80話激震

 ズシリ、と大地が揺れた気がした。

 まるで巨大な竜が、ゆっくり歩を進めているかの様な錯覚に囚われる。


 ビリビリと、大気までも震るわせている様だ。

 ドスン……ドスン……と少しずつ振動が大きくなって来る。

 その度に、身体が大きく跳ね上がる気がする。




 いや……違う。

 これは自分の身体が揺れているのだ。震えているのだ。

 一体何故自分は揺れている?震えている?

 …………怯えているのか?


 自分は怯えていると言うのか?

 一体何に怯えるのだ?

 さっきまであった全能感はどうした?怯える必要などある訳が無い。


 ドクン!とまた身体が跳ね上がる。


 一体全体どうしたと言うんだ!

 何だってこんなに俺の身体は跳ね上がる……?


 そうか、身体が勝手に反応しているのだ。

 勝手に震えて怯えている。

 この振動は自分の心臓の鼓動だ。

 心臓が恐ろしい程に打ち鳴っているのだ。


 気付けば滝の様に汗が流れている。

 これは本能的な恐怖なのだ。

 自分の理性では制御出来ない、根源的な何かへの畏れ。


 そして、そこに居る存在に気が付いてしまった。

 それを見た瞬間、己の魂が恐れているのだと、唐突に理解した。


 紅玉の光を振りまくソレが、まるで噴き上げる憤怒の炎が撒き散らす火の粉の様だと、フルークはその時感じた。





「待てスージィ!先ずは落ち着け」

「は?何言ってるのアーヴィン。わたしは落ち着いています、が?」

「なら、その殺気を抑えろよ!」


 失敬な!

 アーヴィンめ、わたしが殺気をダダ漏れにしている様な事を言って来おる。

 わたしが歩くたびに、辺りが揺れるみたいな事まで!

 わたしゃそんなに重くないぞ!


「そんな事よりアーヴィン。これはどういう事、かな?」


 目の前に広がる惨状に、わたしは声も出ない。いや出しているが。


「どうしてアーヴィンがいて、こんな事になっているの、かな?」


 カレンの近くで唸っていた犬が、起き上がろうとしてるのが目に入った。

 腰回りがグニャグニャうにょうにょと蠢いてる。傷が再生している様だ。

 ン?何だコイツ。カレンに飛びかかるつもりか?


「どうして、こんなの相手に手こずってる、の?」


 ソイツに向けて、軽く手首を返して指を鳴らした。

 強く『氣』を乗せた指向性の衝撃波が、ソイツに届いた途端、魔獣の身体が水風船みたいに弾け飛ぶ。

 

「カレンやコーディリア嬢達、それにアニーまで、どうしてこんな酷い怪我をしている、の?」


 身体の芯が冷えて行くのを感じていた。

 意識を保って座っているのはカレンだけだ。いや、そのカレンも意識を保っているのは辛うじて、か?


 ルシール嬢は両腕が折れてる。

 キャサリン嬢の脇腹からの出血が酷い。コレは内臓にまでダメージが及ぶぞ。

 コーディリア嬢は肩の肉が抉られていて、綺麗な顔には青痣まで……。指も、折れてる?

 小動物も?この子も酷い。辛うじて弱々しく心臓が動いているけど、もう止まりそうだ。

 アニー……。なんてこと……どうしたらこんな酷い事に?まるで何度も蹴り飛ばされたようだ。口元には血を吐いた後まである。

 唯一人意識を保っているカレンも酷い。

 あの庇っている右腕は折れてるな。あの綺麗だった手の爪が、何枚も剥がされてる?!

 身体にもダメージがありそうだ。咳き込んでる……。肋骨とか肺にも損傷が?


「……アーヴィン!」

「スマン。オレが至らなかった」

「ス、スーちゃん!ハ、ハッガード君は、助けに来てくれたの!」

「なんでアンタ迄怪我してるの?こんなの相手に後れを取る?たるんで、ない?」

「面目ない」


 ついアーヴィンに強く当たりそうになる。

 アーヴィンの実力なら、このくらいの相手、簡単に処理出来る筈なのだ。

 なのに何故?!!

