112話アムカム戦線

「うおっ!」


 炎の余波に炙られ、思わずアーヴィンは両腕で顔を庇う。

 だがその熱波が唐突に遮られた。


「アーヴィン!無事か?!」


 ウィリアム・クラウドがアーヴィンの前に立ち、ラウンドシールドを装着した腕をかざし、押し寄せる炎の熱を防いでいた。


「斬撃が効かない相手は燃やすに限るってね!」


 いつの間にかウィリアムとアーヴィンの後ろに立っていたカーラが、立ち昇る火柱を眺めながら、事も無さげにそんな事をのたまった。

 

「この、おバカーラ!ここはアムカムじゃないんだ!アレは敷地内では使用禁止って言われてただろ!去年の夏、姉弟きょうだい喧嘩で詰め所壊して、おじさんおばさんにボッコボコに怒られたの忘れたのか?!」


「いや!ホラでもココ建物無いし!!」


「領事館の敷地内だろが!このおバカ!!」


 アリシアとカーラが騒ぎ立てる間にも、辺りを煌々と照らしていた火の柱が少しずつ細くなり勢いが落ちて行く。

 だがその中に立つ人影を認めた時、そこにいる者全ての眼に鋭い光が再び灯る。


「くっそ!耐火障壁も並じゃ無いってか」


 カーラの口惜しそう呟きを他所に、炎の柱から姿を見せた影は涼し気に辺りを見回す。


「やれやれ……此処の方達は、礼儀と言う概念が根本から欠落しているのでしょうか?」


 そして肩口に着いた煤でも落とすかのように、軽く肩を指で払う。


「この場所は、外部の者の立ち入りを許可していない。責められるべきは、無断でこの場所へ侵入した其方ではありませんか?ヴァン・ニヴン殿」


「おや?これはウィリアム・クラウド殿。これはまた無体な事を仰られる。私は只道に迷っただけですよ?その迷った客人に対するこの仕打ち。これがアムカム流という事なのでしょうか?」


「迷った奴が執務室に何の用事があったんだい?」


「さて?そんな場所へ行っていたのでしょうか?ですが、それこそ迷った結果かと」


「その結果で、警備の衛士も潰したワケか?」


「火の粉が降りかかれば、自衛をする事もあるのでは?」


 身体の纏わり付く煤でも払う様な、演技じみた動作を見せながら「正に、今のようにね」と、薄い笑みを浮かべたヴァンがカーラに答える。


「だけどワタシを忘れたとは言わせないよ。さっき楽しく遊んだ仲じゃないか」


「どなたかと会った覚えは無いのですが?」


「全部始末して来たから会った人間は誰も居ないってか?残念だったな。さっきお前が真っ二つにしたのは、ありゃ空蝉うつせみさ。ワタシはこの通りピンピンしてる」


 カーラは先程ヴァンと戦闘を行っている。そして自分は全くの無傷だと、両手を広げて見せ付けていた。


「衛士達もジェシカが治癒して蘇生に成功してる。不法進入者を確認出来る証人は、ワタシ1人じゃ無いぜ?」


「……どうやら、不幸な行き違いがあるようですね」



 身に覚えのない事だと未だ涼し気な顔を続けるヴァンに対し、ウィリアムは一歩足を前に踏み出した。


「言い逃れは通じないと思って頂こう。貴殿から放たれる禍々しい魔力は到底人の物では無い。それは此処に居る者全員が理解している」


「やれやれ、貴殿まで私を人外扱いですか。本当に此処の人達は好戦的ですね」


「他所の者達ならまだ誤魔化しが効くのかもしれないが、生憎と此処はアムカムだ。我々はある種の魔物に少しばかり縁があってね。それを見逃す者など此処に居はしない」


 いつの間にかヴァンの背後にある壁の上には、槍を持った者が大型ネコ科の猛獣の様に身構え、ヴァンを上から見据えていた。

 更に逃げ道を塞ぐように大柄な男が、大型のバトルアックスを両手で持ち近付く。

 そしてフードを被った眼付きの鋭い者が、手の中で生み出した炎を弄びながら壁の向こうから姿を見せる。


「全員、貴殿の纏う悍ましい魔力に反応して集まっている」


「悍ましいとは心外ですね。この高貴なお力を理解できない所が、やはり程度が知れると言うものですよ」


「コイツ等は、どいつもこいつも自意識だけはメチャ高いっぽいからな。らしい物言いだ」


 アーヴィンが剣先を向けたまま、そう言いながら鼻をならす。

 そして、ウィリアムの後ろに佇む者が眼鏡の奥の瞳に魔力を宿らせ、極小の魔法陣をそこへ浮かび上がらせていた。


「『アーリィヴァンパイア』…………ヴァンパイアとなってまだ時間は経っていない様だけど……。この魔力のゆがみ方は少し異常だわ」


「どういう事だコリン?」

 

