122話紅い月の元で
わたし達の周りを、作業着を着た人達が忙しそうに動き回っている。
この方達は、先に現地入りしていた大学の学生さんだそうだ。要するに学生のバイトさんだね。
このバイトさん達は、前もって測量をしやすい様にと現場を整えていてくれたのだ。
わたし達の馬車は、鉱山の北側にある封鎖された坑道の入り口前まで到着していた。
バイトさん達は、結構な広さのあるその坑道前の広場で、今回の探索の為のベースキャンプ作りをしていたのだ。
そしてこのキャンプ地を起点にして、山頂の測量地点迄までの道を拓いたり、測量場所を整地したりと、1週間も前から準備をしていてくれたそうだ。
ホントにご苦労様です。
因みに、この道を作ったり整地に使われたのは『
ボルトスナンの復興でも多用された物だそうな。
ウチのビビが得意とする『
ビビはこの魔法で、瞬間的になら幅1メートル弱ほどの道を、15~6メートルは出せると言っていた。だけど彼女の歳でそこまで出来るのも、いい加減規格外らしい。
基本的な魔法なのだけど、ぬかるみやデコボコ道を
でも、術者の技量によって仕上げ状態は随分変わるようだ。
それでもやはり、コレだけ広範囲の足場を整えるのは、かなり大変な作業だったと思う。
今回は、この作業をしてくれた総勢12人のバイトさんも含め、この測量場所を護衛をするのが仕事となる。
そんでもって今のわたしは、この場所へ来たもう一つの役割、つまり護衛以外のお仕事をさせられていたりする。
モリス先生曰く、実はこっちの方がメインの仕事だとかなんだとか……。なんじゃいそりゃ!
「そりゃ、次のカートリッジじゃ」
今まで手に持っていた筒状の物をバイトさんに手渡し、次の新しい筒をモリス先生から受け取る。
受け取っているのは、太さは500ミリリットルのペットボトルくらいかな?長さは70センチ程の金属製の筒だ。
重さはそれなりにあるっぽい。
それを手渡したバイトさんは、2人がかりでヨイショヨイショと運んでいる。
だけど片手で持ったわたしを、そんな慄いた目で見なくても良いと思うんだけど?
モリス先生だって片手で持ってるじゃん?
え?モリス先生はドワーフだから、腕力があるのは当たり前?
だからあンだっちゅのよ?淑女に対してその態度は失礼だと思うのだわよ!
モリス先生の説明では、この金属製の筒は特注の
相当量の魔力を充填出来るようにする為、特殊な素材をふんだんに使ったら、かなりな重さになってしまったそうだ。
さっきからわたしはこれに、先生から受け取っては魔力を籠めてバイトさんに渡す。という単純作業をもう何十回と繰り返している。
「『
わたしが手渡した魔力を籠めたカートリッジは、四連装ロケットランチャーみたいな四角い箱に次々と収められていく。
その箱は地上に並べて置かれ、並列に繋がれていた。
モリス先生が、その箱と他の並べられた機材との接続を確認しながらそんな風に仰った。
「地中深くに眠る鉱脈の有無を調べる物じゃ。まあ使い熟すには繊細な魔力操作と十二分な経験が必要になるんじゃがな」
地中に深く打込まれた杭のようなセンサーから、幾つものコードが伸びている。
そのコードはみんな、地上に置かれた機材と繋がっているのだ。
この杭は、前もってバイトさん達が打込んでいた物だそうだ。
地上の機材は、わたし達が馬車で運んで来た物。
大人が入れそうな程の、大型のキャリーケースみたいな物が十数個。
ケースはパカリと全開に開かれ、その中を見せながらを綺麗に横一列に並べられている。
中身はどれも、ガラス管やらメーターやらダイヤルやらレバーやら、メカメカしいものがこれでもか!と詰まっていた。
何に使う物なのか……ハッキリ言ってわたしには全くちっとも分らない!
「そして膨大な魔力じゃな!この山全体を探査するとなれば、姫さんの人外な魔力が必須と言う訳じゃ!!」
またこの先生は人の事を人外呼ばわりだ。
本当にこの先生方は、わたしに対する遠慮と言うものが無いと思うのよさ!
