126話野営地防衛線

「コイツら!まだ動くわ!」


 ベアトリスの声に、皆が討ち取った筈の魔獣に眼を向ける。

 根の槍に貫かれながらバタバタと手足を使い、そこから逃れようともがくモノ。

 身体を両断されたまま、半身を失った状態でジタバタと手足を動かし暴れるモノ。

 本来なら仕留めている筈のモノが、未だ当たり前のように動いている。


「間違いない!『線形魔力生命体エーテリアルワーム』よ!」


 よく見れば魔獣の傷口から、糸のように細長いモノが幾つも蠢いているのが見て取れた。

 魔獣の両断された傷口から伸び出て、悍ましく蠢きまくるのだ。


「やっぱ、切った突いただけじゃ駄目って事か」


「……それなら」


 ミアが今一度地面に両の手を当て、そのまま一瞬瞑目する。


「爆ぜろ!『マナバースト』!」


 ミアの魔力が地を通じて根の槍に通された。

 次の瞬間、槍に貫かれていた魔獣達が次々と爆ぜていく。


「一気に処理したわね?!魔力は持つの?!」


 野外授業出発前にアムカムのメンバーは、ノソリとセイワシ両博士から『線形魔力生命体エーテリアルワーム』への対処の仕方についてレクチャーを受けていた。

 それはつまり「魔獣の体内に、直接魔力なり聖気なりを叩き込めばよい」と言うものだ。


 ミアが今行ったのは、魔力を暴発させる『マナバースト』だ。

 それを十数体の魔獣の体内で、一度に行ったのだ。

 本来であれば、それなりに魔力を消耗する行為である。

 ベアトリスはミアに、魔力のペース配分に問題無いのか?と問いかけているのだ。


「んーーっとね、元々根っこに滞留してる魔力に圧をかけて押し出してるだけだから、わたし自身の魔力はそんなに使っていないかな?」

「……そう!なら良いわ!」


 ベアトリスは「それなら問題無い」と、それ以上の言及は止めた。

 だが、アーヴィンとロンバートは思わず顔を見合わせてしまう。「滞留している魔力を使うとか簡単に言っているけど、普通の人間は自分の中の魔力を扱うのが精一杯で、そんな事出来ないんじゃないか?」と2人は顔を引きつらせる。

 同意を得るようにベアトリスに視線を移すが、彼女は肩をすくめて見せるだけだ。「まあ、ミアもいい加減規格外だしな……」と、感覚だけで魔法を扱ってしまうミアに対して、アーヴィンは早々に考える事を辞める事にした。



