131話二人の戦い
「ボーナ! これはどういう事だ!?」
「ドルトン?! 本当に来たのか?!」
「取る物も取りあえず、特装馬車を走らせた!」
「……また周りに無茶をさせたな?!」
「そんな事より! 一体何があった?! これではまるで災害時の騒ぎじゃないか?!」
「……時間がない、手短に言うぞ! 凡そ1時間前、ローハン自然公園で大規模なスタンピードが確認された! 既に自然公園の物理結界も起動させている!」
「自然公園にだと?! 子供達はどうなっている?! 無事なのか?!!」
「子供達の避難は完了したと報告は上がっている! 郡騎士の第一陣も、まもなく現地に到着する頃合いだ!」
「被害は出ていないんだな?! だがボーナ、君も出るつもりか?」
「無論だ! これは並のスタンピードで無い! 奥地からは千単位で強力な魔獣が上がって来ているのも確認されているんだ! 物理結界は起動したが、いつまで持つかは分らん! 未確認だが既に結界の一部が崩れ始め、魔獣がこの市に向かっているとの情報もあるんだ! これより私は郡騎士団を率いて魔獣討伐へ向かう!」
「……クソ! 選りによって彼女が居ないこのタイミングか!」
「なんだって?」
「いや、何でもない。それよりボーナ! 緊急用のハトを借りるぞ!」
「高速仕様のものか?! 構わないが、どうするつもりだ?!」
「今日学園防衛に就いて貰った、アムカムのAランクチームを呼び寄せる! 彼女達なら、夜半過ぎには此処へ到着できる!」
「成程それは心強い!」
「それとボーナ! 装備も一式貸してくれ! 僕も現場に向かう!」
「……良いだろう、執事に直ぐ用意させる。5分で支度を済ませてくれ!」
「助かる。ありがとうボーナ」
「此方こそだ! 君の魔法の実力は一級だからな! 頼りにさせて貰う」
「子供達を保護する為だ! いくらでも使ってくれ!」
「無論だ! さあ支度を急げドルトン! 準備が済み次第出陣するぞ!」
「……ちくしょう、どうにも胸騒ぎが収まらん!」
◇◇◇◇◇
大気が軋む。
圧倒的速度で拳が突き出され、空気が圧縮される。
同時に周りの大気にも歪みが生じた。
瞬間的に圧縮された空気は高熱を発し、更には『氣』を纏ったまま目標にぶつかり、その部分を拳大のサイズで破壊し貫いた。
『インパクト・ナックル』
その技をスージィはそう呼んでいた。
少し前、保護施設の前でアーヴィンが放って見せた、剣氣を飛ばす『インパクト系』スキル。
それをカレンが、自分にも使えないかとスージィに相談した経緯があった。
元よりカレンが、『氣』を扱う事に慣れていると見たスージィは、「それならば」と基本的な型を教えてみる事にしたのだ。
案の定カレンは、『氣』をどこに溜めどう動かすかを、教える後から理解した。
ちゃんとした型の指導が済んだ後には、普通に技発動に必要な『氣』の巡りをさせて見せたのど。
型を取れば、カレンの体内でシッカリとした『内氣』の動きをその時スージィ・アイは捉えていたのだ。
そして実際に技を使う様に指示したところ、最初の一度で見事に技の発動に成功してしまった。
これにはさすがに、スージィもアーヴィンも口あんぐりである。
アーヴィンは、自分が『インパクト系』スキルを使えるようになるまでに一週間はかかったのに、「一体コレはどういう事なんだ?!」と顔を引き攣らせていた。
普通、使えるようになるには、年単位の修行は必要な筈なのにも関わらず。
