100話階上の招待者
「出ろ!」
軋む音を悲鳴の様に響かせて、錆びた鉄扉が開いて行く。
扉が開く気配がした時、ラリアさんとビオラちゃんは明らかに怯えの色を見せていた。
わたしは「大丈夫」と呟き、2人を庇う様に扉の前へと足を運ぶ。
わたしが扉の近くに立っていた事が意外だったのか、扉を開いた男は一瞬目を見開いていた。
だが直ぐにわたしの二の腕を掴み、そのまま強引に扉の外へと引っ張る。
それを見た2人が小さく声を上げるが、わたしは再び母娘に「心配無い」と視線を送り、引かれるままに扉を潜った。
取り敢えず、この場所はビビとミアは把握している筈だ。
さっき母娘と話をしている時、既に2人の気配が建物の前まで来ていたのは分かっていた。その時に覗いていた小動物も、小さく何度も鳴いていたので2人も間違いなく気付いている。
それに一応ビオラちゃんには、不測の事態に備えマーカーも渡してあるし、バフもかけてある。
そうそうこの2人が、どうにかされる事は無い筈だ。
扉から出ると、そこはちょっと大き目の部屋になっていた。
さっきまで居た所が狭すぎたから、余計に広く感じるのかもしれない。
わたしが出て来た扉の左右には、同じ様な鉄扉が並んでいる。ココには他にも囚われている人達が居る事が気配で分かる。
今目の前に居る連中を速攻でノして、その人達を助け出したい衝動に駆られるが、ココはグッと我慢する。
今、この地下で見える範囲に居る連中は全部で5人。もう1人いた筈だけど、今はココに居ないっぽい。
わたしを部屋から連れ出したヤツ。
その出て来た部屋の扉を閉めてるヤツ。
正面には昇りの階段があって、その途中では何かを待つ様に立ち止まり、上を向いている奴が居る。
そして残りの2人は、部屋の中央に置いてあったテーブルに座っていた。
そいつらは、酒が入っているであろうジョッキを手に持ったまま、部屋から連れ出されたわたしを見て、ニヤニヤと嫌らしい笑みを受かべている。
「随分と余裕のある顔してるじゃねぇか?え?」
テーブルに座る男の一人が、そう声をかけて来た。
ソイツは、手に持っていたジョッキの中身を徐に自分の口に流し込み、そのままそのジョッキをテーブルに上に勢いよく叩き付けた。
それからユラリと立ち上がり、身体を揺らしながらわたしに近付いて来る。
コイツには見覚えがある。
昨日この街に入って直ぐに、わたし達を追いかけて来た衛士モドキのチンピラだ。
もうこの衛士モドキは、自分が盗賊達の仲間だと隠す気もないらしい。
でもコイツ、昨日は頭に植木鉢が直撃した筈だが、……もう平気なのか?
あ、一応頭に包帯は巻いてはいるな。
そして……だ。
あろう事かコイツは、袋詰めにされたわたしのおヒップを撫で回した変態ヤロウでもあるっっ!!
「攫われてんだ、もうちっと怯えた顔でもして見せろよ!」
「オイ、今は騒ぐな」
「うるせぇよ!」
何だコイツ?ご機嫌斜めさんか?
ご機嫌斜めなのはこっちだぞ。
「中の母娘は元気だったかよ?ひひ」
チンピラは嫌らしいニヤけ顔で、わたしに部屋の2人の様子を聞いて来る。
わたしはシラっと「とても元気そうでしたよ」と答えると、途端に顔を歪ませた。
「ふざけやがって!クランチの野郎共々、やっぱ俺をナメてやがんだチキショウめが!!」
どうも平然としているわたしが気に入らないらしい。
もっと怯えた顔を見て、それを酒のつまみにしたくてココで飲んでいたんだとか……。
とんだ下衆野郎だよ!そりゃ期待外れだったね。
その上で、中に居た母娘も元気そうだと聞いて、コイツの中の何かに火が付いてしまったようだ。
「おい、静かにしろ」
「うるせぇつってんだろが!!クソが!殴られ足りねぇってんなら、お望み通り今日もブン殴ってやる!!」
わたしの腕を掴んでいる男が制止しようと呼びかけるが、情緒不安定っぽいコイツは全く聞く耳を持っていない。
でも、コイツは完全にアウトだな。
2人にあった真新しい顔の痣は、コイツが作った物らしい。昨日、八つ当たり的に2人を殴ったって事か?