 

 でも、よく見るとアーヴィンも結構なダメージを受けてる。

 おまけに……。


「……てか、なんでアンタだけ毒状態、なの?」

「は?毒?」

「猛毒の状態異常に陥ってる、よ?分かって無かっ、た?」

「さっきからムカムカしてたのとか、目が回ってるのって毒のせいか?」

「血まで吐いてたじゃない!」

「ひょっとして……、危なかった……のか?」


 アーヴィンは相変わらずアーヴィンだった。


 何でコイツはこうも自分の身体に無頓着なんだろ?

 ビビがいつも嘆いているの分かってる?!

 そういや、ライダーも似た様な傾向あるな。

 ハッガードの家の人って、皆んなそうなんだろか。

 

「……しょうがない。一気に治療しま、す」

「え?治療?一度に?え?ココで?!」

「この子達、直ぐに何とかしないと」

 

『フィールド・グレーターヒール』

 更に。

『ブライト・オブ・パージ』

 わたしを中心に、癒しの光が路地の中一杯に広がった。

 忽ち、みんなの怪我を完全回復させる。


「え?す、凄い……」


 カレンが、剥がれた爪や折れた腕が治っているのを確認すると、驚いた様に目を見開きながら手をニギニギしている。

 

 『ブライト・オブ・パージ』は、アーヴィンの猛毒状態を治す為。

 それとカレン。

 何でかわからんがこの子、おかしなデバフがかかってるんだよね。



「で、でめ゛ぇ!でめ゛ぇばぁあぁ!!」


 これで一安心、と思った所へ変な奴が叫び始めた。

 何だコイツ?人間か?

 ン?『デグレイデッドマン出来そこない』?……人じゃない?わたしが探知していた魔獣はコイツ等って事?


 何か知らんけど、わたしが探知した魔獣反応10匹の内の半分、5匹がココに集まってるなーと思ってたら、その内の2匹は人型だったって事か?

 もっとしっかり、魔獣の反応に意識向けておけば良かったか。

 


 だが、コイツらがウチの子達を散々な目に遭わせた手合いで、まず間違いは無いだろう。

 それにしても…………。


「うっさいな」


 何やら喚きながら、さっきの奴が突っ込んで来る。

 それが兎に角うるさい!何を言ってるのかも全然分かんないし!

 なんか犬も一匹コチラに向かって来ていたので、その『出来損ない』に向けて蹴り飛ばしてやった。


「ぱきょぺ!」


 蹴り飛ばした犬が、音を超える速度でソイツにぶち当たる。

 そのまま飛んでった犬がソイツと一緒になって、正面の壁にぶち当たって弾けた。

 結果。

 人らしき物と犬らしき物が融合して、それはそれは気持ちの悪いオブジェが出来上がる事になる。


 あんな状態になってるのに、まだ「げぴげぴ」とか言いながら動いてるよ。

 ホントにキモい。後で焼こう。



 

 ふと、足元に刀身が落ちている事に気が付いた。

 それをソッと拾い上げる。

 短めの、木で出来た模擬剣だ。

 

 これはアニーが帯剣を許されたと喜んでいた木剣の破片だ。

 拾い上げたそれを手の中で包んでみれば、アニーの氣がほんのりと纏われている事が伝わって来る。


 コレを使って戦ったんだねアニー。

 いつの間にか、そんな事まで出来るようになっていたなんて……。

 凄いよアニー。後で一杯褒めてあげようね。


 手中のソレに慎重に、静かに『氣』を籠めた。

 そして指先で指揮棒でも持つ様に摘んで、その先端で細かく素早く風を切る。

 纏った『氣』が、コーディリア嬢達に牙を向けようとしていた魔獣を一瞬で乱切りにした。


 前足がグニグニと再生していた様だったが、再生直後に女の子を狙うなど、このわたしが見逃すワケが無かろうが!



