130話アムカムの戦士たち

「アルジャーノン! スタージョン! 2人を先導して! コチラに向かっているルドリさん達と合流させなさい!」


 ベアトリスの言葉に、揃って鋭く答えた小動物が、一瞬でその肩から飛び降り地を駆ける。

 そして、地に白い二本の線を描く様にして、2人の後を追い木々の先へと消えて行った。


「テラードッグの何匹かは、バリケードの外側を回って行ったみたい。あの子達だけで大丈夫?」


 目に付く魔獣を撃ち抜きながら、ミアがベアトリスに問いかけた。


「問題無いわ! アルジャーノンは周りの状況を把握できてるし! スタージョンにはアルジャーノンを通じて、アタシの魔力が供給出来てるから十分な範囲で幻影魔法も使える! テラードッグ程度では捉える事は不可能よ!」

「なるほど。……でも」


 ベアトリスと言葉を交わしながら、ミアが南側にある高台へチラリと視線を向けた。


「向こうにも何匹か抜けて行ったみたいだよ?」

「それこそ問題無いでしょ! 今のあの子カレンなら、テラードッグ程度に後れを取るなんて有り得ない!」

「……うん、そうだね」

「なんか不満?」

「ううん。今のカレンちゃん、わたし好きだもの」

「でしょうね!」

「えへへー」

「コッチもこれからよ! 援護に入るわ! 消耗は?」

「ン――、今6割弱ってとこかな?」

「そ! なら問題無いわね! でも補給はまめに!」

「わかってるよ」


 2人は其々、腰に付けた革のポーチに手を伸ばす。

 ポーチのひとつから、直径2センチ程の薄青色をした球形カプセルを取り出した。

 それを素早く口に放り込んで嚙み砕けば、中から清涼感を覚える液体が割れ出てくる。

 それは忽ち口の中で揮発するように溶け消えて、直ぐに2人の魔力が僅かばかり回復する。


「可能なら仕留めても?」

「任せるわ!」


 ミアが、直射ラインを確保すべく素早く移動を開始した。

 ベアトリスは、その場で支援の魔法を使うべく準備に入る。


「敵は低位のヴァンパイア! 舐めて良い相手ではないけれど、老練な魔物と比べれば手数も力も及ばない! アタシ達だけでも抑え込む事は十分出来る!」


魔力可視化マジックビジョン

 それは魔力を可視化して視力を補う補助魔法。

 視界の悪い環境下でも、魔力を視覚的に捉える事で視界を補正する支援魔法だ。

 ベアトリスはその視界を強化する魔法を唱え、パーティーメンバーに上掛けする。


「警戒すべきはその耐久力! 尋常ならざる回復力は持久戦になれば必ず押し負ける! やはり決め手は……!」




 ヴァンの黒い爪が連続で突き込まれて行く。

 常人では捉え切れない速度で繰り出されるその右手の突きを、ロンバートが盾にしたバトルアックスで次々捌く。


 黒い爪は、ロンバートの大柄な身体を掠めはするが、悉く致命に繋がる傷を与える事が出来ずにいる。

 その事にヴァンの口元が苛立ち歪む。

 いっそ大きな一撃を入れてやろうと、ヴァンが右手を大きく引いた。


 タイミングを見計らっていたロンバートは、腕が引かれた僅かな隙を見逃さなかった。

 魔装鎧の魔法印が仄かに光る。

 ロンバートは躊躇う事なく短く持ったバトルアックスを、ヴァンの胸元へ叩き込む。

 小さなスイングとはいえ腰を効かせたその一振りは、十分な速度と重さを備えた一撃だ。

 叩き付けたバトルアックスは、ヴァンの胸板を胸骨ごと大きく抉り取った。


「ごはっっ!」


 重い一撃に弾き飛ばされたヴァンが、堪らず口から血を吐き散らす。

 それを追撃すべく、横から飛び出したアーヴィンのツーハンドソードが一閃する。

 その刃は、ヴァンの首を落とそうと空を斬る。

 だが、ツーハンドソードは首の手前でガキリと止まってしまった。


 ヴァンの短刀の様な右手の黒い爪が、それを受け止めたのだ。

 本来ならば致命的とも言えた胸の傷は、既に塞がり消えている。同時に、ヴァンの左手に魔力が収束していた。


 それをたアーヴィンは咄嗟に距離を取るが、既に完成された魔法陣から、人の腕ほどの氷の柱が打ち出された。


 アーヴィンはその直撃を受け、堪らず後方へ吹き飛ばされてしまう。

 更に畳み掛ける様に、氷柱が連続して撃ち出される。

 ロンバートがすかさずアーヴィンの盾になる様に立ち塞がるが、立て続けに打ち込まれる氷の重さに、地を踏み締める足が沈む。


 直ぐに立ち上がったアーヴィンは、飛んで来る氷柱の軌道をツーハンドソードで逸らし、回避しながらヴァンに迫ろうと前へ進む。

 その間にも、ヴァンは次々と辺り一面を埋めつくさんばかりの氷柱を生み出して行った。

 その場にいる全ての人間を圧し潰すべく、氷の柱たちが犇めきながら迫ろうとした時――。


溶解メルト

 ミアの魔力珠が緋色の光で溢れる。

 その瞬間、空間を埋めていた全ての氷柱が一瞬で溶解した。

 同時に、周り一帯が蒸気で埋まる。


霧の幻影ミストイリュージョン

 それに合わせる様に、ベアトリスが目眩しの魔法を使った。

 ベアトリスの魔力で、僅かな時間だけ霧は散る事なくその場に留まる。

 霧で視界が制限されるが、ヴァンパイアの淀んだ魔力を捉える事は、魔力視が補われているパーティーメンバーには容易い。

