144話星に願いを

 空間が爆ぜた。


 それはまるでルアル・ナ・ルブレの胸元が、音もなく空間ごと破裂した様だった。

 爆ぜたまま、空間が固定された様にルアル・ナ・ルブレの胸元には大きく虚空が開いている。


 それは身体が抉られ、肉体に穴が開いている類のものでは無い。

 只、虚な空間がそこに在る。

 そしてその虚空は少しずつ確実に、ルアル・ナ・ルブレを侵食していた。


「『魂殻ソウルシェル』への一撃ね」


「バカな! こんな……そんな馬鹿げた力! 馬鹿げた事が?!! 一体どこから?!!」


 アルマ・マルマが冷静に一言告げる。

 ルアル・ナ・ルブレが、こんな事は有り得ないと目を見開き叫びを上げた。

 だが己の喪失は決して止まらない。


「『魂殻ソウルシェル』ごと『識心体マナス』が砕かれたわね。それは最後にモナドまで分解される。もう、お前は自身の存在を魂レベルで維持できない。これでその『魂核ソウルコア』は、膨大な時間をかけてお前の溜め込んだ記憶と歪な穢れをゆっくりと時間をかけて削ぎ落し、魂の連環へと還って行くわ」


「バカな! 『識心体マナス』を砕くなど、人の領域で出来る物か! おまけにモナドを分解?! そんなものは神の領分だ!! 神々さえ滅ぼす力だ!!!」


「そうよ。それは神を滅ぼすための力。そしてそれが今、確実にお前を砕いている」


「こ、こんな力……ミムロードにも……、アルズ・アルフ様にも届いてしまう?!」


 胸元の虚空からルアル・ナ・ルブレの存在そのものが消えて行く。

 消滅から抗う様に身を捩るが、その身体は虚空に縫い付けられたように動かない。

 やがてその手足の末端も、粒子のように解けて空間に散り始めた。


「ぅああ――ッッ! 消える?! 消えてしまう?! そんな、そんな事!! やめろ! 私は、私はまだ!!! ぅああぁぁあぁぁ――――ッッ!!!」


「それはお前が積み上げた穢れの重さだ。それがお前自身を沈めて消していく」


 魂を削られる苦痛に、堪らず声を上げるルアル・ナ・ルブレに、アルマ・マルマが冷たく言い放つ


「があぁぁ――――!! わ、私はまだあの方にお仕えしなくてはならない! 永遠に私はあの方の僕なのだ! 何故?! 何故こんな事で……! ぅあッああああぁぁぁ――――――ッッ!!!!」


「だけどここで終わりよルアル・ナ・ルブレ。千年だろうと二千年だろうと、お前が穢れを積んだ分だけ時間を費やして消えなさい」


「バカな! 馬鹿な! ばかな!! 一体誰がっ?! こんな、こんな――――っ!! アルズ・アルフ様! ――――――ッッ!」


 ルアル・ナ・ルブレは消えゆく手を、抗う様に何かを掴もうと高く伸ばすが、虚しくそれも無となり消える。

 やがてその存在が、この世の理から完全に消失してしまう。

 今よりこの世の裏側で、膨大な時間をかけて魂が削られて行くのだ。


 アルマ・マルマは、その消え行く魂を静かに見送った。


「彼が始めた事を終わらせる為に呼ばれたあの子……。神を滅ぼす力を持つ子よ」


 そのまま赤い月を見上げ、憂いた眼差しのまま小さく呟く。


「それがあの子の役目だから……。でも、それでも叶う事ならば…………」


 アルマ・マルマの眼は何処までも優し気で、ただ静かに赤い月を映していた。





     ◆◆◆◆◆






 カレンの顔に生気が戻って来たのを確認し、改めて2人を地面にそっと横たえた。

 そしたら後ろの方で、ザワザワと怪しく蠢く気配がする。

 どうやら巨大魔獣だった肉の塊が、再び寄り集まりだしているようだ。


 さっきのスキルの衝撃で、ぶっ潰したスライムみたいに弾けた筈なのに、中々のしぶとさである。


 横にした2人を置いて見に行ってみれば、既に巨大な肉団子が出来上がっていた。

 肉団子の表面には、ウゾウゾと魔獣の手足やら顔やらが浮かんでは消えていく。

 時々、人の物らしき手足や顔とかも出て来るので、実に悍ましい事この上ない。


 分かりきった事だが、コイツをこのままにはして置けない。放って置けば直ぐに完全再生してしまうだろう。そのまま街などに向かわれては、どんな被害が出るか分かりはしない。

 コイツはココで燃やしてしまうのが一番だ。


 とは言っても、カレン達がしようとしていた様に、割れ目火山のマグマに放り込んで燃やす程度の事では、わたしの気がまるで収まらない。


 カレンとコーディをとんでもない目に合わせたコイツには、原子に還って貰うくらいでないと気が済まんのよね!



