98話拉致日和の午後
天井はあまり高く無い。
壁はカビ臭い石造り。湿気が凄い。
四方を苔むした石壁で囲まれ、装飾や家具は一切ない。
広さは3メートル×3メートルって感じ。四畳半くらいの大きさかな?
ひとつだけある扉は、覗き窓すらない鉄製で酷く赤錆びている。
中世以前に作られたのかと思える程に、周り全ての経年劣化が酷い。
そして床には、お情け程度のくすんだ毛布が一枚敷かれているだけだ。
とてもでは無いけど、複数の人間が押し込められる広さでは無い。
ココが何処かといえば、薄汚れた何処ぞの地下室。
まあ、わたし達が泊まっていたホテルの目と鼻の先にある建屋の地下なんだけどね。
昨夜ホテルに襲撃犯がアッサリ侵入した事もあり、こんな近くに盗賊のアジトがあるなど、ホテル側にも通じているヤツ居るんじゃね?とか思わず勘繰ってしまうところだ。
まあそいつらは、ルドリさん達がサクッと撃退したけれど。
部屋の中は、今は意外と明るい。
天井に接するようにある、明り取り窓から光が入って来ているからだ。
…………明り取り窓かな?
あれって実は、床下にある通気口とかじゃね?
細い鉄格子も付いてるし。
灰色の小動物がそこから顔を覗かせ、「チュウチュウ」と鳴き声を上げている。
あの下枠部分ってきっと地面と同じ高さだよね?
雑草みたいなもんがチマチマ生えてるのも見えるし。
あの枠の両側から、垂れる様に石壁に伸びてる染みみたいのって、苔かな?
やっぱりここって水が入って来るよね?
湿っぽくて黴臭いのは当たり前だ。
壁の下の床には、レンガ一個分程の幅で溝がある。
この溝は両側の壁の向こうに続いているっぽい。
これは排水溝か?
溝にはチョロチョロと水が流れていて、その水の中の壁面は酷くぬるみを帯びているのが分かる。
そしてとてもドブ臭い。
やっぱりコレは下水に繋がっているのだ。
こんな細い側溝で、雨とか降ったら処理出来るのか?
まあ、この辺は雨が多い土地柄でも無いし、近くに大きな河川も無い。
そうそう水害に遭う事も無いのかな?
でも、よくよく周りの壁を観察すると、わたしの身長ほどの高さのところに、一本横線が入っているように見える。
ここを境に上下で若干壁の色が違って見えるのだけれど……。
これってもしかして、ここまで水が溜まった跡って事かい?
下水の水がココまで溢れるって?やめてよゾッとする。
ンでだ、何故わたしがこんな所に居るのかと言えば!
それは今現在、わたしが絶賛
少し話を昨日の夕食時まで戻そう。
酒場で暴れていた奴らを全て拘束し、ロデリックさんがそこの店主へ、かな〜り多めの飲食代とチップを渡して、連中を衛士に引き渡す様に言い伝えてから酒場を出た。
宿ではロデリックさんの部屋に集り、今後の打ち合わせをした。
その場には、ダガーを投げたヤツを追っていたアルジャーノンも戻っていて、仕入れた情報を披露してくれたのだ。
――やはりランク5のバウンサーだった――
――狭い室内で此処の兵隊程度では相手にもならない――
――それなら街を出たところで襲い掛かればいい――
――リエンキャナルまでなら、幾つも襲撃場所がある。待機してる奴らに連絡を飛ばせ――
――5人10人の少人数で襲ってどうする?酒場を見たろう?返り討ちだ――
――なら兵隊を一纏めにして襲わせればいい――
――それでも街道に居る連中だけじゃ全く足りない――
――ましてや明日は護衛隊を率いると言う情報だ。まともにぶつけても、今街道に居る連中だけじゃ全滅だぞ――
――兵隊を集めろ――
――これを上回る戦力など、今夜中には無理だ。どう考えても明日目一杯は掛かる――
――やはり街に居る間に襲うのがベストでは?――
――それを失敗したのだ――
――一緒にいる娘を人質にとってはどうだ――
――奴に娘がいるという情報はないぞ――
――専用の護衛も付いている。関係者である事は間違いない――
――裏は取れていないが、それらしい情報は流れている――
――どのような関係者かは、攫ってから確かめればいい――
とまあ、こんな感じのやり取りが、襲撃者達のどこかのアジトで語られていたらしい。
らしいというのは実際にこの話を聞いていたのは、そのアジトに生息するネズミ達で、それと共感しているアルジャーノンと繋がるビビが、それを通訳して語ってくれたからだ。
これは、わたしが見つけた襲撃者をアルジャーノンがトラッキングして、そのアジトらしき場所での会話をビビがアルジャーノンから拾い上げた物だ。
もう翻訳の翻訳の翻訳……みたいな?