モリス先生が、手元にある装置に並んでいるイコライザーのスライドスイッチみたいなものを次々滑らせて行くと、先生の目の前のゲージがドンドン上昇して行く。
「この装置でこれだけの範囲を調べるとなりゃ、普通、探査には1~2か月は掛かるもんじゃ!それが1日どころか小1時間で、ひと山覆う程の魔力を用意するなんぞ、姫さんでなけりゃ無理な話じゃ!」
そう言われましてもね……。
ふと辺りを見れば、世界に随分朱の色合いが混ざり始めている事に気が付いた。
この季節、3時を回れば夕方はすぐやって来る。
馬車は、思いのほか早く鉱山に到着していたのだ。
当初、4時過ぎの到着予定だった筈だが、実際は2時を少し回ったころには着いていた。
実は渓谷を越えた後、山々の峰を通る道を進んで来たんだけど、そこで手綱を握るアルマさんが妙に燥いで、もンの凄い速度を出したおかげなのだが……今は何も言うまい。安全とは一体……。
思いがけず時間に余裕が出来た事で、「日が暮れるまでにはこの鉱山の鉱脈データは取れそうじゃ」と仰って、モリス先生は到着後直ぐに作業を始める事にしたのだ。
四方を山に囲まれたこの場所は、後いくらもしないで西側の山の後ろに陽が隠れるだろう。
日が暮れるのももう直ぐだ。山々が少しずつ燃えて行く。
東に見える山の向こうにある村は、カレンの生まれ育った場所だと聞いている。
彼女も昔、この燃える様な山々を目にしていたのだろうか。
均衡の取れた綺麗な錐形のコリドーナ山が大きく聳え、その麓の山々共々紅に染まる。
その姿は、女神が静かに切なげに燃える
ここに居ると、まるで女神の隠された炎の神殿にでも紛れ込んでしまった様で、不思議と厳かな気持ちにさせられる。
突然、装置が『ヴィーッ』『ヴィーッ』と、何やら唸る様な音を上げ始めた。
周りの山々に思いを馳せている間に、それなりに時間が過ぎていた様だ。
バイトさん達が慌ただしく辺りを駆け回る。
モリス先生が、装置から吐き出されているテープのような細長い紙を手に取った。
次々と出てくるテープには、規則的な穴が細かく開けられている。先生はその穴の配列パターンで、装置が計測した情報を読み取っている様だ。
先生は一通りテープに目を通されたのだろう、徐にこちらへ顔を上げ「結果が出た」と口にされた。
「さて、結論から言わしてもらえればじゃな……。この山にミスリルの鉱脈は無い。欠片も無い!」
先生は「分かり切った事じゃったがな」と続けられた。
「グラビステンの鉱脈も勿論無い。この山だけに関してだけ言えば100パー無い。ムナノトスの他の山々は調べてみん事には何とも言えんのじゃが……少なくともミスリルは無いじゃろな。あれは特殊な魔力場が必要じゃ。残念ながらセイワシ君の見立てでも、ムナノトスにそんな魔力の流れは無いじゃろうと言っておった」
グラビステンの鉱脈は、ローレンス・ニヴンが在ると思っていた物だそうだ。
それを手に入れる為に、有りもしないミスリルの話を持ち出したとか……。回りくどいにも程があるし、全く意味がわからない。
どちらにしても、そんな希少な鉱脈は存在していないらしい。
元々この話を持って来たのが、件の元長男ヴァン・ニヴンだと言う。
一体奴は何の目的で、こんな真似をしでかしたのだろうか?
「この場所に、手に入れたい物でもあるのかしらね……」
「はい?」
「何でも無いわ。それよりスーちゃん、疲れていない?」
「あ、はい、特には」
「全く呆れた人外ぶりじゃよ」
「モリス先生?いい加減ちょっと言い方、を……」
「ええか?このマジックカートリッジ一本を満タンに充填させる気になったら、セイワシ君50人分の魔力は必要になるんじゃ!それがどういう事じゃ?パンク寸前までパンパンの満タンに詰り切ったチューブが、既に50本を超えとるんじゃ!もうどれもこれも溢れる寸前じゃぞ!だと言うのに魔力を使った本人は、未だ平気な顔して疲れていないとかのたまう始末じゃ!こりゃ一体どういう事じゃ?!こんなん、人外言われても当たり前じゃろが?!」
「ぁ――、あは、あはは――――」
「もう――スーちゃんってばお茶目さん♪」
いい加減モリス先生に、『人外、人外』言うのをどうにかして欲しいと抗議の声を上げようとしたら、逆に物凄い勢いで捲し立てられてしまった。
こりは取りあえず笑って誤魔化すしかない?!