そのアーヴィンの桁外れは度外視しても、「教えて僅か1時間でこれってどゆ事よっ?!」とスージィの目玉がグルグルの渦巻き状態なったのは言うまでもない。
そんな感じで2人が頭を抱えたのは、今より一週間ほど前のいつものアムカム朝練時の事である。
カレンは今では、若きアムカムの戦士たちと同様に、『氣』を使った戦闘に長けた存在となっていた。
「……凄い」
先程から、コーディリアの口から何度も零れている言葉だ。
カレンが敵を圧倒している。
『ヒトもどき』の身体は大きく、力も尋常ではない。
その一撃は分厚い石畳をも容易く砕く。
獣のような動きも、並の人間ならまず捉える事は出来ない。
だがカレンの動きは、それを更に凌駕していた。
『ヒトもどき』が拳を奮えば、突風が吹いた様に辺りに風が吹き上がる。
しかしコーディリアの補助魔法は彼女の戦闘スタイルと相性が良い。
それは風に木の葉が舞う様に、カレンの身体を風に乗せ、迫る拳を当然のようにスルリと躱す。
風に乗ったカレンがその勢いのまま、赤い魔力を帯びた回し蹴りを放てば、『ヒトもどき』の太い脚が容赦なく砕かれれる。
その赤い光を纏った踵は、『ヒトもどき』の頭上から落とせば、その頑強な頭蓋も粉砕する。
拳から放たれた技が打ち込まれた腹も、辺りに肉片を撒き散らかし、大きく抉れていた。
だが、暫くすると内側から肉が盛り上がり、傷を大きく覆ってその痕跡を残さない。
どこへ与えたダメージも結果は同じだ。
直ぐに新たな肉が盛り上がり、傷を覆い隠す。
盛り上がる肉の塊が、人の顔の形を作る事もある。
しかもそれは一つ二つではない。十近くも数を増やす。
表面に現れては、また肉の中に沈むものが殆どだが、幾つかはそのまま表面に顔を留めている。
複数現れたのその顔たちは、カレン達を見る訳でも無く、焦点の合わぬ虚ろな目で、ただ虚空に目を向けているだけだ。
その悍ましい顔の中には、嘗てマスカと呼ばれた馬車強盗とその仲間達の顔が紛れているのだが、カレンとコーディリアにはそれを知る由も無い。
今、『ヒトもどき』の外見は大きく変貌し始めていた。
カレンに身体を潰される度、修復する部位には新たなパーツが生えて来る。
しかし、生えて来るのは人の物だけではなかった。
潰された腕は、肉が盛り上がると剛毛に包まれ、人というより類人猿の腕に見える。
拳の皮膚も人の物とは思えぬ厚さで、伸びた爪は正に獣の物だ。
地を蹴って瞬時に間を詰めて来るその脚は、どう見ても二足歩行する生物の物では無い。まるで狼の後ろ脚だ。
破壊された背中には、皮膚と言うより鰐のような分厚い鱗が覆い始めていた。
先程、フルークらしい顔面を膝蹴りで正面から潰した。
鼻骨ごと上顎骨が砕けた手応えを感じていた。
顔面は潰れ、上顎で物を粗食するなど出来ない程に、顔面の内側に減り込んだのだ。
だがそれが直ぐさま修復して行く。
あまつさえ、そこには元の物より長い鼻面が伸びて来る。
鼻面が伸びるのと一緒に歯も生え変わり、口の中の歯はどれも乱雑に伸びた鋭い牙と化して行く。
まるで狼か
こいつ等の姿は最早人とは言えない。『ヒトもどき』という呼び方の範疇すら外れている。
狼の様な後ろ脚と、二対ある類人猿の腕の様な前脚で地を突き唸りを上げる。
普通の人間なら、目の前に立たれただけで正気を失うような酷く悍ましい歪な造形。
一体その身に、どれ程の人間と魔獣を取り込んでいると言うのか?
