5刀目 幸運の蒼い眼鏡

 白い地下室にて、蒼太は豚の顔を持つでっぷりとした大きな化け物──教官オーク君5匹に囲まれていた。


 現在はリラの力を使って訓練中。


 ゴブリン君の上の存在であるオーク君に囲まれている中で、どう対応するのか?


 それを見たいとのことで、チャレンジしているのだ。


 蒼太は腕を左から右へ振り払い、目の前にいるオーク君2匹のトドメを刺すつもりで叩き切る。


 2匹へ攻撃を仕掛けている間に、背後から1匹迫ってきた。


 周囲を確認すると、挟み込むように左右から2匹のオーク君も襲いかかってきている。


 残り3匹。折り返しにも到達していない。


 まずは後ろのオーク君の頭に狙いを定め、足を振る。


 蹴った勢いのままオーク君の頭を足場にし、後ろへ跳んだ。


 跳んだ瞬間、左右から迫っていた2本の棍棒が振り下ろされる。


 あのまま同じ場所にいれば、オーク君にやられていただろう。間一髪だ。


 くるりと回って体勢を整え、まずは左の1匹。次に右にいる1匹の首へと木刀を滑らせる。


 これで5匹倒した筈だが、念の為に視線を彷徨さまよわせると、よろよろと立ち上がってくるオーク君を見つけた。


 蹴り飛ばした1匹は倒せていなかったらしい。


 不安定な足取りでこちらに向かってくるので、蒼太は迎え撃つように構え、オーク君へ袈裟斬りを放つ。


 教官オーク君5匹は全て、煙へと変化した。



「全部倒したんですね! お見事です!」



 パチパチと地下室に拍手している音が響く中、リラはこちらに声をかけてくる。


 息を吐き出して振り返ると、隅にいた彼女が近づいてきた。



「オーク君程度なら数が増えても負けませんか。同年代なら負け知らずそうですね、すごいです!」



 リラが手放しで褒めてくれるので、蒼太は少し自分の顔が熱くなるのがわかった。


 むず痒いような感覚に頬を掻いていると、前からじっと見つめてくるような熱い視線を感じる。


 視線の方に目を向けると、口を開けたり閉じたりしているリラの姿が見えた。


 どうしたのかと首を傾げていると、こちらの視線に気がついたリラが言いにくそうに口を開く。



「ところで、その、一つ気になったのですけど……」


「どうしたの?」


「今日って何月何日ですか?」


「今日? 4月になったねって昨日話さなかったっけ?」


「……話しましたよね。記憶違いじゃなければ」



 何か言いたげな彼女の態度に、蒼太はそっと目を逸らした。


 耳も塞ごうかと両手を耳元にまで持っていくが、その前にリラから告げられてしまう。



「学校はどうしたんですか?」


「アーアーキコエナイーっ」


「子供ですか。いや、子供でしたね……」



 顔を見なくても声だけでわかった。リラはかなり呆れている。


 このまま逃げ出したいが、残念なことに入り口は彼女に塞がれていて逃げれない。



「2年前から学校には行ってないんだよ。あんなところ、義務教育のうちは行く必要なんて感じないし」


「ご両親……はあれですし、何も言わなさそうですね。他のご家族の方は何も言わないんですか?」


「絶対に言わないよ。だって僕がここに住んでるのも、アイツのせいだし。学校行かない方が都合がいいとか思ってるんじゃない?」



 食べ物を探しにいく程度なら問題ないのだが、少しでも脱走するとダメだ。


 警察や探索依頼の賞金目当ての人間が血眼になって捕まえに来る。


 逃げても隠れても町からは出れないので、結局捕まってしまうのである。


 過去を思い出して舌打ちしそうになる蒼太に、リラは苦笑する。



「嫌っているのは愚問でしたね」


「嫌い? そんな優しい言葉で済まないけどね。僕はアイツを殺したいぐらい恨んでるんだ」


「な、中々物騒ですね。まるで親の仇みたいですよ?」



 冗談で言ったつもりだったのだろう。リラはわざとらしい乾いた笑みを浮かべていた。


 蒼太もその笑みに合わせて笑うが、うまく笑えている気がしない。


 心の中を隠して、中身が溢れないように静かに吐き出した。



「大好きだった爺ちゃんを殺したんだ、当然でしょ?」



 隠した中身がこんにちは。しまったと思った時にはもう遅く。


 どうすればいいのかわからずに目を泳がせても、焦る頭で解決策なんて思い浮かばなかった。



「え、えーと、この話はおしまいで。僕、シャワー浴びてくるから!」



 混乱している蒼太はリラの体を避けつつ、脱兎の如く地下室から飛び出した。


 リラが追いかけてこないのをいいことに、急いで地下室を後にした。










☆★☆










 蒼太が出て行った後、リラは追いかけることも動くこともせずにただ静かにたたずんでいた。


 遠ざかる階段の音を最後まで聞き、誰も見ていないことを改めて確認してから呟いた。



