79話焦り

「ぅがゃあぁぁーーーーっ!!」


 パーカーの叫びに何事かとカレンが眼を向ければ、自分の足首を掴んでいた右腕を残し、パーカーがのけ反り倒れる姿が目に映る。

 何が起きたのか分からぬまま、足首を掴む指を引き剥がし、そこからすぐさま転がる様に距離を取った。


「よう、動けるか?」

「え?!ハッガード君?!どうして?!」


 そこにアーヴィン・ハッガードが居た。

 アーヴィンは、カレンに手を貸して立たせると、カレンを庇う様に一歩踏み出す。その手には、先端の欠けたナイトソードを握っていた。


「い、今のは何?どうして此処に?」 

「今のは……、まあ取って置きのひとつだ。さっきまで裏に居たんだけどな……。ちょいとばかり煩かったから来て見た」

「裏って……、待って!血が!」

「あ?ああ、問題無い、少し寝たから止まった」

「そんな……寝たって……」


 突然現れたアーヴィンに、カレンは驚きを隠せない。

 彼は服を酷く血で汚しているのに、それを何でもないと軽く言う。

 どう見ても直ぐに治療が必要だと思われる出血量なのに、だ。

 それが平然な顔をして、寝たから問題無いなどと言う。


「そんな事よりそっちは平気なのか?足元が随分おぼついて無いぞ」


 確かにカレンの状態もまともでは無い。

 叩き付けられた衝撃で、背中が酷く痛い。呼吸をするのもやっとの思いだ。それに左腕の橈骨は恐らく折れている。

 そして足が、石にでもなったかの様に異様に重い。


「でめ゛ぇーーーっっ!ごのガギぃ!見づけだぞぉガギがぁ!」


 フルークがアーヴィンを見つけ、怒鳴り上げた。

 その顔は、昨日の屈辱を思い出し憤怒に歪み、赤銅色に変えている。

 それは、とても人間の物とは思えない様相だ。


「ぎのゔのがりをぉ、がえじでやるぅぅ!!」

「なんだありゃ?誰だ?大体今の奴といい、コイツら人間か?」

「アレは多分、金貸しのロドリゴさんだと……思う」

「うん?アレが、ロリリンゴさん……?」


 フルークの名を知らぬカレンが、そのまま偽名を告げる。

 アーヴィンは、それがフルークの偽名である事は、フィリップから聞き及んでいた。

 だが、今目の前に居るモノが、昨日見た人物と同じ存在なのかと目を細めて訝しむ。



「ぐぅおぉぉおぉーーー!!」


 パーカーが切り離された自分の腕を拾い、その傷口を当てがうと、ウゾウゾと肉が蠢きそのまま繋がろうとし始めた。


「うっ!」

「うわっ!気持ち悪ぃな!やっぱ人間じゃ無くねぇか?!」


 その悍ましい光景に、カレンが口元を抑える。

 アーヴィンは、ソレを人として認識するのを素直に辞めた。


 

 不意にアーヴィンがカレンの二の腕に手をかけ、そのまま彼女の身体を引き、手に持っていたナイトソードをその場で払う様に軽く振り切った。

 続けてカレンの目の前に魔獣が転がる。

 アーヴィンがナイトソードを振い、飛び込んで来た魔獣の左前脚を切り落としたのだ。


 魔獣がその場でジタバタと藻掻いている。それをアーヴィンは蹴り飛ばし、カレンから遠ざけた。


「ガギがぁあぁ!い゛ぎがっでんぢゃねぇえぇぞぉぉぉ!」


 フルークが忌々し気に持っている棍棒を足元に叩き付け、その場の石畳を砕く。


「バラ゛バラ゛のぉ!やづざぎにしでやンぞぉぉぉおぉーーー!!」

「ああ?何言ってんだか分んねぇよ。ンな事より……。アニー達をこんなにしたのは、テメェらか?」


 喚き立てるフルークに対し、ユラリと身体を揺らし、それに向き合うアーヴィンが問い質す。


「あ゛あ゛?!ぞのメズガギどもば、オデざまだぢにざがらっだがだな!げはっげははは!!」

「オレがちょいと寝てる間に、随分好き勝手やってくれたよな……」


 笑い声を上げるフルークを睨むアーヴィンの目が、僅かに細まり剣呑な光が灯る。


「う゛っぜぃンだよ!ごのガギがぁ!い゛まごごで!ぶっごろじでやンよ!!」

 

「ぅごあぁぁあああぁあああああーーーーーーーー!!!!」

「ハッガード君!!!」


 フルークが怒鳴るのと同時に、パーカーが真横からアーヴィンに飛び掛かって来た。

 ソレを見たカレンが咄嗟に叫ぶ。

 だがアーヴィンは相手を一瞥もせずそれをユルリと躱し、上げた腕に持つナイトソードをそのまま力み無く打ち下ろす。

 瞬間、ナイトソードの刃はパーカーの二の腕の真ん中を断ち切った。


「がぎゅっ!ぐゅぎゃあぁぁあああああああ!!!」

「オレは言ったよな……?」


 腕を切り落とされ転がるパーカーを見向きもせず、アーヴィンはフルークに目を向ける。


「次にそのツラ見た時は――」

「あ゛?!」


 アーヴィンがナイトソードをフルークに向け、足を踏み出す。

 

「速攻、首落とす――と」

 

