101話車中会談
「さてお嬢さん、出発です」
「……これからどちら、へ?」
「なに、只のドライブですよ」
「それなら、手足に着けている物を外してくれてもいいので、は?」
「私は心配性なんです。借りた馬車が傷物にならないかと不安になるんです」
「これを外せば、只の杞憂だと理解出来ます、よ?」
「外したらそれこそ、この馬車をスクラップにする気なんじゃないですか?」
「バカげていま、す。ただの庶民の娘が何をするので、す?」
「しかし、この数字は庶民とはかけ離れてると思いますよ」
「……数字?」
「これですよ。魔力量測定器の数字」
「今、わたしの額に当てた物……です、か?五精盤では無く、て?」
「そんな高価な物、簡単に持ち運べません。魔力の測定器と聞いて五精盤が出て来るところで、もう庶民じゃありませんね。庶民ではそうそうお目にかかれる品物ではないのですから」
「…………」
「これは『簡易魔力測定器』です。10にも満たない微弱な魔力量だと、これでは反応しない。これで測定できる者が現れたら、神殿に申請して正式に五精盤を使って貰えるんです。ご存じありませんでしたか?」
「…………少し、世情に疎いよう、です」
「まあ良いでしょう。コレで見るとあなたの魔力量は、ゆうに50を超えています。とてもその辺の庶民が出せる
「……普通じゃ、ありません、か?」
「魔力は万人にあるとは言いますが、大抵の人間は
「自分の認識と、少し違うかもしれま、せん」
「自分自身をどう捉えるかは、人其々です。自分の評価と他人の評価にズレが無いのは稀な話です」
「それは重々承知しており、ます。……時に、この馬車はどこに向かっているのです、か?」
「それは着いてのお楽しみです。ですが、目的地まではそれなりに時間がかかります。折角ですから、おしゃべりでも楽しみましょう」
「さっきから気になっているのです、が……。地下での口調と違い、その取って点けた様な敬語がとっても気持ち悪い、です。バカにしています、か?」
「くくくく!そりゃ失礼。一応これでも敬意をもって接しているつもりなんですよ」
「敬意があるなら、誠意を以てこの手枷を外してくれても良いんです、よ?」
「一応ボディチェックで、武器の類を携帯していない事は確認させていますけどね。ですが私の勘が、お嬢さんを自由にする事に否定的なんです」
「そんな役に立たない勘は、即時廃棄する事をお勧めします、よ。……ボディチェックって?ひょっとしてあのセクハラ行為の事です、か?」
「そんな風に受け止めておいででしたか」
「それ以外の何物でもない、です!あんな輩の鼻は、捥げてしまっても良かったの、です!」
「……まさか、アナタが何かしたのですか?」
「罰が当たっただけだと思い、ます」
「やはり、その手枷は外さないでおきましょう」
「……時に今、街から西か……北西方向に進んでいます、か?」
「何故そう思うのか伺っても?」
「地下の明り取り窓は北側にあった筈、です。地下を出てから建物の中をぐるりと回りましたが、出口は南側でし、た。そのまま馬車に乗り込み、走り始めた方向は西、です。西向きに馬車は進み街を出ましたよ、ね?街から出たのは門番の所で一度止まったので分かりまし、た。そのまま少しだけ、東キャナル街道を走っていたので、しょう?でも先程、右方向の脇道へと入りまし、た。目的地は、ヘキサゴム北西にある山のどれかです、か?」
「……くくく!大した観察力だ。目を塞がれてそれだけ分かるとは、増々庶民の娘とは思えませんね」
「目を塞がれているからこそ、余計に知覚できる物なのではないです、か?」
「そういう事にしておきましょうか」
「わざわざ盗賊団の頭目が送って下さるのですから、どんな所にご招待されるのか楽しみにしておき、ます」
「私は盗賊の
「だって、地下での様子。他の連中の貴方に対する態度は明らかに畏怖を感じていまし、た。建物内を歩いていた時も、周りの人間は一歩引いていましたよ、ね?」
「そんな事まで分かると恐れ入りますね。だが残念。私は
「ボスは他に居る、と?」
「その通りでございます」
「貴方がボスでは無いのなら、一体何なのです、か?ただの下っ端があんなに堂々としているのは、とても不自然です、よ?」
「まあ、何と言いますか相談役?みたいなもんです。それにしても本当によく見ておられますね」
「人を観察するのが好きなだけです、よ?でも、『相談役』にしては随分恐れられていました、ね」
「やれやれ、そんな風に見えてしまうのですかね?しかし、それはただの気のせいです。私は盗賊団のボスじゃない」
「……なるほど、盗賊団達の『まとめ役』です、か。それなら納得、です」
「どうしてもアナタは私を盗賊団の首領にしたいようですね。そんな事、全く意味が無いと思いますよ?」
「でも、その上で貴方を使っている輩がいるワケです、よね?どんなヤツなのでしょう?わたし気になります」
「……そんな事を知ってどうするんですか」
「少し怒っています、か?何か気に障る事でも言いまし、た?わたしはただ、少し好奇心が旺盛なだけです、よ?」
「精々、それを抑える事を学ばれると良いですよ。好奇心は猫をも殺す、と聞いた事はありませんか?」
「好奇心と言えばもうひとつ、気になることがあるの、です」
「今度は何です」
「その指の出たグローブを着けているのは、そういうのがお好きだからです、か?」
「……なんだって?」
「わたしの周りにも、そういう物が好きな子は居ますの、で……。そういう年頃ならしょうがないですから、ね。あ、大丈夫です、よ?わたしはそう言った趣味には、十分に理解を持っていると自負しております、から」
