7刀目 藤の宅配便
1ヶ月以上、リラと一緒にいたのに、今日は珍しく彼女がいない。
逆立ち腕立て伏せをしていると、真っ青に染まった広々とした部屋が見えた。
左手から右手へ、鍛える腕を変えても、やはり青に染まった広い部屋が見える。
久しぶりに1人になった部屋が広く感じるのは、それだけ彼女がいる生活に馴染んでいたのだろうか。
管理者に生存報告を忘れてた、とか言って出ていった彼女の言葉はどこまで本当なのかわからない。
昨日の話からかなり気を遣われているのだ。
蒼太がゆっくり考えられるように、1人になる時間を作ってくれたのかもしれない。
いつものアレが夜から日の登っている時間に変わっただけなのに、体調を崩すなんて情けない話である。
そんなことを考えていると、ピーンポーン、とインターホンから軽快な音が響く。
(今日は珍しいことが多いな)
蒼太は逆立ちをやめて、モニターに近づいた。
モニターには宅配業者の服を着た藤色の髪の少女が写っている。
身長だけ見れば中学生ぐらいだろうか。特に荷物も持っておらず、宅配業者の服装なのに業者らしさが全くない。
荷物が届く心当たりもないし、かなり怪しい。
じっとモニターを見つめていると、瞬きしている間に姿が消えた。
「酷いじゃないっすか。せめて、はーいって出てくれてもいいのに」
蒼太は反射的に木刀を後ろへと振り抜いていた。
聞こえた声を頼りに首の場所を予測して振ったが、手応えがおかしい。
それもそのはずで、切った筈の相手は首を落としているのに血が全く出ていない。
代わりに出ているのは藤色の煙だ。血が出ないのも逆に恐ろしく感じる。
「ギャーッスッ。首狩り一族っすか!? 姉様がこの場で力を貸してたらお
まるでデュラハンのような見た目になっているのに、少女はとても騒がしかった。
宅配業者の服装の体が慌てて落ちた顔を拾い上げ、騒がしい顔と首をくっつける。
よいしょーっ、と言いながら頭を押さえつけていると、切ったはずの首は簡単に元通りになった。
首を落とした時点で気がついていたが、アレは人間ではない。リラと同じか、それに近い何かだ。
夜道に出てきたら悲鳴間違いなしの、人外である。
「あー、もう。人間だったら死んでたっすよー。アタシが人間でなくて助かりましたね。君を犯罪者にしなかったんすから、もっと優しくして欲しいっす」
とても首を切られたとは思えない軽い調子に、蒼太は呆気に取られてしまった。
その間にも『危ない』とか『死んじゃう』とか、色々と言っているが、それこそ戯言にしか聞こえない。
法律は人を縛るモノであって、人外は適応外だろう。
鍵のかかった家に音もなく侵入してきた時点で、『私は普通ではありません』と自己紹介をしているようなものなのに、まともな対応をして貰えると思ったら大間違いである。
「いや、何も言わずに木刀を構えるのやめてもらえませんかね?」
「でも怪しい上に人外の不法侵入者だし……」
「ここ日本、ジャパンっすよ。だから不法侵入者でも命をすぐに取りに来ないで欲しいっす。暴力はんたーい!」
声が騒がしければ、動きも煩い。
喧しい相手を落ち着かせたくて、蒼太はポットのお湯をコップに入れた。
牛乳とお湯を混ぜつつ、ココアの粉を入れる。
「お願いだからこれで黙ってくれないかな……」
「扱いが雑ぅ……でも飲んじゃう。いただきまっす」
いつの間にか、青色から元の色に戻った部屋で我が家のように堂々と席につき、ココアを飲み始める少女。
本当に何なのだろうか。自分の分のココアも準備しつつ、蒼太は今は静かな少女を観察する。
蒼太よりも年下か、もしくは同じ年齢ぐらいに見える幼さ。
藤色の髪は三つ編みにしつつ一つにまとめられていて、鮮やかなピンクの瞳はご機嫌なのかルンルンと輝いている。
リラとは別方向の美少女だ。リラが儚い美しさだとすると、少女は小悪魔的可愛らしさというべきか。
コスプレだと思われそうな髪と目の色といい、目立つところが多い。
「そんなに見つめてくるなんて……惚れたっすか?」
「ハッ」
「鼻で笑わないでくれませんかね!?」
初対面なのに不思議と親しみやすさを感じるせいか、気がついたら無遠慮なことをしている。
流石に失礼だから謝罪しよう。そう思って少女の方を見たら、「おかわりお願いします」とコップを渡された。
……やっぱり謝らなくてもいいかもしれない。
あまりの図々しさに謝罪しようとした心が消し飛びながらも、おかわりのココアを渡した蒼太は対面に座った。
「それで、本当に誰なの?」
「ありゃ、もしかして本当にご存じない? 意地悪とかでなく?」
「うん。今のところ、鍵かけてた筈の家に一瞬で侵入してる最大級の不審者だから。家に電話があったら通報一択だね」