 そしてこの霧は、敵対者に向け幻を写し出す。

 霧に紛れて迫る幻を、ヴァンが忌々しそうに振り払う。


 この間にベアトリスは癒しの魔法を唱えていた。

『癒しの風』

 心地よい風が、アーヴィンとロンバートの周りに集う。

 見る間に2人の身体に付けられた傷が癒えていく。

 身体を地味に蝕んでいた毒も中和され、その耐性も備わった。


「おのれ姑息な!」


 ベアトリスの放つ清浄な魔力に気付いたヴァンは、その場のベアトリスを貫こうと、勢いよく黒い爪を槍の様に伸ばした。


「やらせるかよ!」


 だがそれはベアトリスに届く前に、アーヴィンのツーハンドソードで叩き折られてしまう。


 そのまま身体を回転させ、勢いのついたツーハンドソードを、ヴァンの側面へ叩き込んだ。

 だが、ツーハンドソードの刃は、ガードに立てたヴァンの腕に阻まれてしまう。

 刃は右腕の中程で止まっている。


「だから貴方の剣は軽いと言っている!」

「この程度じゃ通らねぇのは、分かりきってんだよ!」


 右腕でツーハンドソードを止めたヴァンは、左の爪も短剣とし、アーヴィンを貫こうと振りかぶる。


 そこに、何かをばら撒く様な破裂音が、辺りの空気を揺らして響く。

 白い闇の中に、対象までの道筋が次々と開けられる。

 ミアの放つ『拡張弾ダムダム・ブレッド』だ。

 その凶悪な弾頭が、ヴァンの振りかぶった左の爪を撃ち砕き、その腕をも抉って行く。

 アーヴィンば直ぐさま、ミアの射線上から退避する。


「おのれ!」


 撃たれるヴァンの腕は、肉が削り取られる後から修復し、傷が付いた跡すら残らない。


「ちっ」


 小さく舌打ちしたミアは、瞬時に使用魔法の展開を修正する。

 ミアが指先を軽く振ると、手首の周りにあった礫達が集まりひとつの塊となった。


擲弾グレネード・ショット

 その先端は筈かに尖り、硬質さを増している。

 それは直ぐに高速で回転を始め、ミアの指が指し示す方向へと撃ち出された。

 それまでよりも大きな破裂音を響かせ、砲弾は射線上の霧を吹き飛ばし、目標へと達する。


 ヴァンは、連続で飛来する礫を遮る為に、開いた左手を前へ突き出していた。

 『擲弾グレネード・ショット』は、その広げた手の中心に撃ち込まれ、硬質な先端がそこへと捩じ込まれる。

 その瞬間、爆発の閃光と破裂音が辺りに響きわたる。

 ヴァンの左腕の肘から先が完全に破壊され、二の腕がささくれた肉の断面を露出させていた。


 突然自らの腕が破壊された事に、ヴァンは苦悶の声を上げる。

 だがその腕は時間を巻き戻す様に、飛び散った血肉が失った腕の跡に戻って来る。

 そしてそのまま、元の筋肉質な腕へと修復されてしまった。


「……誤差の範囲内でしょうけど、部位欠損には幾らか修復に時間は必要みたいね!」


 ベアトリスが、その不死者の回復の様子を観察しながら呟いていた。


 その時、地を揺らす振動が彼らの元へ伝わって来た。

 同時に何が裂ける様な音も、木々の奥から響く。

 ベアトリスが、辺りに警戒の目を走らせる。


「ククッ、物理結界が崩れ始めたようです。残念ですね、もう後がありませんよ」


 訝しむベアトリス達を他所に、ヴァンが嫌らしげに口元を上げ、得意気に言葉を投げて来た。


「30……いえ40分と言った所かしら? アムカムの物とは比ぶべくもないけれど、良く持ったと言えるわ!」

「悔しいですか? 折角あなた方が苦労して封じたのに。ククク……」

「もう幾らもせずにコチラの増援が来る! それまで持たせられれば十分よ!」


「クククッ! 随分可愛らしい強がりですね? これだけの物量、ボルトスナンの群騎士団だけで止められる物ではありませんよ!」

「それを見越しての増援要請よ!」

「どんな増援が来たとて、最早焼け石に水だとお分かりになりませんか?!」


「そりゃどうだろな!」


 アーヴィンの魔装が光を放ち、アンバーのウルフアイズが金色を帯びた。

 一息でヴァンの懐に入り込むと、その短剣の様な爪を下へと打ち落とした。そしてすかさずその柄頭でヴァンの顎をかち上げる。

 僅かに軸をずらされたヴァンに向け、回したツーハンドソードで右上から袈裟に斬りつけた。


 薄く金色の聖気を纏った剣先が付けた傷は、不浄の身体に焼け付く痛みを与える。


 喉の奥から獣の唸りの様な呻きを上げ、ヴァンがその場から再び飛び退いた。

 その胸元に、斜めに斬って付けられた傷は、他のものと違い白い煙を上げたまま修復しない。


「我が肉体に傷を付けるその一撃! その技! 貴様の存在を許す事は、あの方への冒涜に他ならない!」

「こんな事、一人前のアムカムの戦士なら誰でも出来るぜ」

「ならばいっそ、貴様の里ごと滅ぼしてくれる!」

「言い草がいちいち小物臭ぇぞ?」

「ほざけ!!」


 眉間の皺を深く深く刻み、炭火のような赤い目を憎悪で燃やすヴァン・ニヴンが、アーヴィン・ハッガードとアムカムの戦士たちに向け吠え上げた。

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