4刀目 スリルは楽しむもの
桜が綺麗に花開き、学生達が涙する時期と、新しい気持ちで新たな生活を迎える時期の境目。
春近くは暖かいと聞いたが、最近は日本の四季もわからないぐらい肌寒い。
外ではまだ冬のコートを着ている人を見かけるぐらいだし、暖かくなるのはもう少し先のようだ。
学生の時期も、まだまだ寒い季節も影響のない蒼太は、今日も朝から鏡の前で最低限の身嗜みを整えていた。
「うーん……ねぇ、リラー」
病的なまでに白い肌に、いつも通り酷いクマ。青と紫の目の色もリラと会った日から大きく変化していない。
何度見ても、変わってない自分自身の姿。
暫く鏡を見つめて唸った後、蒼太は大きな声で呼びかけながら、キッチンの方へと移動する。
「何ですかー? 歯磨き粉ならちゃんと買い替えましたけど?」
水の流れる音と共にリラの返事が聞こえる。
歯磨き粉が丁度、昨日の夜に無くなったので新しいのがあったのはありがたかった。
「買い替えてくれてありがとう。でも、歯磨き粉のことじゃないんだ」
「寝癖がいつもよりすごいんですか? あまり跳ねていてもわからないと思いますけど」
「天然パーマみたいな髪の毛してるけど、寝癖はわかる……ってそれでもないんだってば」
リラはくるりと振り返ると、味噌汁の入ったお椀を両手に首をかしげる。
今日の朝食は目玉焼き2つと、ほうれん草のおひたしにじゃがいもと玉ねぎの味噌汁。
納豆と五目米らしい。机の上に湯気の出た料理が並んでいる。
昨日の夜ご飯を食べ損ねた胃袋にはどれも美味しそうだ。
料理を眺めていると、味噌汁を二つ置いたリラがこちらに目を向けた。
「ほかに何かありましたっけ?」
「手を止めさせちゃってごめんね。邪魔することでもないんだけどさ……昨日、本当に変色した目は元に戻ってたのか気になったんだよね」
朝食の準備を止めてもらってまで聞きたかったことでもなかったので、蒼太は頭を下げた。
「いえいえ、もう準備はできましたし、食べながら話しましょうか」
それに笑顔で答えたリラは蒼太を前の席へと誘導する。
2人で席に着き、向かい合う。
『いただきます』
2人で揃って手を合わせる。昨日の嵐のこともあり、より一層、平和に感じる朝食の時間が始まった。
「それで、目の話でしたっけ? 昨日話した通り、私が今みたいに蒼太の体から離れて活動しなければ戻りますよ」
「それが確認できなかったから、心配になったんだ」
「昨日は突然でしたからね……あんなに失礼な存在は中々いないですよ」
味噌汁を飲みながらリラは苦笑する。
昨日の夜を思い出したのだろう。蒼太もつられて同じような笑みを浮かべた。
昨日の夜は嵐だった。
最近来たばかりなので、もう来ないと油断してたら、いつも通り、突然やって来た。
インターホンを押すこともなく、鍵が閉まっていることに怒り狂う両親は扉を乱暴に叩き、夜の遅めの時間なのに外で騒ぎ立てていた。
蒼太に鍵を開けろと怒鳴っているのはわかっていたので、急いでリラには体の中に戻ってもらい、鍵を開けに行ったのだ。
鏡で目を確認する余裕なんて存在していない。
一刻も早く開けないと痣の数が倍になるのを知っていて、ゆっくりする奴なんて殆どいないだろう。
自分で確認できていないからこそ、蒼太は心配になっているのである。
「あの、蒼太。蒼太ー?」
味噌汁を飲み終えた頃、リラが声をかけてきた。
いや、ずっと声をかけてくれていたのかもしれない。彼女は心配そうにこちらを見ている。
どうやらかなり考え込んでいたようだ。蒼太は味噌汁の無くなったお椀を置いて、謝罪する。
「ごめん、考え事してた」
「あー……あのご両親だと、考えることも多くなりそうですよね。私が作った晩御飯、勝手に食べちゃいましたし」
冗談っぽくリラは話すが、彼女の言葉は全て、昨日の夜に起きたことである。
両親は蒼太が美味しそうなご飯を食べるのが許せなかったらしい。
どうして2人分あるのかと聞かれることはなかったが、折角リラが用意してくれた夕食は全て両親の胃の中へ収められてしまった。
その上、食べた感想が『まぁまぁね』である。
リラが作ってくれた料理を勝手に食べた感想がそれかと怒りたくもなったが、その後、定番の言い争いと
「それにしても、蒼太はよく黙って殴られてますよね。私なら毒でも飲ませてやり返しますけど」
リラが『今度の料理に毒でも混ぜます?』なんて真顔で聞いてくるものだから、蒼太は思わず吹き出してしまった。
「いや、いいよ。あの人達にとっては嫌々だけど『サンドバッグっていう仕事』を与えて、不本意だけど報酬に生活費を払ってるんだ。サンドバッグを気持ちよく殴れないと報酬がなくなっちゃうかもしれない」