「そういわれると、首狩り族の君と良い勝負できちゃいますね。まさか姉様が教えてないサプライズ系だったとは、流石のアタシも察せなかったっす」
これは参ったと笑いながら、少女は立ち上がる。
何事かと見ていると、一歩下がってくるりと回った。
回っている間に業者の制服より、長いスカートのメイド服へと着替えられていた。
瞬きをしなくても見逃してしまう、人間では真似できない早着替え。
少女は背筋を真っ直ぐ伸ばし、静かに一礼した。
「管理者候補であるリィブラ様の従者が一人、琴座三姉妹の長女、ベガと申します。リィブラ様の協力者である蒼太坊ちゃんの一時的なお世話役として、こちらに参りました」
煩さも喧しさもない、気品を感じる挨拶だった。
先程までの姿ならば、リラの従者だと言われてもコスプレしただけの戯言にしか聞こえなかっただろう。
今ではメイド服も相まって、どこか言葉に説得力がある気がする。
「あー、真面目にするのも疲れちゃいますねー。そういえば、ココア2杯目ありがとうございます。アタシ、ココア大好物なんすっよー。どこの世界でもココアは
「本当に……何なんだろうかこの人」
すぐに席に座り直し、ココアを美味しそうに飲んでいる姿はもう、先程の姿の影も形もない。
説得力も実家に帰ってしまって、代わりに騒がしさが戻ってきていた。
思わず声に出てしまうぐらい、よくわからない人外である。
リラの知り合いらしいので、なかなか独特な人なんだなと苦情も飲み込むしかない。
「えっと、一時的なお世話役とか言ってたけど、リラに何かあったの?」
「身の危険とかそういう意味ではノーっす。ただ、管理者様への報告が溜まってて、2日ぐらい帰れないみたいっすね」
「2日って結構溜まってるんだね……」
「んまぁ、音信不通でしたからねー。アタシ達も大慌てっすよ。てんやわんやっす」
手をクロスにしたり、わたわたと動いたりと少女──ベガは言葉だけでなく、身振り手振りで表現してくる。
声を聞かなくても何となく伝わるのがすごい。
視覚でも聴覚でも訴えてくるので、情報量が倍増なのが欠点だが。
「あぁ、ご心配なく。アタシ、《再現》するのはすっごく得意なので、掃除、洗濯、家事、育児! 全部まるっと解決しちゃうっすよ!」
膨らみのない胸を張り、どうだと言わんばかりの顔でこちらを見てくる。
確かに全部できるのはすごいので拍手をすると、照れた様子で頰を掻いている。
行動がいちいち大袈裟だが、慣れてくると意外と面白い。
慣れないのならば避けたい人物だが、幸いなことに、蒼太は今の状況に少し慣れてきていた。
「呼び方はベガさん、でいいのかな」
「『さん』をつけて呼ばないでくださいよー。坊ちゃんは協力者でいわば同志じゃないっすか。遠慮しないでください」
「……それなら尚更呼べないよ。僕、まだ協力者でも同志でもないから」
「ほーん……なるへそ」
ココアを飲み切ったベガはまた立ち上がり、くるりと一回転。着替える前の宅配業者の服装に戻る。
椅子に飛び乗って仁王立ちし、座る蒼太を見下ろしながら口を開いた。
「姉様がアタシをここに送った理由がわかりました。これは確かに、必要なものを届けなきゃいけないもんっすよ」
「いや、まずは椅子から降りて欲しいんだけど……」
「シャルァップッ。坊ちゃんは小さいことを気にしすぎなんすよ。それじゃあせっかくの女神様も姉様も裸足で逃げるっすよ。せっかく掴んだ前髪もヅラだったーって掴み損ねるっす」
椅子の上に立つのはどうかと思うが、実際にうじうじと悩んでいる自覚はあるので少し反論し辛い。
蒼太が何も言わないので、ベガはわかってると言わんばかりに大きく頷く。
「とはいえ、人間っすもんね、躊躇う気持ちもじゅーぶんよくわかるっすよ」
そう言いながらどこからともなく木の棒を取り出し、蒼太の顔を指すように突き出した。
「ということで、バトルしようぜ! たぶん君にはそれが一番早いっす!」
────────────
[後書き]
「目と目が合ったら、バトル! つまりそう言うことっすね」
「理不尽過ぎない?」
「いや、何処かの悪い子とか目と目が合えば何見とんねん! って喧嘩しますから、標準じゃねぇっすか?」
「……いや、やっぱり理不尽じゃない?」
☆部屋が青い
蒼太が1人でいる時に見える景色。
別に部屋を染めたわけでもないし、ベガが何かをしたわけでもない。
つまり、そういうことである。
☆首狩り一族
明らかに人じゃないと確信していたので、法律違反にはならないだろう、と思っての行動。
ルールに縛られてなければ簡単に一線を超えてしまえる。それが秤谷蒼太の一面である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます