142話天翔けるスージィの閃き

 コリドーナ連山では、雲もなく月も空に大きく浮かんでいたのに、郡境の渓谷を越えたあたりから空には雲がかかり、シロベーンの森に入るとすっかり頭上は分厚い雲に覆われていた。


 移動は例のシールドを、地上5メートルくらいの位置で足場にする方法でやってみた。

 今回はセイワシ先生のアドバイスを元に、シールドに弾性を加えてみたのだ。

 対物理の属性で、特性は反射100%!

 それに弾性が加わると、コレはもう小型のトランポリンの様な物だ。


 最初こそタイミングを測るのに難儀して、始めの一歩でとんでもない距離を跳ねたり、二の足が空足になって盛大に空中に放り出されたりとかしたけどね。


 そうやって何度か大地と深い親睦を交わす事にはなったけど、力加減を調整しつつどうにかタイミングは取れる様になった。

 結果的に、いい感じで空中を走り抜ける事ができる様になっていたワケよ。

 大体わたしが本気走りまじばしりすると、大地に深刻なダメージが残るからね!

 コレで気兼ねなく高速移動も出来るようになるんじゃね?


 ま、今回は衝撃波こそ発生しなかったけど、100キロ以上は離れていたキャンプ地まで、最初の試行錯誤含めても到着に10分とかからなかったから、音速に近い速度は出てたんじゃないかと思うんだ!



 そうこうして、キャンプ地に入る前から捉えていたビビ達の元へ向かっていると、皆が次々にダメージを負っているのが分かった。ミアとかロンバートとか、結構これヤバくない?!

 これは不味いかも! と最後の踏切を全力で蹴ると、この時ばかりは衝撃波ソニックブームが生まれた様だ。

 白い空気の層を突き破り、皆を視界に捉えた瞬間『フィールド・グレーターヒール』を唱えた。


 魔法が発動するのと、わたしが現着したのはほぼ同時って感じだ。

 わたしはその場でシールドの足場を作り、上から状況の確認をした。


 全員何事もなく立ち上がっているな。ウム、問題無し!


 ンで、あれが件の長男って事か。

 ビビ達と同時にコイツも捉えていたけど、どうやら本当に低位のヴァンパイアらしい。

 だがコンにゃろ、随分好き勝手やってくれたようだな!


 だがそんな事よりも、今はもっと優先させる急務がある。


「お待た、せ」


 そのままシールドから飛び降り、皆んなの元へ降りていった。


「助かったわスー! ありがとう!」

「それよりもこれスタンピード? 確かにコレだけ広範囲だと手が足りなそうだ、ね」


 ここへ来る途中から探索で捉えていたけど、森の中から結構な数の魔獣が溢れようとしてるのだ。

 コレは確実に4桁を越えてきてる。

 アムカムみたいに包囲網が整っているならともかく、物理結界一枚だけのこの自然公園では、それが突破されては後がない。


 バウンサーのチームが何組も居るけど、この数じゃとても対応しきれ無い。

 おや? アリア達まで来てるじゃん。

 ルドリさんチームも居る事だし、これなら何とかなるかな?

 でもこの広範囲の自然公園を完全に抑え切るには、やっぱちょっと手は足りないかもね。


「皆んなも魔獣対応にまわるんで、しょ? 取り敢えずエンチャしとこう、か?」

「あ! ……そ、そうね!」


 ビビ達がさっきから、チラチラとわたしの後ろに視線を向けている。

 なんか後ろの方がガチャガチャやかましいからかね?

 でも今はまず、スタンピード対応について話し合った方が良いと思うんだけどな。

 だけど会議中に外で爆音上げられてるみたいで、ちょっとイラつくのは否めないかも。


「此方を向けと言っている!!!」


 ゴワッ! とばかりに後ろから空気が煽られて来た。

 後ろで騒いでおるチンピラモドキが、大量の何かを投げつけて来たようだ。癇癪でも起こしたか?

 ふむ、コレは氷の塊?

 直径は50センチくらい? 長さは1〜1.5メートルってところ? の氷の柱が10数個。

氷柱アイス・ピラー』の魔法かな?

 それをコチラに向けて一気に撃ち込んだようだ。


 もうね、ギシギシ、バキベキと氷同士がひしめき合う音が、やたらにうるさいのよ!


