落とし込んだのだが、それは予想外の行動だったようで。
悪いとは思うが、謝るのもどうかと悩みつつ、恐る恐る蒼太は口を開いた。
「その、僕、あれが見取り稽古だと思ってたんだ。違ってたみたいだけど」
「……いつかは習得してもらおうと、調子に乗って別世界の剣豪の奥義を再現しました。だから、習得したのはいいんっすよ。ただ、すぐに形にしちゃうと予測できなかった、アタシが間抜けなだけで」
頭を押さえつつ、ベガは酷く疲れた顔をする。心なしか顔色が悪かった。
家で騒いでいた時の明るさもないし、思ったよりも悪いことをしてしまったのかもしれない。
何か言った方がいいのかと悩んでいる間に時間はどんどん過ぎてしまい、沈黙が部屋を支配する。
「あぁー! もう決めたっす、今決めたっすよっ」
調子が戻ってきたのか、先に沈黙を破ったのはベガだった。
叫んだ勢いそのままに、ビシッと蒼太に指を差して声高らかに宣言する。
「坊ちゃんは明日から3日間、ベガちゃんブートキャンプに参加してもらうっす。拒否権はもちろんないっすから!」
「ベガちゃんブートキャンプ? 何それ?」
「3ヶ月後……いや、もう1ヶ月過ぎたから残り2ヶ月っすか。それぐらいの時期に開くダンジョンを先に体験して貰うんっすよ。所謂、製品版をプレイしてもらう前の体験版というか、お試しダンジョンっす。坊ちゃんは力もありますし、きっと大丈夫っすよ!」
「何が大丈夫なのかな? ゲーム機繋いで遊ぶ訳でもあるまいし、準備とか大掛かりでしょ」
「その辺も心配御無用! アタシが何とかするっす!」
控えめな胸を張り、任せろと言わんばかりに右手で胸を叩く。
何をどうしてお試しダンジョンとやらを準備するのかはわからないが、ダンジョンが興味がないと言えば嘘になる。
「じゃあ、もしもリラに怒られたら、ベガさんが責任取ってね」
「そっ、それは勘弁してほしいっす」
念の為に予防線を張れば、先ほどの自身は何処へやら。
拍子の抜けた声でベガが懇願してくるが、それはそれ。
リラがそんなことで怒るとは思えないが、もし、これがベガの独断専行の場合だったなら?
どうなるかわからないことに保険をかけるのは、悪いことではないだろう。
蒼太はしたたかに予防線を準備して、言質を取られないよう、曖昧に笑って明言を避けた。
「お試しって、何か準備した方が良いものとかある?」
「道具とかの準備はアタシの方でやるので、坊ちゃんに必要なのは気持ちの準備っすね。坊ちゃんがどこまでできるか楽しみっす!」
ベガのウキウキとした声に、蒼太は頷き返す。
お試しと言ってもダンジョン。リラが言っていた素敵だという場所。
どんなものが来るのかと考えると、蒼太も浮き足立ってしまう。
(もしかしてこれが、遠足前の子供の気持ちなのかも)
蒼太は生きてきて一度も遠足に行ったことがない。
だがもしも、小学校とかで遠足に行けたのならば、今のような気持ちになったのかもしれない。
そんなことを考えながら、蒼太達は地下室を後にするのであった。
────────────
[後書き]
──地下室から出て行った後。
「そういえば、坊ちゃんってどうして一人称が僕なんすか? 坊ちゃんぐらいのお年頃だと俺とか言いそうなもんっすけど」
「最初は悪魔から『僕じゃないと理想の存在じゃなくなるからダメ』って言われて、俺とか拙者とか、兎に角全部ダメで、強制的に僕だったんだよね」
「ほーん。じゃあ癖で染み着いちゃったと」
「……今はね、試しに俺って言ったら、リラから『蒼太が! 蒼太がグレてしまったんですけど誰に相談すればいいんですか!?』って言ってたから」
「いや、何してんすかあの人……」
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