 そこに甲高い叫び声が響き渡った。上半身だけになった魔獣が発したものだ。

 ソイツは両腕で地面を叩き、アーヴィンに向かって飛び掛かって来た。

 腕の力は存外に強かったのだろう。地面に大きな音を響かせ、牙をむき出しにして一直線に飛来する。


 向かってくるソレに対し、アーヴィンは小さく息を吐き、僅かな動きでツーハンドソードを突き出した。

 一瞬で聖気を纏った剣先は、何の抵抗も無く魔獣に突き刺さり、その身体を容易く貫く。

 と同時に、魔獣の身体が突然内側から一気に膨れ上がった。

 その直後、魔獣の身体は空気の抜けた風船のように急速にしぼみ、力を無くしてツーハンドソードの刀身からずり落ちて行く。

 地面に落ち、身体の萎れた魔獣の傷口からは、先程まで見えていた白い線虫のような物は最早居ない。


 「うん、これで十分行ける」


 ロンバートも、地上で蠢く魔獣の身体に、頭上に掲げたバトルアックスを振り下ろした。

 衝撃で弾け飛んだ魔獣の肉片には、最早蠢く物は確認できない。


「こんだけ細かく砕いちまえば、結局存在できないって言ってたしな」


 その肉片を見ながら肩をすくめるアーヴィンの言葉に、ロンバートは「フム」と小さく返す。


 先ずは其々、博士達の指導に従ったやり方で、『線形魔力生命体エーテリアルワーム』へ対処出来る事が確認出来た。

 同時に、今回もコレが絡んでいる事を教えてくれる。

 となればこの裏に居る者は……。アーヴィンの口元が凶悪に吊り上がって行く。


「次!来るわ!」


 ベアトリスが声を上げるのとほぼ同時に、木々の間から小型の魔獣が飛来する。

 ムササビのような『スタージラット』と呼ばれる魔獣だ。それが複数体、樹木の上から滑空して来た。

 だがそこに、樹の枝が次々と伸び上がり、その身体を突き貫く。

 ミアの『枝鉾ブランチ・スピア』だ。

 枝の槍が空中で次々と獲物を突く。突かれた獲物はその場で爆ぜ、力なく地上に落ちる。


 槍から逃れた者も、アーヴィンのツーハンドソードで叩き落されていた。

 聖気を纏った刃がその身体を貫けば、小型の魔獣はその場で爆ぜる。


 ロンバートは次々と飛来する小型の魔獣に対し、手に持つバトルアックスで打ち払う。

 質量のあるバトルアックスで打たれた魔獣は、悉くその場で爆ぜて行く。


「この程度の小型相手なら全く問題無いな」

「中型でも変わらんさ」

「でも大きいのは注意しなきゃだよ。人間よりも体格が大きいヤツだと、体内で『線形魔力生命体エーテリアルワーム』が収束しているって先生言ってたし」


 3人は、自分達が使っている『魔力』の、『氣』の扱いを確認しながら、次々と飛来する魔獣を処理していく。

 小型は問題無い。だが、大型のモノはこうは行かないとミアが注意を促す。


「なんだっけ?身体の深い所で寄り集まってるから、そこに魔力や氣を直にブチ当てないと駄目なんだっけ?」

「そうだよ。神経叢みたいに沢山の『線形魔力生命体エーテリアルワーム』が寄り集まってて、そいつの中心になる部分が生成されるんだって。そこ以外の手足とかの末端をいくら攻撃しても、身体の再生は止められないから、その中心部分を何とかしないと駄目だって言ってたよね」