そう思わないとやってられないとも言うかもしれないが、その考えには蓋をした。
「両親に突っ込まれなかったから大丈夫だったのかなって思うけどさ。あの人達、料理のことも触れなかったでしょ? 子供の変化なんて興味がないだけかもなって思うとね」
「さすがに目の色のことは触れるでしょう。明らかな変化に触れない人って、なかなかいませんよ」
「そうかなぁ」
「それに、嫌々会いに来て暴力を振るう人間ならば、それを理由に何かしてくるのでは?」
「あー、確かに。目の色変わって気持ち悪いっていつもより激しくなりそう」
気持ち悪い! と甲高い声で頬を
リラの言うことはきっと正しい。あの2人が丁度いい理由があるのにそれを見逃すわけがないのだ。
「そう考えると杞憂だったね」
「目の色が変わっていたからって、問答無用で殴ってくるような両親、私は嫌ですけどね」
「しょうがないよ。ご飯が食べれるだけ、僕は幸せなんだ」
「他人と比べなくてもご飯なら私がいくらでも食べさせますよ。もちろん、3食プラスおやつ付きで」
慣れたものだと吐き出す姿を見ていられなかったのか、リラに言い返されてしまった。
「気持ちはありがたいけど、このご飯もあの人達に出してもらったお金からだからさ。世知辛いね」
険しい顔をみるのも嫌で、蒼太はへらへらとわざとらしく笑ってみせる。
こんな家庭環境は探せばいくらでもあるはずだ。世界は広いというのだし、珍しい話ではないだろう。
彼女が気にすることでもないと笑ったのだが、蒼太は世話好きの気質を舐めていたらしい。
「そのご飯には、蒼太からもらったお金は一切使っていません。預かった資産で稼いだお金を使ってますから、そんな心配はしなくてもいいんですよ」
「……え、稼いだ?」
「いやぁ、ああいう胴元がお得なシステムからお金を毟り取る感覚ってなかなかたまらなくてですね……」
とんでもないことを言うリラの話によるとだ。
どうせ使えないお金だからと、蒼太は今まで受け取っていたお金を全てリラに預けていたのだ。
日々の買い物でどれぐらい使用したかは確認していたが、さすがにそのお金を元手に何かしているとは思っていなかった。
リラはお金を握りしめ、様々な宝くじ売り場を買い回ったらしい。
怪しまれない程度に数枚購入して、買う店買う店全てで儲けが出るように、かつ、とんでもない大金にはならない程度に当て回ったという。
これだけでもとんでもない話なのだが、さらにぶっ飛んでいるのは宝くじを元手にして、
『投機』については投資の闇の側面。又は勝者が屍の上にしか立たない、修羅と同じ存在がいる場所であることしか蒼太は知らない。
それで資産増やしましたーと笑顔で言うのだから、到底信じられない話であった。
「そもそもどうやって口座を開いたのさ……」
「ふふ、どうでしょうね?」
「……わかった、答えるつもりはないんだね」
スマホの画面で見せてもらった銀行や証券会社の口座には、ゼロの数字が7個ぐらい綺麗な列を作っていた。
詳しく聞こうにも笑って答えるつもりがないようなので、蒼太は何も聞けない。
リラが生真面目そうな顔をして、数千万を平気でギャンブルできる性格だとわかっただけでも収穫だ。
蒼太はぐるぐる回る視界でそう思い込むしかなかった。
「よくもまぁ、とんでもない集中投資をしたよね」
投資の履歴を少しだけ聞きながら、蒼太は言葉を抑えきれずに漏らした。
「何をいいますか。私がこのスリルを楽しむように、蒼太も戦闘という危険を楽しんでいるではありませんか」
「それとこれとは違うと思うけど?」
「確かに、蒼太の方は命をかけているのに対して、私は必ず勝てる勝負しかしてませんね……比べてしまってすみませんでした」
訂正しようとしたら、捻じ曲がった解釈をされてしまった。
必ず勝てるギャンブルとはなんだ。
全く馴染みのない斜め上の言葉に、頭が発言の理解を拒否し始めている。
「蒼太に貰っていたお金は返しておきましたし、本当は生活費全てお支払いしたいのですが……今は食費だけで許してくださいね」
「あ、うん……ありがとう……?」
目の話からとんでもないところまできてしまって、どうしてこうなったのだと思わずにはいられない。
最終的に受け入れられたのは──彼女が理解不能なギャンブラーだったということだけであった。
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[読まなくても大丈夫な後書きの独り言]
投機、良い子は真似をしないでくださいね!
(ここまで読んでいただきありがとうございます。PV見て跳ね飛んで喜んでます)
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