132話アーヴィン・ハッガード猛撃す!

 夜の森の中、連続した金属音が木々の間に響き渡る。

 風を切り裂く音と共に迫るツーハンドソードの刃を、短剣のように黒い爪が甲高い音を響かせその軌道を反らす。


 ツーハンドソードの刀身は、仄かに聖気を纏い、いく筋もの光跡を辺りに描いていた。

 その聖気を帯びた刃を警戒するように、黒い短剣のような爪は、その刃を油断なく捌いて行く。


「どうした? 腰が引けてるぜ?」

「戯言を!!」


 忌々しげに眉根を寄せたヴァンが、次の瞬間振り下ろされたツーハンドソードの刃を左手で掴み取った。

 聖気を纏う刃を掴むヴァンの左手が、シュウシュウと白い煙を上げる。


「このっ?!」

「元より、こんな軽い太刀筋など警戒に値していない!」


 ヴァンは握った左手で刀身を外側へ強引に引き倒す。アーヴィンはツーハンドソードを握ったまま身体が外へ開いてしまう。

 その胸元へヴァンは鋭く伸ばした黒爪を、大気を割く勢いで突き入れた。


「!!」


 咄嗟にアーヴィンは左腕を折りたたみ、胸元を抑えるようにガードを取った。

 装備の魔法印が一瞬光を放つ。


 岩をも抉る力で突き入れられた黒爪だったが、そのガードを貫けず弾かれる。

 だが、アーヴィンの左腕と胸骨は軋みを上げる。


「ぐぉ……!」

「鬱陶しいっ!」


 すかさずヴァンは、そのアーヴィンの胸元に蹴りを放つ。


「がぁっ!!」


 堪らずアーヴィンは後方へと弾き飛ばされてしまう。

 更に追い討ちをかけようと、ヴァンが前へ踏み出す。


 しかしその直上に影が落ちる。

 未だ辺りに残る霧の塊の中から、ロンバートが姿を見せた。


岩石落としロックフォール

 ロンバートのバトルアックスが、圧縮された魔力の光を散らしながらヴァンの頭上に迫る。


 ヴァンは咄嗟に頭上で腕をクロスさせガードを取るが、その衝撃は足元を地に沈み込ませ、両の腕も砕かれた。


「ごぁ! おのれぃ!!」

「ぬぅ!!」


 しかしヴァンは、砕かれた左腕を構わず振り回し、ロンバートの身体を激しく打ち飛ばす。

 その砕かれた腕は、見る間に修復されて行く。だが、聖気に焼かれた左の手のひらからは、未だ白い煙が上がっていた。


「今度のは特別製かな?」


 その直後、ミアの突き出した二本の指先がヴァンの右の胸元に触れていた。

 そこに生み出されたのは、先程の物より一回りも大きな『擲弾グレネード・ショット』だ。

 それがゼロ距離で撃ち出される。

 同時にミアは、足元に『エアライド』を使用する。

 瞬間、閃光がヴァンの上半身を包み、凶悪な爆発が大気を揺らす。

 ミアは自らが生み出した爆風に押し飛ばされる様に、シールドを展開しながら両腕で自身を庇い、後方へと高速で退避する。



 この爆発で、ヴァンの上半身は大きく裂けた。

 右腕は千切れかけ、辛うじて肩関節でぶら下がっている状態だ。

 顔の右半分も吹き飛び、胸元の右側が大きく抉れ、鼓動する心臓が僅かに覗く。

 流石にこれだけのダメージを受けては足元がおぼつかなくなり、ユラユラとその場で上体を揺らしてしまう。

 しかし、これほど大きな損傷を受けても、泡立つように肉が盛り上がり傷が見る見る修復して行く。



 一方ミアは、この一瞬で後方へ数十メートル移動していた。

 そこには、剣先を地面に付け、ツーハンドソードを脇に構えるアーヴィンが居る。


 アーヴィンは腰を落とし構えを取る。

 細く静かに息を吐きながら深く深く集中すると、装備の魔法印が光を放つ。

 アーヴィンのダークブロンドの髪が揺れ、瞳が仄かな金色を帯びる。

 そして握るツーハンドソードにも、金色の聖気が濃密に収束して行く。


