6刀目 明日、世界が滅ぶなら?

 今日のリラはいつにも増して笑顔だった。


 いつもがニコニコ、だとするのなら、今日はその2倍、良い笑顔をしている。


 あまりにも良い笑顔でこちらを見ているので、蒼太は解いていた数学の教科書を閉じた。


 昨日、中々戻ってこなかったり、こちらを見ては嬉しそうに笑っていたり、おかしな行動をしていた彼女。


 何か良いことでもあったのだろうか。誰が見ても上機嫌なのがわかる。


 上機嫌なのは良いのだが、勉強中もずっと見られるのは落ちつかない。


 集中も儘ならない蒼太は、機嫌の良い理由を探るために問いかけた。

 


「上機嫌だね、何かあったの?」


「あれ、もう勉強は終わりでいいんですか?」


「ちょっと休憩するよ」



 本とノートを脇に置き、彼女の方に視線を向けると、リラはいつの間にかお茶の準備をしていた。


 温かい緑茶を2つ分入れて、1つは蒼太の前に出される。


 蒼太は出されるままに受け取り、湯呑みに口をつけた。


 もう何回もお茶を入れてもらってるが、毎回、猫舌の蒼太でも気軽に飲める温度である。


 温度計も何もないのにどうやって入れているのだろう。とても不思議だった。



「でしたら一つ、お話というか、提案してもいいですか?」


「変な提案じゃなければね」


「ふふ、じゃあよく聞いてくださいね?」



 なぜか深呼吸を二回繰り返したぐらいの間をおいてから、リラはゆっくりと言葉を発した。



「蒼太、私とダンジョン攻略をしましょう!」



 ダンジョン攻略をしましょう。


 攻略。

 攻略?


 理解した途端、蒼太は黙って聞いたことを猛烈に後悔した。


 この場合はきっと、地下牢とか城の地下に作られた監獄とかを指す言葉ではない。


 彼女の言うダンジョンは、ゲームとかに出てくるモンスターが出てくるような迷宮とか、そういう意味のダンジョンだろう。



「勉強してた人にゲームの話をするなんて酷くない?」



 勉強中に遊ぶゲームの話をするなんて信じられない。


 ダイエット中の人の前で、大好物のお菓子をおいしそうに食べるような行為と同じである。


 そんな不満が顔に出ていたらしく、「待って待って」と声を出して、彼女は慌てて弁明する。



「蒼太の為を思った提案なんですってば」


「このタイミングだと、邪魔しているようにしか聞こえないんだけど」


「そうやって頑張るのはいいことだと思います。えらいです! でも、蒼太は勉強よりも剣を振っていた方がいいと思いますよ」


「剣だけ振ってても生きていけないけどね」



 少なくとも、蒼太は剣を振ってお金を稼げる方法を知らない。


 剣を振って生きていくにはどうしても、お金を稼ぐ術を手に入れる必要があるのだ。



「もしもそれで生きていけるというのなら?」


「いくらでもやるよ。それで生きられるのなら、生きてみたいよ」



 愚問だったので即答すると、その答えに満足したのか、頷きながらリラは話を続ける。



「ならば尚更、勉強なんてやめて私とダンジョンの攻略をしましょうよー」


「そんな『明日世界が滅びるから、やり残したことをしよう』という話じゃあるまいし。遊んでばかりじゃいられないでしょ」


「蒼太ってかなり鋭いんですね。流石に明日ではありませんが、3ヶ月……いえ、2ヶ月後には世界は目に見えて変わるって言ったら、どう思います?」


「エイプリルフールはもう過ぎたよ」


「いやいや、嘘じゃないですって。世界は2ヶ月後に変わる上に、何もしなければ滅びてしまう可能性があるんですよ。滅びてしまえと思う方々が頑張れば1年ぐらいで滅びるんですよー」


「……今、世界が滅びるとか聞こえたんだけど」


「間違いなく、世界が滅びると私は言いましたよ」



 あっさりととんでもないことを言ってしまうから、頭が理解するのを拒否した。


 それでもなんとか理解しようとするものの、スケールが大き過ぎて頭が拒絶してしまった。




「そもそもですよ? どうして、私が空から落ちてきたと思います?」


「宇宙人で地球侵略しようとしてたから?」


「侵略は強ち間違いではありませんが、宇宙人は違いますね」



 どちらも冗談のつもりだったのだが、侵略は間違いではないらしい。


 冗談だと言ってもらえる方が嬉しかったと思いつつも、彼女に続きを促す。



「私達は世界を管理する側です。とはいえ、私は管理者候補なので、下っ端なんですけどね」


「リラが下っ端とは思えないけど……でもさ、管理する側が侵略って変じゃない?」



 侵略とは大雑把に言うと奪うことだと蒼太は認識している。


 既に管理しているものを奪うというのは、少しおかしいのではないだろうか。



「視点が変われば受け取り方も変わりますよね。だから《強ち間違いではない》と言ったんです。この世界の人々は『自分達が人ではない何かに管理されて生きてるんだー』って思ってますか?」


