137話テリルの恵み
巨獣がゆっくりと足を踏み出した。
ズシリと石畳が揺れる。
足を進めた先には、脊髄を破壊されたテラードッグが横たわっていた。
カレンに『
その動かぬ骸を巨獣が踏みつけると、忽ち巨獣にテラードッグの身体が吸収されてしまう。
さらに巨獣の進む先には、まだ動いている個体が二つ。
それらは、コーディリアにより背骨を折られた
これらは体内の『
動けずにいる一体の
足が触れたテラードッグは、下半身が忽ち巨獣に吸収されてしまった。
まだ辛うじて動けていた上半身だけが、ジタバタと藻掻くように暴れまわる。
だが、少しずつ巨獣の脚に吸収され、遂には綺麗に飲み込まれてしまった。
そんな事は気に留めた様子もなく、巨獣はさらに足を進めていく。
その先に居るもう一体の
そしてもうひとつ、この場に残された横たわる物を言わぬコーディリアの身体。
今、その胸元に静かに光が灯る。
それは金色の清浄な輝き。
はじめ小さかった光は、見る見るコーディリアの全身を包んでいく。
全身を包む金色の光がひと際強く輝いた。
それに巨獣が気が付いた。
いや、巨獣の首元から伸びる少女の身体が気が付き、赤黒いラインを涙の様に刻まれたその顔が驚きに包まれている。
同時に悲痛な叫びが辺りに響きわたった。
少女は巨獣の進む先を変えようと藻掻くが、思ったように巨体は言う事をきかない。
それでも無理やり向き変えようと、苦し気に顔を歪めて人の身を何度も捻じる。
漸く進行方向を変えようと、巨獣の身体を傾かせる事が出来た。
しかし、傾いた巨体はバランスを崩し、横へと流れてしまう。
コーディリアの胸元が大きく跳ね上がった。
同時に何かが砕ける音が、胸のあたりで小さく響く。
直後、コーディリアが激しく咳き込んだ。
身体を横にしてくの字に曲げ、苦し気に気管支に詰まった異物を吐き出そうとする。
幾分落ち着いたのか、呼吸を荒げたまま身体を起こそうと腕に力を入れようとした。目を開くが、咳き込んだおかげで涙が溜まり、視界が歪んでいて周りがよく見えない。
身体が酸素を必要としているのか、荒い呼吸も中々落ち着かない。
巨獣はそのまま展望台の端まで移動していた。
少女の顔は、安心したかの様に顔から緊張がとけている。
しかし直ぐに、その顔を悲し気に歪ませてしまう。
その視線を、先程向けた場所に注いだまま。
突然、巨獣の身体がその場で揺らいだ。
展望台の縁がその巨体を支える事が出来ず、足元が崩れ始めたのだ。
ゆっくりと足場が崩れ、土石と共に巨獣の身体は崖下へと沈むように落ちて行く。
コーディリアは力の入らぬ腕でやっとの思いで半身を起こし、涙を拭って辺りを見廻し周囲を確認した。
その時、大地の振動と、地崩れが起きるような音が響いて来た。
音のする方に目を向けると、展望台の端から落ちようとする巨獣を視界に捉えた。
そしてどうした事か、そこにカレンの顔も見えた。
これは見間違いなのか?
コーディリアの目には、まるで巨獣の身体にカレンが埋まっているかのように見えたのだ。
「カ、カレ……ゴホッゴホッ! カレン? ゴホッ!」
いきなり声を発しようとして、再び咳き込んでしまう。
しかし目にしたのは確かにカレンだ。一体何故あんな事に?
