143話一千億の針
恐ろしい勢いで岩肌へと叩き付けられた。
そのまま果てしないと思える距離の地面を抉り、ようやく地獄の様な動きが止まる。
全身を襲う激痛が酷い。先程まであった全能感が綺麗に消えている。
何が起こったか確かめようと、動かす為の手足も無い。
当然視力も無くなっている。
更にこれらの損傷が修復する兆しすら無い。
ここに至っても、今何が起きているのか全く分からなかった。
焦燥感から上げられる声は、とても人の物とは思えぬ物だ。
少しすると、体を預ける地が振動しているのが分かった。
ズシリズシリと何が走る様な振動だ。
巨大な何が近付いて来ているのだけは分かる。
それを確かめようと、首を巡らせようとするが何も分からない。
四肢を無くした身体で出来る事は、死にかけた芋虫のように只這いずる事くらいの物だ。
やがてその何が、身近に迫るのを感じる。
振動が直ぐそこで起きた。
身体が僅かに跳ね上がる。
次の瞬間、巨大な何がその身の上にのし掛かって来た。
「――――――――――ッッ!!!」
抗う事など許されず、一瞬でその身が押し潰される。
叫ぶ事すら叶わず、残っていた肉体は瞬間肉片と化した。
しかも砕けた肉片が侵食されて来る。
巨大な質量に踏み潰された肉体が、更にその相手に吸収されようとしているのだ。
肉体を踏み躙られただけで無く、細胞ひとつ一つが引きちぎられる激痛に、その意識が焼け焦げて行く。
止めろ! 私に侵食して来るな!! 私を引きちぎろうとするな!
侵食すべきは私なのだ! 支配すべき存在こそ私なのだ!! 全ては私に支配されるべきなのだッ!!!
声にならない叫びも虚しく、圧倒的な質量に物理的にも精神的にも押し潰れ、細胞の全てがすり潰される激痛に、次第に意識が細切りになって行く。
既に其処には、人としての思考を保つ物など存在していない。
あるのはただ、激痛に叫びを上げ続ける哀れな意識の残滓だけだった。
◆◆◆◆◆
ビビ達にエンチャをかけた後、わたしは速攻で森の奥へと向かう事にした。
アーヴィンとミアはエンチャするが早いか、鼻息も荒くスタンピードを起こしてる魔獣対応に向かって行った。
なんか二人には色々と思う所があるっぽい。
まあ、エンチャで底上げされた今なら、個別で当たってもココの魔獣程度に遅れを取る事は無いだろう。
体力、魔力もシッカリ回復させたしね。
ビビとロンバートは溜息を零しつつ、2人のフォローに回る様だ。
ビビはアーヴィンに、ロンバートはミアの補助に付くみたいなので、特に心配する必要はなさそうだ。
この際だから荒ぶる二人には、精一杯頑張ってスタンピードを抑える一翼を担って頂こう。
だがそれより今はカレンとコーディの事だ。
なんでか嫌な予感が止まらない。
シールド走法で空中に駆け上がり、カレン達の気配のする方向へ向け、一気にシールドを蹴り加速する。
直ぐにカレン達の気配を感じる存在が視界に入った。
入ったんだけど……何だありゃ?
やたらとデカい生き物?
象とかサイみたいな四つ脚だけど、その大きさが象どころではない。
体高も全長も、軽く象の倍以上あるのではなかろうか?
前脚の付け根から前方に向かって長いツノ見たいのが二本伸びていて、体表は毛皮だったり鱗だったり分厚そうな皮っぽかったり、岩みたいにゴツゴツしていたりと、変な継ぎ接ぎだらけみたいで妙にちぐはぐだ。
でも、なんかデッカい魔獣なのは間違い無い。
そしておかしいのは、2人の気配がそのデッカい魔獣から出ているって事だ。
どうなっているのだコレは?!
目を凝らしてみると、その生き物の本来なら首がある位置に、人の上半身が生えている様に見える。
驚いた事に、カレンの気配がそこから発せられている!
更には、その少し後ろからはコーディの気配がしている。
よくよく見れば、その巨体に半ば埋まった彼女の身体が見える!!
どうなってんだコリャ?!
ここは良く確かめようと、上空からデカ魔獣のエーテル情報を深く読み取ってみた。
見てわかった事は、コイツの全身が例の『
って事は、カレンもコーディもあのウニョウニョに捕らえられた?!
だが2人の気配はしっかりした物だ。間違いなく意識はある。だが、少しずつ確実に侵食されている様にも感じる。
意識まで飲み込まれるのは、もう時間の問題だと思う。
それまでに何とかしないと!
だがまて? ひょっとして今、2人があのデカ物を動かしている? 行動をコントロールしてるのか?
確かにあれの行動意識は2人のものだ!
では2人はどこに向かってるのだ?
2人が向かう先には一体何がある?
おい! 待て待て待て待てっ!
あの先に在るのは割れ目火山の断崖だぞ!
今はあんなに赤々と燃えて、完全に活性化しているじゃないか!
このままじゃ、あの先の溶岩の中へ飛び込む事になるぞ!
いや、自分達の意識が飲み込まれる前に、魔獣諸共マグマで灼かれようってか?
そりゃ焼身自殺じゃないか!!
おま! 何だそりゃ?! ナニ考えてんだ?!!
ふっざけんなよ! そんな事わたしは許さんぞッ!!