それは最早出来そこないの『
だが、カレンはその悍ましい合成魔獣を果敢に攻める。
魔獣はカレンを打ち払うべく、丸太の如き暴悪な腕を連続で振り回し、風を捲く。
魔獣は狼の様な後ろ足と、脇腹から伸びる猿のような前足で四つ足の獣のように大地に立つ。
可動域の広がった上半身の二本の腕が、カレンに逃げる隙など与えぬという様に連続で振り回され、まるで暴風の様な風を辺りに捲く。
体長が3メートルを超えようというその巨体も、狼の後ろ脚を使い高機動で移動を行う。
そして隙あらば、脇から伸びる3本目、4本目の剛腕もカレンを捕えるべく襲って来る。
この巨大な化け物の前では、この少女の運命など風前の灯だ。
傍からは恐らくそう見える事だろう。
だが暴悪な魔獣の爪が、カレンに届く事は無い。
どれだけ激しく魔獣の腕が獲物を捕らえようと動いても、その姿を掠る事さえ出来ていない。
ただ赤い魔力の光だけが、カレンが動いた後を示す様に、零れて消えるのが見えるだけだ。
何度目かの魔獣の腕が打ち下ろされた時、合成魔獣の視界から突如カレンの姿が完全に消え失せる。
次の瞬間、下方から力強い赤い光が立ち上がり、強烈な衝撃が魔獣の顎を穿っていた。
魔獣の懐に入り込んだカレンは、瞬時に身体を沈み込ませ、両手で地に手を着いていた。
大地をシッカリ押さえる様に手を置いたカレンが放ったのは、赤い魔力で強化した両脚で突き上げる強力な蹴りだ。
それは
その一撃は合成魔獣の顎を微塵に砕き、重量級の本体をも高く宙に浮かせる。
そして辺りを揺らし、魔獣は背中から大地に倒れ込んだ。
カレンはその隙に一旦呼吸を整える為、バク転をしながら魔獣から距離を取る。
そこへコーディリアが急ぎ近付き声をかけた。
「カレン! 大丈夫ですの?!」
「流石にコレはキリがないよね。やっぱり少しばかり不味いかな……」
そのままコーディリアはカレンに向け、『
カレンの荒かった呼吸が、静かに落ち着きを取り戻す。
今現在、カレンは確かに合成魔獣を圧倒している。
しかし、状況は芳しく無い。むしろ確実に悪い方向へ向いている。
カレンは削っている気が全くしていない。
今は倒れはしたが、直ぐノーダメージで立ち上がってくるだろう。
このままでは、間違いなくじり貧だ。
やはり先生方の言われていた通りだ。
いくら周りを潰しても、次々と修復してしまう。
身体の奥底に、神経叢の様な『
それを潰すしか無い!
その時、カレンはこの高台へ向け、複数の気配が上がって来るのを感じた。
直ぐにそいつらは姿を見せる。
テラードッグだ。
それが4体、次々と崖下から駆け上がり、2人に向かって走り込んできた。
魔獣に気付いたカレンの身体は、次の瞬間には魔獣に向けて動いていた。
『氣』を纏い、大きく撓る様に繰り出された踵落としは、一撃でテラードッグの脊椎を砕き、同時に体内の『
続けて二匹目のテラードッグにも蹴りを浴びせようと、身体を捻るカレンの目の端に影がひとつ過ぎった。
「いけない! 逃げてコーディ!」
一体のテラードッグがカレンを避ける様に回り込み、コーディリアへと向かっていたのだ。
それを捉えたカレンが声を上げるが、コーディリアは静かに言葉を返す。
「丁度いいですわ」
鉄扇をもう一つ取り出したコーディリアが、両手に持った鉄の扇を開いて見せた。
「
鉄扇を広げたまま短く祝詞を唱えると、彼女の周りに風が集い始める。
今コーディリアが装備している『鉄扇』は、スージィから送られたアムカム謹製の魔導武装だ。
取り付けられた魔力珠は高純度で、発動させる魔法の威力を大きく上げる。
テラードッグ達の目には、僅かにコーディリアの輪郭がブレた様に写っただろう。
それでも構わず、魔獣はコーディリアに真正面から飛び掛かった。
しかし、テラードッグはコーディリアの身体をすり抜けてしまう。
『
僅かに攻撃目測を狂わせる魔法だが、コーディリアは見事にそれを使いこなし、魔獣を軽やかに躱して見せた。
そしてそのまま、魔獣の背に手に持った鉄扇を叩き付ける。