アルジャーノンはヘクサゴムに着いてからすぐ、あちらこちらを走り回り、街中の小動物たちと共感をしまくっていた。
ハッキリ言ってこんな街中だったら、ビビとアルジャーノンのコンビがその気になれば、秘匿された情報などは、丸っとガラス張りみたいなものだ!
いや!弟の部屋の日記帳と同次元!
片手間で全てを晒してやれるわ!と、前にエドガーラ家のカーラ姉さんが高笑いしながら言っていた。
ご愁傷様だねアラン。でも同情はしないよ。日頃の変態言動行動を集積した黒い歴史の暗黒書など、清い太陽の元で浄化されるがイイのだヨ!!
……おっと、話が全く関係ない方向へ逸れた。元に戻そう。
「概ねコチラの思惑通り、事が進んでいるようね!」とビビさんは仰っておりました。
連中の話を要約すれば……。
この旅の間にロデリックさんをどうにかしたいけど、護衛が強すぎてヤバい!
なら一緒に連れている娘っぽいのを攫って、人質にとったら良いんじゃね?
明日は娘をこの街に置いてリエンキャナルへ向かうようだから、その隙に攫ってしまえ。
本物の娘じゃなくても、それはそれで使えそうだから攫っておいて損はないんじゃね?
てな感じに話が落ち着いたようだった。
なんとも行き当たりバッタリな計画な気もするんだけど、ルドリさんが言う通り、ホントに短絡的な連中なんだろね。
そんで翌朝。
予定通りロデリックさんは護衛隊を引き連れ、リエンキャナルへと向かわれた。
その護衛隊の数は凡そ20名!
なんでも、ノースミリア商会傘下の警備会社からの人員なのだとか。
以前からカルナフレーメル群の警備強化の申請が滞っている事に業を煮やし、少しずつヘクサゴムに送り込んでいたのだそうだ。
昨日ロデリックさんが街に着いて直ぐに支店へと向かったのは、この人員の確認の為だったのだとか。
この警備の人達、装備もかなり充実していて、衛士どころか騎士団並みの練度を誇るそうな。
そりゃ盗賊達も迂闊に手は出せないよね。
で、一行をお見送りした後、わたし達は街をブラつく事にした。
店先を覗く素振りを見せながら、あっちへフラフラ。こっちへフラフラと隙だらけの様子を見せ付ける。
そして適当なお店でお昼を頂いた後、わたしは護衛役のビビとミアから離れる様に、人混みの奥へと紛れて行った。
そして2人から
ココはどこ?2人はどこへ行ったの?と不安気な様子を取ることも忘れない。
セリフが棒読みにはなっていないハズ!
そこへ襲い来る複数の怪しい人影!
あなた達は誰?!何をするの?!
と声を上げるが、あっという間に袋に詰められ運び去られる令嬢が1人!
てな感じでミッションコンプリートだ。
でも、これがホントにズダ袋に突っ込まれたワケですよ!
ひっどく臭くて埃っぽくて、クシャミを我慢するのが大変だったんだから!
まあ最初から?餌の役なので、手荒な扱いされる事は承知の上なのだけどさ……。
だがな……、担ぎ上げたわたしの可憐なおヒップを撫で回したヤロウ……。
テメェは許さねぇ……絶対にだ!
元々、いかがわしい事を迫られたら我慢しなくても良いと言う約束はしてあった。
それでも!ちゃんと我慢したのだからエライ物だと褒めて欲しい!
わたしも大人になったものだと思うよ。いや、ホントよ!
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