102話チドリ

 盗賊ってのは、ただの食いっぱぐれ者ならまだ可愛げがあるのだろうか。

 止むに止まれぬ事情で事を犯し、それが習慣化してしまえばもう後戻りなどできはしない。

 江戸の昔には、追剥おいはぎは軽くても死罪だったと言う話を何かで読んだ記憶がある。


 現代のこの国でも、それは殆ど変わらない。


 だからこそロデリックさんは、そんな事になる前に、彼等を何とかしてやりたいと考えるのだ。

 この世界基準で判断すれば、それはかなり甘い考えだと言える。だが、そのロデリックさんの想いを支持したいと考える人が、一定数居るのも確かな事実だ。



 しかし規模の大きな組織ともなると、そのタチは別次元ほどに悪くなる。

 連中は金品や家畜等と同じく、人も簒奪すべき獲物だと考えている。

 奴等に襲われた村は、殆ど死体さえも残らない。

 悍ましい事に、人体のカケラ一つでも奴等は『有効活用』するのだという。


 この国では既に、100年以上前から人身売買は禁止されている。しかし、周辺諸国では未だにそうでは無い所が幾つもある。

 多くはそう言った場所へ労働力として売られるそうだが、一定数の人々は生きながらに五体をばらされ、聞くも悍ましい実験に使用されているのだと言う。


 以前、その現場を目の当たりにした事がある。

 それは地獄の責苦も生優しいと思わせる程に、吐き気を催す悍ましい所業だった。

 犠牲者は手足を切り刻まれ魔導溶液に浸されて、死ぬ事も正気を失う事も許されずに、ネクロマンシーの実験動物の様な扱いを受けているのだ。

 とても人が人に対してやることでは無い。


 それ以降わたしの中で、盗賊団という連中は魔獣やオークの類いと同じ物だと認識する様になった。

 寧ろ、人里に現れる盗賊共の方が遭遇率も高くタチが悪い。

 奴等は、この世の害毒以外何者でも無い。発見次第、速やかに排除すべき存在なのだ。

 此奴らを1人でも見逃せば、やがてはその数十倍もの犠牲者を生み出す事になるのだから。





 馬車に乗せられてから、2時間近くは移動していたと思う。

 恐らく、どこへ連れて来られたか分からなくなる様、目隠しをして、更に道も大回りして動いていたのだろうけど……これが全く意味が無い。

 何故ならば!

 わたしは今、ヘキサゴムから北北西に直線距離で4.6キロ。標高200メートルってな場所に居る事が理解できているからだ。


 我ながら位置情報の把握が実にエグイ。こういう時に改めて、自分のチートさを感じてしまう。



 ンで馬車から降ろされた後、目隠しをされたまま、またも小部屋へと押し込められた。「暫く此処で待つように」と、馬車で一緒だった男が言った。

 わたしの歓迎会の準備でもしているのであらうか?


 道中、その自称『相談役』の男とずっと話をして、大方の知りたい事は知り得た。

 向こうが知りたがっていた情報も与えた事になるんだけど、まあそれは正直どうでもいい。


 ハッキリ言って、わたしが『ロデリックさんの養子か何か』だというバイロス家が拡散した噂は、連中がわたしを誘拐させる気にさせる為の撒餌でしかない。

 ここまでわたしを連れて来て貰えた上に、目標も確認できたとなれば作戦は完了したも同然なのだ。


 今回、きっとヤツと普通に話をするだけだったなら、話術で踊らされ、一方的に情報を引き摺り出されただけで終わっていた自信が結構ある。


 だけど、相手の話の真偽を見抜く事が出来たので、何とか事なきを得た思いだ。


 初めから相手の嘘を見抜ける様な『スキル』を持っていれば良かったのだけど、生憎とそんな便利な物は持ち合わせていない。

 しかし神経を研ぎ澄ませて、相手の目線や呼吸、心拍数を読み取って嘘かどうかを読み解く事は、ある程度ならば可能だと思う。


 でも今回は目隠しされていたから、目線や瞳孔の動きを観察するとかは出来ないので、それとは別のアプローチをしてみた。


 やったのは相手の『エーテル体を観察する』と言う方法だ。

 本当の事を言っている時と、嘘を言っている時のエーテルの揺らぎの違いを観察したのだ。


 恐らく今回の相手は嘘を言ったとしても、普通の人間と同じ様な反射の類は見せてくれない。

 だからアイツに対しては、エーテルの揺らぎで判断するしか無かった。


 しかしこの方法、かなり集中力を必要としたので目隠しをされていて助かった。

 目が見えていたら却って集中を欠いて、上手く読み取れなかったと思う。

 ま、結果オーライと言うワケですわ!