「いや、誰も思ってないと思う」



 管理されてると思ったとしても、それは人間同士か、神が云々と宗教的な話だろう。



「例えば……ある日突然、自分の家が建っている土地の、自称地主さんが来たとしましょう。『明日、貴方の家は火事で燃えます。ですので、家にある貴重品は全てこちらで回収します』と言いながら家に入ってきて、全財産を奪おうとしてくる……そんな人を、奪われる側はどうすると思いますか?」



 もしもそんな人間がいるとするならば、警察を呼ぶなり、無理矢理追い払うなり、排除しようと動く気がする。


 訳の分からない理由で家に侵入し、財産を奪おうとするのだ。わかりましたと全財産を渡す人はいない。


 と、そこまで考えて蒼太は手を叩いた。



「……あぁ、それと同じようなことをするから、侵略行為だと言ったんだね」


「その通りです。人は自分が手に入れたものを奪われるのなら、奪われぬよう抵抗するでしょう?」



 そう問いかけつつ、リラは言葉を選びながら話し始める。


 彼女の上司である【管理者】という存在は、蒼太達が暮らしている世界が100年後、滅びることを観測した。


 それなので、完全に滅びてしまう前に、世界という大きな存在を維持する為のエネルギーの塊──世界核ワールドコアを抜き出し、有効利用しようとしているらしい。


 その回収係がリラを含む、12人の【候補者】なのだ。


 候補者が回収に成功すれば、世界核ワールドコアを失った世界は存在を保てなくなり、消えてしまう可能性もある。


 回収に失敗したとしても、100年後には世界核ワールドコアごと世界が駄目になってしまい、滅びる。


 どちらにしても、何をしても滅んでしまう『どうしようもない末期の癌』のような世界。


 彼女達が【廃棄世界】と呼ぶそれは、候補者が管理者に格上げされる最終試験に使われるのだという。



「2ヶ月後、管理者の干渉によって世界核ワールドコアに繋がる大きな穴が開きます。その穴──私達は【ダンジョン】と呼んでいる穴に誰も通さないよう、世界は様々な敵を用意しますよ。自身の命を守るための、強敵をね」




 強敵。


 思わず立ち上がりそうになるぐらいの、素敵な言葉だった。


 ──でも、今を変えてまで行きたい所だろうか? そこがどんな場所かもわからないのに。


 肩に重くのしかかる感情に、蒼太の興奮は冷めていく。



「ダンジョンによって世界は確実に変わります。人々はダンジョンに入ることを推奨し、蒼太もダンジョンの中なら好きなだけ剣を振れますよ」


「……好きにできるってこと?」


「ええ、今の生活よりももっと、やりたいことができます。だから2ヶ月の間、信じてください。無理なら騙されたと思ってやめてもいいんですよ」



 穴が出なければ『彼女が嘘つきだった』といつもの生活に戻ればいい。


 だから信じて・・・欲しいと、そう言う彼女の言葉は荒唐無稽だといえばそれまでだ。



 ──そもそも自分がやりたかったことは何だっただろうか。


 ──本当に、剣を振ることがやりたいことなのか?


 ──ダンジョンに入れば、コレ・・から逃げることができるの?



 何かがじっとこちらを見ていて、問いかけて来ている気がする。



「あー……うん。ごめん、考えさせて」


「……いえ、私も慌て過ぎました」



 やっと言葉を紡げた蒼太は、冷たくなったお茶を飲み切った。


 リラは何も悪くないのに申し訳なさそうに目を伏せている。



「いや、何か頷けなくて。ごめんね、リラは僕のことを考えてくれてるっていうのは、わかるんだけど」



 どうしても、今感じているものよりも、未知への恐怖の方が重い気がして、返事ができない。



「ちょっと、風にあたってくるよ」



 剣を振るのは大好きだし、それで生きていきたいとも思ってはいる。


 ダンジョンに入るべきだと勘も告げているので、そちらを選んだ方がよさそうなのも、理解していた。



 ──でもなぜか、心がついてこない。



(何なんだろ、この感じ)



 そうやって、自分のことばかり考えていたかだろうか。

 ベランダに出ようとする蒼太の耳には、声が届かない。




「……うーん、少し手を変えましょうか」





 彼女が何かを呟いていたが、聞き取れなかった。






 ────────────



[後書き]


「あ、蒼太ー、今いいですか?」


「どうしたの?」


「私、暫くお休みにしますので、お留守番とか1人で頑張ってくださいね!」


「えぇ!?」

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