117話護衛対象

「言って見ればこれは『魔力生成生物』のなり損ないかのぉ!」


 手に持った試験管をクルクル回しながら語っておられるのは、『魔法生物学』のノソリ・カスバル先生。

 先生はテンションも高く、中々に興が乗っておられるようだ。


「しかし!コイツは一旦定着すれば宿主の血肉はおろかエーテル体までも取り込み、その魔力の身を成長させ宿主の存在そのものを変質させてしまうんだのぉぉ!」


 試験管の中の液体は僅かに白く濁っていて、揺れるたびにキラキラと中で何かが小さな光を振りまいていた。

 このキラキラがどうやら『魔力生成生物』のタネみたいな物らしい。

 取り込んだ人間の僅かな魔力を糧に『発芽』するのだとか。

 液体その物も十分ヤバい代物で、摂取する事自体が自殺行為だと先生は仰っている。


 今ノソリ先生が持っているのが、例の『バック・ドア』と呼ばれる違法薬物だ。

 先生方はコレの解析を依頼されていたそうだ。


 丁度その解析結果がまとまったトコロへやって来たわたし達に向け、先生はいま嬉々としてこの『違法薬物バック・ドア』について語っておられるワケだ。

 何でそんな所へ丁度やって来たのかと言えば……。学園理事長様に依頼された、『護衛対象』にご挨拶に来たからなのだが……。


 しかし部屋に入るなりノソリ先生が、「コレは明らかに人工的な存在でのぉぉ!しかし!どうやって生成したのか調べれば調べるほど興味が尽きんのだのぉぉぉ!」と妙なテンションで語り始めてしまったのだ。


 あれ?この先生、元からこんなテンションだったけ……。

 『構造地質学』のモリス・バルタサル先生は「ノソリ君め、はしゃぎおって!めっちゃノリノリじゃな?!ノソリ君だけに!」とか意味の分からない事を言っていた。

 わたしと一緒に来たビビとミアは慣れたモノで、先生を結構涼し気に眺めているが、初めてここに来たカレンやコーディリア嬢達は、当然の様に引き気味だ。



 今朝理事長様は、「依頼していた解析結果が出ていると報告が上がっているから、ついでに聞いてくると良い」と仰った。

 なら「放課後に行ってみます」と理事長にお返事したのだ。


 ンで、昼休みの食堂でその話をみんなにしたら、ビビやミアは勿論、アーヴィンとロンバートまでが行くと言い出した。

 さらに更にどういうワケか、横でその話を聞いていたカレンと、それに引っ付くようにして居たコーディリア嬢とそのお付きの二人までもが!

 結果、ゾロゾロと9人もの大所帯で押しかける事になってしまった。

 やはり件の『違法薬物バック・ドア』には、みんなそれなりに興味があるらしい。


 でも、結構広い部屋の筈だったんだけど、なんか前より随分狭く感じる?

 これ前回来た時より荷物が増えてないか?

 何だあの怪しげなオーラを纏った古書の数々は?

 あれは標本?ホルマリン漬け的な?わたしの身長より大きいのが幾つもあるんですけど?

 色んな色をした大小の石やら岩が、あちこち無造作に転がっていますが?あれ、足引っかけて転びません?


 これだけの人数で押しかけておいてなんだけど、そーとうかなり狭く感じるよ?「こ!こんな――数のーーお客様がーーー?!おちゃ!お茶をーーー!」とか言いながらジョスリーヌ・ジョスラン先生はワタワタしてたけど、結局お茶を入れてくれたのは、やっぱりいつものように先生方の護衛役である筈のノーマン・ランスさんだった。


 ノーマンさん、ちょっと疲れた顔してるな。

 どうやら、ノーマンさんの片付けが追い付かない速度で荷物が増えて行ったぽい。

 自称博士の助手のジョスリーヌ先生は、一体何をしとるのだろうか?