 因みにココに来るまでに、何匹もコレと同類を処分して来たんだけど、コイツ等はこうやって乱切るか爆ぜさせるのが、一番手っ取り早い処理方法なのだ。

 

 コイツ等は大して強くも無いくせに、再生能力だけはやたらと高い。

 なんでこんなに再生するのか気になって、その内の一匹のエーテル情報を深く読み込んでみたら、変なのがその体内に居る事に気が付いた。

 何て言うのかな?全身に、こう……ウゾウゾ、モゾモゾと無数に蠢いてる存在があったんだよね。

 寄生虫?みたいな?

 全身に再生蟲でも飼ってるのか?無限な犬なのか?!と、つっ込みを入れてやりたくなった。


 ンで、その蟲っぽいのだけ潰せれば、再生は出来なくなるのかなと思い、試してみたのだ。


 やってみたのは『インパクト・ブラスター』の変則技。

 前々から試行錯誤してたんだよね。

 範囲を攻撃出来る『インパクト・ストーム』や『インパルス・バースト』みたいな面の攻撃では無くて、複数の点への攻撃。


 何と言ってもこの範囲攻撃だと、エネミー以外にも範囲の中に味方が居たら、そこにもダメージ与えちゃうからね!

 PT組んでて乱戦なんて事になってたら、危なくて使えやしないのよ。


 なので複数の狙った点に当てられないかと、スキルコントロールのひとつとして、ずっと開発をしていたのだ。


 おかげで、今では集中をすれば、一度に複数の存在をタゲる事も出来るようになった。

 今回は犬の身体の中、数百に及ぶタゲに当てる事が出来た。


 多分、もっともっともーーーーっと集中すれば、タゲる数の桁を何段階も上げられる手応えは掴んでるのだ……けど、正直かなり疲れる。あんまやりたくない。

 大体、何千何万とかいう数を相手にするとか、そうそうあるとは思えないしね!


 今回スキルを使って、犬の中で蠢くヤツを全部潰す事は出来た。

 

 結果、犬は再生させる事なく仕留める事が出来たけど、見た目は酷いズタズタのボロ雑巾状態。

 あれなら、最初から乱切るか爆ぜさせた方が楽じゃね?疲れるだけで、コスパ最悪じゃね?

 と、そんな風に思い至ったワケなのです。


 なのでコイツ等の対処としては、乱切りか、爆ぜさせるか……。他は、壁の染みするのが正しい対処法だと思う。ウン。

 

 あ、あと消し炭にするのもアリかな。

 でも街中では、燃えてる魔獣が走り回りでもしたら、結構大変な事になると思うので推奨はあんま出来ない。



 そんなワケで、その場に残るのは後1人……いや、1匹か。

 その最後の1匹に目を向ける。


「ウチのアニーに、こんな事をしたのは……お前、か?」

「じ、じだながっだンだ、あ゛、あ゛ンだの、み゛う゛ぢだな゛ンで、じだながっだ!!」

「雑音垂れ流してんじゃねぇよ」


 手に持った木剣の欠片を再び振るう。

 細かく風切る音を響かせて、『氣』のブレードはソイツの手足と胴体部分を乱切った。


 同時に手の中の木剣がボロリと崩れ落ちる。

 わたしが籠めた氣に、素材の強度が耐えられなかったのだ。

 あ、そう言えばアーヴィンが持ってた剣も、酷くボロボロだったな……。

 なんか矢鱈と思い当る節があったりしる……。

 

 今更だけど、やっぱり自分の力に耐えられる装備って重要だよね。

 後でアーヴィンの装備について、叔父様に相談しておこう。


「わたしは言ったはずだ、ぞ?」


 見た目は随分変わっているが、こいつは多分、昨夜わたしがボコったフルークってヤツだ。

 昨夜は間違いなく人間だった筈なのに、今はもう種族名がさっきの奴と同じ『デグレイデッドマン出来そこない』になっている。

 この数時間で、一体何があったというのか?


