81話ルアル・ナ・ルブレの微笑

 そこはブルーベルベットで仕切られた、空気の動きを感じぬ閉ざされた空間だった。

 僅かにある明り取りの隙間からは、赤味を帯びた月の光が仄かに差し込んでいる。


 部屋の中央に設えられた大型のベッドは、ベイビーブルーの天蓋で覆われ、その上で蠢く姿を透かして現す。

 そのベッドの上では、褐色の肌を持つ女が、長い宵闇の様な髪を自らを包み込む様に広げていた。


「やっと芽吹いたと思ったのに……残念だわ」


 褐色の女は、自身が横たわるベッドの上で、悩まし気に吐息を零しながら呟いた。


「強く強く押し硬められる程に、そこから顔を出す芽は力強くなる物」


 細く長い指が、その女の脇で横たわる者の白い髪を、ゆっくりと梳く様に撫で上げる。


「それが一体どれほどの花を見せてくれるのか……。ずっと楽しみにしていたのに……ねェ?」


 更に、その髪と同じほどの白さになっている肌の感触を確かめる様に、指の腹を這わせて行く。


「折角、時間をかけて固めていたのに……。貴方も残念でしょ?」


 脇で横たわる者の生気の無い目を、己のエメラルドの瞳で覗き込み、薄い笑みを浮かべながらそれに語りかけ続けた。


「でも、しょうがないわ。次を仕込みましょう。やりようは幾らでもあるもの。貴方も、まだ役に立ってくれるのでしょ?」


 女の薄く赤い口元が、長く引き伸ばされる。

 その唇を、横たわる白い肌の首筋に近付け、そこにある傷口に啄ばむ様に押し当てた。


「そうね……、今度はいっそ、その目の前で摘んでみるも良いのかも」


 女は赤い舌を長く伸ばし、その傷口に舌先を押し入れ、別の生き物が這いまわっているかの様に舌を動かす。


「その時は、どんな花を咲かせてくれるのかしら?きっと、何よりも美しく舞い踊ってくれるのでしょね」


「そして……、そしてそれが散り行く時。その魂の根源から立ち昇る様な、素敵な音色が聴けるのかしら?ねぇ?うふ、うふふふふ。ぅふふふふふふふふ……」




「楽しそうで何よりですルアル・ナ・ルブレ」

「あら?貴女にはお気に召さなくて?クラリモンド」


 そこに、血よりも赤いガーネットのドレスを身に纏う女が居た。

 その密やかな空間の中に、風も起さず影の中から滲み出る様にベッドの脇に姿を見せた。

 白磁の様に白い肌に、血の赤さを持つ厚みのある唇。

 空色の瞳は仄かな輝きを湛え、額から分れるプラチナブロンドの髪は流れる様に両肩にかかる。


 突然現れた赤いドレスの女に驚く事も無く、褐色の女は自然に言葉を続けていた。


「心配なさらなくとも、盃は間違いなく貴女に手渡しますよ。クラリモンド」

「貴女の楽しみを優先させていないのならば、それで良いのです。ルアル・ナ・ルブレ」

「勿論、私は愉しんでいますよ?何故ならば、それがロードのお望みでもあるからです。おわかりですよね?クラリモンド」

「そう云った趣味は、私共には縁がございませんので」

「そうでしたねクラリモンド。貴女にとって唯一の存在以外、他には何の興味も無いのですものね」

「…………」

「唯一無二の愛だけを求める女……。永遠の存在でありながら、何とも皮肉なものよね」

「貴女には関わりの無い事です。ルアル・ナ・ルブレ」

「その通り、あたしには関りの無い事だわ。興味も無い。貴女と一緒よクラリモンド」


 身を起こし、ベッドから降りたルアルと呼ばれる褐色の女は、一糸纏わぬ姿でクラリモンドの正面に立つ。

 そのまま互いの胸元が歪み合うまで距離を詰め、静かに2人の女は互いの視線を外さない。

 白い肌の空色の瞳と、褐色の肌のエメラルドの瞳が、お互いの奥底を覗き込む様に交わし合う。


「我らが真王ロードは、民が高みを目指す事を殊の外お喜びになられます。民草に試練は必要なのですよクラリモンド」

「貴女のやり方は私どもの趣味ではありませんが、それが真王ロードのお望みに叶う物なら、言葉を挟むつもりはございませんよルアル・ナ・ルブレ」

「ならば、静観してお待ちなさい。貴女から預かったモノも役に立っているわ。久しぶりに面白い調合が出来てあたしは楽しませて貰っています。貴女には感謝しているのですよ?クラリモンド」

「そうですね。力が随分蓄えられて来ているのは確認しています」

「もう少ししたら、育った子達も回収しましょう。その時に合わせて花も咲かせれば、望みの物も手に入りますよ」

「では、その頃にまたお邪魔致しますルアル・ナ・ルブレ」

「お待ちしていますよクラリモンド。我らの始祖の王ミムロードアルズ・アルフ様の祝福を」

始祖の王ミムロードの祝福を……」


 そのままクラリモンドと呼ばれた赤いドレスを着た女が、影の中へと溶ける様に消えて行く。

 ルアルと呼ばれた褐色の女は、クラリモンドが溶けた闇を薄い笑みを浮かべながら視線を送る。

 そして再びベッドへ登り、そこに横たわるものを自らの豊満な胸元へと抱き寄せた。


「今少しだけ遊ませておきましょう。貴方にはまた、回収をお願いしないとね。うふふふふ……」


 オリエンタルブルーに包まれたベッドが沈み、湿りを帯びた音が青の空間に淫猥に響く。

 悦びを帯びた含み笑いと、満足気な女の吐息がその場に満ちる。


 先程迄明り取りから差し込まれていた赤い月明かりは、今は雲に隠され消えていた。

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