103話ショウタイム

 チドリを飛ばしてから、もうかれこれ1時間近くは経っていると思う。

 暫く待っていろと言われたけれど、マジで待たせ過ぎぢゃね?


 ……まさか本当に歓迎会の準備をしてたりして?

 いや、だとしたら招待客を待たせ過ぎでそ!こちとら部屋に入ってからずっと立ちっぱなしなんだからね!プンプン!

 まあ、部屋の中には古びたベンチがひとつあるから、これに座れない事はないんだけどぉ……。

 如何せん汚な過ぎなんだよねぇ。

 苔っぽいのが生えていたり、なんか良く分からない染みがこびり付いていて、妙に悍ましいのよ。

 これはいったい何をぶちまけた後なのさ?!


 急遽用意して貰ったとは言えこのワンピース。スカートのプリーツ具合や裾のフリルの付き方とか、ちょっと可愛いかったりするのだ。色合いも好みだし。

 だからまあ、このまま薄汚れた場所で無防備に座って、折角の可愛いワンピースを汚したくは無いんですよ。

 なのでこの小一時間、ずっと立ちっぱなしなワケなんですけどね。



 それから暫く経ってから、やっとの事、誰かがわたしの居るトコに向かってやって来た。

 3人かな?取りあえず、ずらした目隠しは戻しておくか。


 扉を開けた奴は、わたしが直ぐ目の前に立っていた事にやはり驚いた様な声を上げた。

 なんだよ?わたしが立っていたら驚く事なのか?


 一拍おいてからそいつが近付き、わたしの側まで来ると手枷に何やらカチャカチャやり始めた。

 男は直ぐに離れたが、手枷が何かに引かれる感覚。そして「付いて来い」と一言。


 どうやら手枷に紐だかロープだかを括り付けて、それを引いているらしい。男に引かれるままについて行き部屋を出る。


 わたしを引く男と、わたしを挟む様に他に2人が後ろから着いて来る。

 目隠しをされて目が見えないわたしを気遣う事もなく、男は無遠慮に石造りの通路を歩いて行く。


「……なあ、なんでアレで普通に歩けてるんだ?50まで上げてるんだよな?」

「俺が知るかよ!操作した奴に言え!」

「ふざけんなバカ野郎!死にてぇのか?!」


 なんか後ろの2人がコソコソと言い合ってるな。何の話をしてるか知らないけど、小声の割には音が響くよ?


「黙って歩いてろ!!」

「「ス、スイマセン」」

「チッ!」


 ホラ怒られた。

 前にいる男は、苛ついた様に舌打ちしたが、足を止めずに進んでいく。

 それからまた暫く歩き続けたけど、まだ目的の場所には着かないようだ。

 多分目指しているのは、あの丸く円形に大勢が集まってるとこだと思うんだけど……、随分大回りしているな。


 も、グルグルとあっちこっちと歩かされた挙句、やっと足を止めろと言われた。ようやく目指す場所に辿り着いたようだ。

 目の前で、なにか矢鱈と重そうな扉が開く音がしたと思うと、風が頬に当たるのを感じた。僅かに肌に刺さる秋の夜風の感覚だ。広い空間に出た事が分かる。


 そのまままた歩かされ、恐らくはその空間の真ん中程まで連れて来られた。


「目隠しを取って差し上げろ」


 上の方から声がかけられ、直ぐにわたしから目隠しが取り払われる。目隠しを取った後、わたしを連れて来た男達は逃げるようにこの場から走り去った。



 目の前が露になり改めて周りを見回してみると、成程やはりこの場所は円形闘技場のような場所だ。

 とは言ってもコロシアムと言う程大きくは無いか。広さは直径で20メートルくらい?

 周りをぐるりと囲んでいる石壁は、見るからに古くていかにも史跡という風情だ。高さは3メートルも無いかな?

