97話乱闘酒場
……なんだろね。
こんな見え透いた手に引っかかるヤツなんて居るのかしらん?と思わずにはいられないけど、ビビやルドリさんに言わせれば、この街の下っ端は短絡的なヤツばかりだから問題無いと言う。
う~~む、そんなモンなのだろか?
わたしは今繰り広げた三文芝居に気恥ずかしさを感じながら、テーブルの上のミートパイを一口サイズに切り分ける。
そしてそれをお上品に口元へ運んでいると、突然アルジャーノンがテーブルの上へと駆け上がって来た。
そして「キュキュッ」とか言いながら、ビビに料理のご相伴を催促し始める。
どっかその辺を探索でもして来たんだろか?
ちょっと薄汚れていたアルジャーノンの白い毛並みを、ビビが取り出したハンカチを少し濡らし、その身体を拭いてあげている。
まあ、この酒場を含めてこの近辺は、お世辞にも綺麗な場所とは言えないからね。
ちょっとした隙間にでも潜り込んだら、あっという間に薄汚れちゃうのも無理は無い。
ビビに背中を拭かれて気持ち良さそうに背筋を伸ばす小動物に、サレイナさんがおつまみとして来ていたお皿から、ナッツを1つ摘まみ上げ、アルジャーノンの前にそっと差し出した。
アルジャンーノンはそれに目を向けると小さく首を傾げ、「キキュッ」と鳴いてそのナッツを小さな前足で受け取り、ポリポリとその場で齧り始めた。
「まぁ、まあ!まあ!!」
そのアルジャーノンを見て、ナッツを渡したサレイナさんが顔を蕩けさせて声を上げる。
更に身体を拭くビビに、「キュキュキュ」と何やら語りかけでもする様に鳴くアルジャーノン。
その様子を見て、更にナミエナさんまで顔を蕩かせていた。
相変わらず女性に受けの良い小動物だよ。
「よう旦那!イイご身分だな?!オイ!」
そんな穏やかな空間をぶち壊す無粋で粗暴な声が、わたし達のテーブルに向け無遠慮に投げかけられた。
「旦那1人で身体持つのかよ?」
「1人か2人、コッチで引き取ってやろうか?なぁ?!」
「別に全員だってイイんだぜ?ギャハハ!」
案の定、ロデリックさんにチンピラ風の男共が絡んで来たのだ。
まさに「待ってました!」と言う感じで、全員の目が静かに光る。
「分かってるよね?スー!アンタは決して手を出すんじゃないわよ!良い?!」
「わ、分かってますぅ」
耳元で小さく念を打つビビに、わたしも小さく頷いて答える。
男の一人がミアの横に立ち、下卑た視線をそこへ落としているのが目に入ったからね。
わたしが動きそうなのを察して制してきたワケなのだが、勿論わたしだって心得ている。ええ!心得ていますよ?!
「おい貴様。誰に断ってウチの子に手を出そうとしてるんだ?」
ルドリさんが「ガタリ!」と椅子から立ち上がり、ミアにいやらし気な手を伸ばそうとしていた奴に、ドスの効いた声を上から落とす。
その声に男は一瞬ビクリと動きを止めるが、別の男がズイっとルドリさんの前へと足を運ぶ。
そして、無精髭だらけの汚れた顔を薄ら笑いで歪め、ルドリさんに対してメンチを切る。
身長は頭一つ以上ルドリさんの方が大きいのに、意外といい度胸だ。
その男の目の前には、ルドリさんの凶悪胸部装甲の先端部分が、ほぼゼロ距離の位置にある!
男は更にニヤリと嫌らしく口元を上げ、黄色い歯を見せた。
「別にお前ェが相手してくれてもいいんだぜ?え?おい」
そのまま目の前にそそり迫るルドリさんの圧倒的な質量を、あろう事か無遠慮にも鷲掴みにしやがったのだ!
