141話血は特製のジュース
空を滑るように高速移動しながら、前方に突き出した手に魔力が収束し大気が歪む。
その手のひらから生まれた火球は光量を上げ白く輝き、雷光を纏いながら撃ち出された。
ひとつ、ふたつ、みっつと、連続した爆発音で大気を震わせながら火球は目標に超高速で迫る。
だが、アルマ・マルマは静かに手をかざし、自身に迫るその火球をかき消した。
「ち!」
次々と火球が打ち消され、ルアル・ナ・ルブレが忌々し気に舌打ちをする。
だが更に移動速度を上げ、アルマ・マルマの周囲を縦に斜めに周りながら、尚も間断なく火球を撃ち出して行く。
全方位から機銃の掃射のように迫る火球を、アルマ・マルマはルアル・ナ・ルブレを正面に捉えたまま表情も変えずに片端から打ち消し続ける。
業を煮やしたように顔を顰めたルアル・ナ・ルブレは、突き出した左腕から火球を機銃の様に撃ち出しながら、アルマ・マルマに向かって軌道を変えた。
バレルロールの様な螺旋の軌道を描き、蒼い航跡がアルマ・マルマに迫る。
自分よりも古い存在であるこのハイエルフは、決して甘く見て言い相手ではない。
真祖である自分を滅ぼす迄は出来ないだろうが、下手をすればバラバラにされて数百年封じる程度はしてのける。
この千年余りで何度も煮え湯を飲まされた事を思い出し、ルアル・ナ・ルブレの眉間の皺が深く刻まれていく。
だが自分はここ百年程で、より多くの質の高いマナスを取り込んでいる。先程も欠片とは言え、極上で新鮮な魂を取り込んだばかりだ。
そうそう遅れなど取るつもりは無い!
距離を詰めるルアル・ナ・ルブレの右手から光が伸びた。
纏めた五指の先端から、バーナーの様な蒼い炎が噴き出し伸び上がったのだ。
魔力によって生み出された高密度の炎は質量を持ち、強力な炎の剣となる。
ルアル・ナ・ルブレは風を切る勢いのまま、その炎の剣でアルマ・マルマを斬りつけた。
だが、炎の刃は相手に触れる前に受け止められてしまう。
アルマ・マルマの手元からも黄色い光が、剣の様に伸び上がっていたのだ。
それは、超々高速で高密度の空気を振動させた輝きだ。
触れれば岩塊すら、バターを掬うように簡単に切り裂く凶悪な刃だ。
その魔力で作り出された二つの刃が、空中で激しく鍔ぜり合う。
互いの剣を形造る『
自身の炎の剣が受け止められた事で、更にルアル・ナ・ルブレの表情が
「そんなにムキになる事かしら?! アナタにとっても取るに足らない娘でしょうに?!」
「卑しいお前にはその程度の認識よね」
「可哀想な娘の心臓を吹き飛ばすなんて! なんて無慈悲な女なのかしら!」
「これ以上あの子を貶めるなど、許せる筈が無いでしょう? 黙ってお前の眷属になどさせなくてよ」
「そんな事を言いながら、私を見つける為まんまと犠牲にして見せたわよね?! 真に浅ましいのは
「人を誑かす口は、よく回るものだと感心するわ」
空中で魔力の剣で打ち合いながら、ルアル・ナ・ルブレとアルマ・マルマは言葉の応酬を繰り返す。
一瞬、僅かな隙をついたアルマ・マルマの一振りが、ルアル・ナ・ルブレの脇腹を斬り裂いた。
咄嗟にルアル・ナ・ルブレは、アルマ・マルマから距離を取る。
だが、そのルアル・ナ・ルブレに向けて地上から黄色い光が伸び上がり、右腕を斬り裂いた。
「がッ?!」
二の腕は中程で、皮一枚で繋がった状態だ。
だが、脇腹の傷も千切れかけの腕も、見る間に何事もなかった様に元に戻ってしまう。
更に、幾つもの光のラインが地上から立て続けに伸び上がって来る。
光のラインは何本も交差し、其々目標を薙ぎ払う様に動くが、ルアル・ナ・ルブレはそれを紙一重で躱す。
躱しながらルアル・ナ・ルブレも、火球をアルマ・マルマに向け矢継ぎ早に撃ち放つ。
散弾のように無数に迫る火球を、アルマ・マルマも危う気なく躱わし、また打ち消して行く。
無論その間も地上からの光のラインは止まらない。