 天井は無くて、星降る様な夜空が見えている。ココに入る扉が開けられた時、外に出た感じがしたのはこういう事か。

 この場所は、もしかしたら元は砦の訓練施設とかなのかもしれないな。


 壁の上は、観戦席の様にすり鉢状に段が並んでいた。

 壁の縁には多くの男達が被り付くようにして、コチラをギラギラした目で覗き込んでいる。大体50~60人居るな。どいつもこいつも下品な顔付だ。


「ご苦労様です。ここ迄大変だったでしょう?」


 正面の客席?ひな壇?には3人の男達が座って、揃ってコチラを見下ろしていた。

 向かって右側に、頭の禿げ上がった白い仙人髭を伸ばした三白眼の爺さま。頭にザックリと通っている秋刀魚傷が如何にも賊っぽい。

 向かって左には髭もじゃで浅黒く大柄な、見るからに山賊然とした厳つい男。


 そしてその真ん中で一際大きな椅子に座り、1人踏ん反り返ってコチラを見下ろす男。

 自称『相談役』だ。

 あれでボスでは無いと言うのなら、一体何だと言うのだろうか?


「いえ、特には」


「アナタのその態度は称賛に値する辛抱強さなのか、はた又只の鈍感なのか?くくく……!まあ、とりあえずは歓迎の準備が整いましたのでね。お呼びした次第です」


 わたしが素っ気なく答えてやると、ソイツは一瞬だけ眉を僅かに動かしたが、直ぐにさも面白そうに喉にかかるような笑いをあげる。

 コイツの爬虫類のみたいな冷たい目付きと、血の気の無い白い顔は実に気色が悪い。

 それにしてもやっぱり失礼な言い草して来るな!コイツは!!


「歓迎の準備にしては、時間をかけすぎでは無いです、か?あまりレディを待たせる物では無いと思います、よ?」


「くくくくく!これは失礼!長旅でお疲れであろうアナタに、少しでも休んで頂きたかったのですけどね!どうですか?十分身体は休まりましたか?」


「時間を持て余しただけ、です」


「……相変わらず強気なお嬢さんだ。まさか本当に無神経な訳では無いでしょうに……。いい加減やせ我慢も身体に良くはありませんよ?それだけの重さの物を付けられているんです。少しは顔に出したらどうです?」


 さっきから何を言ってるんだろうなコイツは?

 やせ我慢って何さ?重さって何の?


「この砦に到着してから、その手枷の重量を50キロに上げてあります。今、ここまで歩いて来られただけで、我々は驚いているんです」


 おおぅ?!手枷の重さを増していただとぅ?!

 ヤバい!全然気が付いていなかった!

 そう言えばこの史跡に着いた後、アイツ手枷を何やら触っていたっけ?そんでもって、なんか嫌らしく笑い声出してたな?

 ……言われてみればその時、重さが増したような気が……しないでも…………無い?


 ぐぬぬぅぅ!今また『無神経』言われても、返す言葉が見つからねぇぇ!

 自身の身体レベルを最低限まで落とし込んでいたつもりだったけど、地下室で母娘に会った時、ついついりきが入っちゃったからか?あの辺りから力が溢れてたのか?!

 いやいや待て!そもそも手枷コレがまともに作動していないって可能性もある筈!

 こんな所で無様に狼狽える必要など無い!落ち着け!落ち着くのだわたし!


 改めて手枷を観察してみれば、どうやらこいつには『質量増加マス・インクリース』の魔法が付与されているっぽい。

 魔法電池マジックセルがある様には感じないんだけれど……。これは装着者の魔力を利用して魔法を発動させているのか?

 なるほど、重さを増すほどに体力魔力を消費させて、心身共に削る仕様ってか。

 中々にエグイな?!



「マクガバンがブラドリー家と関係を深めようとしている事は分かっておる。奴が用意している警備隊が本格的に導入されれば、死に体だったブラドリーも息を吹き返しかねん」


 なんか『相談役』の右側に座る爺さんが、突然話し始めた。

 ブラドリーと言うのは、カルナフレーメル郡の頭首家の名前だ。

 ロデリックさんの話では、今内政に大きな不安を抱えていると言っていた。

 やはりこいつらが郡の内側で暗躍してるんだな。


「今まで相応に時間と手間をかけ、ここまで育てて来たのだ。我々としては、実に由々しき話なのだよ」


「だが今回!マクガバンの始末を言い付かったのは実に渡りに船だった!おかげで一気に抵抗勢力を一掃できる!」


 山賊然とした大男も声を上げ始めた。それにしても声が大きいなコイツ。辺りの空気がビリビリと振動してんじゃん。


「お主が本当にどこぞの旧貴族の令嬢なら、身代金の請求共々、マクガバンを誘い出す案も出たのだが……」

「だが!どう見ても普通の娘には見えん!!」


 何だコイツ等?

 コイツ等もいい加減失礼な奴らだな?!オイ!

 どこからどう見たって、立派な令嬢でしょうが?

 どうやったらそれ以外に見えると言うのよ?!


「普通の令嬢は、対面で私が威圧をかけ続けているのに、平然とした様子で受け答え出来る程の度胸はまず無いですよ。今も周りからこれだけの圧があるのに平然としている。並では無いですよ」

「…………そうです、か?」


 顔に出ていたのだろうか?そんな事は無いと思っていたわたしに、『相談役』は薄ら笑いを浮かべながら、「普通と違う」と言って来た。


 ああ、そうでつか、馬車内で圧をかけられていましたか。

 ちぃーとも気付かなかったわよ……。

 またもや『無神経』言われても、やっぱり返す言葉が無いじゃんか!ちくそぉーーー!!


「ですから、中々に肝の据わったバウンサーのお嬢さんと判断しました。マクガバンに雇われるだけの事はある。そう言う事でしょうか?」


「大胆な推理です、ね」


「それでいっその事、ヤツを呼び寄せていただこうと言う事になりましてね。アナタの仕事は、我々のアジトを突き止める事なのでしょう?だから此処迄大人しく付いて来た。先程与えた時間でマクガバンと連絡は取れましたか?」


 ありゃ、チドリを飛ばした事に気が付いていた?

 いや、流石にチドリの事迄は分かっていないか。

 あれはちょっと規格外の代物だからね。あんな物が存在するなんて、常識の範囲外だもの。

 でも、何らかの方法で連絡を取ったと、アタリは付けてるのだろうか。


「それで?今ココに集めた連中で、ロデリックさん達の相手をするもり、かな?」


「どれだけ腕の立つバウンサーでも所詮はひとチーム!マクガバンの護衛隊と、寄せ集めの郡騎士を合わせても精々50騎にも満たぬ!しかも半数近くは人質救出の為に南街道を南下し始めた!!」


「……人質?」


「何故、私が態々街中のアジト迄出向いたと思っているんです?下拵えをする為ですよ」


「したごしらえ?」


「なに、簡単に逃げられない様、僅かばかり処理をして上げるんですよ。……僅かばかりね。くくく……」


 そう言ってソイツは何かを切り落とす様に、揃えた指先を軽く振ったのだ。そして喉に掛かる様な嫌らしい笑い声を上げた。


「……ひょっとして、地下室に居た母親の爪先、…………アンタ、が?」


「ああ、そうですね。こういった楽しみは他に譲る気は無いので。……おや?これは前にも言いませんでしたか?」


 成程、コイツはゴッリゴリに筋金入りの加虐趣味者か。

 自分の趣味を満足させる為なら、平気で人前にも出て来るタイプか。


「街道に潜む者を次々と仕掛け、マクガバンの戦力を削るという手もあるが、我々は戦力の逐次投入等という愚策を取るつもりはない」


「お前によってこの砦へ誘い出されたマクガバンを!一気に最大戦力で屠ってやるわ!!」


「単身乗り込んで来たアナタの丹力には敬服しますよ。どうにか此処から脱出する算段もあったのかもしれませんが、そんな事を許すつもりも此方はありません。その為に初めからソレを付けさせたのですから」


「ソレ?この可愛げが欠片も無い手枷です、か?どうせなら、もう少し愛らしいデザイン性の在る物を用意して欲しかったもの、です」


「……ここに至っても可愛げのないお嬢さんだ。いいですか?魔力量50は侮って良い数値じゃない。魔法が使えると言う事はそういう事なのですよ。だからこその『束縛魔具マジックシャックル』だ。それはアナタの魔法を封じている。気付いていませんでしたか?」


 ハイ!気付いていませんでした!