霊質視エーテリアルアイですか……。覗き見とは随分と不遜ですね。少しばかり不愉快です」


「魔物として低位なのは間違い無いのよ。だけど……」


「一々不愉快だと言っています」


 それまで薄ら笑いを浮かべていたヴァンが、初めて不快気に顔を顰めて、その指先をコリンに向けた。

 その指先の爪が、黒い槍となってコリンへ迫る。

 しかしそれをウィリアムは、自身の持つラウンドシールドで素早く弾き飛ばした。


「悪足掻きは止めた方が良い。ここからはそう簡単には逃げられない。大体にして執務室には、其方の欲していた物など最初から無かった。もう既に詰んでいるんだ」


「執務室?ああ、そちらは良いのですよ。それは只のパフォーマンスの様なものでしたから」


「なんだと?」


はなからどうでも良い話だったと云う事です。……それよりも、此処は実に見晴らしが良い。こんな場所を探していたのです」


 何を言っているのか?とウィリアムがヴァンの視線の先に目を向けた。


 旧貴族街にあるこの領事館は、デケンベルの高台を切り拓いて建てられている。

 開けた中庭から街を望めば、夜のデケンベルが一望出来た。


 眼下には、穏やかな街灯りの煌めきが見渡す限り広がっている。

 だがその穏やかさを乱す様に、窓から漏れる灯火とは異なる大きな明かりが突然弾けた。

 それは一つでは無く、二つ三つと立て続けに立ち昇る。


「何だ?!アレは?!!」


「やっと灯りました」


 待ち侘びていた物が漸く来たと言いたげに、その目元は喜びを示し、笑いを堪えるかのように肩を揺らしてヴァンが呟いた。


「まさか貴様が?一体なにをやった?!」


 ヴァンの呟きを聞き、その様子を目にしたウィリアムは鋭い目で再びヴァンを睨み付け、愛用のロングソードを握る手に力を籠めた。そして間合いを詰めるべく「ジリッ」と足を運ぶ。