 そんで一気に近付いて、蠢く肉の塊の端を軽〜く蹴り上げる。するとボヨンと巨大肉団子の半分くらいが持ち上がった。

 そのまま浮かび上がった肉塊と、地面の隙間に素早く身体を滑り込ませ、今度は真上へ向かって思いっ切り蹴り飛ばしてやった。

 ドカバコン!! とド派手な音を響かせて、巨大な肉塊は遥か上空へと吹き飛んで行った。

 200メートルくらいは蹴り上がったかな?


 そしてインベントリから装備を取り出す。

『ユグドラシルの若枝』と呼ばれるAランク上位の両手魔法武器。3本の枝を寄り集めて伸ばしたような、灰白色の魔法の杖だ。

 先端には薄いパープルの光を放つ長さ20センチ程の水晶柱の様な石が、3本の枝で包む様に取り付けられ、それがクルクルと光を溢しながら回転している。

 この光が溢れる石は精霊石と呼ばれるもので、魔法の効果を大きく上げてくれるのだそうだ。


 この自前装備を取り出したのは魔法精度を上げる為だ。

 Gゼロ装備では、流石に威力が上がり過ぎて危険極まりないので、A装備あたりの高い魔法制御力に期待しての物だ。


 肉塊が上昇到達点に達し、落下をし始めた。

 わたしはそれを下から囲う様に魔法を展開する。


魔法障壁広域展開マジックシールド・エクスパンション

 半径100メートル程の範囲で複数のシールドをハニカム状に組み上げて、落下物を受け取る様に空に半球の形で展開させた。

 シールド属性は対魔法で、特性はサーマル反射100%!

 A装備の杖も使っているので、シールドの耐久力もかなり上がっている。

 これならちょっと威力が高い炎系魔法を使っても、地上に被害は及ばない筈! ハズ!!


 肉塊が半球状に展開したシールドの丁度中心に落ちて来たタイミングで、今度は攻撃魔法を使う。


『パイロ・イラプション』

 神化魔法職アークウイザードの攻撃魔法。

 凡そ2,000度の炎の塊を撃ち出し、目標に命中すると炸裂して高熱の炎で敵を燃やし尽くす、中威力の炎系攻撃魔法だ。


 精霊石がひときわ強く輝くと、杖の先端に魔法陣が大きく広がり、その瞬間魔法が発動した。


 魔法陣から生まれたのは、オレンジ色に渦巻く炎の塊だ。

 圧縮された炎塊はサッカーボール程の大きさで、目標に向かい一直線に突き進む。

 砲撃のような音を響かせ、炎塊は目標にぶち当たった。

 次の瞬間、解放された炎が目標の全てを包み込む。


 一瞬で肉塊は燃え上がり、存在自体が炎と化してしまった。

 炎の塊となった魔獣だった物は、その表面に次々と魔獣やら人やらの顔を浮かばせては消えて行く。

 その中に幾つか見たような顔があったのは気のせいだろうか。

 例の長男のような顔も浮かんだ気がしたが……まあ、どうでも良い。


 直ぐに魔獣だった物質は崩壊し、白い光の塊に変わって収束していく。


 ……ん? あれ?

 これ思った以上に高温になってないか? 光がメッチャ大きくなってエラく眩しい。

 周りの大気が凄い勢いで渦巻いてる気がして、とっても不穏なんですが?


 シールド持つよね? ちゃんと熱を反射して地上には漏らしてないよね? 大丈夫だよね? ね?

 え? キッチリ反射してるからこそ熱量がドンドン上がってるって?!

 ひ、光が更に膨らんでるにょッ? ……あ、こ、これ。破裂しるヤツ? うぞ……!


 超超超特大の雷鳴みたいな音を上げ、ぶっとい光の柱が空に向かって撃ち上がった。

 まるで筒型コロニーを使用した、ソーラなんとかシステムみたいにメチャ太い光だ。

 シールドは崩壊していないから幸い地上は無事だ。……少なくとも今のトコ。


「……ぅは」


 見上げれば、ぶ厚い雲で覆われていた筈の空にはこの瞬間、雲一つなくなっていた。

 星がメッチャ綺麗に沢山見えてる。

 ここは標高が高いのかな? あは♪

 何故だろう、大気の歪みによる星の瞬きすらも無い気がしる。あははは。


 次の瞬間、大気が揺れた。

 こりは! マズい!!


 大慌てでカレンとコーディーを抱え、この場所から逃げ出……退避する!

 直ぐに物凄い勢いで強風が吹き荒れた。

 辺りの大気が、この場所の上空へと向かって一斉に雪崩れ込んでいるのだ。


 2人をシッカリ大事に抱え込み、岩だらけのこの地熱地帯から急いで離れるのだ!