頭の中が一瞬怒りで沸騰しそうになる。
だが確かに、今のこの状況はかなりのヤバさだ。
アーヴィンの顔に取り憑いていた線虫は、皮膚の浅い所にいたからヒールを当てただけで楽に消えた様だけど、カレン達に入り込んでいる物は、もっとずっと深い所に居る。
それこそ多くの物が、身体のずっと深い所で癒着しているのかもしれない。
既に2人の意識も混濁している様に感じる。
恐らく中枢神経の奥にまで入り込んでいるのだ。これはもう幾らも時間は無いかも知れない!
外からのヒール程度じゃダメだ。
身体の奥の方にまで力を届かせないと!
仮に2人の頭だけ切り離し、その身体を瞬間的に再生したとしても、恐らくは駄目だ。
既に『
完全に肉体からもエーテル体からも切り離し、霊域レベルで消滅させなくては!
だがもう時間が無い。
2人の意識が刻一刻、千切れて消え入りそうになっているのが分かる。今、2人はどれだけの苦痛を感じているのか?!
上空のシールドで作った足場から一気に飛び降りる。
そしてインベントリから二刀武器を取り出した。
これから行う膨大で繊細な『氣』の操作に、恐らく今持っている
なので、久しぶりにGゼロのネメシスデュアルソードを装備した。
そしてこのまま自由落下しながら、目標を全神経を持って捉えるのだ。
下に向け突き出した二本の刀身に、パチリと青白い雷光が走る。
落下しながら限界まで精神を
ターゲットの数は軽く億を超える。
視界がチラ付いてくる……。意識をもっと研ぎ澄ませ!
集中するのだ。より広く、より深く、狙うべき相手全てを捉えろ!
海岸に散らばる全ての砂粒を探る様に。
そこへ無数に埋まる縫い針の、その穴の一つひとつを狙う様に。
例えその数が千億を超えていようとも、その全てに狙いを付けてやる!
目の奥が熱い、灼けるように痛い。
だが集中しろ! 全神経を開いて捉え切れ!!
『
億を超える光のラインが、巨大魔獣の上空から一斉に走り抜ける。
一本一本の光は0.1ミクロンよりも細いモノだ。
だがその数は千億を超えて膨大な光の滝となる。
光の奔流は一瞬で巨大な身体を包み込み、その内側を貫いた。同時に私の剣先が巨獣の身体を貫く。
肉の塊が光になって爆ぜ飛んだ。
そこに私の剣先が巨大魔獣の身体を穿ち、大きな身体の中心にドーナツの様な丸い空間が開かれた。
そして二つの小さい身体が宙に舞う。
「「――――――――――――――――――ッッ!!!」」
2人の声にならない叫びが、辺りに大きく響き渡った。
その全身は血塗れだ。
二人の四肢も酷い事に……。内臓にも間違いなく重篤なダメージがある筈。
ゴメン! ごめんねカレン! コーディ!!
もう一瞬たりとも時間を無駄に出来ない!
《フィールド・グレーターバトルヒール》
神化回復職グレートワイズマンの回復スキル。
選択した相手を中心に、範囲で複数の味方の回復を一瞬で行う。
通常のヒールよりも消費MPは大きく嵩むが、瞬時に魔法が発動し一瞬で損傷が修復される。激しい戦闘中には必須の上位回復スキルだ。
忽ち二人が光に包まれ、身体の傷が一瞬で綺麗に修復された。
わたしは再び地上を蹴って、空中の2人を捕まえる。
2人を両脇に抱えたまま地上に降り立ち、ソッと地面に横たえる。
よし! 2人共傷ひとつない綺麗な身体だ。浅いけど呼吸も確認できた!
2人は衣服を失っていたので、直ぐにインベントリから毛布を取り出し2人の身体にそれぞれ巻き付けた。
その時ふと、自分の鼻の下に違和感を感じたので手の甲で拭ってみると、そこには血が付いてきた。
いつの間にか鼻血を出していたらしい。
想像以上に、神経に多大な負荷が掛かっていたのかもしれない……。
まあ、もう既に治ったが!
毛布を巻いた時、コーディは僅かに身じろぎをしてみせた。
ウン、この子は大丈夫そうだ。
でもカレンが不味い。
辛うじて呼吸はしているようだが、その顔に全く生気が無いのだ。
この状態は今迄に何度も見て来たから知っている……。
間違い無い。カレンのマナスが奪われているのだ。
深くエーテルを視れば、カレンの魂が解れ、遥か彼方へ持ち去られているのがわかる。
おのれ……!
奪った奴はどこに居る?!
見つけろ、捉えろ、感じ取れ!
酷く集中した直後だからか、自分の感覚が嘗て無いほどに鋭く尖っている事が分かる。
今なら目標を必ず見つけられる自信がある。
そしてその魂ごと消し飛ばしてやる。
絶対に逃がさない!
……ああ、そうだ。そこか。
自分の探索スキルの遥か彼方の範囲外であるにもかかわらず、ハッキリとその相手が分かる。
そしてそこに自分の手が届く事も理解した。
目標を確実にとらえていれば、距離なんて関係ない。アルマさんが言っていたのはこういう事なのだ。
ネメシスソードを静かに上げ、ソイツに向かってピタリと定める。
砕けろ。
その瞬間、自分の中から力が迸り、
――――――――――――――――――――
今年最後の投稿でございます。
本当なら今年中に3章は終わらせたかったのですが、体調不良でままなりませんでした……。
(-"-;A ...アセアセ
残りは2話。
お正月休み中になんとか最終話とエピローグを投稿したいと思っています。
次回最終話「星に願いを」
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