127話カレンとコーディ

 人の形をとる影は、汚泥の様な悍ましさをその身に纏い、口元を歪に曲げて言葉を零す。


「……嘗て、仲違いした友人と手を取り合い再び友情を確かめ合う。実に感動的です!乾ききった私の胸の内に、熱い物が込み上げて来ました!」


 芝居じみた動きで、胸元に手を押し当てながら感極まったと言いたげだが、ソレの他者を見下す様な目元を見れば、それがただの皮肉じみた侮蔑だと直ぐに理解出来る。


「ヴァン・ニヴン!!」


「やはりもうお兄さまとは呼んで頂けないのですか?……寂しい限りですねカレン?」


 再び鋭い声でカレンが警戒の声を上げる。

 彼女のその声には、かつての気弱さを感じさせる物腰など微塵も無い。

 その様子にヴァンは、僅かに目を細める。

 しかし直ぐ、芝居がかった動きで目を見開き、悲しいとでも言いたげにその目元に手をあてた。


「……ですが、まあ良いでしょう」


 その不浄の物と向き合いながらもカレンは、コーディリアを庇う様に彼女の前へと足を運ぶ。

 だが目線は一切ヴァン・ニヴンから外す事無く、何時でも咄嗟に動けるようにと静かに足を運んで行く。


 ヴァンはそのカレンの動きを目で追いながら、さも面白そうに、笑いだすのを堪える様に口の端を歪めている。


「そんな警戒はなさらなくても良いですよ。今日は、最後の仕上げの為にお伺いしたのですから」


「……仕上げ?今度は一体何を企んでいるの?!」


「企む?!」


 ヴァンが心底驚いたという様に、再び大きく目を見開いた。


「なんと酷い言い草でしょう!一体私が何を企むと言うのです?今まで貴女に私が何か企てを謀った事など、あったでしょうか?!」


 そのまま胸に手を当て、さも傷付いたと言わんばかりに眉根を寄せる。


「その口から出る言葉全て、信用なんて出来るワケ無い!」


 そのカレンの言葉を聞き、もう堪えられぬと言う様にヴァンが口元を手で押さえた。


「良いですね!良いですよカレン!それが貴女本来の姿なのですね!勇ましく覇気があり正義感に富んだ瞳!実に素晴らしい!」


 手で顔を隠しながら、ヴァンは何かに耐える様に肩を小刻みに震わせる。


「ですが!その顔が再び、絶望と悲しみに塗り潰され打ちひしがれると思うと……、尚のこと唆られる!!」


 手を外して露わにされたものは、只々悦びに満ちた悪意に塗り固められた表情だ。

 ヴァンの口角が、邪悪に大きく悍ましいほどに釣り上がっていく。

 口元から見える白い歯は、肉食獣を思わせる鋭い牙が並び、見る者を心の内から震撼させる代物だ。


「ふざけないで!」


 だがコーディリアは、その悍ましい相手に怯む事無く喰ってかかった。

 ヴァンの物言いに、彼女の身体の芯が熱を持つ。


 そもそも、カレンが今まで陥っていた状況は、この目の前にいる男が仕組んだものだ!

 すべての元凶はこの男なのだ!

 カレンの両親を奪ったのも、謂れのない仕打ちを受けていたのも、この男の企みだ!

 なのに白々しくも、謀った事など無いなどと、どの口が言うのか?!


 挙句の果てには、カレンに更なる絶望を齎すと口にしている!

 この男は何処までカレンを弄ぶ気なのだ?!