 束縛魔具マジックシャックル?魔法を封じる?

 えぇ?でもわたし地下でヒール使ったよね?バフもしたよね?

 んん――――――?


「そのすました顔を、いつまで続けられるか見ものですよ」


 そう言うとそいつは、指を1つパチリと鳴らした。

 その合図と同時に、闘技場の壁にあるわたしの正面に構える大きな扉が、軋む音を響かせて開かれて行く。


 その奥の暗がりからは、獣の唸りが複数響いている。

 やがてその奥から、目に赤い灯りを宿した魔獣がゆっくりと姿を現した。


 出て来たのは『スケイルジャガー』と呼ばれる魔獣。

 大型ネコ科の姿を持つ魔獣で、名前の通り全身が鱗で覆われている。

 細くしなやかな体は運動性も高く、木の上から襲い掛かる立体的な動きを得意とする魔獣だ。

 その鱗もそこそこ硬いので、街の衛士さんの持つ武器くらいでは、その装甲を貫く事は難しいだろう。


「今からそのケダモノがアナタのお相手をします。存分に可愛がってもらって下さい」


 魔獣の登場と共に、客席に詰め込んでいた男共が足を踏み鳴らし、荒々しく声を上げ始めた。

 周りから絶え間なく上げられる怒号に、闘技場内の空気が揺れている。


「魔獣を……操って、いる?」


 魔獣を操るとか、普通では有り得ないんですけど。でも、ちょっと前にも見たな。最近のトレンドにでも上がってるのか?

 これはそう簡単に誰でも出来る事じゃ無い。ナルホド根っ子は一緒って事か。


「そいつらはアナタを打ち倒し引きずり回し、襤褸切れの様に弄ぶでしょう!その綺麗な顔が恐怖に震え、痛みで歪み泣き叫ぶ様を存分に披露してください!」


 一際大きく奴が声を上げると、その声に呼応するように客席の男達も更に大きく声を上げる。


「身体が千切れかけようと、内臓が零れていようとも、アナタの鳴声が出ている限りそれは続きます!」


 一方でヤツは興奮し始めたのか立ち上がり、大きな身振りで語り始めた。

 段々と声のトーンにも熱が帯びて来てる。


「しかしご安心ください!どんなに傷つけられていても、元通り綺麗に修復する素晴らしい薬が御座います!今と同じく整ったお顔、均等の取れたお身体に直して差し上げますから!」


 ヤツの演説も絶好調だ。声のボリュームが上がるに従い、その芝居がかった動きも大きく乗っている。実に気色が悪い。


「…………ですがね、手足は駄目です。手足は必要ありません!その細い肘と膝の先は切り落としましょう!そして『人犬』として生きて頂きます!先ずは私が手ずから犬として調教し、十分に使い込んだ後、砦の者達全員を満足させて頂きます!!」


 野郎共の興奮が一気に振り切れたように、壁を揺らし、地面を揺らし、怒号が闘技場一杯に響き渡ってる。

 目がイっちゃって無いか?コイツ。

 なんか、ヤバい薬が決まっちゃった人にしか見えないんですけど?!

 めっちゃキモイ!