「なら実際に試してみないと、なっ!」


 アーヴィンが、飛んで来た最後のスタージラットに向けツーハンドソードを一閃させ、それを血飛沫に変えた。


 このわずかな時間で討伐したスタージラットの数は、30を超えている。

 アムカムでも、コレだけの数が一度に湧くことなどそうは無い。


「これから幾らでも試せるわよ!ほら!次!」


 ベアトリスが、前衛であるロンバート、アーヴィンに『バイタルアップ』をかけていく。

 2人のスタミナが増強される。


 ロンバートはバトルアックスを右で逆手に持ち、アックスを水平に構え前方へと突き出した。


 そのバトルアックスの太い柄に、木々の間を駆け抜けた獣が牙を立てる。

『テラードック』

 群れを成して獲物を襲う、体長1.5メートルほどの山犬の魔獣だ。

 ロンバートは、バトルアックスをまるでバトンでも振る様に軽々と回転させ、ソイツを弾き飛ばした。

 そのまま遠心力の乗ったアックスを、続けて飛び込んで来たテラードックの脇腹に叩き込む。


 アックスにより飛ばされた仲間を掠める様に抜け、もう1体のテラードックがロンバートに飛びかかる。

 しかし、それをアーヴィンが下から斬り上げたツーハンドソードで両断した。同時に両断された傷口がアーヴィンの聖気で爆ぜる。


 その爆ぜたテラードックの陰から、2体の黒い毛皮の『ダークフォックス』が今度はアーヴィンに向かい飛びかかった。

 しかしそれを、槍と化した木の根が下方から貫く。

 貫かれたのと同時にその身が弾ける。


 ロンバートが集めた魔獣をアーヴィンが斬り伏せ、ミアの魔法が貫く。しかし、迫る魔獣の数は時間を追うごと数を増す。


「気を抜かないで!抜けば簡単に突破されるわ!」

「わかってるさっ!!」


 ロンバートが、自身が集めた魔獣達のど真ん中で、バトルアックスを地面に向けて叩きつけた。


『ロッククラッカー』

 ロンバートの足下の岩塊が、爆発した様に弾け飛ぶ。

 岩塊と共に、ロンバートに集っていた多くの魔獣達も吹き飛んだ。

 更に枝が、木の根が次々と槍と化し、その魔獣達を貫いて行く。


「いっその事『小炎乱連弾フレイムバルカン』でも使って、だ・だ・だ・だ・だ――――――っっ!て一掃してやりたくなるね!」


 既に相当数の魔獣を処理しているのだが、いまだに途絶える事なく押し寄せる魔獣の数に、ミアが焦れたと言わんばかりに愚痴をこぼす。


「間違っても使っちゃダメよ!ここはアムカムの森と違って、生えている樹々に魔法耐性なんてありゃしないんだから!少し威力のある火属性魔法なんて使おうもんなら、あっという間に山火事になって全員火の海に飲まれる事になるからね!!」