その無理やり笑っているわたしのほっぺを、アルマさんがツンツンと突いてくる。
何なのーこの人ー何で楽しそうなのーー?!
本当にわたしの大まかな仕事は、鉱山へ先生を送り届ける事と、カートリッジに魔力を詰める為のタンクローリーみたいな役目がメインだったらしいし。
キャンプ地での警戒は、アルマさん一人で事足りてしまうから……と。明日わたしは一度『野外授業』へ戻る予定になっているからね。
まあ『野外授業』が終わった後はもう再びコチラに合流して、先生をマグナムトル市まで送り届ける事になるんだけどさ。
あーーあわただしい!
でも、そうか。ここには期待されていたミスリルの鉱脈は無いのか。
カレンはいずれ、ここで採掘が再開される事を願っていた。
それがご両親の望みだったから。
カレンはその意思を継ぎ、ムナノトスを嘗てのように採掘で活気づく
ミスリルの採掘事業は、その望みをかなえる為の希望だった。
その肝心の鉱脈が無いとなれば、街の再興など夢のまた夢だ。
理事長様はこういった結果が出る事を予想していたのだろうか?
この結果を、カレンに伝えなくてはならないと思うと気が沈む。
「それでもこの山には、『錫』の反応が濃いようじゃ」
「『錫』です、か?」
「そうじゃ。恐らく錫石の漂砂鉱床じゃろう。近隣の峰々も同じ様な物じゃろうな。調べてみなくては確かな事は言えんのじゃがな!」
そのままモリス先生は「明日からは南側の山を調査じゃ!」と周りのバイトさん達に声を上げた。
「錫は比較的無害で安定した鉱物じゃ。ある種の神具や金属同士の接合剤。また合金としてマナバッテリーの材料の一部としても使わとるんじゃ。現代でも十分に需要のある鉱物じゃよ」
「それで、は」
「この鉱山の開発は可能じゃろう。……とはいえ、分かっていると思うが鉱物資源は無尽蔵ではない。長期的な採掘計画を立ててから始める事をお勧めするぞい」
そのままモリス先生はバイトさん達に指示を飛ばす為、わたし達に背中を向けた。
思わずそっと胸を撫で下ろす。
正直わたしには今回の調査でどんな結果が出るのかは分らなかった。
でもこれでカレンになんとか良い報告が出来そうだ。
「良かったわね。カレンちゃんも喜んでくれそうね」
「そうですね!ありがとうござい、ます。アルマさん」
アルマさんが、柔らかな微笑みを浮かべてそう言ってくれた。アルマさんも、カレンの事は随分気にかけてくれていたら嬉しそうだ。
先ほどからアルマさんは、地面に立てた大き目のキャリーケースに腰をかけている。あれはご自分の荷物が入ったケースだ。
その姿勢のまま腰に付けたポーチに手をいれ、そこから何かを取り出すと、それを手のひらに乗せて顔に近付け、そこにふっと小さく息を吹きかけた。
忽ち手のひらの中にあった物が風に巻かれ、流れるように上空へと上がって行く。
「そう言えば、来る途中でもアルマさん、そうやってそれを辺りに撒いていましたよ、ね?」
「何て言うんだったかな?『ぼうはんせんさー』だっけ?みたいな?」
そう言うとアルマさんは、手の中に残る1つにもう一度息を吹きかけた。それは僅かな風に乗り、わたしの元にフワリと届く。
届いたそれは、細い枝を輪切りにした、木片で出来た小さなメダルのような物だった。
それには更に綿毛の様な小さな羽が細い糸で繋がり、それが風を受けて宙に舞うのだ。
「これ全部、お姉さんと魔力で繋がっているの。これを広い範囲に散らして置けば、何かあった時直ぐお姉さんに伝わるのよ?」
「へぇー。どのくらい撒いたんです、か?」
「そうねぇ、渓谷を越えてから撒き始めたから、今の所まだ100個位……かしら?後は、ここから東と南北に飛ばせば、半径で40キロは掌握できると思うわ」
そう言いながらアルマさんは 腰に付けたポーチに手を入れ、また
アルマさんのポーチも、やっぱり空間拡張されているらしい。相当に大きな拡張率なんだろうか、まだまだ中には入っていそう。
そしてそれにまた息を吹きかけ、再び上空へと飛ばして行く。
それひとつ一つにアルマさんの魔力が込められていて、互いに魔力ラインで繋がれ、情報の共有が可能になるのだとか。
「2、3日で散ってしまう程度の、微力な魔力しか込めてないけどね」
アルマさんはそう言うけど、索敵範囲自体がとんでもないと思う。
わたしの探索範囲を軽く超えているよね。
凄腕バウンサーと言われるのも頷けてしまう。
「範囲内に何か入って来ればすぐ分かるのよ?危ない相手でもこれを通じて対応出来るから、安心してていいわよ」
「そんな広範囲を把握、して、対応までしちゃうって……あり得るんです、か?」
アルマさんは、40キロも先のターゲットに魔法を使うと言っている。
完全に視界の外どころか、それはもう地平の先だ。そこまで離れた場所に、魔法の発現が可能なのか?