 ミアはすれ違いざま、アーヴィンの構えるツーハンドソードに触れ、魔法を発動させた。


質量増加マス・インクリース


 重量を増したツーハンドソードが、それを支えるアーヴィンの両肩をズシリと沈ませる。



 この重さは、普段鍛錬で使っている重量を増した素振り用の刃引き剣どころではない。重量の桁が確実にひとつ上だ。

 バート兄貴が使うメイスの片方が、確かこのくらいだった。下手に振り回せば肩がどうにかなりそうだ。

 だが、これで良い!


 目の前の道はビビ達が用意してくれた。後は目標に向け、一直線にスキルを使うのみだ!

 前の時もそうだったが、奴は大きな損傷から回復するたび力を増す。

 いい加減ここらでケリを付けないと、恐らく後がない。

 これで確実に決めてやる!





 肉体を修復させるヴァンは、只ならぬ気配を捉えそちらに鋭く目を向けた。

 まだ霧は散り切ってはいない。だが、あの向こうに何かが居るのを感じ取れる。

 ふと、足元に残る霧が風に流され地表が覗く。

 そこには舗装されたような道が延びていた。



 先ほどまでは無かったものだ。

 これは『岩盤路ベッドロックバーン』か?霧に紛れて展開したのか?

 気づけば、身動きが取れない様に足元までが固められている。

 小賢しい真似をしてくれる!

 だが、身体の修復も時期終わる。

 回復次第、直ぐにこれから抜け出し、全員今度こそ蹂躙してくれよう!



『アサルト・ダッシュ』


 霧を突き抜け、突然奴が現れた。

 全身に禍々しい聖気を、今までにないほど濃密に纏っている。

 此奴!まさかこれを練るために後方に下がっていたのか?!

 奴の動きが、これまでになく異常に速い!


『パワースマッシュ』

 剣先が超高速で真横に弧を描く。

 目前に聖気に塗れた剣先が迫っている。

 咄嗟に修復の終わった右腕をガードに回すが、その瞬間刃がその腕に食い込んだ。


 だが、奴の力では我が腕を断ち切るなど出来はしない!それは何度も証明して見せた!

 剣筋が止まった時、今度こそその胸元を貫いてくれる!





『パワースマッシュ』は、アーヴィンがスージィから最初に教わった、強打撃の基本スキルだ。


 『質量増加マス・インクリース』で大きく重量を増したツーハンドソードを、『アサルト・ダッシュ』で高速移動させ、『パワースマッシュ』の強力な打撃力で叩き付ける。

 それは人の手で使うには、余りに凶悪過ぎる質量兵器。


 その使用は、魔導装備で強化された使用者の肉体にも、過剰な負荷をかける事となる。

 だがその一撃は、強固なグラビステン合金装甲をも、紙のように切り裂く威力を持つ。


 ヴァンがガードに上げた右腕は、彼の予想とは裏腹に、いとも容易く粘土のように切り飛ばされた。

 そのまま分厚い胸板を切り裂き、そのウィークポイントへと刃を運ぶ。


 アーヴィンはへツーハンドソードの刃が届いた事を感じ取った瞬間、力の限り聖気を流し込んだ。


「ををぉぉぉぉぉ――――――――――っっっっ!!!!!」


 腹の底から上げる雄叫びと共に、激流と化した黄金の聖気が不死者の肉体を内側から焼き焦がす。


「ごブォっ!」


 黄金色こがねいろの聖気が炎となって立ち昇り、目から、口から吹き上がる。

 アーヴィンがツーハンドソードを引き抜けば、その身体は力を無くした様に膝を落とし、そのまま身体はドサリと大地に倒れ込む。

 斬り飛ばされた右腕が再生される様子はない。


 アーヴィンはそれを確認すると、ツーハンドソードの切っ先をズシリと大地に沈め、肩の力を抜きながら大きく息を吐き出した。

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