「宿主の身体に入り込むと糸の様に細かな姿を取り、宿主の神経組織を補い筋力まで強化するんだのぉ。しかも宿主の身体が損傷すれば、それまで修復するんだのぉ!」


 テンションアゲアゲのまま、ノソリ先生の語りは続いていた。


 それは、魔獣の身体に寄生するある種の蟲達とよく似ていると先生は仰る。

 その蟲は魔獣を宿主にしていて、その身体が傷を負った時はその傷を修復するのだとか。

 低位の蟲では精々傷口を塞いで出血を止める程度しか出来ないが、中には瞬時に傷を癒し、身体の欠損部分まで補うとか言うとんでもないヤツも居るらしい。


「それらは共存の為に宿主の身体を修復するのに対し、コヤツらは宿主をしっかり餌食にして最終的に死に至らしめるんだのぉ!」


 死体置き場モルグに置かれていた死体で、アンデットと化した殆どがコレの常習者では無かったのか?と先生方は見立てている。

 アンデットの身体を真っ二つにしても、体が繋がりまた動き出した言う話しも聞いている。まったく悍ましい事だ。



「ふむ、しかし外部から強力な魔力を受ければ自らの存在を維持しては居られないんだね」

「元がこんな塵のような有り様だからのぉ。普通に魔力を扱える者なら、身体に取り込んでもコイツらは存在しておられんからのぉ!」

「ふむ、くだんの薬が魔力を扱えない者の多いスラムを中心とした市井に常習者を生んだ大きな理由だね」


 『魔導力学』のセイワシ・メルチオ先生の見立てでは、ソイツらは物質としての在り方が不確かな為、存在そのものは意外と脆いのだとか。

 含まれている量も極々微小なので、普通に魔力を扱える者なら5~6本くらいを一気に取り込んだとしても、まず影響は無いだろうとの事。

 但し、ベースになっている溶液その物は十分危険な薬品なので、一度にそんなに摂取したら中毒症状でまず無事では済まないだろうとも仰った。


「ただのぉ、食い千切られた様な個体が相当数発見されておってのぉ」


 ノソリ先生は、寄生個体の共食いの可能性も示唆された。

 確証は無いが、別個体を喰らう事で、体内により多くの寄生体を保有し、より力を増そうとする個体が居る可能性があると仰る。


 そうした個体は、力そのものも大きく上がり、耐久力も増す事になるので、非常に厄介な存在になる可能性があると言う。

 例のヴァンパイアは、そうやって力を増した存在ではないのか?と。


「ふむ、しかし十分成長していたとしても宿主の体内に直接強力な魔力なり強い聖気なりを一気に流し込めばコレは存在できなくなるんだね」


 聞いた話だと、アリシアは『氣』を纏った膝のスパイクを相手の胸元へ叩き込み、そこを潰したと言う。

 本来であればその一撃で、低位の吸血鬼ヴァンパイア程度なら心臓を潰され仕留められていた筈。

 でも先生方の見解では、体内のウニョウニョが破損した肉体をすぐさま修復補強したのだろうと仰る。


 これを完全に滅する為には、直接体内に聖気なり強力な魔力を叩きこむ必要があるのだと言う。


 アリシアが膝のスパイクを、杭でも打ち込む様に完全に胸元に突き立ててから『氣』を流し込んでいれば、問題無く仕留められていたのではないか?とも仰った。


 或いは外側からなら、一気に高温の炎で燃やし尽くすとか。

 アローズがやった処理は、実に正解だったようだ。


 これを聞いたアーヴィンが、なにやら考え込んでしまった。

 確かにハッガード家の人間は、強力な聖気を扱う事に長けている。

 なんでもアーヴィンが付けた傷だけは、修復する様子を見せなかったと言うし。

 しかし、剣がまともに通らなかったと悔しそうに語っていた。


「やっぱ、力が足りてねぇ……」


 アーヴィンがブツブツ言っておる。

 こればっかりは地力を上げるしかないだろうね。修行るなら付き合ってあげるけどさ。

 まあ、一時的に攻撃力を上げる、ロア系スキルがある事はあるけど……。ほむ、どうしたもんだろか。



 カレンやコーディリア嬢達も、薬物と宿主の話に表情を硬くしていた。

 思えばこの子達も直接アレと対峙して、その悍ましさを身をもって体験しているのだから無理もない話か。





「ふむ、時に君達は面白い物を持っているようだね」


「は?はひぃ?!」


 コーディリア嬢が淑女とは思えない素っ頓狂な声を出している。

 セイワシ先生が、突然コーディリア嬢に向け、グイっと顔を近付けたのだ。

 まあ、美形エルフがその綺麗に整った顔をイキナリ近付けて来たら、そりゃ思春期の娘さんだったら心臓のひとつも跳ね上がるかもだね。


「どうしたんですかーーセイワシせんせいーー?!先生がーー女生徒にーー興味を持つなんてーー」


「ふむ、少し珍しい物を胸元に忍ばせている様なのでね」

「この魔力波は……かなり高純度なロウブクリスタルじゃな?」

「ほほぅ、良かったら見せて貰おうかのぉ」


 先生方は、コーディリア嬢が持っている物に興味があるご様子。

 何か持っているのか聞いてみると、コーデリア嬢は胸元のポケットからひとつのブローチを取り出して見せた。

 銀製かな?蔦をハートの形に編み込んだ様な銀の台座の上に、3センチ程の金色の石が収まっているブローチだ。


「お、お父様に頂いたものですわ。制服には付けられませんので、こうして胸元に仕舞っておりますの」


 少し見せて欲しいと言う先生方の要望に、コーデリア嬢はおずおずとブローチを差し出した。

 先生方、壊したりしないで下さいよ?コーディリア嬢の大切な物って話です。変な事したら怒りますよ?