「あ~~~、ぅん、分かってるよビビちゃん。ちょっと言って見ただけだよ」


 ミアはバツの悪そうな顔をして、指先で頬を掻きながら目線を逸らした。

 そのまま「まあ色々試してみるよ」と呟きながら再び手を地に当て、幾つもの槍を生み出す。



 ドラムの様な振動が地面から響き伝わって来た。

 重量の有る何かが走る振動だと、ベアトリス達は直ぐに気づく。


『グレイファングボア』

 体長1.5メートルほどの猪の魔獣だ。

 石の様に硬い毛皮と、突き出した鼻先には左右に4本づつ大きな牙を持つ。

 その突進力は家の石壁などは紙の様に突き破り、並の衛士では5人がかりでも抑え込むなど到底無理な相手だ。


 今、その中の一匹が猛烈な勢いで突進して来る。

 だがロンバートは怯む事なくソレの前に立ち塞がり、両手で水平に持ったバトルアックスを前に翳し、静かに腰を落とした。


 直後にロンバートと魔獣が激しく激突する。

 ぶつかり合った余波が、下腹に響く振動となり辺りに広がった。

 ロンバートの足元が地を擦り僅かに下がる。

 対するボアはその場から弾き飛ばされ、空でもんどりを打つ。

 その鼻面はひしゃげて曲がり、大きな牙は砕けて辺りに飛び散っていた。


 そこに向けて手を翳すミアのグローブの魔力珠が、青い光を帯びる。

水撃ウォーターハンマー

 ミアが創った水の塊は、直径20センチ、長さ1メートル程の水の柱となり目標へと向かって加速する。


 その水撃の柱は大きな弧を描き、回り込む様にして宙に浮くボアの側面に直撃した。

 重い衝撃を受け、その身体は横にくの字に折れ曲がり、打撃を受けた逆側からは内容物が破裂する様に飛び散った。

 それを確認するミアは「もう少し抑えても行けそうかな?」と呟く。


「まだ3匹!」


 ベアトリスが警告を叫びながら、突進してくる残りのボアの前に石壁を伸び上がらせた。

 石壁に進路を塞がれ激突し、足を止めたボアの側面にアーヴィンとロンバートが回り込む。

 そして次々と聖氣を纏ったツーハンドソードを、バトルアックスを振り下ろし、ボアの背骨ごとその身体を立ち割って行った。


 3体目のボアの身体を叩き割った直後、アーヴィンの頭上を覆うように黒い影が落ちた。


 それは、『ナイトベア』と呼ばれる熊の魔獣だ。

 体長は2メートルを超え、黒い体毛で闇夜に紛れ獲物を襲う。


 それが後ろ足で立ち上がり、アーヴィンに向けてナイフのような鉤爪を打ち下ろして来た。

 普通の人間ならば、頭蓋など豆腐のように軽く抉り取られる、絶望的な暴力の象徴とも言える一撃だ。


 だがその瞬間、アーヴィンの魔装鎧に刻まれた魔法印が、仄かに魔力の光を帯びる。

 打ち下ろされるベアの右前足を、アーヴィンは自身の左腕を勢い良く振り、それを力強く打ち払っていた。

 破裂音の様な大きな音が辺りに響く。


 思わぬ反撃に、ナイトベアはたたらを踏んだ。

 本来であればこんな小さな相手は、自分の打ち下ろした前足で簡単に潰れる筈。

 それがあろう事か前足は弾き返され、あまつさえ身体まで大きくよろけている。ベアには、今何が起きているのか理解が出来ない。


 だがアーヴィンは動きを止めず、そのままツーハンドソードをを両手で持ち、その場で大きく回転した。

 そして遠心力に乗せ、力の限りツーハンドソードの刃をナイトベアの空いた脇腹へ叩き込む。

 ツーハンドソードはナイトベアの硬い毛皮と分厚い筋肉を切り裂き、その背骨付近まで刃を通した。


 アーヴィンはそこで手応えを感じた。刃が達した場所にあるに。


 アーヴィンの瞳が金色を帯びる。髪がユラリと揺らめいた。

 間髪入れず、そのままツーハンドソードから金色の聖気を叩き込む。


 ナイトベアの身体の中で、が爆ぜた。ナイトベアは一瞬跳ねる様に身体を仰け反らせたが、そのまま力無く地面に崩れ落ちた。


「よしっ!」


 アーヴィンが小さく拳を握る。

 野外授業出発前まで、学園内で行っていたトレーニングの成果が出ている事を、今強く感じたのだ。


「まだよ!」


 ベアトリスが警戒を解くなと叫ぶ。

 木々の奥から、岩の様な鱗を持った大型のトカゲが姿を見せる。

 皮膚の無い身体に粘液を纏わせた巨大なヘビが、茂みの中から鎌首を上げた。

 カエルとイモリの間の子あいのこのような両生類が、太い樹木の幹に張り付き、左右非対称な目でコチラに視線を向けた。


「……?!こいつら!この辺の魔獣じゃない……?!」


 闇を見渡せる視界が付与された彼らの眼には、森の奥から更に多くのそれらの魔獣が迫りくるのを捉えていた。

 ボルトスナンの、この辺りに生息する魔獣は本来もっと脅威値が低く、精々2か3程度のモノが殆どの筈。

 だが今見えている魔獣達の脅威値は、恐らく10近い。

 そんな奴らが幾つも見える。

 ベアトリスの知識でも、少なくともコイツ等はカライズ州には生息していない魔獣の筈なのだ。


「参ったわね!それがこの数……?流石に少しばかり想定外かしら……!」


 ベアトリスらしからぬ戸惑いを含んだ物言いに、アムカムの三人は思わず顔を見合わせていた。


「慌てんなよビビ!」


 アーヴィンがベアトリスの傍らに、力強い足取りで近付いて来る。

 心なしか声が僅かに弾んで聞こえた。何故かその眼はワクワクと、期待と喜びを湛えているようにも見える。


「どうせやる事は変わらなぇんだろ?なら今迄以上に暴れちまおうぜ!?みんな何気に最近溜め込んでんだろ?この際、思い切りぶちかましちまおうじゃねぇか!なぁ!」


 思索する様に口元に手を置いていたロンバートは、アーヴィンの言葉に自分の手の下の口角が、我知らずに上がって行くのを感じていた。

 ミアの瞳に喜色が浮かび、その魔法装備に魔力が集積され始め、装備が放つ光が辺りに零れ始める。


「……まったく!どいつもこいつも戦闘民族なんだから!」

「ビビちゃんも、だからね!」


 三人に、呆れたように言うベアトリスだったが。ミアが同じ穴の狢だと返す。

 取りあえずこれに関して、ベアトリスは否定はしない様だ。


「しょうがないわね!」


 ベアトリスは、苦笑を浮かべたまま溜息を吐いた。


「さあ皆!ここに至っては!もう気を抜く暇なんか無いわよ!」


 更に3人に、力を籠めた目で檄を飛ばす。


「ここに『物理障壁スクリーン』が広域に展開されるまで、あと少し気張って行くわ!」

「おう!」

「任せろビビ!」

「ちょっとだけ、もう少し、本気を出しちゃってみよっかな?!」


 森の奥より未だ尽きずに押し寄せる魔獣達を前に、アムカムの4人は戦意高揚の声を上げ、その群れを押しとどめるべく立ちはだかる。



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『WEBコミックガンマぷらす』様

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どうか皆さま何卒よしなに!

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