 怖れを塗り潰し、肚の底からの怒りがコーディリアを突き動かす。


「貴方は!どこまでカレンを貶めるつもりですか?!」


「貶める?何を言っているのですか?私は称賛しているのですよ?それでこそ捧げ物に相応しい、と!」


「捧げもの……?あなたは……貴方は!カレンを一体どうするおつもりなの?!」


 コーディリアが鋭く声を上げたその時、遠くから金属同士が打ち合わさる様な重い音が連続して響き渡って来た。

 彼女たちが居る高台にもその振動は伝わり、僅かに足元が震えている。


「な、なに?!」

「この音は?まさか?!」


 カレンが警戒する様にコーディリアの前に腕を伸ばすが、コーディリアはその音に思い当たる様に声を上げた。


「物理障壁が立ち上がる音ですね。どうやら結界装置が起動したようです」


 カレンとコーディリアが後ろの展望台の手すりに手をかけ、下で灯っていた結界装置の灯りに目を向けた。

 仄かだった灯りは次々と大きく光を放ち、その灯りを放つ灯篭が乗った柱は上に長く伸び上がる。

 そして、立ち並ぶ結界装置である石柱と石柱の間に、次々とぶ厚い壁が立ち上がって行く。


 この大きな振動は、あの厚い壁が立ち上がる時に周りに響かせている音だ。


「コーディ、コレって……」


「恐らく何かが森の奥から迫っています。あの奥から、嫌な気配を感じませんか?」


 厚みを持ったその壁が、次々と立ち上がる様を目にしているカレンとコーディリアは、その向こうに不穏な動きを感じ取っていた。


「下賤な死肉喰いの不手際で、本来用意していた数より三割以上減ってはいますが……、まあ此処を蹂躙するには十分な数でしょう。」


 後ろでヴァンが、不快気に眉根を寄せながら呟く。

 だが直ぐに大仰に手を広げたかと思うと、その手を胸に当て丁寧に腰を折って見せた。


「さて、では此方も宴の準備と参りましょうか」


「まさか!これは貴方が仕組んだと?!」


「御安心なさいカレン。この後、貴女の所の愛らしいふたつの蕾も、手間暇をかけて摘み取って差し上げますから」


 そう語るヴァンの眼が、人ならざる者の輝きを帯び、口元が更に大きく切れ上がった。

 空気が漏れ出る様な音を立て、喉の奥から嗤い声を零れ落とす。


 その瞬間、カレンの拳が空気を裂いた。


 カレンの装備する魔装鎧に刻まれた魔法印が仄かに光り、一瞬で間合いを詰めたカレンの拳が、ヴァンに向け『氣』を乗せた右の一撃を繰り出したのだ。


 その拳を、ヴァンは瞬時に右手だけで受け止めたが、受けた手指は砕かれ血を噴き出した。

 カレンは透かさず左の回し蹴りを繰り出した。だが、ヴァンはそれをスルリと後方へ下がってやり過ごす。


「これは素晴らしい。まともに受ければ、私でも只では済みそうにありませんね」


 驚いたというよにヴァンは目を開き、自らの右手を顔の前に上げて見せる。だが既にその手に傷は無い。



「あの子達に手出しなど、させはしない!」


 噴き上げる様な怒りの感情を眼に宿し、カレンがヴァンを睨みつける。


「貴女方には、ちゃんとお相手を用意してありますのでご安心下さい」


 だがそれを受けるヴァンは、涼し気に答えを返し指を鳴らす。

 そるとヴァンの背後の影の中から、人の姿をしたものが現れた。


「見知った相手だと思うのですが……」


 奥の影から姿を見せたのは、大柄な人の様だった。

 だが、その姿があまりにも大きい。

 そしてそのシルエットも妙に歪だ。

 やがてその頭部が影の中から現れ、展望台に灯る明かりで照らし出された。


「ロドリゴ……いえ、確かフルークと言った……?」


 それは先頃、子供達の施設前で相対した相手。

 カレンは当時ロドリゴと呼んでいたが、それは偽名で本当の名はフルークと言うのだと、後に理事長から教わった。


 だがその男はデケンベル防衛機構の収容所内に捕えられ、更には先日のアンデッド騒ぎの折、行方知れずとなった聞いた。

 それが何故ココに?


 しかも男の様子が少しばかりおかしい。

 目は虚で何処を見ているのか分からない。口をパクパクと開閉し、まるで陸に上がった魚の様だ。

 それにあの男は、こんなに身長が高かっただろうか?

 時折り町で見かけるハーフジャイアントより、間違いなく遥かに大きい。

 身体のシルエットも妙だ。

 灯りに照らされていないのでハッキリとは分からないが、まるで歪な着ぐるみでも着ているようだ。


「先日収穫した成果物です。まあそれなりに熟成出来ていると思いますよ」


 ヴァンがそう言いながら一歩後ろへと下がる。

 その体の周りに影が渦巻く。


「何処へ行こうというの?!」


 消えようとするヴァンに向け、カレンが再び間合いを詰めるべく地を蹴った。

 だが2人の間に、フルークが素早く滑り込んで来る。

 そのあり得ない反応速度にカレンは思わず身を翻す。

 頭上より降り下ろされた拳が、一瞬前までカレンが居た地面を砕く。


「「?!」」


 灯りに照らし出されたフルークの姿を見た、カレンとコーディリアが息を飲んだ。

 そこに居たのは人の姿に似た何か。


 地面に喰い込む拳は二つ。

 それは肩から二本の腕が伸び合わさり、一本の腕になっていた。

 脚も同じだ。やはり二本の脚が合わさった様に一本の脚になっている。

 身体には襤褸切れの様なシャツとズボンを身に付けていたが、そのシャツの膨らみから脇腹あたりにまだ腕があるようにも見える。

 そしてそのフルークの顔の下。

 肩口あたりにもう一つ、顔が付いていた。


「?!ま、まさか!パーカー?!」


 それはあの時、フルークと一緒にカレン達を襲ったパーカーの顔だ。

 やはり眼は虚ろで、どこを見ているのか分からない。呼吸をするように、やはり口も動かしている。

 だがその口を動かす様が生き物らしさを感じない不自然さがあり、なんとも身の毛がよだつ。

 カレンは見知った相手のあまりな姿に、思わず言葉を失ってしまう。


「心配するには及びません。それからは『人』と云うくびきは外してあります。既にそんな物に収まる存在では無くしています。此れは我ながら、それなりの出来だと自負しているのですよ」