「それでもまだ生存しておいででしたら……。国外の悪癖な富裕層でもご提供いたしましょう。きっと喜んでご購入していただけますよ」


 奴の口元が有り得ない程に引き上がり、わたしに向けて悪意の籠った笑みを見せ付ける。

 なるほど死ぬまで弄んでやるぞと言いたいワケね。

 ぞわぞわするねぇ。実にゾワゾワ来るわ。


「アナタを此処へ送り込んだマクガバンを、精一杯恨んで下さいね?さあ!胸躍るショータイムの幕開けです!!」


 そして喉の奥から乾いた笑いを、私に浴びせる様に上げている。

 ウン、コイツの加虐性のキモさが実に良くワカルひと幕だった。

 ヒートアップして行くコイツ等に相対して、コチラの頭は実に冷ややかになって行ったよ。



「最後に確認させて貰う、けど。ウォルター・ミラー氏を……どうし、た?」


 そいつの気色の悪い笑い声と、男共のおぞ気のする叫びが未だ収まらない中、コイツには1つ確認を取らせて貰う。

 周りの騒がしさは収まっていないが、わたしの声は真っ直ぐ届いた様だ。

 ヤツは一瞬、怪訝そうに僅かばかり眉を上げたが、直ぐに落ち着いた風で言葉を発した。


「……ああ、馬車の中で言っていた奴ですか。悪いが私に関わった奴は大体始末していますので。正直どいつの事を言っているのかよく分からないんですよ。くくく」


 それは、ミラー氏の事をどうしたのかは確信しているって事だよね。

 覚えていないと口では言っても、愉快そうに細めた目はそう言っていないよね。


「ミラー氏と、偶然に出会ったワケではない、よね?……誰に頼まれ、た?」

「だから覚えてませんよ、お嬢さん」

「ローレンス・ニヴン、か?」


「いい加減にしろよ!小娘!!」


 浅黒い大男が怒号を上げた。

 大気が震えるような、威圧が込められた大声だ。

 どうやら、わたしの見立てがお気に召さなかったようだ。


「もうお前はココで終わりだ!大人しく魔獣に引き裂かれ、惨めに泣き叫んで見せろ!!」


「えーと、『蒼牙そうが』の頭目のバガッドと『忌蛇いみへび』の頭目ガレィで良いの、かな?」


 山賊風がバガッドで、爺さんがガレィだ。

 名前を呼ばれた2人は目を開き、動きをピタリと止めた。


「『ブルーバイパー』って言うのは『蒼牙』と『忌蛇』を包括して動かす時の呼び、名?あとは有象無象の盗賊の集まりだ、よね?……おや、騎士崩れ集団も、居る?あとは……どちらかのお国の騎士様?これは現役?それが3小隊ほど、かな?」


「貴様……!何を言っている!!」


「『青ヘビのゴゥル』って、人前には出ないヤツと聞いていたんだ、けど。なるほど、お前…………『脱皮』する、のか」

「やれっ!!!」


 『相談役』こと『青ヘビのゴゥル』が、これまでにない程低い声で短く言い放つ。


 忽ち3体の魔獣がわたしに向かい走り込んで来た。

 互いに交差し位置を入れ替えながら向かってくる様は、実に連携が取れた動きだ。


 三体は瞬く間に間合い詰め、自らの武器である爪を、牙を、わたしの身体に突き立て引き裂こうと間断無く繰り出して来る。

 だが、当然の様にわたしには掠りもしないんだなコレが。


 あ、でも今スカート裾のフリルの先にチョコっと掠った?

 あ!チビっとだけ裂けたじゃん!!こんにゃろが!


 思わずムッとしたので、その場で爪を引っかけた魔獣の下顎を蹴り上げてやった!

 その拍子に足に付いていた鎖は、何の抵抗も無く弾けて千切れてしまった。そういや、付いてたんだっけって感じ?


 デカい紙袋を叩き割ったみたいな破裂音を辺りに響かせて、魔獣の上半身は水風船みたいに弾け飛んだ。

 その下半身は弾けた勢いで吹き飛ばされ、縦に高速回転しながら正面の壁へと飛んで行く。

 勢いよく壁にぶち当たったその魔獣だった物体は、その場で壁の染みと化し、身体を構成していた肉の破片を壁の周辺に飛び散らせた。ウン、結構なスプラッターだな。これが極彩色だったらまだファンシーだったんだけどね!


