104話青ヘビのゴゥル
「どうなってる?!あれは魔法量300までは抑えられるはずだぞ!まさか機能していなかった?……いや!間違いなく起動は確認した。重量も確かに増していた…………。まさか、それを超えている?!誤認させられて……?」
ひな壇上のゴゥルが何やらブツブツ言っている。手枷がうまく機能していなかった事がお気に召さない様だが、そう言われてもね。
そういやまだ足首にも足枷が残っているな。鬱陶しいのでこれも外しちゃえ。
片足ずつ、足首の枷にもう片方の踵を乗せて踏み潰す。
バキン!バキンと、これも素材が脆かったのか、簡単に割れて取れてしまった。
「わたしを待たせている間、に、結構また集まって来たみたいだ、ね?」
「なんだと?」
「主力を集めて、ロデリックさん達を待ち受けるつもりだった、かな?」
「…………」
「でも、まだ街道には何組も潜んでる、よね。街中にもそこそこ居る、し。この砦みたいなアジトもまだ幾つもあるんで、しょ?」
「貴様!何故それを?!」
「お?合ってた?答え合わせありが、とう」
「バガッド!余計な事を答えるんじゃねぇ!」
「くっ」
「今は総数で300を超えている、か。……しかも3分の2以上は人じゃ、無い」
「ッ――――――――!!」
その時ゴゥルが声を上げた。
それはとてもとても低く、人の可聴領域には無い超低音域だ。後ろ頭の下の方が、ちょっとばかりムズッとする。
同時に床から地を揺らす様な振動が伝わって来た。
そして直ぐに闘技場の壁の扉が弾け飛んだ。
姿を見せたのは無数の魔獣共だ。
魔獣は扉だけで無く壁も突き破り、更には客席の床をぶち抜き現れた。
飛び出て来た魔獣に吹き飛ばされ潰される盗賊共が何人も居たが、魔獣を呼び出した本人はそんな事は気にもしていない様だ。
『ジャイアント・リザード』『リトル・バジリスク』『ジャイアント・ポイズナス・スネーク』『フェザーレス・サーペント』『ヘビー・ゲイター』等々……。
姿を現した魔獣は、どいつもこいつも大型のヘビとかトカゲとかワニとか、鱗系這いずりモノが殆どだ。
爬虫類軍団かな?
爬虫類共の総数は150~160ってトコだ。既に闘技場の中にまで溢れている。
客席にいた盗賊共は、魔獣に潰された者や、この場から逃げ出そうとするやつ以外に、しっかりとコチラに対して戦闘態勢を取る連中もいる。
「コレだけの数を前にして、まだ余裕ブっこいた顔が出来るならやってみろ!!」
「この程度の数で良い、の?出し惜しみしない事をお勧めする、よ?戦力の逐次投入は愚策なんで、しょ?」
「……!言ってろ!」
もうコイツは、似合わない取ってつけた様な気持ちの悪い敬語を使うのを辞めたらしい。
ゴゥルのその言葉を合図に、爬虫類共が闘技場の中心に居るわたし目掛けて一斉に押し寄せて来た。
苔むした石壁を崩し、床石を削り取る様に這いずり、辺り一面に土埃を巻き上げて迫って来る。
「む、少しまずいか、な」
「はっ!今更ビビっても遅ぇ!ボロクズになりやがれ!!」
まずい、まずいぞ……。コレはかなりまずいかもしれない。
このままでは…………このワンピースが汚れてしまうぅ!
あんなに土埃を撒き散らかしている奴らの中に巻き込まれたら、間違いなく土汚れに塗れる!
そして何より奴らの生臭そうな匂い!
そんな物がこのワンピースの布地に染み込むと思うと堪らなく嫌!
なのでチャッチャと着替える事にした!
素早くインベントリから装備を選択する。
選んだのは、ついこの前も着たばかりの『ハードレザーアーマー』。
まあこいつら相手なら、ゼロランクのこの装備で十分だ。
ついでに武器も取り出す。
こっちはDランクの『ジェネレーションソード』だ。それを一本ずつ両手に持つ。
この程度の相手にはゼロランクの武器でも余りあるんだけど、残念ながらゼロ装備には二刀仕様が無いんだよねぇ。
コイツ等相手にはちょっとばかり過ぎた武器になるけど、これは騎士団の標準装備と同じくらいの強さだし、自分自身の力を抑えておけば、そう無意味な破壊には至らずに済むっしょ!ウン!