「ウィル!」


「なんだ?!どうしたカーラ?!」


 ヴァンから目を離さぬまま、突然呼び掛けて来たカーラに何事かとウィリアムは問い返す。


「アンデッドが沸いた!死体置き場モルグから次々溢れ出てる。もう衛士じゃ手に追えない。郡騎士に出動要請が出たそうだ」


「なん……だと?」


 思わずカーラの方に目を向ければ、黒装束の者がその傍に居る。

 成程エドガーラ家の手の者か。相変わらず情報の伝達速度が凄まじい。


「貴様の仕業かっ?!一体何をやった?!!」


「さて?」


 ウィリアムの強い問いかけにも、ヴァンは薄い笑みを浮かべたまま真面に答える様子がない。


「いずれにしても、もう此方でやる事は無いようです。おっと、そう言えば後片付けがまだでした。まずはこれにて失礼致します」


「逃すかよ!!」


 慇懃に礼の姿勢をとるヴァンに、アーヴィンが一息で間合いを詰めてツーハンドソードを振りかざす。


 だが、そのヴァンの足元の影が突然広がり、爆発する様に立ち上がった。


「ぐっ?!」


 アーヴィンが影の波に飲まれる寸前、それをツーハンドソードで斬り払う。


『アックスブロウ』


 更にアーヴィンに迫る影を、装備の魔法印を灯したロンバートがバトルアックスを叩き付けた。

 魔力を帯びた一撃を受けた影は、その体を霧散させ、水に溶けるように消えていく。


「シャドーグールだと?!クソ!こんな物まで!」


 コリンとウィリアムへと迫る幾つもの影を、魔力を纏ったウィリアムの盾がまとめて弾き飛ばした。


『ポールアーム・ラピッドアタック』


 飛ばされたシャドーグールを迎え撃つように、壁の上からダーナが飛び掛かり、高速で連続した槍の突きを繰り出した。

 槍先が収束された『氣』で光を放つ。

 光に突かれたシャドーグールの体は、その突かれた部分から穴が開いたように消えていく。


『ハイスラッシュキック』

『火遁・旋風火炎斬』


 アリシアが、『氣』を籠めた蹴りでシャドーグールを吹き飛ばす。

 カーラは、両手で逆手に握った短刀に炎を纏わせ、つむじ風の様に高速で回転しながら、その吹き飛んだシャドーグールを切り裂いた。


 アローズが自身の目の前に魔法陣を展開させ、その縁をなぞるように手を動かす。


小炎乱連弾フレイムバルカン


 無数の炎弾が爆音を上げながら、シャドーグールを次々と穿つ。

 炎弾を受けた体は紙のように千切り飛ばされ、影は断末の声を上げて消えて行く。


 石畳の上でフツフツと揺らめき瞬く様に、シャドーグールだったモノの残骸が溶けている。ヴァンの姿はそこには無い。


「クッソ!逃げやがった!!」


 アーヴィンがその残骸をツーハンドソードで斬り飛ばしながら、悔しげに叫んだ。

 しかし直ぐにその場で目を閉じ、静かに辺りの気配を探り始める。

 そして僅かに瞑目した後、カッとその目を見開いた。


「向こうか!」


 目標を見つけたアーヴィンは、直ぐさまその場から走り去った。


「待てアーヴィン!1人で先走るな!!」


「恐らくホールへ向かったわね。魔力の歪みが続いているわ」


 コリンが瞳に魔法陣を浮かばせ、歪んだ魔力の行き先をウィリアムへ告げる。


「どうするウィル?皆で追うか?」


 カーラがウィリアムへ問いかける。

 街中に沸いたアンデッドに対応するか、その大元と思しき存在を此処で潰すのかを聞いているのだ。


「いや、二手に分かれよう。外はカーラに任せる!カーラはエドガーラの配下を使ってアンデッドの対応に向かってくれ」


 ウィリアムは一瞬思考を巡らせた後、カーラに市街地の対応を任せる事にした。

 恐らく今、街中で起きている事を、広域で正確に把握しているのは衛士や群騎士では無い。エドガーラ家の者達だ。

 ならばその司令塔にたるカーラを、現場で陣頭指揮を取らせる事が最も効率が良い。


「ダーナも行ってくれ。カーラの指示でアンデッドの足止めと、その殲滅だ」


「ホントならあのスカした野郎を相手にしたいとこだけどね!残念だけどあたしの得物は室内向きじゃない。しょうがないから外で暴れて来るよ!」


「アローズはアンデッドの最終的な処理を頼む。やれるな?」


「アンデッドなど……その身の内から灰にしてやるさ!」


 アローズがパチリと指を鳴らせば、彼の指の周りに幾つもの火の粉が舞い、一瞬白く激しく輝いて消えて行く。


「ぅわ、おっかね……」


 その僅かな火の粉に込められた魔力の濃密さに、思わずカーラは引き気味だ。


「ロンバートはアローズの護衛だ。無論、目に付いたモノは遠慮無く叩き潰せ」


「任せろ」


「アリシア、お前は俺とホールに向かって貰う。アーヴィンを追うぞ!」


「おうよ!今度こそヤツの脳天ぶっ飛ばしてやる!」


 アリシアが「ガシリ!」と両手の手甲を打ち鳴らし、答えを返した。


「残りの皆もホールだ。コリンは執務室のジェシカを連れて来てくれ。それとアローズ。街へ降りる前、正面に居るヴィクターとウィリーに声をかけ、此方へ合流するよう伝えてくれ」


 コリンの頷きにアローズも続き、ウィリアムの指示にそれぞれ了解の意思を示す。


「さあ!少しばかり好き勝手やられている感は否めないが……。アムカムは、そう甘い物では無いと教えてやるぞ!」


 ウィルの飛ばした激に、『おう!』と皆の声が一つになり響き渡る。

 そして、そのまま一斉に其々目的の場所へと向かい走り出した。

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