「これは……。山の中に『
地上の森の至る所から伸び上がる攻撃を目にし、ルアル・ナ・ルブレが忌々し気に叫び上げた。
「だけど! 私との相性は最悪だったわね!」
ルアル・ナ・ルブレが地上に手を向け、そのまま火球を撃ち込んだ。
火球が撃ち込まれた場所は忽ち爆破を起こし、木々が次々と炎に包まれて行く。
「お前のチンケな木片など! こうやって直ぐに灰に変えてあげるわ! あははははは」
「そう? 出来ると良いわね」
ルアル・ナ・ルブレは高笑いを上げながら地上に次々と火球を撃ち込むが、アルマ・マルマは慌てるでも無く冷めた様子でそれを眺めている。
突如、燃え盛る木々の間が爆発し、土砂が舞った。
自身が撃ち込んだ火球とは別の爆発に、ルアル・ナ・ルブレは不審げに眉を寄せる。
細かな砂が噴水のように吹き上がり、燃える木々を砂に埋めてしまう。
そして忽ち、その火を消して行く。
土砂は次々と吹き上がり、片端から火を抑え込む。
更に、直ぐにその場所で植物が伸びあがり、辺りを緑が覆って行った。
その様子にルアル・ナ・ルブレが目を見開く。
「山火事鎮火用の魔法だそうよ。『こんな事もあろうかと!』とか言っていたわね」
「こんな非効率な魔力の使い方! それに! 広範囲の『
「魔力の貯蔵は十分だそうよ。なんなら一月でもこのまま続けましょうか?」
「馬鹿げた事を!!」
叫ぶルアル・ナ・ルブレを地上からの光が捉える。
その肩口を、腕を、脚を、腹を、光の刃が穿ち切り裂く。
しかし、切り裂かれる後からルアル・ナ・ルブレの身体は修復されてしまう。
アルマ・マルマの一撃は、肉体を破壊して来るだけではない。
霊域にも確実にダメージを与え、削って来る。
エルダーヴァンパイア程度なら、あの光線のひと薙ぎで魂まで消されても可笑しくはない。
だが、自分がこれまで膨大に蓄えて来た魂の大きさなら、これにも十分耐えられる。
やはりコイツの力では、自分を滅ぼす事迄は出来ない!
その事を確信し、ルアル・ナ・ルブレの口元が、邪悪に大きく吊り上がって行く。
「本当にしぶとい……。お前のその無尽蔵の魔力こそ馬鹿げているわ。一体これまでに、どれだけ無垢な魂を犠牲にしたの?」
「自ら捧げて来る『純粋』な想いも含め、全て『厳選』して来たわ! 清浄で穢れ無き魂であるほどに、絶望と嘆きに染まった時この上ない味わいとなる! その特製の極上品がそのまま私の力になるのよ! クふふ……! それこそ、その魂達も本望と言う物でしょう?!」
今まで味わって来た甘露を思い出し、ルアル・ナ・ルブレの表情が妖艶に、そして禍々しく歪んで行く。
更に己に取り込んで来た力を誇るかの様に、自らの肩をそびやかす。
まるで今の自分の力は、お前を既に超えているとでも言いたげに。
「アルマ・マルマ! お前が自慢する魔力が尽きるまで、幾らでも付き合ってあげても良いのよ?!」
「そんな無駄な時間を過ごす気は無いわ」
「ならばとっとと引きなさい! 己の無力を嘆きながら、疾く逃げ帰るが良い! 寛容な私は見逃してあげてよ?!」
ルアル・ナ・ルブレが声高に、敗走せよとアルマ・マルマに迫る。
だがアルマ・マルマはその言葉に、冷ややかな笑みを浮かべて答えを返す。
「虚勢を張るのも大変ね」
「……貴っ様ッ!!」
「さて、そろそろ気付いてくれる頃合いかしら……」
「なに?」
常軌を逸した魔力同士のぶつかり合いで、辺りの大気は激しく渦巻き荒れていた。
だがその時、大気は凪のように酷く静まり帰った。
まるで世界が、これから下される審判を待つのかのように。
「距離なんて関係無いでしょう? だって貴女は……月にだって手が届くのだから」
アルマ・マルマが西に向け、優し気に静かに小さく呟いた。
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