 全く分からないが、そんな事は正直どうでも良い。


「次にカレンの前に現れたなら、その首引き抜く――――と」


 手足や胸元から下が、バラバラの肉片と化して飛び散った。

 残った頭から下、もう胸像みたいな状態になったそいつは、自分が散らかした血肉の海にベチャリと落ちる。


「あばぎゃぼぎゃぼhgyぎぼgw――――!!!」


 訳の分らん音を口から吐きながら、血の海の中でビタンビタンと跳ね回る。

 ホント、こんな状態でも動き回れるって、マジで悍ましいわ!


 わたしはビチビチと動き回るソイツを足で押さえ、その頭蓋骨をガシリと握り込んでやった。

 力の入り過ぎで、手の中でグチャリと行かないように十分配慮してのアイアンクローだ!


「ぎぃぎゃ!いぎぃぃい゛でぇ!い゛でい゛でぇぇええぇ!」


 だというのにこの汚物は、イタイ痛いと大声で騒ぎたてる。

 まったく!こんなにわたしが気を遣っているというのに!

 わたしの配慮を何だと思っているのだろうか?!無神経にも程があるよ?!


 コイツを眺めてると、自分の甘さを突き付けられてるような気がして来る。

 昨夜コイツを見逃してしまったばかりに、今日アニーやカレン、コーディリア嬢達をこんな酷い目に合わせてしまった事は間違いが無い。

 平気で他人に害を及ぼすような存在は、躊躇う事無くその場で処理するべきなのだ。

 アムカムでシッカリ身に付いていた筈なのに、街中の空気にわたしこそが弛んでいたのだ。アーヴィンの事など責められない。

 来るのがもう少し遅れていたらと思うとゾッとする。

 全く以って、自分の温さに嫌気がさす。


 相変わらず叫ぶコイツの声を聞いているだけで、どんどんムカついて来てしょうがないので、そのまま目の前の壁に叩き付けてやった。


 ゴッッッ!

 

 と物凄い音を立てて、ソイツは壁を突き抜け、そのまま家を数軒突っ切って飛んで行った。

 ズズズズズ……とか言って正面の家々が崩れて行く。


 む、肉よりも石壁の方が脆いだと?

 コイツ身体は、さっきのヤツや犬よりも随分と丈夫だというのか?

 なんか、天災でも起きたかのような家々の惨状だな……。


「ぅわっ!やりやがった!だから落ち着けって言ったんだ!」

「え?えぇぇ?!なに?何なのコレ?!」


 何だか、アーヴィンとカレンの声が聞こえた気がしたけど……、まあ良いや。


 ズゴゴゴゴと、粉塵を巻き上げてる瓦礫を抜けて、飛んで行ったヤツの所まで進んで行く。


 ヤツは、掘り返した様な長いクレーターを造り、川縁の通りの真ん中あたりで埋まっていた。

 もう、直ぐ目の前はマグアラット河だ。


 わたしは地面に埋まるソイツの頭をガシリと掴み、外にズルリと引き摺りだした。


「……ぁ、がぺ、ごぱぁ……」

 

 頭を掴んでぶら下げてみると、ウゾウゾもぞもぞと全身の至る所が蠢いて、肉体を再生させようとしていた。

 マジキモいわ!不死身体質にもほとほと呆れるね。

 でも……!


「神話の時代から、不死身相手の対処法は決まっている」

「あが?けぺ……」

「燃えろ!『イグニス・フレイム』!」


 神化魔法職『アークウイザード』の単体攻撃用、継続ダメージスキル。


 あまりに魔力が大きいと一瞬で燃え尽きてしまうので、微量な魔力をこれでもかという位細くして魔法を発動させる。


「ンがぁああぁぁああぁぁぎがゃぁああああああぁぁぁぁ――――――――――!!!!!!」


 籠めた魔力が尽きるまで、決して消える事の無い小さな魔法の火が、その肉を生きたまま再生する後から焼き焦がす。


 火に包まれたソイツを、抉れた地面に再び放り投げた。

 悍ましい叫びと共に、肉を焼く黒い煙が狼煙のようにゆっくりと、デケンベルの秋の空に向けて立ち昇って行く。

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