装備を選択した瞬間、特に光が溢れる訳もなく、地味にカシャリと画面でも切り替わる様に装備が替わる。
モスグリーンのミニスカワンピな軽革装備に、ショートブーツとオーバーニー。そして両手には肉厚ブレードの二振りの剣。
おっと、付けていたウィッグも装備として認識されたのか、勝手に外れちゃったな。
地毛が露になっちゃったけど……。もう変装している意味も無いから別に良いよね!
そのまま魔獣共が押し寄せるのを、闘技場中心で暫し待つ。這いずりモノって意外に動きが速いよね。
10メートルほどの距離を、2秒かからずやって来た。
いち早く接近した魔獣が目の前に迫り、今まさにその爪がわたしに触れようとした瞬間。
ちょいとだけ爪先立ちして、そのまま腰ごと落とし込む様に、踵で地面を踏みつける。
『パワー・イラプション』
デュエル・バーバリアンの範囲スキル。
溜めたパワーを放出する事で、周囲の敵を攻撃し更にその場で転倒させ、暫くの間移動力を低下させるデバフを付ける範囲攻撃スキルだ。
ズンッ!!と重低音が床から響き、わたしを中心に床石が歪み、波紋が波打つように広域に広がって行く。
最初の衝撃でわたしの直近5メートル以内に居た魔獣共は、水風船が爆ぜるように弾け飛び、その破片を辺りに飛び散らかせた。
その外側にいた奴等も例外なく吹き飛んで、闘技場の壁に打ち当たる。中には勢い余って、そのまま観客席を上る様に転がっていく奴が何体もいた。
わたしはスキル発動後、直ぐさま壁に向かって走り出す。
飛ばされた奴等を追い抜いて闘技場の端まで行くと、そのまま壁際をグルリと一周走り抜ける。
走りながら両手の二刀で、壁に向かって飛んで来る進路上の爬虫類共を片っ端から乱切って行く。
忽ち闘技場内の床は魔獣の血肉で埋まってしまう。
うん、やっぱ着替えて正解だったね!
それにしてもこの魔獣共、デケンベルに出たのと同じような類いかと思ったけど……あそこ迄のキモイ再生力は無いな。
ここまでバラバラに切り刻んじゃえば、もう修復できないっぽい。
出所は同じだと思うんだけど……体の中のウネウネが少ないのかね?
まあ今はじっくり観察してる場合じゃないし、後で調べてみよう。
「ぬぅっ!なんじゃ?!」
「くそっ!た、立てん!!」
「何だコレは……どうなってやがる?」
「スキルで移動力削いでいるから、ね。体が重く感じるんじゃ、ない?」
「貴様!いつの間に?!!」
「誰も逃がすつもりない、から。半径100メートルほど?まるっとこの砦全体が範囲に及ぶよう使ってみた、よ?」
「…………なにを言ってやがる?」
一通り片付いたので、客席の上の方でジタバタしているゴゥル達のところまでやって来た。
ついでに今使ったスキルの説明もして上げた。
普通に何も考えないで使っていたら多分、自分の周りの魔獣だけでなく、この砦ごとキレイに吹き飛ばしていたと思うからね。
破壊力を自分の近場のみで抑えて、デバフ効果だけを広範囲に及ばせるって、結構これが大変なんだよ?!
「お前……マクガバンのバウンサーか?!なんだその恰好は?その髪は?!どこからそんな武器を出した?!!」
「ん――――……変・身?」
「ふざけるなぁぁ!!!」
叫び上げたバガッドの髭面が、忽ち顔面全体を覆っていく。その勢いは顔だけに収まらず全身まで包む。
体も一回りも二回りも大きくなり、身の丈は3メートルを超えた。毛皮に覆われた腕も丸太みたいに太くなって、更にナイフのような爪を剥き出しにして、それをわたしに向かって振り降ろして来る。
熊みたいなやつが本物の熊になった!
