111話アーヴィン・ハッガード再戦す!

 ローレンスが室内で凶悪な魔法を放つ少し前。



 中庭に居たアーヴィンは、そこを囲う壁の角で揺れる影に向け、無遠慮に闘気を叩き付けた。

 だが、相手はそれを微風程度にしか受け止めていないのか、僅かな動きも見せはしない。


 この反応には覚えがある。間違い無い。


 アーヴィンは、胸元のスナップバックルを左手の指で弾き、背に括っていたツーハンドソードのベルトを外す。

 背中から落ちようとするツーハンドソードのグリップを右手で捕まえ、直ぐ後ろに回した左手で鞘を抜き、それをそのまま石畳の上へと打ち捨てた。

 そして剣の重さを確かめるように右側で切っ先を大きく回し、それを相手に向けて止め、静かに腰を落とした。


「よう、また会ったな」


 両手で握ったツーハンドソードを向けて、挑発する様にその切先を回しながらアーヴィンは声をかける。


「さて?何処かでお会いしましたか?」


 影が形を作るようにして姿を見せた者が、足を踏み出し答えを返す。


「とぼけんなよな。このイヤな臭いは、そうそう忘れられるモンじゃ無ェ」


「臭い……ですか?生憎と犬猫の様な知り合いには、覚えが無いのですが?」


「この前よりも臭いが酷い事になってんじゃねぇか。犬猫でなくても鼻が曲がりそうだ」


「困りました……礼儀と言う概念を知らぬ輩とは、会話にもならないと言う事ですか」


「そりゃ人間相手の話だろ?低位の魔物にゃ必要ないんじゃね?」


「お国が知れると言うやつですね。初対面の相手を人外呼ばわりとは……。どれだけ野蛮な山から降りて来たのか」


「初対面でも無けりゃ人でも無い。無駄な会話は時間稼ぎか何かか?今日はこの前みたいに逃がしゃしねえぞ」


「さて、逃げた覚えなど無いのですが……」


 その言葉が終わらぬうちに、アーヴィンの身体がユルリと倒れ込むように前へと崩れる。そのまま一息で間合いに入り、ツーハンドソードでを右下から瞬時に斬り上げた。

 だが相手は僅かに身体を反らし、その剣筋を事もなく躱す。


 アーヴィンは更に間合いを詰めながら、上方で切り返した剣先をそのまま斬り下ろした。

 それも相手は、身体を半身ずらして難無く避ける。


「どうしました?使う剣が大き過ぎなのでは無いのですか?剣に振り回されていては、到底相手には当たりませんよ」


「ぬかせ!」


 間断なく斬撃を繰り返すアーヴィンに、その相手がせせら嗤うように言葉を投げる。


 だが、影の身体が突然横に吹き飛んだ。


「アーヴィン!何をチンタラやっている!」

「ぅお!アリシア?!」


 アリシアがその影の横面に、音も無く飛び蹴りをヒットさせたのだ。


「やれやれ、どうも此処には礼儀知らずの輩ばかりが居るようですね」


 吹き飛んだ筈の相手が、アリシアの背後から言葉を発する。

 アリシアは、声の方向には目も向けず、瞬間的に後ろ回し蹴りをその頭がある位置へと浴びせかけた。

 だが影は、それを首を反らして軽く躱す。

 しかし、身体を回していたアリシアは次の瞬間、もう片方の脚で相手の側頭部に蹴りを叩き込んでいた。


 素の蹴りでも、小柄なオーガ程度なら軽く吹き飛ばす威力を持つ蹴りだ。

 ましてや蹴りを繰り出すその脚には、鉄板で覆われた格闘戦闘用の装甲ブーツが装備されている。靴底ソールは金属製で膝や踵部分には太く鋭いスパイクが付く、ブーツその物が武器でもある凶悪な代物だ。

 だと言うのに、その相手の身体はビクともしない。まるで極太の丸太を蹴った様な手応えだ。


 アリシアは、そんな事は想定内だという様に動きを止める事無く、尚も続けざまに身体を捩じり回して蹴りを叩きこんで行く。


 だが、連続で叩き込まれていたその蹴りが、影の手前でピタリと止まる。


 影が、自分の顔の辺りまで手を上げていた。

 その指先の爪が短刀の様に長く伸び、黒い光を反射して、アリシアの蹴りを阻んでいる。


 そのまま影がその手を軽く払うと、アリシアの脚が弾かれ、後方へと勢いよく飛ばされた。


 アリシアは手を地に付け、脚を伸ばして独楽の様に回りながら弾かれた勢いを殺して行く。



 アリシアが弾かれたと同時に、アーヴィンがツーハンドソードを影に向けて横薙ぎに振り切った。

 影はそれも自身の爪で受け止める。

 辺りに金属が打ち合うカン高い音が響き渡った。


 アーヴィンはそのまま爪を剣で巻き取り上方へと跳ね上げ、透かさずその剣先を相手の首元へと落とす。

 だが再び金属音を響かせて、ツーハンドソードはもう片方の爪に弾き飛ばされた。


「ふむ、もう少し速度を上げても良いですよ」


「そうかい」


 アーヴィンの口元が不敵に上がり、身に付けている革鎧の制御珠が仄かに灯る。

 装備に刻まれている魔法印に魔力が籠められ光を放ち、アンバーのウルフアイズが金色の光を帯びた。


 アーヴィンの踏み込みを、その影は視る事が出来なかった。

 剣光の閃きは、影を裂くよう瞬時に走る。


 気付いた時には、ガードに使っていた右腕が飛んでいた。

 手首と肘の丁度中間あたりで切断された腕が、クルクルと宙で回る。


「これは驚きました。今のは実に見事ですよ」


 本当に驚いたという様に、影は目を大きく開いてアーヴィンを称える。

 同時に、斬られた腕の傷口から滴る幾筋もの血液が、蛇が鎌首をもたげるように伸び上がり、飛ばされた腕の傷口と結び付いた。


 血の筋が生き物のように脈打つと、飛ばされた腕が引き寄せられて、その傷口同士が合わさる。

 合わさった傷は泡立つ様に盛り上がり、見る間に元の一本の腕へと戻ってしまった。


「……やっぱ、人外じゃねぇか」


 そういや最近、こんな奴見たばかりだな……。と構えを解かぬままのアーヴィンは独りごちる。


「アーヴィン下がれ!」


 背後から唐突にアリシアの叫びが響いた。


 アリシアの声が響いた瞬間、アーヴィンは直上から抜き身を突き付けるような殺気を感じ取った。

 アーヴィンは声が上がるのとほぼ同時に、その地を蹴り、反射的に後方へと飛び退いた。


 アーヴィンが飛んだ直後、彼が先ほどまで立っていた正にその場所へ、上方から黒い人影が落下して来た。


 それは黒装束に身を包み、肉食獣のように歯を見せて獰猛な笑みを浮かべている。

 そいつは手に持った短刀を、両手で真っ直ぐ地に突き立て叫びを上げた。


「くらいな!『微塵みじんじゅつ』!!」


 刹那、その足元が裂けるように魔力が走る。


「ぅわっ!カーラ!このお馬鹿!!」


 アリシアの焦りを含んだ叫びを掻き消し、まるで地中に火薬が仕込まれていたかの様に、爆音を上げながら連続でその場に太い火柱が立ち昇る。


 その炎の柱は轟音を上げ地を揺らし、黒装束のカーラ・エドガーラと影諸共、辺り一帯を包み込んでいったのだ。

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