82話事後処理?事故処理?

 この学園の土地が、元々は貴族のお屋敷跡だったと言う事は有名な話である。

 元の持ち主である貴族が廃嫡した後、この土地を最初に買い取ったのが神殿庁で、暫くは神殿の施設として使われていたのだそうだ。

 今、神学科が使用している校舎は、当時の大神殿だったというのも知られた話だ。

 その他にも、幾つもある講堂やら施設とかは、当時の礼拝堂とかの神殿施設だった物の再利用なのだと言う。


 だからなのだろう、今も学園内には神官様が出入りしているし、その一部は当然のように神殿としての機能も保っている。

 神学科の授業が学園で受けられるのもその為だね。


 神殿の役割として、わたしも随分前から知っている物がひとつある。


 それは、親のない子供を保護するという役割。


 あの日、例のパープルハウスの管理人の2人は、施設に戻って来る事はなかった。

 当日の昼過ぎ、マグアラット河に男女2人の水死体が上がったという。

 顔が判別出来る状態では無かったが、恐らく例の管理人の2人で間違いは無い。

 今回のゴタゴタに運悪く巻き込まれたのだろうと、アンナメリーは言っていた。


 そんな事もあり、施設の子供達はフィリップ叔父様のお手配で、アムカム領事館に一時預かりになった。

 事務的な手続きが済んだ順から、新しい施設に向かう事になるそうだ。

 今度はデケンベルの自治体が管理する、確かな施設なのだと言う事だ。


 双子ちゃん達は、学園内の神殿が管理する幼児舎へと編入する事が決まった。


 本来は、元よりそこへ入る筈だったのに、何処をどう間違ったのか外部の民間施設に行く事になったのだとか……。

 今は、本来あるべき形に戻す為の事務手続きで、少しばかりの時間が必要なのだとか。

 その間、双子ちゃんはそのまま領事館にお世話になるのだそうだ。


 それでも、今週中には学園内の施設へ入舎は出来る筈だと、叔父様は教えて下さった。


 カレンは、双子ちゃん達が学園内へと移るまでの間、2人と一緒に居られるように、アムカム領事館へ外泊する許可が下りていた。

 流石にこんな状況下で、唯一の肉親と引き離すのは忍びないと言う、学園理事長自らのご配慮なのだそうだ。

 中々に粋な計らいをされる方だ。

 まだお会いした事は無いけれど、わたしの中で理事長への好感度が急上昇したのは言うまでも無い。




「あら?スー、ご機嫌よう」

「キャリー様!ご、ご機嫌、よう」

「相変わらず愛らしいわね?スー」

「……お、恐れ入りま、す」

「今日は、パーティーマスクは着けないの?」

「はぎゅっ!」

「そうそう!お父様から、スーに会ったら謝っておいて欲しいと頼まれていたのよ」

「ぅひぎっ?!」

「ごめんなさいねスー。男の方ってどうしても体面を重んじるから、時に理不尽な事も押し通そうとなさるの。私からもきつく言っておいたから、今回は見逃してあげて欲しいわ」

「そ、そんな!お、畏れ多い!わ、わたくしこそ大変な失礼、を……!」

「まあ!ありがとうスー!許して下さるのね?!嬉しいわ!」

「はみゅぎゅ!」

「今度また、お店でパーティーマスクのイベントがある時は是非教えてね。必ず伺いますから」

「ぁう、あぅ……」



「何でアンタ、マスク着けてりゃ身バレしないと思ったのよ?」

「ぅぎ!」

「大体、お店の制服だったんだから、どこの人かくらい直ぐ分かっちゃうんじゃないかな?」

「はぎゅぎゅっ!」


 もうヤメテ――!わたしのメンタルライフは、とっくにゼロよーーーっっ!!

 思わず頭を抱え、羞恥に身悶える事しか出来ない。

 あの日、わたしに黒歴史が爆誕していたのだ。


 



 あの日あの時あの場所であの後……。


 汚物を燃やしていた所へ、アーヴィンとカレンが追い付いて来た。


 でも、そこへやって来たのは2人だけではなかった。

 衛士さん達やデケンベル所属の騎士の方達も、ゾロゾロと揃ってやって来たのだ。

 まあ、煙が狼煙のように立ち昇っていたから、それが目印になったらしいが……。


 騎士さん達の方でも、魔獣がこの近くに集まっている事を察知して、それを探っていたらしいし。


 んで、「今燃やしているのが最後の1体だからもう問題無い」と教えて差し上げた。

 ところがその人たちは、まだ生きているコイツを確認すると、ソレを引き渡せと迫って来た。

 何言ってんだコイツ等?と思いながら、わたしは「は?嫌ですけど?」と、丁寧にお断り申し上げた。


 当たり前だよね?