2人が元気だと聞いて、腹の虫が収まらないとでも言いたげだ。ふざけんじゃ無いぞ。
尤も今の2人を殴っても、バフがかかっているから潰れるのはコイツの拳だろうけどさ。
それでも、わたしの中で沸々と涌いて来る憤りが収まるワケじゃない。
平静を保っていたつもりが、ついつい目から怒気が漏れていた様だ。
わたしの視線に気が付いて、そいつの動きが一瞬『ビクリ!』と固まった。
だけど直ぐに何かを振り払う様に頭を振り、わたしを睨み返して来た。
「な、何だコノヤロその眼は?!ナメてんじゃねぇぞゴラァ!!」
チンピラが、掴みかからんとコチラに足を踏み出した。
酔いが回っているのに、そんな無造作に足を運んで良いのか?危ないぞ?
案の定、わたしの目の前でソイツは、つんのめる様にして勢い良く倒れ込んで来た。
まあ当然の様に、わたしが行動意識をチョッコっとずらしてやった結果だけどね。
わたしは、倒れ込んで来るソイツに合わせ、僅かばかり手首を返す。
手首に付けられた手枷が、ほんの数ミリ上がる程度に……。
「ぼぐゅっ!!」
絶妙のタイミングで手枷の角が、抉る様にソイツの鼻面に食い込む。
そしてそのまま凄い勢いで鼻血を吹き出し弾け、円を描く様に反対側へと吹き飛んだ。
まるで、鼻血の勢いで空を飛ぶテニスマンガみたいだと思った事は内緒だ!
「何やってもやがる!マヌケかてめぇはっ?!」
それを見ていたわたしの腕を掴んでいた男が、転がったチンピラに向け罵声を浴びせる。
同時にわたしを訝しげに見て「まさかお前が……?」と呟くが、わたしの手枷に手を添えると、「無理か……」と再び小さく口にした。
直ぐに男はわたしから離れ、倒れているチンピラの状態を確認しする。
「鼻が潰れてるじゃねぇか……!オイ!コイツを運べ!バカが!余計な仕事増やしやがって!!」
テーブルにいたもう1人が叱責され慌てて席を立ち、昏倒しているチンピラの両脇に手を突っ込み、その場で抱え上げようとした。
「騒がしいなオイ」
それとほぼ同時に、階段の上から男の声が地下に響く。
途端に、地下に居た連中の身体が、目に見えて強張るのが分かる。
降りて来たのは、顔色がとても青白く目の下に酷い隈があって、ひょろりとした薄気味の悪い男だ。
「あ?何だこりゃ?なにやってやがる?」
「よ、酔っ払ったこいつが引っ繰り返りやがって……」
「ああん?そんなモン放っとけ」
男は、つまらなそうに鼻の潰れた男を一瞥すると、そのまま視線をわたしに移しながら、階段をゆっくりと降りて来た。
そしてわたしの目の前まで来ると、まるで品定めでもする様に、薄く細めた眼でわたしの顔を覗き込む。
「コレが例の娘か?」
「言われた通り、枷も着けました!」
熱量の無いその眼を見て分かる。
コイツは人を人とも思っていない類いのヤツだ。
人間を、消耗品か何かだと思っているヤツの眼だ。
実に嫌な眼だ。
「随分と肝の据わったお嬢さんだな?見てくれも悪くない……」
爬虫類の様なその眼を無言で見返していると、そいつは鼻を鳴らしながらそんな風に言って来た。
その上にあろう事か、わたしの顎に指をかけて『顎クイ』までして来やがった!
それにしてもコイツの指冷たいな。まるで体温を感じない。
いい加減鬱陶しいので、顎を振って指を払ってやった。
「……ふん、気も強いってか?良いね、俺好みだ」
わたしは好みぢゃねぇよ!
わたしの苛つきを他所に、冷たい目の男が地下室の男達に指示を出す。わたしをこれから馬車に乗せるらしい。
その前にココで目隠しをしろと言う。
「ココって、盗賊のアジトなので、しょう?」
「…………」
わたしの顔に目隠し用の布がかけられる中、ちょっと男に声をかけてみた。
頤に指を当て、目を僅かに開いた男と目線が交わり合う。
「ココから更に、一体どこへ連れて行くおつもりです、か?」
「……色々承知の上って事か?まあ良いさ。くれぐれも無駄な事は止めてくれよ?折角の上玉を傷物にはしたくないんだ」
視界が布で閉じられる中、男の声に愉悦の響きが含まれるのが、不快な感覚と共に読み取れた。
「だが、まあ逃げたとなりゃ、それなりに処理をしなきゃならん。……まあ、そんな愉しみを人に譲る気は無いけどな」
喉の奥から絞り出すような人間味の無い笑いが、地下の冷たい壁に響き渡る。
いよいよこれから、連中の本拠地へとご招待をしてくれるらしい。
ええ、分かっていますよ。
お招きされた先に到着するまでは、ちゃんと大人しくしておりますよ。
ええ、ええ!それが淑女の嗜みですからね!勿論、分かっておりますとも!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます