99話地下室の母娘

 そして現在に至る……ワケなのだが。


 今わたしは手首に木製の手枷を付けられ、両の足首には鎖で繋がった鉄製の足枷が嵌められている。

 足首に付けられた鎖の長さは肩幅程度なので、このままだと走る事は難しそうだ。

 鎖その物も太くて大きいので、それなりの重さだと思う。普通なら、引き摺って歩くのも大変なんじゃないかな。


 木製の手枷は、半円に切り込まれた二枚の板を上下で挟むタイプの物だ。

 板の厚みは5センチ以上はあるかな?

 手枷の四角には金属製の装飾が施されているけど、留めている金具はそんなに頑強な物には見えない。

 魔法印っぽい刻印が入っているので、魔法的な処置で留まっているのかもしれない。

 どっちにしても、余り頑丈には感じない。

 ちょっと力を入れたら壊れそうなので、力加減は注意しないと。


 でも、こんな乙女を鎖に繋ぐなんて、中々に趣味の良い連中なのだと良く分かる。


 そして連中は漏れなく赤い。

 その赤い反応は、この部屋の外に6つ。要するに6人居るって事だ。

 それ以外にもこの地下には、赤くない人の反応が10程ある。


 その反応の内の2つはこの部屋の中。つまりわたし以外にも閉じ込められている人物が2人、目の前に居るのだ。

 恐らく、わたしと同じ様に攫われて来たのだろう。

 2人は手枷はされていないが、足枷には鎖が付けられていて、酷く消耗しているように見える。


 2人は女性で、親子だろうか?1人はわたしより少し下くらい?もう1人は母親かな?

 40~50代に見えるけど、消耗し過ぎていて必要以上に年上に見えているのかもしれない。


 娘さん(?)の方が親御さん(?)に寄り添うようにして、2人壁に寄りかかって座り込み、目は虚ろで顔色もかなり悪い。

 話しかければ辛うじて返事はあるけど、殆ど生気が無い。


 見れば見る程2人共酷い状態だ。

 あちこち殴られた様な青痣がある。肩や腕に薄汚れた布が巻き付けてあり、そこから褐色の染みが広がっている。

 これ、怪我しているのに不衛生な包帯もどきを巻いているだけって事か?


 更に悍ましい事に、親御さんらしい人の右の爪先……、足の甲の真ん中程から先が無い。

 そこも薄汚れた布がグルグル巻きにされていて、やはり血らしい染みが固まっていた。


 逃げられない様に、爪先を切り落とされている?


 それに気が付いた時、一瞬で頭に血が昇りそうになった。

 そこの錆びた鉄扉を蹴破って、直ぐに2人を連れ出してしまいそうになる。


 でもココでキレては元の木阿弥。大元を潰さないと話にならない。

 わたしはゆっくり深呼吸をすると、そのまま2人に近付き、『グレーターヒール』を唱えた。


 2人を光の柱が包み、見る見るその傷を修復して行く。

 腫れ上がっていた顔や手足の痣が消え、欠損していた足先が布を押し上げ伸びて行く。


 突然身体が回復した事に驚いたのだろう。2人が目を見開いて、お互いの身体の傷が消えている事に声を上げている。


「これって……魔法?魔法が使えたの?!」


 娘さんらしい子が、わたしに向けてそう声を上げる。


「つ、爪先が…………。まさか!聖女様?!」


 お母さんらしい人も声を上げた。

 いえ違います!聖女じゃございません!


「少しだけ『治癒』の心得があるだけ、です。大丈夫です、か?具合の悪い所はありません、か?」

「……す、少しだけって……。こんなもの『治癒』の範疇では……」

「何故こんな所、に?お2人のお名前を教えて頂けます、か?」


 お母さんらしい人が納得しなさげだったが、強引に話を変えて、お名前を教えて貰う。


「申し遅れました。私はラリア・ヘイバーマンと申します。この子は娘のビオラ。こんな酷い怪我を治して頂き、何とお礼を申し上げて良いか……ありがとうございます聖女様」


 いや、拝まんで下さい!ですから聖女では無いと申し上げておりますのに!


 ラリアさんは35歳。ビオラちゃんは13歳だそうだ。

 すっかり回復したラリアさんは、最初の印象よりかなりお若い。やはり消耗しきっていたのだね。


 話を聞けば2人はこの建物へ閉じ込められて、もう半年以上は経つらしい。

 こんな所に半年も?!