「それはまたお心が広いお嬢様だ。周りの少年達が羨ましい。ですが、私のこれは趣味と言う訳ではありませんよ。偶々です」
「そうなんです、か?手先がそんな死人の様に冷たいのに、指先までグローブで覆わないのは、何か理由があるのかなと思いまし、て」
「……指先の感覚は重要です。私は常にその感覚を研ぎ澄ませているだけですよ」
「そうなんです、ね。わたしはてっきり、そういう物がお好きなのか、はた又……手に隠したいモノでも在るのかなと思ってしまいまし、た」
「……面白い事を言うお嬢さんだ」
「少し気になったのでお尋ねしただけです、よ?」
「成程、ね。……そうそう、気になると言えば最近、『ロデリック・マクガバンが遠縁の娘を養子にとり、その娘をカルナフレーメルの頭首であるブラドリー家へ輿入れさせようとしている』という噂が、まことしやかに流れているのをご存じですか?」
「まあ、それは御目出度いお話です、ね?」
「それ以外にも、マクガバンが今ヘキサゴムに連れて来ている娘は「実は若い愛人だ」「隠し子なのだ」と、巷は噂で溢れているそうです」
「まあ!とてもスキャンダルなお話も流れているのです、ね。わたし気になります!」
「なに自分は蚊帳の外の野次馬です、と言いたげに声を弾ませてるんですか?全部アンタの事でしょう。マクガバンの連れのお嬢さん」
「おや?そういう事になってしまいます、か?」
「お嬢さんは一体何者なのか?と世間は気になっているんですよ」
「世間とは、なんとも暇なものなのです、ね」
「もうひとつ面白い情報がありましてね。『マクガバンが、デケンベルで雇い入れたバウンサーは二組居た』と言うものなんですよ。一組は3人構成でランク5。そのままマクガバン本人の護衛に付いている。もう一組は、ランクは高く無いが同じく護衛。貴女の護衛という事なのですかね?だがね、おかしいんですよ。情報ではその一組も三人構成の筈です。2人は今もヘクサゴムに残っている。では、もう1人はどこに居るんですかね?」
「お花でも摘みに行かれているのではないでしょう、か?」
「顔色も変えずにそう言ってのける豪胆さは、流石ですね」
「わたし、世情には疎いのです、よ?周りからもよく言われていま、す」
「無神経の間違いでは?周りの皆さまも、随分ご苦労されている事でしょう」
「失礼な方です、ね。……実際そうでは無い事を願いたいモノです、が。でも、本当に世間を知らなく、て。実はカライズ州の外どころか、ナサントルカ郡より南に出た事もないんです、よ?」
「それならこれから先、広い世界を見るチャンスに恵まれるかもしれませんね」
「そうであったら嬉しい話、です。お隣のグラナティ州のヤヌアリスという都市では、先月ドレスの品評会があった、とか。是非そういった物も見てみたいと思っているの、です!」
「そんな普通の娘らしい事にも興味があるとは、意外です」
「本当に失礼です、ね!わたしは普通の庶民な娘です、よ。それに何よりヤヌアリスは、情報発信の中心地だと言うではありません、か!是非一度行きたいと思うのは、当然ではないでしょう、か」
「まあ確かにあの街は、商社の集まる場所でもありますから、人や物が集まるには事欠かない。流行の発信源としての一面も持ち合わせているのは確かですね」
「やはり貴方は、あの街にいらした事があるのです、ね?」
「居た事があるなど言っていませんよ。あの街の事を知っているのは一般常識の内です」
「そうなのです、か?てっきり良く知っていらっしゃるのかと思いました、のに」
「誰もが知る範囲でしか存じませんよ」
「……そうですか。残念、です。ご存じでしたらお聞きしたい事がございましたの、に」
「因みに、どんな事がお知りになりたかったのです?」
「実は、知人のお身内の方がその街で、随分長い間連絡が取れなくなっている、とか。ご存じならば……と思いまし、て」
「そんな事、私が知る筈無いじゃありませんか。大体あの街では商売に失敗した人間が消息不明になるなんて、どこにでも転がっている話です。どうして私が知っていると考えたんです?」
「そうですか、ご存じありません、か。藁にも縋る思いでお尋ねしまし、た」
「存じませんね」
「4年前に消息を絶たれたウォルター・ミラーという方、です。…………本当にご存じありません、か?」
「存じません」
「……そうですか、残念、です。では、ついでです。ついでにもうひとつ、だけ」
「ご期待には沿えませんよ」
「マードックなる人物。ご存じではありません、か?」
「……よくある名前とお見受けします」
「ゴゥル・マードック……ご存じですよ、ね?」
「………………勘違いされているようなので、最後にひとつ正しておきましょう」
「?……何でしょう、か?」
「選択肢があるのは此方だという事です。アナタには無い。努々お忘れ無き様に」
「心に留めておきます、ね」
「さて、そろそろ到着の頃合いです。楽しいおしゃべりもここ迄ですね。大変、実りある旅路でしたよ」
「それは重畳、です。わたしも大変為になりまし、た。ありがとう存じ、ます」
「…………つくづく食えないお嬢さんだ。ですが、その余裕がどこまで持つのか……実に楽しみでなりません。くくく……」
「あら?まるで蛇の様な音を立てて笑われるのです、ね。とても素敵な本性です、よ?」
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