 それは不気味で悍ましい異形。

 まるでバラバラにした複数体の人形を、ひとつに纏めて混ぜ合わせた、グロテスクで悪趣味な人形遊びの出来そこない。

 これは人の身体で作り上げた異質同体だ。

 その冒涜的な存在に対し、ヴァンは労作を誇る様な口ぶりで語る。


「一体、人を……!人間を何だと思っているのですか?!」


「人間?実に取るに足らない存在ですよね。こうして我々の役に立てるだけ、塵芥で在りながら存在意義が生まれると言う物。良かったですね」


 その所業に吐き気を感じずにいられないコーディリアが、人の尊厳を踏みにじる行為だと声を荒げる。

 しかしそんな抗議も、ヴァンには芥子粒ほどにも通じない。


「さて、私は今のうちに、少しばかり礼を返しに行かねばなりません。暫し、私の代わりに是と遊んでいて下さい」


 そう言うとヴァンは自らの脇腹に手を当て、下方で青い明かりの灯る結界装置の方へと視線を向けた。

 そしてそのまま闇の中へと消えようとしている。


「ま、待ちなさい!逃がすもの――――っ?!」


 身体を闇に溶かすヴァンに向け、カレンが再び間合いを一瞬で詰めた。

 だがそこへと届く一瞬前、横から風が押し寄せる。


 剛腕が、大きな軌道を描いてカレンに向けて飛んで来た。

 大廻だがその速度は尋常ではない。カレンは咄嗟に自身の軌道を変え、その大きな腕から距離を取る。

 更には、あろう事か飛んで来た腕は、途中から2本に別れた。

 ひとつの拳は、カレンが一瞬前まで居た空間を横薙に通り過ぎ、ひとつの拳は、やはりカレンが居た地面に食い込んだ。


「コーディ!コイツはわたしが引きつける!今の内に逃げて!」


「古き樹よ、風に歌え。歓喜の歌を、勝利の歌を奏で、共に舞え……」


「コーディ?」


戦意上昇バトルフォージ!』


 逃げろと叫ぶカレンに帰って来たのは、支援職であるコーディリアがうたう戦唱だった。

 戦唱によって、カレンの戦闘力が底上げされる。

 反応速度が上がり、防御、攻撃力共に増し、魔力が溢れて来る。


「もう離れません!何があろうと!絶対に!!」


「コーディ…………」


「カレンを絶対1人にしないと!……守って見せると誓いました!」


 巨大な左手が振るわれた。

 大きな軌道だが凄まじいスピードのフックがカレン目掛けて飛んでくる。『気流加速エアリアルアクセル』次にコーディリアの飛ばした魔法が、カレンの腕周りに空気の層を走らせる。

 高速で迫る巨大な鉄柱のような腕を、カレンの腕の高速回転する空気層と接触すると、僅かに弾かれ軌道がズレる。

 カレンはその流された腕の力を利用して流し、腕に引きづられた巨体はその勢いのままバランスを崩して倒れ込んでしまった。


「私はカレンを信じます。だからカレンも!私を……信じて!」


 相手が倒れたと言ってもダメージが通っているとは思えない。

 カレンはステップを踏みながら、その場で間合いを図る。

 同時に、コーディリアの支援魔法に心底驚いていた。

 「こんなにも戦いやすい!」





「スタージョン。お前はお友達の所へ向かいなさい」


 コーディリアが自らの従魔に声をかけた。

 どこからか走って来た小さな白い毛玉が、一瞬でコーディリアの肩まで登って来た。鼻先を細かくヒクヒクと動かし、ピキュキュと声を出す。まるで「どういう事か?」と聞いている様だ。


「そしてその主に、魔物ヴァンがココに来ている事を伝えるのです」


 きっと彼女達なら上手くやってくれる筈。彼等ならこの状況を……あの魔物を打ち破ってくれる。「キャサリンとルシールには、急いで避難するよう伝えるのですよ」そんな事も伝えていた。


「だからココは、私とカレンで凌いで見せますわ!」


 カレンが自身の拳を握り、その場で右へ左へとシャドーを打つ。

 想像以上に身体の切れが良い。

 そのままコーディリアに振り返ると、力強い目で頷いた。


「わかったよコーディ。背中は任せたからね!」


「ええ!お任せなさい!」


 白い歯を零し、カレンがコーディリアに力強く言葉を投げる。

 それを受けるコーディリアも、幸せそうな笑みでカレンに返した。


 次の瞬間カレンが走る。

 異形の魔物を粉砕するべく魔装鎧に魔力を乗せて。

 この世の誰よりも信頼する、コーディリアの想いの乗った風の魔法を身に纏いながら。

 異形に向け、渾身の一撃を撃ち込む為に。



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