 前に見逃したからこんな事態に陥ったんだもの、同じ轍は踏みませんのことよ?

 

 アーヴィンが「いつまで燃やし続けんだ?」みたいな目を向けて来たので、「直ぐに灰にするよ」と首肯した。

 わたしは別に粘着質でも無いし、こんなのに長々と付き合う気も更々無いからね。


 さあ灰にするぞ!とちょいと魔力を高めたら、「暫し待たれよ!」と言う声が上がった。


 わたし達の周りを囲んでいる衛士や騎士の方達の中で、一番地位があると一目で分かる出で立ちの方だ。

 何と言っても装備が派手だった。

 ガントレットや肩口に、シルバーゴールドやレッドゴールドのラインが入った全身金ピカの鎧なのだ。ラインの入り方が階級を現しているみたいで、派手だがとてもカッコイイ。もう指揮官クラス以外には見えない。


 で、その方が言うには「デケンベルの街中に魔獣が放たれるなど前代未聞。今回の騒ぎの主犯は何としても確保したい。事の究明に当たる為にも尋問は不可欠」的な事を仰った。

 だから、生きているなら引き渡して欲しいと。


 そんな事を言われてもアニーをあんな目に合わせたコイツを、はいそうですか、と渡す訳がない。


「君が魔獣を駆逐し、市民や私の部下の命を救ってくれた事は、既に報告が上がっている。改めて感謝させて欲しい。その上で、其れを此方へ引き渡しては貰えないだろうか」

「コレは、今ココで処理致し、ます」

「貴様!卿の申し出を!!」

「なにか?」

「――――!!!!」

 

 当然「嫌ですけど?」と冷たく言い放ってみた所、騎士らしい方のお1人が何やらイキって来た。

 なので、ちょいとひと睨みしたら泡を吹いてひっくり返ってしまった。


 そしたら周りの衛士騎士の皆さんも、ザワリと数歩後ずさったんだけど、その指揮官の方だけは一歩も動かず「何卒頼む」とまだ言っている。

 中々に肝の座った方だな……と感心していたら、アーヴィンがチョイチョイと袖を引っ張って来る。

 なに?と目を向けるとアーヴィンは小声で「あれは多分、デケンベル防衛機構の本部長だ」と言って来た。

 

 なんでアーヴィンがそんな事を知ってるんだろう?

 良く分からないが、だから何?と目で聞くと「頭を冷やせ。ここで突っぱねて問題を起こすのは良くない。総領事に迷惑がかかるし、御頭首の顔も立たない」「!!」アーヴィンに頭を冷やせと言われた!アーヴィンに!

 それがめちゃショックだったが、それよりも、そんな事を言われては返す言葉も無くなってしまう。

 フィリップ叔父様は勿論、ハワードパパにまで迷惑なんてかけられない。


 肩の力を抜き、長い長い溜息が口から洩れる。

 しょうがないのでまだブスブスと火を纏っているソレを、騎士さん達の方へ向けて蹴り飛ばした。

 でも言っておく事は忘れない。

 

「その火が消えればそいつは再生し始め、ます。そのままなら一週間程度は燃え続けると思います、が、その後はご自分達で何とかしてくだ、さい。あ、直接触るとご自身にも燃え移ります、から、鉄串でも刺して運んだほうが良いです、よ?」

「ありがとう!お気遣い感謝する!」

「……約束だけしてくだ、さい。ソイツを決して檻から解放しない、と」


 もし街中でソイツの気配を察知したら、問答無用でその瞬間、塵に還す所存だと意思表明はさせて頂いた。

 指揮官様は、「必ずやご期待に添わせて貰う」と述べられ、衛士騎士さん達を引き連れて去って行った。



 何とも座りの悪い最後だなと、口をへの字に曲げているわたしに、アーヴィンが横からシラっと爆弾を落として来た。


「あれがロバート・ランドル・ゴールドバーグ防衛機構本部長か。キャロライン様の親父さんだけあって、迫力ある人だったな」


 はあぁぁぁ?!!

 キャリー様のお父様ですとぉーーーー?!!!

 旧公爵様その人ではないですかーーーーー!!

 そんな話は聞いちゃおりませんががが?!!


「なんだ?分かって無かったのか?」


 分かるわけないじゃん!!


 目ん玉剥いてるわたしを見て、アーヴィンは呆れた様な視線を向けて来る。


 くぁぁ!一度ならず二度までも、アーヴィンに常識を問われた?!

 何と言う屈辱!!


 だが!そんな事よりも何よりも!今やらかした事実に頭を抱える。

 苦悶の呻きを上げ続けるわたしの肩に、ソッと手を乗せてくれたカレンの優しさが、妙に沁みた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る