119話温泉街と博士たち

 澄んだスカイブルーに、勢いよく絵筆を引いたようなすじ雲が流れる空。

 それを背に黄色みの強いオレンジの屋根が、立ち昇る白い湯気の合間合間に幾つも連なってる。

 建物の石壁が、焦茶や赤銅色の濃い茶系が多いのは、この土地の石の質?それとも温泉成分の影響かな?

 それでも街並みの色合いはとても落ち着きがあり、ともすれば郷愁さえも感じさせてくれる 優しい創りだ。


 決して平坦ではなく、そこかしこに段差のある街並みは、ここが起伏のある場所に作られた街なのだと教えてくれる。

 3年前の災害時は、壊滅間際まで行っていたと言うが、今ではそんな事を微塵も感じない。


 魔法技術と言うものがあってこそなんだろうけれど、コーディリア嬢のお父様であるこのボルトスナンの御頭首ボーナ・レイヴン・キャスパー氏と、住人の方達のご苦労の賜物だと感じさせる、とても穏やかな街の風景だ。


 そう、とても穏やかだ。

 穏やかだと言うのに……。


「ではモリス君!しっかり頑張るがいいのぉ!」

「ふむ、此方は我々に任せておけば問題ないからね」

「先生ーーー!くれぐれもーークラウドさんにーー迷惑をーーかけないようーーお願いしますーーよーーーー!」

「わかっちょるわい!このスットコ助手めが!ノソリ君もセイワシ君も何が任せろじゃ?!自分らはのんびり湯治を満喫する気満々じゃろうが?!!」

「当然だのぉぉ!一週間は温泉から出ない心積もりだからのぉぉぉ!」

「ふむ、ジョスリーヌ君は生徒の引率があるからシッカリ頑張って欲しいと思うね」

「え?!ええーーー?!えぇぇええぇーーーーーーーーーっっ!!ぅええーーーー?!」


 なのに、先生方が騒がしい。

 兎に角騒がしい。特にジョスリーヌ先生が喧しい。

 なんでこの助手先生は「聞いてないよーー!!」的な物言いになってんのだろか?


「ワシらと同じ待遇を望むとは!身の程知らずも甚だしいのぉぉ」

「なんでですかーーーー!良いじゃないですかーー!わたしもーー温泉でーーのんびりーーしたいーーですーーーー!」

「ジョゼリーヌさん。貴女は生徒達の引率なのですから、此方に滞在出来ないのは分かっているじゃないですか」

「そんなーーー!ノーマン様までーーー」

「護衛君の言う通りだのぉ!何を今更言うておるのかのぉ?!」

「ふむ、どうせここに来て遊びたくなって悪足掻きをしているだけだろうね」


 ジョスリーヌ先生が「絶望した!」ってな顔してるけど、ノーマンさんの仰る通りココにはお仕事で来てるんでそ?

 温泉でのんびりとか出来るワケないじゃない。


「さてー!そろそろ出発の時間になりますねー!」

「はぅーー!アーシュラ先ばーーぎぃーーーっっ?!!」

「さてー!キリキリ行きますよー!」

くひは口がーー!くひひうひほ口に指をぉおーー!ひっはららいれ引っ張らないでぇぇーーー!」


 アーシュラ先生が、ニコニコしながらジョスリーヌ先生の横口に指を引っ掛けてそのままズルズル引っ張って行く。

 先生、朗らかな笑顔のまんまでやる事に容赦が無い……。あなオソロシヤ。



 今、わたし達が居るのは、マグナムトル市屈指の高級温泉宿の前だ。


 まあ宿と言うより、どう見てもこれは高級ホテルって見た目なんだけどね!

 ココはこの街の中でも五本の指に入る老舗だそうで、丸みを帯びたバロック建築を思わせる重厚な石造りの建造物は、先の災害時も建屋その物は無事だったという。恐らく、念入りに魔力的な処理が施されていたおかげなのだろう。

 その話からも、このホテルの高級度合いが十分窺える。


 ジョスリーヌ先生はホテルを一目見るなり、目を見開いて固まっていたからこの荘厳さに面食らったのだと思う。

 先生方の付き添いでココまで来たはずなのに、何故か一緒にホテルに入ろうとしおった!