 おかげで知りたい情報は全て得られたので、後はわたしの仕事をするだけだ。



 連れて来られたのはやはり古臭い石造りの建屋の中だ。

 苔むした石の匂いを、馬車から降りてすぐ感じていた。

 どこかの古い史跡でも不法占拠しているのかもね。


 そう言えば、この辺には100年以上前に放棄された砦か何かの跡があるという資料を見た気もする……。その辺か?


 とりあえず今のところ、この部屋の周りに人の気配は無い。暫くは放置されるって事かな?

 手枷を付けられたままの手を顔の近くまで持って来て、右の親指で目隠しをチョコっとずり上げてみた。

 ふむ、やっぱり古臭い石造りの壁だ。湿っぽさはないので地下ではないのだろう。所々壁である積み上げた石が欠け落ちていて、その隙間からは夜の空が覗き見える。


 神経を研ぎ澄ませて探索でこの場所の地形、相手の存在全てを把握する。


 人里離れたこの場所では、既に盗賊共の反応は街中で感じる『赤』から、フィールド上で察知する『敵対反応』へと変わっている。

 ココには既に、相当数の盗賊共が集まっているって事ね……。あれ?こっちは人以外?

 周りが丸っと敵だらけだ。その数およそ250ってところか?

 中隊から大隊規模って感じ?

 成る程、この物量がコイツ等の余裕の元か。


 外は山の上特有の静けさを感じるけど、この建屋のあちこちから酒盛りをしているような響きが伝わってくる。

 まあ、これだけの人数が大人しくしている訳もなく、当然と言えば当然か。



 それじゃ今の内に『チドリ』を飛ばしてしまおうかな。

 わたしはガーターに挟んであるカプセルの一つを取り出して、それに魔力を流し込んだ。

 カプセルは真ん中からピシリと切れ目が入り、そこから割れる様に左右に表面が広がると、それがそのまま翼の形になる。

 そしてカプセルは小さな鳥の姿になった。


 このカプセル、実は『チドリ』と言う超小型版の『ハト型』クレイゴーレムなのだ。

 チドリは小型版なのでハト程の情報量は載せられない。

 記録領域は精々10数語分の情報で一杯になる。ショートメッセージみたいなものかな?

 飛距離も本来はそんなに無くて、跳べても数百メートル程度。魔力干渉も受け易いので、使えるのは街中で近距離がやっとと言う代物だ。


 だがコイツは、わたし専用としてマーシュさんに魔改造して貰った物なのだ。

 主に魔法電池マジックセルの性能が底上げされていて、小型ながらも相当量のわたしの魔力が注入可能になっている。

 その代わり魔力維持が殆ど出来なくて、5分もすれば籠めた魔力の大半が溢れ出てしまう。

 しかしその溢れる魔力を転化し、超高速での飛行が可能になる様、キンキンにカスタマイズしているのだ。

 飛行時間はやはり5分程度だが、それだけあれば距離にして100キロ以上は軽く移動できる。

 コイツはそんな速度特化の浪漫ロマン性能溢れる、マーシュさん特製の魔法道具なのだ!


 早速これにメッセージを記録して、石の隙間から外に放った。メッセージは簡潔に位置情報と敵の規模だけを記録する。

 対になるマーカーを持っているビビなら、これで十分だ。

 ココからヘクサゴム程度の距離、ほんの10秒ちょっとで到着してしまうだろう。



 石の隙間から音もなく外へ出たチドリは、そのまま100メートルほど上昇し、そこから一気に音速を超えてビビの元まで飛び去った。

 チドリが音の壁を破る時、上空で小さく破裂音が響いた筈だが、それに気づいて騒ぎ出す様子がまるで無い。

 酒盛りの騒ぎで搔き消されてる?結構温くないかこいつ等。

 まあ、気付かれたからと言って、どうという事はないのだけどね!

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