3刀目 お世話好きのいる生活

 リラとの奇妙な関係が始まってから、1週間が過ぎた。


 その間に変わったことがある。


 1番の問題だった食事と衣服が整ったのだ。


 蒼太では難しかった衣食が整ったことにより、ガリガリにやせ細った体は、痩せ気味ぐらいまで変化した。


 服も自分に合ったサイズのものを着れるようになったので、外に出る時の周囲の目も随分と和らいでいる。


 蒼太が変化した分、リラの方も服が紫のロングコートと白いシャツ、膝下まである長いスカートに変わっていた。


 背後から攻撃された分の力も、少しずつ戻っているらしい。順調に回復しているようだ。


 しかし好転した分、気になることが出てくるのもまた事実で。



「蒼太、何かすることはありませんか?」


「全部やってくれたから、もうないかな。毎日ありがとう」



 同居人となった彼女、リラがとても世話焼きさんなのだ。


 今も珍しく笑みを崩して、『私、不満です!』と顔と目だけでなく、言葉でも訴えかけてくる。


 現時点でも『ダメ人間製造機といえば?』と聞かれたら、彼女だと即答できるぐらいなのである。


 それでもまだ、リラは足りないと言うのだから恐ろしい。


 料理だって栄養面のことを考えながら、蒼太の好みまで把握されていて、胃袋は既に陥落済み。


 学校に行ってない蒼太の勉強も、教師や家庭教師もびっくりなぐらいわかりやすく教えてくれる。


 掃除も洗濯もきちんとしており、蒼太が勝手にやろうとしたら泣きそうになるぐらいにはお世話好きだ。


 おはようからおやすみまで、付きっ切りで一緒にいようとしたのは流石に止めたが、それでも彼女の仕事量は多い。


 蒼太が手伝っても仕事量の多さは焼石に水である。


 手伝える範囲が園児のできることぐらいなのだ。気持ちだけと言われても反論できない。


 1週間前にリラを利用したいとは思った。


 買い物の時とか、大人が一緒の方が無駄に絡まれないのだ。


 だが、ほぼ無償でここまで尽くしてくれるなんて聞いていない。


 まともな食事も服も買えない前より、とても良い生活を送らせてもらっている。


 しかし、何もすることがなくなるなんて予想外だ。


 勝手に家事などをやると悲しそうな顔になり、お願いすると嬉々としてやるのだから筋金入りなのだ。


 最近は手伝いまでやらなくていいと言われそうで、ヒヤヒヤしているぐらいである。


 とはいえ彼女の献身的な行動のおかげか、身体が2年前と同じか少し劣るぐらいまでには戻った。


 彼女の献身に感謝しつつも複雑なこの気持ちは、贅沢な悩みなのだろうか。


 ここまでやってもらえるような価値なんて示せていないのに、一方的に得になっている今を信じられずにいる。


 本当にこのままでいいのだろうかと悩んでも、元に戻りたいとも思えない。


 手に入れたものを手放したくない。求め過ぎてはいけないはずなのに、欲深い思考だ。


 ぐるぐると考えながら、蒼太は木刀を片手に玄関へと行く。



「リラ、今から出かけるから、家でゆっくりしてて」


「お買い物でしたら一緒に行きますよ?」


「いや、体を動かすだけだし、好きにしていいよ」



 いつもよりもにっこりと笑うリラを見て、失言を察した。



「好きにしていいんですか。じゃあ私も付いていきます」



 やはり失言だったようだ。リラがついてくるのが確定したらしい。



「付いてきてもつまらないと思うけど……」


「邪魔はしませんから、ね?」



 どう断ろうかと考えていると、先手を打たれる。


 これ以上何か言っても言い負かされる気がした。邪魔はしないと言ったのだし、抵抗はやめよう。


 あっさりと諦めた蒼太はリラと一緒に外に出る。階段を1階まで降りて行き、鍵の閉まった扉の前まで移動する。



「あれ、ここって立ち入り禁止では?」


「この先は地下室なんだ。鍵さえあれば出入り自由だよ」



 両親から1年と半年程前に盗んだ鍵を取り出し、扉を開けた。


 暗い階段が出迎えてくれたので、左側の壁にある電源を入れる。


 扉の鍵を内側から閉めて階段を降りると、小学校の体育館よりも少し小さいぐらいの地下室に辿り着く。


 白い壁にコンクリートの床は殺風景だ。物がないので余計にそう見える。



「夜な夜な外に出てたのは、ここに来るためだったんですね」



 子供なんですから夜は寝なきゃダメですよ、なんてことを言いながら、リラは地下室の中を歩く。