「生きて会いに来る祖父を『2年前に死んでいる』と思い込んでるとはね……」



 1ヶ月も一緒にいたのだ。


 リラはある程度、秤谷 蒼太という少年のことを分析していた。


 リラが知っている蒼太という少年は『剣』と『祖父』が好きな子だった。


 寝ても覚めても剣のことばかり考え、隙あれば鍛錬。隙がなくても無理矢理作って鍛えている。


 蒼太は外に出て行く時以外は寝ても覚めても持っていて、その行動は剣に依存していると言っても過言ではない。



 牙を抜かれた猛獣。


 それがリラから見た蒼太という少年の印象だった。



 リラは例の祖父も見たことがある。


 残念ながら、リラが見た時にはもう、蒼太は祖父を親の仇のように見ていたので、どうして好きな相手を恨んでいるのかはわからない。


 どういう経緯で蒼太が祖父を好きになり、気持ちが反転するようになったのかは見ているだけではわからないのだ。


 だが、今の蒼太の肉体と精神の状態が最悪なのは、他人であるリラでも容易に想像できた。



(祖父が死んだと認識したのと同時に、祖父の姿をまともに認識できなくなった……ということでしょうか)



 今日の言葉から確信したことがある。



 蒼太の目は、人を人として映していない。




 一緒にいて違和感があった。


 両親にも祖父にも他の人間にも、関係なく化物を見るような目をしているのだ。


 それなのに、人外のリラにはそんな目で見てくることはない。


 本体が体の中にあるから、精神的なフィルターを通さなかったのか。理由はリラにもわからない。


 しかし、人を認識できないフィルターが蒼太にあるのなら、リラとそれ以外の視線の種類が違う理由も説明がつく。



(とはいえ……フィルターは私にとっては大きな問題ではありませんね)



 つらつらと色々と並べていた考察を打ち切った。


 蒼太の認識がおかしいことにより、リラが困る問題はない。むしろ好都合と言っても良い。


 肝心の蒼太も、気を許されるのも時間の問題というところまで来ている。



(それに、最近は抑えるのも限界なんですよね……)



 リラの本体は蒼太が拾った宝石のような石であり、体は人の形を作っているだけの血も肉もない人外だ。


 人ではないので化け物らしい大きな力を持つし、その力の副作用のようなものもある。


 今までは体が欠けたことにより、副作用も弱まっていたのだが、最近ではそれも回復してきている。


 力を取り戻していくと、副作用も戻ってくるのは当然のこと。


 これも全て、彼があの河川敷で見つけて、力を取り戻すのに協力してくれるお陰だ。


 あのまま蒼太に見つからなければ、リラはかなり出遅れていた。


 死ぬことはないものの、最低でも3年は行動できなかっただろう。


 しかし、運良く・・・リラが失った力を補充できる存在が現れて、それが幸運なこと・・・・・に1ヶ月でオーク君の群れを物ともせずに倒してしまう逸材だった。


 その上、彼はリラの都合の良いことに、孤立どころか閉じ込められている。


 監視の目も家の中だと存在しないので、彼さえ望めばどこにだって連れ出せるだろう。



 リラは運という言葉が好きだ。


 他の候補者の奴らは力や知恵がなければ意味がないと笑うが、運ほど重要なものはない。



 リラは運命というモノを信じている。


 だからこそリラは3つの力のうちの1つに、あれを手に入れてとても喜んだ。



 運良く出会えた少年は、都合が良いことに彼の祖父以外には邪魔者扱いだ。


 子供から家族幸せを奪うのはダメだと思っていた。


 でも、その家族が少年を手放したがっているのならば……?











「それなら……私が貰っちゃっても、いいですよね? だって私は   だから」












 そう溢した口を抑えたリラは、反対の手で思いっきり自分の頭を叩いた。



「あっぶないですね、また流されるところでしたよ……あくまで蒼太の意志が大事なんです。蒼太の気持ち第一、いいですね?」



 不要、不要と何度も呪文のように唱え、大きく息を吐く。



「大丈夫。私はまだ、理想の私を演じれます。作られた時からずっと、私は演技をしてきたんです。だからまだ、できますよね?」



 両手の人差し指で、にっと口角を上げる。


 いつも通りの笑みを作れたことを確認したリラは、これ以上何かを考えてしまう前に煙となって地下室から消えていった。





 ──────────


[後書き]


☆リラの蒼太像

あくまでリラが予想してるだけで、蒼太の本心とは別。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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