まあ要するに『ワーベア』というヤツなんだけどね。
こいつはつまり『
でもコイツの攻撃など当然当たる筈もなく、ユラリと振り下ろされた爪をすり抜けて、左手の剣で臍の辺りから胴体を真っ二つに断ち斬ってやった。
そのままバガットの上半身は、おかしな声を出しながら下の方へと転がり落ちて行く。
すると今度は右の方から「シャーー」という、声だか音だかを出しながら掴みかかって来る奴が居た。
ガレィという爺さんだったモノだ。
顔は扁平になり鱗で覆われ首が矢鱈と長い。先割れした舌を出し入れしながらシャーーシャー言って迫って来る。
うん、蛇男だ。『ワースネーク』と言うらしい。
でも、蛇なんだけど手足があるな。
カナヘビなんだろか?本当はトカゲ人間?そしたらリザードマンか。
でもリザードマンは
完全変形すると手足が無くなるんだろか?それともラミアみたいになる?
まあ何でもいいや。どっちにしてもキモいから斬っちゃお。
蛇の舌先が伸びきるより速く、右手の剣を一閃する。剣は蛇男を胸元から両断した。コイツもおかしな音を出しながら客席下へと転がって行った。
「手練れのこいつ等を……、こんなにアッサリと倒した……だと?何だお前は……!なんなんだお前は一体よぅ?!!」
下の闘技場でわたしがやった事みてないのか?
あの魔獣共に比べれば、こんな2人なんか数にも入らないでしょ。そりゃ瞬殺もしますわよ。わかってんのかな?
「ちゃんと手加減はした、よ?じゃないと討伐しちゃうから、ね」
「な?!お、お前……お前は…………」
「人を喰う『
「……こ、この、バケモノめ!」
失敬だなオイ!
下には爬虫類軍団に混ざって結構な数の『
あいつらは回復力が高く、手足を切り落としたくらいだと元気が良ければ直ぐ新しいのが生えて来る。
でも、わたしが『氣』を纏わせた剣で斬り付けると、そこから再生される事は無い。しかも結構痛いらしい。
今斬った二匹以外にも、下の闘技場でビッタンバッタンと陸に上がった魚みたいに踠いてるのがその
結構いろんなタイプのが居る。定番のワーウルフやワーバット、ワーボア。ワーラットにワータイガー、ワーキャット、ワーライオン、ワーパンサー……猫系多いな!キャトピープル?!
「まるで
「だから……なんだ?!」
「まさか、実は大ボスはヴァンパイやでし、たぁ!なんてオチだった、り?」
「くそぉぉ――がぁあああ!!!」
なぁーんてね!ぷークスクス!とか続けようと思ったら……。
オイ……まぢ?
ゴゥルが激昂して向かって来たよ!
え?コイツのボスって『アフィトリナ大商会』のローレンス・ニヴンだよね?
あれ?でもローレンスは普通の人間だという話だし?話だよね?
ンん――――――――?
ゴゥルの五指が怪しく光を纏い、それをコチラに向けて突き出してくる。
あの輝きは魔力が齎すモノでは無い。恐らく魂を消費する呪術の類だ。
つまり、相手の魂に影響を与える類の術だ。そう言えばコイツは
ゴゥルの指先が、悍ましい波動を放っていた。
まあ、その手がわたしに届く事は無いのだけどね!残念なくらいに動きがスロー過ぎる。
わたしは両手の剣を軽く打ちまわし、奴の四肢を斬り飛ばす。
斬られた衝撃と剣圧でゴゥルの身体は吹き飛び、客席の床石を削りながら一番後ろの壁まで飛んで、そこへめり込んだ。
「ぐぼぉぎゃぼごぉぉ!!!」
「手足は必要無いんだったよ、ね?」
『
死者の顔の皮を剥ぎ取り、それを被ってその人間の顔を奪うと言う、それはそれは悍ましい『
ゴゥルの顔は壁にめり込んだ事で顔に被っていた皮が剥け、その下に隠されていた皮膚の無い顔が露になっていた。
こいつはこうやって次々と他人の顔を被り渡り歩いて来た。だからその正体が中々掴めなかったのだ。
本人確認の証拠となると言われた痣がある筈の手首も、腕と一緒に飛んで行っちゃったけど、皮をいくらでも被り直せるコイツに今も有るかどうかは怪しい所だ。その話自体がデコイだった可能性もあるし。
まあわたしには、コイツが『ゴゥル』だと最初から視えていたから何の問題も無いけどね!