「あーうるっさい」


 あまりに煩いので、後ろに指を向けて指パッチンをかましてやった。

 コレにはいつもの様に一掴みの魔力を込め、少し強めに衝撃波も乗せてやったので、ちゃちい氷の塊などは一瞬で粉砕してしまう。


 盛大に破裂音が響いた後、キラキラとダイヤモンドダストの様に大量の氷の破片が辺りに舞った。

 その煽りで後ろにいたヤツは氷の欠片を盛大に被り、一瞬でカキ氷の山だ。


「き、貴様! 一体何をした?!」


 カキ氷を振い払いながら、件の長男ゴミムシが喚き立てる。


 ふむ、コイツよく見ると結構ムキムキの筋肉ダルマだな。

 そんで目は炭火みたいに光ってて、牙も剥き出しで確かにヴァンパイアの様相だ。

 でも太っい血管? みたいのが全身でビクピクヒクヒクと蠢いてて、メッチャキモい!


 ちょっとシカトされたのが余程お気に召さなかったのか、口から唾を撒き散らしながら喚いてる。

 その様子が更にウザくてキモい!


「……キモいなぁ」


 おっと、口に出てしまった。


「貴様ぁッ!! 誰に対して言っている?!」


 激昂した様に声を荒げたソイツは、わたしに向けて黒い爪を伸ばした手刀を突き込んで来た。

 5メートル程あった距離を、一気に詰めての突きだったけど……。まあ、どっちにしても動きがスロー過ぎる。

 こんな突きは、避けるまでも無く当りゃしないんだけどね。


 それでも黒くなった爪なんて汚らしいし、それを向けられるのも不快でしょうがない。

 なので、左の手首を振って、軽く指先で弾き飛ばしてやった。


 すると、バチコーン! と盛大な音を響かせソイツの突き出した腕が吹き飛んだ。


「ンがゃぁあぁああぁぁぁ――――――――ッッ??!」


 ヤツの右腕は肩関節からげて吹き飛び、更に肩口から汚物のような血を噴き出しながら叫び声を上げている。

 飛んで行った腕は、既に光になって消えていた。

 肩口の傷も、わたしの纏った『氣』に触れたので一緒に焼かれているようだ。

 いつの間にか肩口から噴き出る血が、光の粒子になって空中で溶ける様に消えている。

 手持ち花火かな?


「な?! 何だこの痛みはぁぁ――?!! お、お力が……! 頂いたお力が消えて行く?! な、何故だぁぁああ――――――っ?! ぅぐゃぁあああぁぁぁぁ――――――――っっ!!」


 ホントにうるっさいなぁ……。

 やっぱヴァンパイアって奴は、どこまでも喧しいのがマストなのか?


 本当なら色々聞き出したい所なのだけど、今はコイツが存在している事自体がウザったい。

 それにヴァンパイアは、見かけたら直ぐ叩き潰すのがわたしの信条だ! 1匹見かけたら100匹は居るかもしれないからね!!


「もう消えてろ」


 右手を突き出して指の三本、親指中指人差し指の腹を、ソイツの胸元にピタリと当てた。

 瞬間、砲撃でもしたかのような破裂音がその場に轟き、同時に大気も盛大に弾けた。


 今わたしが使ったのは、『空気球エアー・スフィア』という風属性の初級位攻撃魔法だ。

 ピンポン玉ほどの空気の塊に、目一杯『氣』も籠めて撃ち出したのだ。


 撃ち込まれたヤツの身体は、一瞬で遥か彼方へと吹き飛んで行く。


 む? 身体が弾けて塵になるかと思ったのに、そのまま吹き飛んで行った。ありゃ?

 これは5~6キロは飛んだんじゃね? なんか飛び過ぎだよね?

 ボディに大穴が開いた手応えはあったんだけど……どゆ事だ?


 あれかな? 日頃の修行の成果で、思った以上に威力が収束されていたって事?

 随分昔、インパクトブラスターを撃つ度爆ぜて、きちゃない花火にしてた時期もあったけど……。

 それでも、『氣』のコントロールを身に付けてからは、力が一点に集中して貫通させる事が出来るようになったのと同じ……的な?

 無秩序に高威力で爆散させるのではなく、力を収束させ、極細パイルバンカーにでもして胸元へ打ち込んだ……感じ?


 ふむ、まあここは修行の成果が出ているのだと素直に喜んでおこう。


 そんでもって、身長の低いわたしが見上げる様にして撃ったから、上手い具合に打ち上がり、綺麗な放物線を描いてしまったからだろう。


 ヤツは吹き飛んだ射線上の樹木をぶち折りながら、残っていた左腕や脚も千切れ飛んだっぽいので、どうせもう身動きも取れない。

 大体、胸に大穴抉っているので、直ぐに塵になる。

 あんな汚物に対して、これ以上思考を裂くのも悍ましいしね!


 しかし今現在最大級の懸念事は、ヤツが飛んで行った方にある二つの気配だ。


 あの2人の気配がどうしてあんな所にあるのだ?

 しかもこの気配が妙な具合なのだ。

 近くに魔獣の群れでも居るのか? 妙に混じり合っている……様な?


 もう、嫌な予感しかしないのだけれど?!

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