 良く今迄生きて来られたな!と思ったが、当初はもう少しまともな扱いだったそうだ。


 硬かったがベッドも使えたし、食事も質素ではあったけれど、1日2食は出されていた。

 だが、外に出る事は許されず、完全な幽閉状態にあったようだ。


 しかし、半月ほど前に隙を見て脱走しようとしたのだが、あっさりと失敗して捕まり、ココへ放り込まれたのだそうだ。

 その時に酷く殴られた上、二度と脱走する気が起きない様にと、お母さんの爪先が切り落とされたのだとか。

 娘のビオラちゃんが、その時の事を思い出したのか、涙を零しながら話してくれた。


「お父さん、この街で衛士長してるから、きっとあたし達を人質に取られて言う事きかされてるんだ!」


 だから早くココを出なきゃと思ったのに!と泣くビオラちゃん。そして彼女を抱きしめるラリアさん。


 もう直ぐ日が暮れるのだろう。

 明り取り窓の枠の右側が、西側から当たる太陽の陽射しで、僅かばかり夕刻の色合いに染まり始めていた。

 そこから顔を出している灰色の小動物も、2人の話を静かに聞いている。


 なるほどね。

 この街の衛士隊にもまともな人達は居るのだが、余り色よい返事が貰えていないとロデリックさんは言っていた。

 きっとココには、この2人みたいな人達が何人も居るのだろうな。

 地下だけではなく地上部分にも、赤い気配とそれ以外の人達の反応が幾つもあるからね。


 この建物に、お2人以外にも囚われている人はどの位居るのか聞いてみたが、自分達には分からないと言う。


「近いうちに、ココから出られますから大丈夫です、よ?」


 小動物を見詰めなが頷き、2人にそう言った。


「え?でもどうやって……?あなたも捕まったのでしょう?」

「そんな重そうな手枷までされていて……。酷い事されていない?」


 2人を安心させたくて言ったんだけど、まあイキナリは信じられないよね。

 それどころか目を赤くして抱き合っていた親子は、逆にわたしの身を案じてくれた。うーん、良い人達だ!


 わたしは「こんな手枷は何ともないよ」と軽く手を上下に振って、足でステップまで踏んで見せた。

 そしたら2人して「何で?」と目を丸くする。

 え?何で?って何が?


 そこでビオラちゃんのお腹が、可愛らしく「クゥ~」と鳴った。

 恥ずかしそうにお腹を押さえるビオラちゃん。


 なんでもこの地下へ入れられてから、食事は三日に一度パンを1つだけ。

 水も同じく三日に一度、小さな水差し1つだけと言う、生きて行けるギリギリのラインで与えられていたと言う。


 足に大怪我させておいて、こんな不衛生な場所で栄養も与えず、感染症にでもなったらどうするつもりなのだ?

 死んでも構わないと言う扱いだよね!

 状況が掴める毎に、怒りゲージが上がって行くよ!



 そこで「味が殆ど無いのだけれど良かったら」と言って、インベントリから『食事』を取り出した。

 出したのは『マムのサーモンシチュー』……なんだけどね。

 他に出せる食料無いし。


 さっき使った『グレーターヒール』は、体の損傷以外に気力体力も回復させるけど、空腹までは解消できない。

 何日もパンと水だけで生活させられていた2人に、せめて何か固形物を食べさせたかったのだ。

 ……ほとんど味が無いけどね……。


 突然目の前に湯気の出るシチュー皿を差し出され、二人は目を丸くして「一体どこから?!」と驚いていた。

 人差し指を口元に当て「内緒ね」とお願いしたが、ラリアさんにまた「聖女様!」と手を合わせられてしまった。

 だから聖女違いますぅーー。


 味のないシチューの筈なのに、2人は大変喜んで食べていた。「味しないでしょ?」と聞いたが「薄口だけどちゃんと美味しい!」とビオラちゃん。

 そして2人とも、あっという間にキレイ平らげてしまった。


 一週間も二週間も、僅かな水とパンだけで生かされていた母娘にとって、これは大変なご馳走だったのだと思い知る。

 高々一日二日の空腹で、「不味い」「美味しくない」と文句を言っていた何年も前の自分が、今頃になって無性に恥ずかしくなってきた。


 よし!この2人には精一杯の事をしてあげよう!


 と言うワケで、2人に対して『プロテクト・メロディ』をうたった。

 本来のエンチャントチャネラーのスキルでは、対象の物理防御力や魔法防御力を60%程底上げするものだ。

 他にも受けるクリティカル率を下げる効果とかもあるけれど、対象の元のスペックが低いとどうしようもない。


 でも、氣や魔力調整のトレーニングのおかげで、これも随分融通を利かせる事が出来る様になった。


 今2人に与えた効果だと、ある程度の物理攻撃は楽に弾ける。

 チンピラがナマクラを振り回した程度では、お話にもならない。

 流し込む魔力を調節して、その効果が丸一日は続く様にもした。


 もうココに居る連中程度では、この2人にかすり傷ひとつ付ける事も出来やしないだろう。


 窓の縁を照らす陽の茜色が、間もなく日暮れが訪れる事を伝えている。


 ロデリックさんは、陽が沈む前には戻ると言っていた。まだわたしの探索範囲に入ってはいないが、そろそろヘキサゴムへ到着してもいい頃だ。


 だとすればココの連中も、もう直ぐ動く筈だ。

 そうだ、今のうちにビオラちゃんにも渡しておこう。


 わたしは徐にスカートを捲り上げ、サイハイソックスを吊っている腿のガーターに挟んであった、小指の先ほどの大きさのカプセル状の物を取り出した。

 わたしがスカートを腿まで上げた時、2人は慌てていたけど、別に変な事をする訳ではないのよ?


 その取り出したカプセルの端をちょっと押すと、リング状のパーツが分離する。

 そのリングをビオラちゃんに向けて差し出した。


 そして彼女の手の中にリングを握らせながら「これを持っていれば、あなた達が何処に居ようとも必ず見つけ出せるから、肌身離さず持っていて欲しい」と伝える。


 さてさて、そろそろ外の連中の動きが活発になって来たかな。

 これからが本番だ。朝までにはキッチリ片を付ける所存ですよ!

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