 アーシュラ先生に引き摺られるその姿に、全く同情を感じない。

 そんでもって何故わたしもここに居るのかといえば、ホテルに向かうノソリ先生セイワシ先生のお2人と、モリス先生に付き添っているからだ。


 そう、今回わたしが護衛するのは、このモリス・バルタサル先生なのだ。

 モリス先生は、ムナノトスの鉱山調査を学園理事長様から直に依頼され、わたしがそのモリス先生の護衛任務を、やはり理事長様から引き受けた。


 しかしこの温泉ではモリス先生を除いた、ノソリ先生セイワシ先生のお二方だけで湯治を楽しまれるのだとか。

 先生2人とその護衛のノーマンさんが、モリス先生を残してホテルの入口へと向かって歩いて行く。

 あ、ノーマンさんが一度コチラに振り向いて、「モリス先生をお願いします!」と大きな声で言ってから頭を深々と下げた。

 うん、やっぱりシッカリした方だ。



「先生だけ温泉に入れなくて、宜しいのです、か?」

「まあ、今回は2人のやった解析仕事に対する、ご褒美みたいなもんじゃからな」

「例の薬物解析に、先生は関わっていらっしゃらなかったんです、か?」

「そうじゃな、ほぼ2人の成果じゃな」

「先生方が薬物解析まで出来るとは、存じ上げません、でした」

「元々の薬物の解析をしたのは、大学の錬金学科じゃよ」

「そうだったのです、か?」

「連中、薬物自体の解析は出来たものの、肝心な例の生物片の解析はお手上げだったそうじゃ」

「それで先生方にお鉢、が?」

「そう言う事じゃ!ま、ワシは魔力絶縁体を提供するくらいしかやっておらんからな」


 先生は「2人のタッグの勝利じゃよ!」とカラカラと笑っておられた。


「ワシは調査から戻ってから、ゆっくり温泉に浸からせ貰うわい!」


 先生のお話を聞いていると、何だかんだと言い合いをしてるけど、この先生方はお互いリスペクトし合ってるんだなと感じてしまう。

 やっぱり仲が良いんだね。


「そんでもって、温泉を堪能しながら先に休暇が終わる2人を見送ってやるんじゃ!ワシに悔しそうな顔を向けながら帰る2人の姿が、今から目に浮かぶようじゃて!だーはっはっはっはっ!」


 えっと、仲がいいの……かな?




「アースウォール等の地属性魔法による地表制御で、現在復興はほぼ完了していますー!地の属性を持っている方は、街中の整地跡を見学するのも今後の勉強になると思いますよー!」


 高笑いを上げているモリス先生と一緒にホテルの中へ消えて行くお二人を眺めていると、後ろの広場からアーシュラ先生の上げる声が聞こえて来た。


「それでもまだ、山裾では割れ目噴火が起きている場所が在ったり、『ローハンの嘆息』と呼ばれる硫黄泉では、今でも時折有毒ガスの検出が確認されていますー!ですが自然公園は、強固な結界でシッカリ守られていますので安全ですー!なのでくれぐれも結界から外へは出ないように注意してくださいねー!」


 先生が今話しているのは、3年前の2418年に起きた火山活動の影響により、マグナムトル市が受けた被害と復興状況についてだ。

 今はもう殆ど復興も済んで安全だけれど、場所によっては危険な場所があるから立ち入らない様にと言うお話だね。





「じゃ、わたしは行く、よ。後の事はビビにミア、よろしく、ね!」


 先生の号令の元、キャンプ場への出発準備をし始める皆を見送りながら、わたしも移動の支度をする。


「コッチの事は任せておきなさい!……それよりアンタこそ!く・れ・ぐ・れも節度を守るように!!」

「わ、分かってる、しぃ?!」


 なんだろか。ビビのわたしに対する信用ってやつが、ひどく底辺に落ち込んでいる気がしる。ミアまで、そこで腕を組んだまま何度も頷かないで欲しい。


「スーちゃん……。どうかよろしくお願いします」

「精一杯務めて参り、ます」


 カレンが、真剣な面持ちでわたしに向き合い言葉をくれた。

 ムナノトスの鉱山再開はカレンの願いでもある。良い結果を持って帰って上げたいところだ。


「ク、クラぅ……。ス、スー……ジィさん……。お、お気を……つけて」


 ぅお!コーディリア嬢が、わたしの事を名前呼びしてくれたよ!

 ちょっと前から、「わたしの事はカレンが呼ぶのと同じように『スー』で良いよ」と言っていたのだけれど、なんか恥ずかしいのかずっとファミリーネーム呼びだったんだよね……。

 ここへ来て意を決してくれた感じ?真っ赤になっちゃって、やたらかーいいんですけど?!

 ならば、わたしも!


「ありがとうコーディ!カレンをよろしく、ね!」

「は、はひゅぃっ!」


 おおぅ!ボヒュッ!とかいって更にゆで蛸った!

 噛んじゃうトコロもカワイイじゃねーかっ!


「ブゴっ!」


 おっと!またキャサリン嬢が後ろで吐血だ!

 そしてビビの眼はやはり氷点下。

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