121話意外な関係
「だからねぇ、クゥ・エメルちゃんてばホント中々仕事を回してくれないのよ。あの子ってば母親似で意外とお堅いのよね」
「はぁ……なる、ほど」
モリス先生は、出発と同時に馬車の中で検査器具を広げ、点検やら整備やらをしているご様子。
今、隣で『ウマ』の手綱を握るアルマさんは、どうやら本当に随分昔からバウンサー協会に所属しているベテランさんらしい。
何年くらいバウンサーをされているのかとかは、ちょっとコワくて聞けなかった。
クゥ・エメルさんのお母さんの話が出た時点で、コレは聞いてはいけない事案だと本能が警告を発したからね!
「まあ、仕事を選んでる自分も悪いのは分かってるのよ?でも、安売りはするなと最初に言って来たのは、協会の方なんだからね?」
「む、難しいトコロですよ、ね?」
「あ、でもマスターは昔から知ってるから、気心も知れててね。ありがたい事に、コッチの事情も分かってくれてるから色々楽なのよねぇ。勿論お店のお仕事も好きよ?皆んなも凄く良い子ばかりだし!ね?!」
「あ、ありがとうございま、す?」
アルマさんの話が止まらにゃい。
そう言えばお店でも休憩中は良くしゃべっていたっけ?
でも、こんなに矢継ぎ早に話す人だったかな?あ、今はわたし一人だからか?わたし一人にお喋り
「アルマ姉ちゃん!燥いで喋り過ぎじゃぞ!それ、姫さんが引いとるじゃろ!」
「まあ!モリスちゃん。お姉さん、まだそんなに喋っていないと思うけど?でも、久しぶりのモリスちゃんの護衛だから、少しは燥いでいるかもね♪」
「ア、アルマ、姉ちゃん?モリス……ちゃん?」
モリス先生が走る馬車の窓から顔を出して、アルマさんにツッコミを入れて来たけど…………。
え?なに?ナニ?なんだって?聞き間違い?え?どゆこと?
「あら?言ってなかった?わたし、モリスちゃんがこーーんなちっちゃい頃から知ってるのよ?あの頃は可愛かったわぁ。今回は、そんな可愛いモリスちゃんの護衛のお仕事って事で、ホントにお姉さん張り切ってるんだから!」
「そうじゃろか?姉ちゃん昔からそんな顔する時は、いっつもなんか裏があったりしたじゃろ?」
「そーんなコト無いわよ?あ!そう言えばこの『ウマ』と馬車!マーシュちゃんの制作なんですって?!」
「そうじゃ!そうじゃ!そうなんじゃ!マーシュちゃん、まだ試作品言うておったがな!かなりイカれた性能じゃぞ!!」
「凄いわねぇ、マーシュちゃん。こんな物も作れるようになっちゃったのねぇ」
「ぇ?え?モ、モリス先生?マーシュ……ちゃん?て?」
「む?言うて無かったじゃろか?マーシュちゃんはワシの従兄の兄ちゃんじゃ!」
「ン゛ま゛!!」
ン何と言う事でせう!
突然明らかになる意外な人間関係!なんぞやそれ?!
初耳アワーですがな、そんな繋がり!
「もうね!マーシュちゃんも、モリスちゃんも、ホント今よりずっと可愛かったんだから!」
「一体姉ちゃんは、何十年ワシらに可愛いとか言い続けるつもりなんじゃ?!」
「ン――――……100年くらいは?」
長寿種の会話スゲェ……。
確かマーシュさんって90代だった筈。
同じエルフのセイワシ先生の見た目は
それに対してアルマさんって、20代前半のお姉さんって感じで……。
…………アルマさんの実年齢って一体…………。
「どうかしたかな?スーちゃん?」
「いえ!なにも……ないです、よ?」
わたしは知っている。永遠の17歳な人の実年齢を気にするとか、無粋にも程があると言う事を。
うん、だから気にすまい。探るまい。
だからそのコワい笑顔は止めて下さいアルマさん。
いつの間にか雲が無くなった青い空は、澄み渡りとても高く遥か遠くまで良く見渡せる。
その高く広がる青い空の前に聳える山々が、緩やかな起伏を浮かび上がらせて並び立つ。
頂きに白い物を被る連山が、幾重にも重なり合っていた。
その白い笠を乗せた姿は、遠くどこまでも続いている様だ。
左手奥に白い煙を立ち昇らせるローハン火山を見ながら、北側を壁のように西から東に向かって連なり伸びているのが、ムナノトス郡のコリドーナ連山だ。
連山の標高は凡そ2,000メートルほど。主峰であるコリドーナ山で2,500メートルだと言う。
今、わたし達の馬車は、マグナムトル市から伸びる街道を東に進み、このコリドーナ連山に向かって進んでいる。
馬車はこの街道を真っ直ぐ進み、そのままムナノトスへと入る予定だ。
街道は今見えているマグナムトルの東の山々を越え、渓谷を流れるマグアラット河を渡り、その先に連なる山脈の向こうまで続いている。
ムナノトス郡の北側を壁の様に連なるコリドーナ連山は、太古の昔はボルトスナン郡のローハン山脈とは、ひと連なりの長大な連峰だったそうだ。
それが何万年か前の地殻変動と大河の浸食により、現在のような渓谷が作られたと考えられている。
でもこの地方のお伽話の中には、コリドーナの女神がローハンの男神に三下り半を叩き付ける際に、間の山脈を叩き割ったと言う話があるらしい。
ローハン山は男神で、コリドーナ山が女神だそうだ。
この、直ぐに怒って火を噴くローハンの山に、コリドーナの女神は嫌気が差したのだとか。
古代社会では、神は人と共に在ったと言うこの世界。
この渓谷が自然現象ではなく、実は強大な魔法によって作られた物だとしても、何ら不思議は無いのかもしれない。
わたし達の目的地は、この山脈の主峰であるコリドーナ山のずっと手前、マグアラット河が流れる渓谷を越えた先にある鉱山だ。
今いるマグナムトル市から、その鉱山跡までの距離は、道のりでおおよそ120キロ程だと言う。
今朝わたし達が通って来たデケンベルから伸びる南の街道は、その北側と比べるとかなり綺麗に整備されているので、道のりとしては200キロほどのマグナムトル市まで、ほんの5時間程度で到着できた。
まだ日の出から1時間も前の、朝5時に出発したのだ。街道が空いていた事もあるのだろうけどね。
今乗っているマーシュさん特製の『ウマ』の性能は、馬力も並のものとは段違いだし、馬車の耐久力も桁違いなのだとか。
学園の馬車とは比べ物にもならない。「何も気にせず全力で飛ばせば、1時間半もあれば到着出来る!」とモリス先生は仰っていた。
……どんだけよ?
マーシュさんは、一体何処を目指しているのだらうか?
それでも、危険な山道や渓谷沿いを通るこの街道では、無理の無い範囲で進む事になっている。到着までにやはり4~5時間はかかるだろうとの事。
現地には先行して作業の人員が計測準備を始めているそうだけど、鉱山に到着してその人達と合流出来るのは、陽が沈むころギリギリになるんじゃなかろうか。
やはり道中は、慌てず急いで安全にな!ってところでしょうかね。
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