あ、コイツちんだな……。
わたし達はその様子を、キンキンに刺さる様な緊張感を感じつつ静観する。
ルドリさんの口角筋がビキリと盛大に音を立てた様な幻聴がココまで届いた気がした。
しかし実際には、凶悪に口元を釣り上げる肉食獣の笑みを浮かべたルドリさんがそこにいる。
ギラリと光って見せ付ける口の中の牙が、実に禍々しくて恐ろしい。
「始めに手ぇ出したのは、て前ぇだからな?」
「がっ?!」
ルドリさんが目の前にいた男をノーアクションで、何の初動も感じさせずにその顔面を鷲掴みにしていた。
男の頭を鷲掴みにしたルドリさんは、その頭を一気に天井近くまで持ち上げた!
スゴ!手ぇ、デカッ!腕、長っ!さすがハーフジャイアント!
頭を掴んだままルドリさんは、その男を固まっている他のチンピラ共へ向けて何の躊躇いも無く投げ付けた!
「ぅぎぁ!」
「うわ!」
「なんだ?!」
「この!てめぇぇ!!」
うわ!ダイジョブか?首もげなかったか?
まあ、もげても別に気にしないが。
取り合えず絡んできた男達は4人組だった。
ルドリさんはそのうちの1人を、残る3人に向かい投げ付けたのだ。
でもその直撃を受けたのは2人だけ。
残る1人は怒鳴りながらルドリさんに向けて足を踏み出した。
だがそこでサレイナさんが自分の椅子に立てかけていた杖を手に取った。
それは彼女の使う魔法媒体。自分の身長ほどもある長い杖だ。
それを持って軽くコツンと床を打つ。同時に魔法名を瞬時にコールする。
それは『クイックスリープ』の呪文。
向かって来た男は無防備に、その場でバタリと床にぶっ倒れた。
道中で魔獣を相手にしていた時も思ったけど、やっぱりサレイナさんは中々に凄腕の
転がされた他の男達は、意外と早く立ち上がっていた。
そのうちの1人がすぐ様ルドリさんへ飛び掛かって行ったけど、リーチの差は圧倒的で、男は自分の間合いの遥か手前でまたも顔面を掴まれてしまった。最初の男と同じ目にあってる。学習能力無いんだろか?
更にもう1人が回り込むようにルドリさんに向かう。コイツは意外といい動きをしてるか。
しかしそいつには、ナミエナさんが自分の椅子の脇に置いてあったカイトシールドを素早く手に取り、それを突き出し叩き付けた。
シールドでぶっ叩かれたれた男は、そのまま4~5メートル程先の壁際までぶっ飛び、そこに置かれたテーブルをぶち割って、上に広げられていた料理を辺りに飛び散らせる。
凄い勢いで飛んで行ったけど、アレかな?ナミエナさんは盾職の『シールドバッシュ』でも使ったかな?
最初に投げ飛ばされた男が漸く立ち上がり、近くのテーブルに乗っていたジョッキをルドリさん目がけて投げ付けて来た。
ジョッキだけじゃない、フォークやら、皿やら、ボールやら、テーブルに乗っている物を次々と投げ着けて来る!
子供の喧嘩か?!
きっとさっき顔面を掴まれたんで、ルドリさんに近付くのを躊躇ってるんだろうな。
ならサッサと逃げれば良いのにと思うんだけど……逃げないんだよねぇ。
飛んで来る色んな物は、片っ端からナミエナさんがシールドで叩き落としている。
それはさながら、テニスプレーヤーがボレーでも返す様な華麗な動き?!
叩き落としているのはみんな、ロデリックさんに届きそうになっていた物ばかりなんだけどね。
一方、子供みたいに物を投げてた男は、そのテーブルに座ってた他の客達にタコ殴りにされた。ま、そうなるよね。
ルドリさんに顔面を掴まれていた二人目の男は、いつの間にやら全身がダランと弛緩している。
ああ、ありゃもう意識が飛んでるな。無理も無い。
掌の中に顔がすっぽり入っていて、とても息が出来るようには見えないモノね。
でもそんなルドリさんに対して、後ろからタックルをかましてくる奴がいる。
勢いで引き倒そうとしたんだろうけど、当のルドリさんはビクともしていない。
あ、更に男がもう1人、凄い勢いでタックルかまして来た!