巨獣が落下した振動が収まった頃。
最後のテラードッグが漸く立ち上がっていた。足が動く事を確かめるように、その前足を一歩踏み出す。
コーディリアはそこで初めて、今の自分の状況に思い至る。
口の中に血の味が残る。
口元を手で拭えば手の甲に血がべっとりと付いてくる。
そして意識を失う直前の事を思い出した。
背中から胸元にかけて受けた強い衝撃の事を。
思わず胸に手を当てる。衣服が裂けていて、肌に手が触れた。
裂けた衣服にはやはり大量の血が染みついている。
身体を起こそうとして強烈な眩暈に襲われた。身体がグラリと揺れる。
額に手を当て、一体自分に何が起きたのかを 朧気ながらに思い出して来た。
カレンの酷く泣き叫ぶ声が、とても遠くで聞こえていた気がする。
それが先ほど見えたカレンの顔と重なってしまう。
それでも何故、自分は今無事にいるのだろう? と傷があった筈の胸元に手を当てる。
すると、胸のポケットに入れていた物がカチャリと音を立てた。
――ここには、お父様から頂いたブローチが入っている筈――
コーディリアは胸のポケットに手を伸ばし、そこに入っていた物に指をかけた。
ポケットの中から取り出したのは、いくつかの割れた石の欠片。
ブローチにはめ込まれていた金色の石が、砕けて外れていたのだ。
金色の輝きを発していた筈のその石は、今は色も輝きも失っている。
それは『テリルの恵み』と呼ばれる
装備者が致命の傷を受けた時、一度だけその傷を治し救命処置をする力が込められた世界神の奇跡だ。
だがその成功確率は僅か二割弱。
コーディリアにはこの
アムカム領事館でジェシカ・カーロフの見せた奇跡が脳裏に浮かぶ。
――これをご覧になった先生方は仰っていた。このブローチは
コーディリアは、手の中に砕けた石の破片を収めたまま胸元に当て、その手が白くなるほどに握り込んだ。
「……ありがとうございます。お父様」
そしてそのまま小さいが、強く力を込めて感謝を口にした。
ブローチを渡してくれた時の、父の優しい目が思い出される。
その父の想いが胸に詰まり、ジワリと目の奥が熱くなってくる。
だがコーディリアは直ぐに顔を上げる。
そして巨獣が落ちて行った先に、その強い眼差しを向けた。
そのまま立ち上がろうとしたが、身体に力が入らない。
懸命に気力を奮い起こすが、手足は震えるばかりだ。
血液を失い過ぎた彼女の身体は、立つ事もままならなくなっていたのだ。
そこに駆け寄る獣の足音が近付いて来る。
唯一残ったテラードッグの走る音だ。
コーディリアが気付いた時には、魔獣の牙は直ぐそこ迄迫っていた。
だがコーディリアはそれを避けようとはせず、真正面から魔獣の突撃を待ち受けた。
コーディリアは、首元を狙って来るテラードッグの牙から自らを庇う様に、開いた両手を前へ突き出す。
牙を掠めた指先の皮膚が裂け、そこから血が噴き出した。
だが、首元へ牙が突き立てられるのは回避できた。
そのまま、のしかかって来る魔獣の首回りに両腕を回し、それを思い切り抱え込んだ。
だが魔獣の動きは次第に鈍くなり、やがて大人しくなりその場へ座り込んでしまった。
動きを抑えた事を確認したコーディリアは、そのままテラードッグの首を支えにして体を起こす。
そして力の入らぬ腕を懸命に使い、やっとの思いでその背中にしがみ付いた。
このテラードックを操ってカレンを追うのだ。
ここにジッとして救助を待つなどという考えは、コーディリアの頭の中には微塵も浮かばなかった。
今の自分に何が出来るかは分からない。
でもカレンをこのままにしておけない。
崖から落ちて行くときのカレンの顔が目に焼き付いている。
あんなに悲しそうな顔をしたカレンを、放っておくなど出来るワケが無い!
「待っていてカレン。今直ぐに傍へ行きます!」
コーディリアは、両腕でその首にしがみ付いたままテラードッグを走らせた。
何ものにも代え難い、唯一無二の相手の元へと向かう為に。
――――――――――――――――――――
気付けば半年ほど主役が登場していない……orz
でももう直ぐです!
既にカウントダウン入ってます!!
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