「分っておるからのぉ。……ほぉ、コレは珍しいのぉ」

「間違いなくアレじゃな、テリルの……」

「ふむ、確率は五分の一程……かね」


 先生方は其々ブローチを手に取り、あーでもないこーでもないと言っている。先生方にはそれが何か分かっているのかな?


「スマンかったのぉ」

「珍しい物を見せて貰ったようじゃ。大切にすると良いぞ」

「ふむ、送った相手は君をとても大切に思っている様だね。くれぐれもその人を心配させる事が無いようにね」


「……あ、はい。ありがとうござい……ます」


 納得いったのか、先生方がコーディリア嬢にブローチをそっと返された。

 ほむ、思ったよりも大切に扱って下さった様だ。何気に貴重なアイテムだったって事かな?

 コーディリア嬢も、先生方のブローチに対する扱いに驚いたのか、受け取る時に目を多少見開いていた。

 その後、戻って来たブローチを胸元で大切そうに抱いたのは、先生の言葉を受け、贈ってくれた相手を思っての事なのだろう。


「ふむ!君も珍しい物を身に付けている様だね!」

「は?!はい?!」


 セイワシ先生が、今度はグルリとカレンに向けて顔を突き出した!

 カレンもそりゃビックリするわ。思わず変な声で返事をしてる。


「ほう!これはまたまた珍しそうな気配だのぉ」

「むぅ?!これは……僅かじゃが神気が含まれておる様じゃぞ!」

「ふむ?それ以外に別の物も身に付けているね。これは実に微かに……微かだが――」

「あーーーーっ!先生方ーーーー!まずいですーーお時間ですーーーーっっ!」


 ぅおっ!ビックリした!

 持っていたティーカップをガチャリとテーブルに叩き付けるように置き、壁際に置かれたホールクロックを見据えて、ジョスリーヌ先生が突然叫び上げた。

 その大声に、みんな驚いて助手先生に視線を向ける。


「大変ですーーーー!報告会のーー時間がーー迫っていますーーーー!」

「ふむ、まだ時間はあると思うんだがね」

「何をーー言ってるんーーですかーー!報告会はーー17時からーーですよーーー!もうーー16時ーーちょっと前じゃーーないですかーーーー!!急いで―ー下さいーーーー!ゴールドバーグ卿がーーお待ちですーーーー!」

「そろそろ準備し始めれば間に合うと思うんだがのぉ」

「いっつもーーそんな事ーー言っててーーー、遅れるじゃーーないですかーーーー!遅れるとーーシェルドンさんにーー叱られるのはーーいつもわたしーーなんですからーーーー!」

「そりゃいつも助手君が最後でバタバタして、書類や資料を散らかすからじゃろ?自業自得じゃろ?」

「ああーーー!そんなーー事はーーどーでもーー良いんですーーー!早くーー支度をーーー!あーー!皆さんもーー散らかってるーー報告書ーー!集めるのーー手伝ってーー下さいーーーー!」


 うおっと、ナンか突然バタバタし出したぞ?

 何かジタバタしてるのは、ジョスリーヌ先生だけという気がしないでもないが……。

 まあミセス・シェルドンに叱られるのは、確かにコワいけどね。


 そんなこんなで、大急ぎで皆してテーブルや床に散らばっている報告書らしき書類をかき集めて先生方にお渡ししたら、ジョスリーヌ先生にポポポーイと全員部屋から放り出された。


「今日はーーお疲れさまーーでしたーーー!またーー明日ーー学内でーーお会いーーしましょうーーー!」


 嵐の様に扉を閉められ、呆然とするわたし達。

 ノーマンさんが扉の向こうで、申し訳なさそうに頭を下げているのが妙に目に残っている。


「さあーー先生方ーーーー!キリキリーー出発準備をーーいたしまーー?!…………あぎょぺぎょ!」

「ジョ、ジョスリーヌさん?!なんで標本に頭から?!いかん!早く抜かないと窒息を?!」

「のぉぉ!稀少魔獣の標本がのぉ!何をしてくれとるのかのぉ!この助手君はのぉぉ!」

「貴重な鉱物標本に何するんじゃ!むむ?!報告書が標本の溶液塗れじゃぞ!」

「ふむ、結局いつもと同じパターンになるワケだね」


 ドンガラガッシャーーン!と物凄い音が扉の向こうから聞こえて来た。

 直後に大慌てのノーマンさんと、先生方の叱責する声が扉の内側から響く。


 ……大丈夫なのか?ジョスリーヌ先生……。

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