135話絶望の収穫者

「アーヴィン! 大丈夫?!!」

「結構やべぇ……。ぐぁっ!」

「見せて! ……酷い、肘の関節が……肩も?!」

「急所位置で刃を無理やり止めたからな。反動がかなりヤバかった……ぅぐっっ! 背骨も……所々イッてるっぽい……くっ!」

「! ……無理しないでアーヴィン! ロンバート! 手を貸して!」


 スキルを連続で使用して、超重量のツーハンドソードを振るっただけでも身体の負担は相当な物だった筈。

 しかもその上、更に大きな負荷を身体にかけたというアーヴィンの言葉に、ベアトリスは思わず息を飲む。


「わりぃ……、ロン」

「気にするな」

「アタシでも痛みの軽減は出来るけど……完治は無理ね! 後でサレイナさんにお願いするか、スーが来たら治してもらいましょう!」

「あ――……。スージィにはやっぱ、ドヤしつけられるかな?」


 アーヴィンがロンバートに肩を借りたまま、自分の身体を見下ろして苦笑いを浮かべた。

 状態は結構ボロボロだ。今座り込んだら、もう一度立ち上がれる自信はない。

 普段からスージィには、自分の身体の状態を把握して戦いに挑めと言われていた。

 ついこの前も、猛毒に犯されている事にも気付かずに闘っていて、叱られたばかりだ。


「スージィ、修練ではかなり無理な事させる癖に、戦闘で無茶するとやたら怒るからなぁ」


 そんなアーヴィンのボヤキに、ベアトリスが大きくため息を吐く。


「はぁ……。観念して叱られなさい! いい加減アーヴィンは自分の身体の事考えた方が良いわ!」

「『暫くは、このままで修練しろ!』とか言い出さないよな?」

「大丈夫でしょ! あの子普段から『首を飛ばされても、死んでなければ必ず治す!』って言っているじゃない?! 治してはくれるわよ!」

「それはそれで怖ぇ言い草だけどな!」


 ロンバートが支えるアーヴィンに、ベアトリスが癒しの魔法を使う。

 怪我そのものは修復に至らないが、軽口が叩けるほどに痛みは引いている様だ。



 その3人を背にして、ミアは1人油断なく一点を見詰めていた。

 燻ぶる様に白い煙を上げる、ヴァンと呼ばれた物体を。


 屈強な肉体だった身体は、干からびた様に浅黒く痩せ細り、まるでミイラかと見紛う程だ。

 切り飛ばされた右腕は既に塵と化し、その傷口が修復される兆しはない。

 眼球は溶け落ち、眼窩が黒い穴のように開いている。

 唇の無い剥き出しの歯の間からは、ゴボゴボと血を泡のように吐き出していた。

 黒ずんで皮だけの身体は、恐らく反射なのかビクビクと細かく動く。

 全身から絶え間なく白い煙が立ち昇っている。誰の目にも、直ぐにその存在が消滅して行くであろう事が明らかな状態だ。


 しかしミアはその朽ちかけた魔物から視線を逸らさない。


 ふと、その干からびた左腕が持ち上がった気がする。

 ミアはそれに気が付き、意識をそこに向ける。

 いつの間にか、その手の中には何かが握られていた。

 それは銀色に輝く卵のような形状の物。

 よく目を凝らせば、その銀の卵が、まるで生き物のように脈打っている事が見て取れた。


「!」


 ミアが咄嗟に両腕を前に伸ばした。グローブの魔力珠が黄色の光を零す。

 瞬間、今まで使用した中でもひと際大きな『擲弾グレネード・ショット』が撃ち出された。


 辺りを揺らすほどの破裂音を響かせ、それは真っ直ぐに銀の卵に向かい飛び、そこに到達と同時に大音を上げて炸裂する。

 その爆発音に驚き、ベアトリス達三人は目を見開く。


「ミア?!」

「まだだよ!」


 直ぐに炸裂した煙が散って消える。

 だが、命中した筈の銀の卵も、ソレを持つ干からびた腕も、無傷でそのままそこに在った。


「ちっ!」


 再びミアの手に魔力が集まる。

 伸ばした腕の周りに『擲弾グレネード・ショット』が次々と生成されて行く。