「ぐぅ……うぅ……そ、その髪……」
「うん?」
「その、あ、赤い髪…………。お前、赤毛の悪魔か?!」
なんだとぉ?!
「単騎で……、たった一晩で200以上の兵力を……行動不能に追いやった……。何の……与太話かと思ったが。…………冗談じゃねぇぞ!」
こんな可愛い娘さんを捕まえて『バケモノ』とか『悪魔』とか、ホント随分な言い草するよね?!
……ンでも、『レッド・ヘアード・デビル』……?
『ホワ○ト・ヘアード・デビル』みたいで、カッコいいのか……もしれない?……と、思わなくも無かったり在ったり無かったり?安〇先生!
いやいやいやいや!なに言ってんだ?!
でもまあアレね。変装しとけと言われてやったけど、それは間違いではなかったって事だよね。
下手したら最初から警戒されてしまい、こんな上手い具合にアジトへ潜り込めなかった可能性もある。
流石だなと、提案してきたビビに改めて感じ入ってしまうよ。
取りあえず、それはそれで、まずはコイツの処理のが先だ。
「ゴゥル・マルドゥーク。元アナトリスの
「き、貴様?!何でそれを?!!」
「いつ
「お、俺が低位だと……?お、おのれ!……おのれぇ!!だ、誰が!誰がテメェなどに口を割るか!!」
「別にお前が口を開く必要はない、よ」
「なんだと?!」
「これだけの規模の
「神殿……だと」
「『
霊査を行なう場合、対象者はオペレーターに対して心を開く必要がある。精神を頑なに閉ざしている状態では、精査が弾かれ素直な読み取りが出来ないからだ。これを強引に行えば、心と魂に繋がるエーテル体を傷つける事になる。
魂の最表装であるエーテル体へのアクセスと言うものは、デリケートに、且つ慎重に行わなくてはならない物なのだ。
もし仮に強引に、無遠慮にエーテル体を掻き回す様な真似をすれば、その先のアストラル体やメンタル体にも影響を与え、魂の領域たる
下手をすれば、対象者の魂その物を消耗させる場合だってあるのだそうだ。
神殿庁は原則、どんな凶悪な犯罪者であろうとも、霊査による強引な尋問を行う様な事は許していない。
だが、相手が魔物であれば話は変わって来る。
今回の様に、魔物が集団で組織だった行動を起こした時などは、魔物達の行動原理を調べる為にも行われる事がある。
特にコイツの様に、人から魔物に変わった相手であれば尚更だ。
神官様達は、汚れた
魂の穢れを落とす禊の先に、本質的な魂の救いがあると言うのだ。
「魂を削り取るんだって、さ。……恐ろしい話だよ、ね」
ゴゥルに、どうやって情報を引き出すのか教えて上げたら、目を見開いて打ち上げられた鯉みたいに口をパクパクし始めた。
きっと本来なら顔色も真っ青になっているのだろうけど、残念ながら皮膚が無いから顔色が分からない!
「ふ、ふざけるな!こんな奴が居るなんて……こんな話は聞いてない!クッソあのヴァルガァ!俺をハメやがったのか?!」
確か『ヴァルガァ』ってのは、低級なヴァンパイアの事を指すんだっけ?
やっぱコイツの背後には、そういうのが居るって事か?
「ゴぉガぁアぁァァ――――――――――ッッッ!!!!!」
突然、ゴゥルが壁に減り込んで動かせない身体を捩り、喉を震わせ叫びを上げた。
その直後、地下から重い振動が響く。どうやらまだ地下に残って居た魔獣が動き出したようだ。
「ちくしょうがっ!これが完全最後の隠し玉だ!」
ゴゥルが、皮膚の無い顔で目を血走らせながら声を上げた。
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