あ、簡単に蹴り飛ばされた。
蹴られた男はそのまま吹っ飛び、壁に激突してその下のテーブル迄粉砕する。
ルドリさんは蹴りを入れた直後には、しがみ付いている男の背中に重い肘打ちを打ち下ろしていた。
しがみ付いていた男は、潰れたカエルみたいな音を洩らして床にへばり付く。
そしてついでと言わんばかりに手に持っていた(?)男を、蹴り飛ばしてテーブルを潰した奴に向けて投げつけた。
更に椅子を持った男が、その椅子を振り被ってルドリさん目がけて降り下ろす。
しかしルドリさんは、それを小虫でも追う様に左手で軽く払い除け、続けざまに右の掌底を男の胸元に突き入れる。
ズン!と鈍い音を辺りに響かせ、男はそのままやはり壁目がけて吹き飛んだ。
もう無双!
ルドリさん無双!!
だがどういうワケだろ?
最初絡んで来たチンピラは4人組だった筈だ。だが今現在ルドリさんを囲んでいる輩は3~4人居る。
それ以外にも、周りから何かを投げ付けている連中が何人も居る。
でも、何かが当たりそうになっても、ルドリさんはノールックで躱しているし、大体はナミエナさんが叩き落しているんだけどね。
ナミエナさんは物を叩き落とす以外にも、その盾で時々突っ込んでくる奴をシールドバッシュで弾き飛ばしていたりする。
そんなこんなでノックアウトされている連中を含めると、その数は10人どころではない。明らかに増えている。
下手をしたら、この酒場に居る半数ぐらいの連中が乱闘に参加してるんじゃなかろか?
因みにノックアウトされて転がってる奴らは、サレイナさんが『レストリング』という魔法で拘束している。
これは、ミアも良く使っている蔦で相手を拘束する『木属性』の魔法だ。サレイナさんが瞬時に魔法を発動させているのを見て「凄い」と呟いていた。ミアから見てもやはり、サレイナさんの魔法の実力はかなりの物なのだろう。
しかもダメ押しとばかりに『スリープ』を上掛けし、更には出来た傷まで治してあげていてる。
ロクデナシ相手だというのに、何ともアフターケアまでしっかりした方だなと感心することしきりだ。
しっかし、お店の中は上を下への乱闘状態。思った以上の大騒ぎになっている。
けどまあ?ルドリさんに対する性犯罪行為が発端なワケだから、特に問題無いかな?!
こ奴らを殲滅しても、全部潰し捲っても別にかまわんよね!
まさに、正義執行だものね!
てな感じで、ちょっとばかりわたしの中で盛り上がっていた所に、洒落にならないモノがわたし達のテーブル目がけ飛んで来た。
それはどう見てもナイフの類い。
スローインダガーだ。
それが真っ直ぐロデリックさんの首元めがけて飛んで来ていたのだ。
わたしはアルジャーノンに上げる為に、手に持っていたナッツを1つ指先で弾いた。
それは一瞬で飛来物に直撃する。
ナッツ自体は弾けて消えたが、ダガーは軌道を大きく変えた。
更にダガーが軌道を変えた次の瞬間には、ナミエナさんがシールドでそれを叩き落す。
ナミエナさんの反応速度も流石だ。
「右後方、凡そ6メートル。柱の陰」
「アルジャーノン!」
「キキュッ!」
わたしがビビに、小さく素早く放った相手の場所を伝える。
同時にビビがアルジャーノンに指示を出す。
ほむほむ、どうやらホントに釣れたっぽいぞ。
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