 魔獣の残骸を頭から浴びた客席の連中は、今何が起きたのか理解していないっぽい。


「「「………………は?」」」


 上に居た3人が、ほうけたような間の抜けた顔を見せてる。

 さっきまで騒がしかった闘技場の中が、今の一瞬で静まり返っていた。

 だけど呆けるのはまだ早いと思うぞ?



 とりあえず、手枷のギミックで魔法が使えないと言っていたので、ちょっと試してみようか。


 今、魔獣3体のうちの1体を爆ぜさせた事で、瞬間的に警戒心が働いたのか残り2体は左右に飛び退いていた。

 その右側に跳んだやつに向けて手を上げ、狙いを付ける。


『ファイア・ストライク』

 元から持っている、自前の初期単体攻撃魔法だ。

 今迄こいつを使っては何度もやり過ぎ、痛い目を見ているので、籠める魔力を押さえる事も忘れない!

 右の指を三本。親指、人差し指、中指を優しく突き出し、そっとピンポン球でも摘まむ様な感じで魔力を絞る。


 イメージ通りに指の先に現れた直径5センチ程の炎の弾は、顕現した次の瞬間には魔獣に着弾していた。

 瞬間的に熱せられた空気が一気に膨張し、地を抉るような轟音を立てながら魔獣の身体を粉微塵に吹き飛ばす。



 やっぱ普通に魔法使えるじゃん!


 炎弾の射線上にあった壁も、5メートルくらいの幅で観客席ごと吹き飛んでいた。

 壁が外まで吹き飛んだので、すっかり風通しも良くなっている。

 客席にいて巻き込まれた盗賊共が、10人くらい居るな。何人かは手足が酷い事になってるけど……。ま、気にするまでもないかな。



 さて、では常用版の魔法はどうだろか?

 今度は左の親指と人差し指で摘まむようにイメージして、詠唱を短縮して魔法名を唱えコールする。


 『ファイア・ブレッド』

 今度はパチンコ玉くらいの火の玉が指先から発現した。

 ふむ?若干モヤっとするものは感じたけど、魔法発動に支障は無いな。


 放たれた火の弾丸は、軽い破裂音を響かせ、スケイルジャガーに向かって直進し、その眉間に吸い込まれる様に減り込んだ。

 魔法の火はその体内を焼き焦がし、内側から炭化した魔獣はその場で崩れ落ちた。



「……使える、が?」


 魔法は使えるけどどういう事だ?とひな壇上のゴゥルに向かい、ジト目を向けてみた。


 恐らくこの束縛魔具マジックシャックルという魔法道具は、装着者の霊印エーテルシールに干渉して魔法の発現を妨げる効果を持っているのだと思う。

 でも、そのキャパを超える魔力を行使すれば、その干渉も意味が無くなる。

 小波が大波に呑まれる様なもんだね。


 あんまり意味の無い代物だなと思い、刻まれている魔法印でも確認してみようかとちょこっと捻ってみたら……。こいつがバキリと簡単に割れてしまった。

 やっぱコレ脆いじゃん!


「…………これは、……一体どうなってやがる?!」


 おや?ゴゥルくんの言葉使いが汚くなっているゾ。


「戦力の逐次投入とか、こちらも最初からする気は無いんだよ、ね」


「なんだと?!」


「最初から最大戦力で叩きに来たと言って、いる」


「なにを…………言って、やがる」


「さて、お前ら」


 ちょいと腰の脇に右手を降ろし、その腰を軽く曲げ、左肘を横に突き出しながら手のひらを顔の前で開き、開いた指の間から壇上を睨みつけてみる。


「……いつから、自分達に選択肢があると、錯覚して、いた?」


 おっと、ついノリで香ばしいポージングまでしてしまったのよさ。

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