ちょっとその規格外な魔法の規模に、思わず目を見開いて聞いてしまった。
「やるべき事が見えていれば、距離なんて関係無いわ。魔法ってそういう物よ?」
アルマさんは、対象さえ捉えていれば、魔法を使うのに距離は関係無いと言う。
確かに、何らかの魔法を対象に使う時は、まず相手をしっかり意識に捉える必要がある事は分かっている。
でも、それが距離とは関係が無いと言われると、少しばかり首を傾げてしまう。
だって魔法にだって射程距離はある。
そんな遠距離まで飛ばせる魔法なんて、ちょっと思い浮かばない。
まず第一に、そんな遠距離の対象を捉えるとか普通は出来ないよね。
「現象に制限を設けた方が、イメージをつかみ易いのは確かなの。でもね、イメージを確定してしまうと、あなたの世界はその大きさで固定されてしまう。それではその向こう側には行けないのよ」
そう言ってアルマさんは顔を上に向けた。
その視線を追う様にわたしも視線を上に向けてみれば、空はいつの間にか太陽が地平の向こう側に降りていて、日の沈んだ空は天を遮るような細長い雲を境目に、西の空は朱が滲み暮色に染まっていた。
雲の東側は既に宵に染まり、散らばる星の瞬きを背後に、重なる二つの月が女神の山の上にその姿を現わしている。
月の光が、仄かにその頂きを照らしていた。
暫し、その二つに割れた様な不思議な空に思わず見惚れてしまう。
宵闇が増し星の輝きも強まる中、蒼い月を背後に潜ませ、紅の月がその存在を大きく見せる。
キャリーケースに腰をかけたアルマさんが手を伸ばし、その遥かな空の紅い月に、指先が触れる様な仕草をして見せた。
「魔法を扱うわたし達は、此処にこうして座っていながら、あの月に触れる事も出来る。それを忘れないで」
月に触れるとはどういう事なのだろう。
距離を超えて意識を飛ばすという事?あんな場所にまで影響を与える事が出来る……と?
いつの間にかわたしも月に向けて手を伸ばしていた。でもそこに触れると言う意味は、今の自分には少し良く分からない。
空に翳した手の縁が、掌に隠れた月の明かりでうっすら光を帯びていた。
気がつけば、アルマさんが優しげな笑みを浮かべ、わたしを静かに見つめている。それがちょっと恥ずかしい。
「そろそろ夕食の準備にしましょうか」
モリス先生がバイトさん達に、「野営の準備は終わっているのか?!」と張り上げる声がここまで届く。
食材は、バイトさん達の用意したムナノトス地産の食材がキャンプ地にあるそうだ。
わたしも勿論、塩やハーブの準備はしてきてある。最初から今夜の夕食は自分で作るつもりだったのだ。
「はい、腕を振るわせて頂き、ます」
「それは楽しみ♪」
2人で山の頂から、整備された道を通ってキャンプ地へと降りていく。
今夜は頑張って、アルマさん達に美味しいものを作ってあげよう。
明日カレンと会う時には、良い土産話を持って行けそうだ。
◇
蒼い月に紅の月の陰が重なる。
蒼を隠し満ちた月がより赤味を増す。
幾筋もの夜風に乗った巻雲が、揺蕩う波の様に紅を横切り流れて行く。
煌々と地を照らす月の明かりも及ばぬ森の闇。
闇よりも濃い影が青を纏って姿を見せる。
「……さあ今宵こそ、絶望に満たされた盃を掲げましょう」
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