92話ロデリック氏の決意

 商人が物資を長距離輸送すれば、どうしてもそこには一定数の損失は発生するものだ。

 輸送中の環境、気温変化や悪路で欠損や破損をする物。時間経過で鮮度が下がる物。

 悪天候などの外的要因で、荷馬車が水に流されるとか駄目になるとか。

 整備されていない土地なら、魔獣に襲われる事だってある。

 魔獣どころか、人に……盗賊に襲われる事案だって当然のようにあるワケだ。


 そういった事から、元々輸送における一定数の損失は計算のうちなのだそうだ。


 だけどここ半年余りで東キャナル街道における、ノースミリア商会の盗賊被害による損失率が、人的被害を含めて、到底見過ごせない規模になっていたのだそうだ。


 盗賊団が、ノースミリア商会をピンポイントで狙っている節すらあると、商会の人達には思えたそうだ。


 そこで街道の警備強化を自治体に願い出た所、ナサントルカ郡は事態を重く見て、「いち商会のみの問題では無い」として直ぐさま強化に応じてくれた。

 ナサントルカは、街道途中に詰所を設置し、郡騎士の巡回を行う様になってくれたのだ。


 しかしカルナフレーメル郡では、既に十分な対応をしていると言われ、改善は殆どされていない。

 特にこのヘクサゴム周辺での被害が著しく、街周辺への警備増強を願い出ても、現在対応中だと言われ、全く埒が明かなかったのだとか。


 確かにこの街に入った時の衛士の態度は酷いものだった。

 アムカムやデケンベルの衛士さん達を知っていると、その酷さが際立ってしまう。

 あれ、街の治安を守る人じゃないよね。ただのチンピラだよね?


 街へ入る時に久々に感じたよ。舐め回す様な男の視線ってヤツを!

 ミアのブツに視線を釘付けにして、とんでもなく下品な顔をしてた奴を見た時は、思わず踏み潰してやろうかしらとヒクヒクしたものだ。

 まあ、ビビに嗜められて思いとどまったけどね!

 あれが衛士の態度だって言うんだから、この街の程度が知れてしまうってものだ。


 とにかく、この街の治安がなってないって事は、来て早々良く分かった。



 あ、因みに今のわたしは、背中まで届く長いウィッグを付けている。

 色はビビのとび色の髪より少し明るくアンバー寄り。ロデリックさんの髪色とほぼ一緒だ。

 前髪も目が隠れるほどに長い。

 ついでにミアにそばかすまで書き込んでもらった。

 装いは、清潔感のある白いブラウスとライムグリーンのロングスカート。

 派手過ぎず地味過ぎない、大人しめなお嬢様な雰囲気が出ているのではないだろか?!

 実に完璧な変装である!


 この格好は街に入る前、ビビの指示でさせられていた物なのだ。


「これならロデリック氏の娘か……勘ぐるヤツなら、若い愛人くらいには見てくれるでしょうね!」

「あ、あい……、じん?!」

「まあ、まだこの辺の連中には『レディクリムゾン』の噂は届いていないようだけど……、何処から伝わるか分からないからな」

「は?れでぃくりむ……?」

「アンタが気にする事じゃないわよ!」


 ルドリさんが言っている事は良く分からなかったが、これはロデリックさんにかかる危険を分散させるって役目を果たす物なのだ。


「自分の事を目端が効くと思っている様な奴は、勝手に深読みして、勝手に動いてくれるモンなのよ!自分が喰いついたモノが劇薬だなんて、そんな想像をする事も出来ずにね!」


 ビビが「ニヤリ」とサイレンスさん譲りの黒い笑顔で、そんな言葉を吐いていた。



 実は今回のこの商談の旅、ロデリックさんは相当な覚悟を持って挑まれた物だった。


 少し前、ヘクサゴム周辺で暴れ回る盗賊団に関して、とある信頼出来る筋から情報提供があったそうな。

 それは、盗賊団の狙いがノースミリア商会の輸送品だけに留まらず、その商会長のロデリック・マクガバン氏その人にある。と言うものだ。


 ロデリックさんはその話に怯みもせず、それならば自分が直接前へ出ようと言い出した。

 当然周り……クゥ・エメルさんなどは大反対だったそうだ。

 ま、当たり前だよね。

 しかしロデリックさんは、わたしをバウンサーとして雇い、同行させると言う事で押し切ったそうな。


「スージィ姫様のお側が、何処よりも安全だと納得してくれたのですよ!」


 そうロデリックさんは、楽しそうに満面の笑みを浮かべながら、その時のクゥ・エメルさんとの会話を教えてくれた。


 狙って来る相手の質の悪さは折り紙付き。どこにいても狙われる可能性があるのなら、最大戦力で此方から打って出る方がむしろ安全策。

 このまま後ろに隠れているならば、いたずらに従業員の被害を増やすだけだ。

 ならば自分が前に出なくて何とするのか?!


 と、そんな風にクゥ・エメルさんに語られたのだとか。


 冒険者組合でクゥ・エメルさんが出迎えてくれたのって、そういう事だったのかと今更ながらに理解した。

 なんか、随分安心した顔してるなぁとは思ってたんだ。「やっと来て下さった!」「ホントにほんとにお待ちしておりました!」って全身から言っている様だったもん!


 まあ、わたしも結構なビビりだから?どこから来るのか分からない相手を警戒し続けるより、巣が分かってるなら速攻でそこを潰してしまう方が安心安全だとは思う。ロデリックさんのその考え方は十分理解出来る。


 ロデリックさんは「今こそ奴らに思い知らせてやる時なのですよ!」と大らかに仰る。

 しかし、大らかに語るその姿に対し、その眼は笑ってはいない。

 その内では盗賊共への憤りが渦を巻き、自分を囮にしてでも部下の無念を晴らし、連中を叩き潰すと言う覚悟が見て取れるのだ。


 きっとクゥ・エメルさんも、ロデリックさんのそんな覚悟を受け止め、今回送り出されたのだろう。


 勿論わたし達も、ロデリックさんをみすみす危険に晒す気などは毛頭ない。



 ビビは「連中がコチラの戦力を理解していない今は大チャンスだ」と言っている。

 確かに舐プして来るヤツはスキが多いからね。相手にする分にはやり易い。

 アンナメリーから頼まれている、もう一つのオーダーもある。

 どちらにしても行き着く先は一緒だ。


 後はどれだけ巧く喰い付かせる事が出来るかって事だけ。

 まあ、わたしが大人しくして居りゃそれだけで良いっていうんだから、然程難しい話じゃない!


 ……ン?なんでそこでビビとミアは胡乱な目で見て来るワケ?

 ちょっと失礼ではないかしら?かしら?!

 

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