アムカム製であるコーディリアの振るった鉄扇は、アニーのポシェットと同じく、インパクトの瞬間に大きく硬度と質量を増す。
勢い良く打ち下ろされた凶器は、いとも容易くテラードッグの背骨を砕いた。
魔獣は背骨を『くの字』に折られ、甲高い声を上げ、その場で四足を引きつかせている。
その威力は、先にカレンが見せた踵落としとも遜色が無い。
しかし、自分が与えた想定以上の結果にコーディリアの目は大きく開かれ、挙動も幾分怪しくなる。
その思わぬ結果に目を見開いたのは、カレンも同じだ。
しかしそこにテラードッグの最後の一匹が、コーディリアに向かい飛び掛かっていた。
「コーディ!!」
再びカレンが声を上げる。
しかし、やはり魔獣は目標を違え、コーディリアにその牙は届かない。
そして今一度舞う様に振るわれた鉄扇は、テラードッグの鼻面を潰し、トドメとばかりにもう片方の鉄扇が、やはり脊髄を打ち砕く。
「……驚いた」
「少しは私の事を頼っても宜しいのですよ?」
僅かに頬を上気させ、ここぞとばかりにドヤ顔を見せるこの最愛の友人に、最後の
今まではコーディリアに敵の攻撃が向かない様、カレンは立ち回りに気を配りながら戦っていた。
でも、今のコーディリアなら自分だけでも対処は出来そうだ。
ならば! 彼女を信頼して全力で向かってみよう!
「分かったよコーディ。もう少しだけ力を貸してくれる?」
「勿論ですわ!」
その時、砕き飛ばされた顎が修復した『
そして怒りが堪え切れぬと言うように、その場で天を突く様な叫びを上げた。
――どんなにタフな相手でも、所詮は生き物だ。
限界を超えてダメージを与え続ければ、大抵は方が付くもんだ。
しかし中には膨大な魔力、体力で本当に埒が明かない奴もいる。
そう言う奴は内側から壊してやれば良い。
神経や血管は、魔力や氣を体内に回らせる為の重要な機関だ。
これを中からぶっ壊すのさ!――
叔父様から口伝と言うその技を教わった時、それがどういう物なのか良く分かっていなかった。
これを教わった当初は、まだ『氣』の扱いどころか、その存在も理解出来ていなかったのだから当然だ。
でも、アムカムの皆から『氣』の扱いを教わった事で、漸く理解出来るようになった。
これは練り込んだ『氣』を相手の体内で巡らせ、急速に収束させる事で内側から破壊する技だ。
人に対してなど、無暗に使って良い物では無い。『氣』への理解が進むほど深まるほどに、この技の恐ろしさが良くわかる。
少し前までなら、自分には過ぎた技だと考えただろう。
しかし今の自分なら! この魔獣相手なら、やれる!
いや! やって見せる!!
「……カレン? なんだか少し楽しそう?」
「え? そうかな?」
確かに、少しばかり気持ちが昂るのを先程から感じていた。
身体を動かすのはやはり楽しい。
この緊張感にも、心躍る物を感じているのは確かだ。
何より、コーディリアの魔力に包まれる事で得られる一体感が、尚の事彼女のテンションを上げていた。
「コーディと一緒だからかな?」
「え?」
「コーディとこうして一緒に戦えるのが、何だかとっても嬉しい!」
「――――!」
高揚感からか、仄かに頬を染め目を輝かせて見つめて来るカレンに、コーディリアの胸の鼓動が思わず跳ねる。
しかし直ぐ手を胸に当て、落ち着く様にと静かに息を吐く。
「それでもカレン。無理はしないでください。……何か嫌な予感がします」
「大丈夫だよコーディ! 二人一緒なら何だって出来る!」
こんなにも彼女は頼もしい。なのに何故か、コーディリアの胸の奥が僅かに騒めく。
それでも、カレンの期待に応えたいという想いは大きい。
「よし!やってみる!! 後ろはお願いね!」
「分かりました! 必ずカレンを支えて見せます!」
コーディリアの声に押されるように、カレンは合成魔獣に向けて走りだす。
魔獣はカレンを確認すると、憎々しげに眉間に皺を寄せ牙を剥く。
そのまま低くドラムでも打ち鳴らすような唸りを上げ、魔獣はカレンに向けて飛びかかった。
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