 それが連続で撃ち出され、目標に達すると立て続けに爆発を起こす。

 だが、その爆発が目標到達前に起こっている事にミアは気がつく。


 卵から銀の触手が伸び、『擲弾グレネード・ショット』を次々と打ち払っているのだ。


「な?!」


 打ち払われた『擲弾グレネード・ショット』が辺りの地面で炸裂し、忽ち周り一帯が土煙に包まれた。


 その間にも干からびた腕は銀の卵を、裂かれた胸元へと運ぶ。

 そして、ソレを切り開かれた胸の中へと押し込んだ。


 今『悪夢の頭ナイトメア・ヘッド』がその鎌首をもたげ、干からびた体内で膨れ上がる。

 その瞬間、辺りに悍ましい魔力が一気に吹き荒れた。


「くっ!」

「「「!!」」」


 咄嗟にアーヴィンをベアトリスに任せ、ロンバートが前へ飛び出す。

 ミアがシールドを展開し、後方へ下がる為にエアライドを使用した。


 だが、土煙に紛れて影が動く。

 それは一瞬で間合いを詰め、ミアの目前まで迫っていた。





     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 空気の抜ける様な音が、コーディリアの口から洩れた。

 カレンは状況を理解できない。


 コーディリアが目を大きく見開き、目線を自分の胸元へと移す。


 その胸元の中心からは、蒼い杭のような何かがそそり立つ様に突き出ていた。

 それは指程の細さの串を、数本纏めたような物だ。

 串は赤い液体に塗れ、コーディリアの胸元にもそれが滲み広がっていく。

 蒼い先端からは、赤い滴がひとつ、ふたつと落ちて足元の石畳を打っている。


 それが血の赤だという事を、カレンの脳は受け入れられない。


 カレンに目線を向け直したコーディリアが、何か言いたげに口を開こうとした時。

 突然支えを抜かれでもしたかの様に、その身体がカクリと膝から崩れ落ちた。

 同時に意識を失い目が閉じられ、そのまま石畳の上に力無く打ち捨てられた様に倒れ込む。


 繋いでいたカレンの手指に、コーディリアの重さが伝わる。

 カレンもまた、全身の力が抜けたかのようにガクリと崩れ、コーディリアの身体の脇に膝を付いた。


「ぇ? ……コーディ? やめて、冗談……冗談だよ……ね?」


 ゴボリとコーディリアの口から血が溢れた。


「コーディ! え? なんで? 嘘だよね? ねぇ、コーディ……コーディ!!」


 いつの間にか杭が消え失せた胸元からは、後から血が溢れてくる。

 それがコーディリアの胸を赤く大きく染めて行く。

 それは石畳にも広がり、膝を付くカレンにもその温かみが伝わる。


「いや!! ダメ! 駄目だよこんな!!」


 溢れて来る血を止めようと、カレンはコーディリアの胸に手を当て、それを押し留めようと抑え込む。


「……そ、そうだ! スーちゃんの傷薬! あれ……あれを使えば!」


 カレンは傷薬の入った小さなポーチを腰のベルトから外すと、その口を開き逆さに向け、中に入っている薬を全て地面にぶちまけた。

 空間拡張の使われた小さなポーチに入っていた傷薬は全部で12本。

 それを次々にコーディリアの胸にかけて行く。

 しかしそれでも血が止まらない。

 彼女達の辺りに、空になった幾つもの空き瓶が虚しく転がる。


「なんで?! どうして治らないの?! ……でも、でも! まだこんなに暖かい……。止めなきゃ……血を止めれば!」


 更に腰のポーチのひとつから救急用の白い布を取り出し、止血するようにコーディリアの胸元に押し当て、その上から更に手で押さえ込む。

 白い布地が見る見る赤く染まって行く。

 だが胸元を抑えるカレン手には、コーディリアの身体から命の脈動を感じ取る事が出来ない。


「いやだ! ちがう違う!! そんな事ない!! 大丈夫! まだ大丈夫!!」


 コーディリアの胸の中心に両手を乗せ、腕を伸ばしたまま体重をかけて行く。