 軽自動車くらいの岩が、風に飛ばされ幾つもゴロゴロ転がって来る。

 それらを躱し、時には蹴り砕いて走り抜けた。


 漸く木々のある森の中に入った頃には、大気の動きも随分収まって来た……と思う。


 ……これは、アレか?

 魔法の威力というよりも、シールドでキッチリ覆ったのがヤバかった?

 熱が反射収束されて一点に圧力が加わった的な?!

 ノーマン・ロックウェルだか、マリリン・モンローだとか言う効果?!

 メタルジェット化てし噴出する金属みたいに、熱エネルギーが大気を貫いた! 的な?!!

 は? 熱核反応? いやいあ! そんなワケ……あろえ……ない! ……よね?


 取りあえず、山とか辺りの自然とかは大きく崩壊してないっぽいのでホッとしておく。

 後でビビにまた盛大にお小言を頂きそうな気がするが……出来ればお手柔らかにお願いしたいのよさ。



 そんで何とか2人を森の外、キャンプ地まで連れて来た。

 ここまで来れば、荒れた大気の影響も随分無くなっていると思う。

 まあ、上空ではまだ強い風が吹いている感じはするが……。



 キャンプ地では、みんな体ひとつで避難した為テントや荷物はそのままだ。

 着る物を失った2人には、意識が戻ったら自分のテントに行って、着替えて貰うつもりでいる。

 わたしには、どれが彼女達のテントなのか分らないからね。


 とりあえず、2人が並んで寄りかかれるほどの太い幹の木があったので、そこに2人の身体を預けた。

 肩を寄せ合っている2人の呼吸も安定している。顔色も良い。

 これなら安心かな。


 そんな風に2人を見ていたら、コーディがユックリと目を開いてくれた。


「……え? ここ……は?」

「キャンプ地、だよ」


 今の状況を理解できていないのだろう。当然だよね。


「カレン?! え?! 無事なのですか? カレン!!」


 隣のカレンに気が付いたコーディが、カレンを呼びその肩に手をかけた。

 おっと、毛布がズレちゃうぞ。


「……ぇ、ここは……? コーディ? コーディ無事なの?!」


 コーディに応える様にカレンも目を開けた。

 うん、よかった。

 2人共、覚醒するように意識が上がって来ていたから、大丈夫とは思っていたけど……。

 それでも、何事もなく眼を開けてくれるとホッとする。


「え?! ぁ……、こ、これって」

「え? ……あ」


 2人は、今自分達が毛布一枚の姿である事に気が付いた様だ。

 赤くなってモジモジし始めてしまった。

 うむ、スマぬ。


「落ち着いたら、自分のテントに着替えを取りに行って、ね。でもその前に……」


 そう言って2人に小さなマグカップをそれぞれ手渡した。

 これは拡張ポシェットに収納してあった小ボトルから注いだ物だ。

 中にはアンナメリーに入れて貰った熱々のお茶が入っている。

 このボトルは『温度維持』の効果がある魔法道具で、24時間は温度が下がらない正に『魔法瓶』なのだ!


「あっっま!」

「美味しいですわ!」

「アムカム謹製ハニーティー、です」


 どんな蜂の蜜なのかはこの際言わないで置く。しかし滋養強壮に効果抜群なのは間違いない。

 暖かで甘いお茶を頂く事で、2人の緊張が少しずつ解けていく。


 現状の説明は2人が落ち着いてからだ。


「あ、星が出てる」

「……本当ですね。いつの間に雲が晴れたのでしょう?」

「ど、どうしてだろう、ね?」


 上を見上げた二人の言葉に、思わずちょっと明後日の方を向いてしまう。


「……綺麗だね」

「昔もココで、二人でこうして星を見上げましたね」

「そうだね、2人でお祈りしたね」

「はい」


 2人がマグカップを手に肩を寄せ合って星を見上げている。

 女の子2人が昔を思い出しながら肩を寄せ合うとか、ちょっと『尊しセンサー』が反応しちゃうな!


 これは一度2人に、昔話を語って頂く必要があるのではなかろうか?


 そうだ、学園に戻ったら2人を誘ってティーパーティーを開こう。

 ラウンジでアンナメリーにお茶を淹れて貰って、焼き菓子も用意して貰って……。

 ……いや、焼き菓子はわたしが用意しよう! 厨房をお借りしてパウンドケーキとか焼いてみよう。

 アンナメリーではなく、わたしが!


 そんでもってビビとミアも呼んで、ルシール嬢とキャサリン嬢も一緒に。

 みんなでお茶会をして、カレンとコーディ二人の思い出話をあれやこれやと聞きだすのだ。


 なんだか今からスゴイ楽しみになって来た。

 だってそれはきっと、とてもとても楽しくて、飛び切り素敵なひと時になるに違いないのだから。

――――――――――――――――――――

明けましておめでとうございます。

今年最初の投稿です!


そして次回「エピローグ 夢見るままに待ちいたり」

エピローグは明日投下予定です。

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