 彼女が寝ていたのを確認してから出かけていたのに、バレていたらしい。


 どうせ夜は眠れないのだから、その場でじっとしているのも嫌だったのだ。


 とはいえ、外に出るせいで彼女を起こしてしまっていたのなら、申し訳なかった。



「バレてるとは思わなかったよ。起こしちゃってごめんなさい」


「私の本体は貴方の中なんですよ? 詳しく聞くつもりはありませんでしたが、何かしてることぐらいはわかります」



 そういえば彼女の本体である石は蒼太の体の中にある、と言っていた。


 寝ていると思っていた間の行動も筒抜けということは、実は心の中なども見通せたりするのだろうか。



「さすがに、心を読んだりはできませんからね」


「……本当に?」


「蒼太はもう少し、顔に出さないようにした方がいいですよ」



 それはわかりやすいって言われているのだろうか。


 思わぬ評価に蒼太は顔をしかめるが、首を横に振って考え直す。今はそんなことを気にしている時間ではない。



「邪魔するつもりがないなら、隅の方に行ってくれると助かるよ。飽きたら好きに出ていってね」



 蒼太は手に持っている木刀を構えて目を閉じた。


 イメージするのはあの白色の悪魔だ。


 あの日、2年前に祖父を殺した真っ白な悪魔。


 祖父のような剣の使い方で蒼太を叩きのめし、笑いながら攻撃してくる姿を思い浮かべる。


 お前が剣の道を諦めるまでやめないと、殴ってきたあの悪魔を思い出す。


 倒す敵の姿を目の前に映す。


 十分にイメージができたので、悪魔との戦闘を始めよう。



「よし」



 蒼太は横から切り裂くように悪魔を襲った。しかし、イメージの男は簡単に剣であしらう。


 真っ向、袈裟けさ逆袈裟ぎゃくけさ、一文字、左一文字、左袈裟、左逆袈裟。様々なる角度から攻撃するが悪魔に当たる気がしない。


 最後はいつも通り、悪魔の剣による攻撃で吹き飛ばされて終わった。



「蒼太、少し聞いても?」


「何?」



 そんなことを5回ぐらい繰り返していた頃。


 言われた通り、部屋の隅で佇んでいたリラが声をかけてきた。



「恐らく格上相手にイメージトレーニングをしているんでしょうけど、その相手は早すぎるのでは?」


「……それは」



 そうかもしれない。


 絶対に倒す対象という意味でも、戦う相手としてもイメージできるのが悪魔ぐらいしかいないのだ。


 他の相手を想像しようにもアイツのイメージが強すぎて、うまくトレーニングできないのも悪かった。



「村から出たばかりの勇者がいきなり魔王に出会って、経験値を得る間もなく倒れてるようにしか見えないんですよね」


「木刀を何もないところで振り回してるのに、変に思わないんだね」


「蒼太のはわかりやすいですよ。変なことをしてるなんて思いませんでした」


 

 そう言いながらリラは別の方を見ながら何かを考え込むように腕を組む。



「あまりよくないんでしょうけど、恩もありますし……」


「もう話は終わりでいい?」


「いえ、決めましたのでまだ終わりません。そうですね、もしも、蒼太がやる気なのでしたら──」



 リラは左腕を煙に変化させ、その煙から人型を作り出す。


 煙はみるみるうちに棍棒を持った緑色の小鬼へと変化した。


 小鬼はギギッと変な声を出してこちらを見ている。


 リラの体の一部でできたものとはとても思えない外見だ。


 目の前で変化するところを見てなければ、今すぐにでも切り掛かっていただろう。



「──この『教官ゴブリン君』で訓練しませんか?」


「教官ゴブリン君って、その緑色の生き物の名前?」


「ええ、戦闘訓練プログラムの一つなんですよ」



 そう言うリラは自慢げだ。よほど自信があるらしい。


 よくよく観察してみると、ゴブリン君は蒼太よりも強い気がする。


 強いが、工夫次第では勝てそうな相手。もしもリラが調整しているのだとしたら、とても絶妙な相手だ。


 

「本当にその、ゴブリン君っていうのと戦っていいの?」


「勿論です。嫌なら提案しません」


「そっか、ありがとう」



 ゴブリン君が剣を構えるので、蒼太も構える。はたして、どこまでできるのかと考えつつ、ゴブリン君に切り掛かる。


 それから2時間。


 ゴブリン君を攻略できるまで、粘りに粘って有意義な時間を過ごしたのだった。



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