 心臓の鼓動を取り戻す様に、リズミカルに体重をかけるが帰って来る反応は何も無い。

 ただ胸を押すたび血液が溢れるだけだ。


「だめ、ぁ、あふれ……溢れちゃう……。ダメだよぉ……おねがい! コーディ! コーディィ!!!」


 横になるコーディリアを、堪らずカレンは抱き上げた。

 まるで自身の体で、溢れ出る血を抑え込もうとするように。

 身体を起こされたコーディリアの腕が、力無く垂れ落ちる。


「ぁ、……あ、コ、コーディ……。やだ、ヤダよ……コーディ! なんで? 何でッ?! ぅあ……、あ!」


 カレンはコーディリアを抱え上げた事で、その身体に生者の息吹きが無い事を理解してしまう。


「あ! ぃや……嫌だ! コ、コーディ! コーディィ!! 目を! 目を開けてよコーディ!! あっ! ぅあぁぁ! ああぁあ――――っっ! ぃやっ! いやああぁあぁあぁぁ――――――――――!!」


 カレンの視界が大きく歪む。

 呼吸が酷く乱れ、涙が止めどなく溢れて来る。

 コーディリアの流した血液にまみれる事も厭わず、石畳の上で崩れ落ちようとするコーディリアの身体に腕を回し、もどかし気に何度も何度も抱き寄せ直す。

 倒れようとする頭を抱き、体温を確かめるようにその顔に自らの頬を擦り寄せた。

 しかし、身を寄せれば寄せるほど、絶望がカレンの身の内を穿って行く。


 カレンの喉の奥から、身を裂かれるような悲痛な慟哭が絞り出される。


「うあ! あっ! ああ――っ! いやぁああぁ! ぅあっ! ああ! ああああああぁあぁぁ――――――――――っっっ!!!」


 胸の奥が、滅茶苦茶に切り裂かれでもしたように痛い。

 呼吸も荒く、動悸も喉を破るほどに激しい。

 全身が燃えるように熱いのに、身体が酷く震えていた。

 視界が真っ赤に染まって行く。




 カレンの左の足首が赤々と光っていた。

 彼女の胸の鼓動に合わせるよう、力強く脈打つ様に。

 それは禍々しさを秘めた、毒々しい赤い光だ。


 赤い光はひと鼓動ごとに大きくなり、やがて幾つもの細い筋がそこから伸び出た。

 まるで血管が浮き出る様に、大きく脈動して足首から脚を伝わり登って行く。


 その血管の様な赤い光は、見る間に全身へと広がって行った。

 腕や顔にも脈動する赤黒い血管の様な光が伸びる。

 まるで禍々しい化粧を施す様に、頬に、目元に赤黒い筋が刻まれる。

 それは止めどなく血の涙を流しているかのようだ。

 やがて禍々しい赤黒い光はカレンの胸元へと集まって来た。


 カレンの胸元には、それらとは別の小さな赤く輝く物があった。

 それは、今全身を蝕もうとする禍々しい光とは真逆の、清浄な光を放ち装備者を護る小さな輝き。


 しかし、毒々しい赤はそれを囲う様に収束して行く。

 まるで侵食する様に。包み込むように。

 清浄な輝きはそれに抵抗する様に輝きを強めた。

 しかし赤黒い光はそれを許さず、打ち寄せる波の様に侵食を進める。

 それでも、寄せる穢れに小さな光は瞬き抗う。


 だがついに小さな赤い灯火は、赤黒い光に犯され閉ざされた。


「ぅあああああああぁあぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――ッッッッ!!!!」


 カレンの胸が激しく跳ね上がり、身体が大きく仰け反った。

 喉の奥から断末魔のような叫びがほとばしる。


 そのまま全身を赤黒く染められたカレンの身体が、まるで置物のように真後ろに倒れ込んだ。


 だが、石畳にその身が叩き付けられる直前に、その背に手を添え支える者が居た。


「ぅふ……。漸く、芽吹いた」


 影から滲む様に姿を現した蒼い女が、禍々しく口元を釣り上げなまめかしい声で呟いた。

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