「かひゅっ?!」


 その場にいた誰も、アーヴィンの動きを追う事が出来ない。

 気付いた時には、フルークの首が傾いていた。


「くそぉ……やっぱ浅ぇ」


 フルークの背後に立つアーヴィンが、悔し気に呟く。

 ほんの一瞬でそこまで移動したアーヴィンを、カレンはただ驚きで目を見開いて見詰めていた。


「が!ボゲぼっ!ゴボぼぼっ!」

 

 フルークの首は真横に切り裂かれたが落ちてはいない。

 皮一枚で繋がっている状態だ。

 それをフルークは自らの手で押さえ、元の位置に戻すと、泡立つ様に傷口が繋がって行く。


「……やっぱお前、人間じゃ無ぇよな?」


 アーヴィンの持っていたナイトソードが、その半ばから折れて落ちた。

 音を立てて足元に落ちたナイトソードの欠片を見て、アーヴィンが小さく舌打ちをする。


 そのアーヴィンが、突然口元を抑え込んだ。


「ぅぼっっ」


 口元に当てた指の間から、どす黒い血がボトボトと垂れ落ちた。

 足元にはズボンから滴る血が、血溜まりを作り始めている。


「ハッガード君?!」


 それを見たカレンが叫びを上げた。

 カレンはその場で石畳に座り込んでいる。最早彼女には、立っていられるだけの力が残っていないのだ。

 それでも、カレンはアーヴィンに少しでも近付こうと気持ちが走り、石畳を指で掻く。


「問題無い。ちっとばかり傷口開いただけだ」

「そんな!ちょっとなんて……!」


 アーヴィンはカレンに向け、左手を軽く上げて「問題無い」と告げる。

 そしてそのまま、口の中に残る血の塊を吐き捨てた。



 ――何なんだ?コイツは?アンデッドか?いや、生きてるのか。

 アンデッドなら、浅層で沸くゾンビソルジャーの方がずっと質悪いよな。

 アイツらはもっと速いし力も強い。大体にして頭斬り飛ばしたくらいじゃ、動きは止まらない。

 コイツ等はそれに比べりゃ、ただタフなだけって感じだ。

 やっぱ、頭と心臓潰さないと終わらないか……。

 ナイトソードもこんなんだから、自分の腕一本も潰す気でやらないと駄目だな。

 ……それにしても、ナンか胸元がムカムカしてて気持ち悪ぃな。さっきからグルグル目が回ってんのも治らねぇし……。

 血を出し過ぎたか?

 まぁ、ココで手を抜くワケにもいかねぇからな。もうそろそろヤバそうだし……。大変な事になる前に、サッサと終わらせないとな――

 

「もう終わらせるぞ」


 アーヴィンが左手を軽く前に突き出し、剣身ブレイドの中程で折れたナイトソードを肩に担ぐ様に構えを取った。


「げひゃびゃひゃ!がだだがボドボドでゃでぇが!デメぇでゃオデばごどぜねぇぎょ!オデがごのででやづざぎにぎでやぐど!!ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」


「そうか?少し無理すりゃ、何とかなると思うぞ?」

「げばぎゃぎゃ!ぞうがよ!」


 フルークが手に持つ棍棒を振る。

 そこから魔力の光が零れると、犬の魔獣の一匹が向きを変え、カレンへと向かい走り出した。


「?!てめ!」


 アーヴィンが咄嗟に意識を走る魔獣に向け直す。

 そして、瞬間的に溜めた『氣』を乗せたナイトソードを振り切った。

 

『スラッシュ・インパクト!』


 アーヴィンが技の名を叫び、衝撃がナイトソードより放たれる。

 

 それは、スージィが使う剣氣を飛ばす『インパクト系』と呼ばれるスキル。

 アーヴィンはそれを、随分前から使い熟す様になっていた。

 威力こそ無いモノの、アーヴィンは教えられてから一月もかけずに、ソレを放ってしまったのだ。

 それを見たスージィが白目を剥き、暫く開いた顎が閉じなくなった出来事は過去の話だ。



 放たれた衝撃は、一瞬で魔獣に追い付き、その腰を切り裂いた。

 叫びを上げる魔獣が、ジタバタと蠢きながらカレンの目の前まで転がって来た。


 同時にナイトソードの小さな欠片が、アーヴィンの足元に落ちる。


「ちっ!!」


 そのアーヴィンの頭上に、フルークの棍棒が落ちて来る。

 アーヴィンは躱しざまにその腕を斬り付けるが、腕を落とすまでには至らない。

 血を噴き出した傷口は、忽ちの内に修復してしまう。


「このヤロウ、つまんねぇ時間稼ぎを……」

「げぎゃぎゃぎゃ!どぉよ!デメぇぢゃ、オデをごどぜねぇぞ!ごどざれンのば、デメぇらっっ!!」

「このバカヤロが!悪い事言わねぇからオレにやられとけ!もう時間ねぇんだよ!」

「ねごどい゛っでんぢゃねぇ!やだでんどば、デメぇら!!」



 このクソ餓鬼、自分がやられそうで焦ってやがる。

 この身体と力なら、このガキがどんな使い手だって必ず殺せる。

 どういう訳か、既に身体がボロボロになっている様だしな。

 幾らもせずに、スタミナも切れて動けなくなる筈だ。

 その上、得物の剣も半ばから折れている。あれでは使い物になる訳が無い。

 もう時間の問題だ。


 一方こちらは時間が経つほど、全身に力が溢れて来る。負ける気など全くしない。

 漲る全能感が尋常ではない。今の自分に敵うヤツなど居る筈がないのだ。

 

 この餓鬼を捻り殺したら、次はあの女だ。

 石を奪い、さっき好き勝手やってくれた礼をタップリ返してやる。

 身体が裂けるまで、存分に嬲り者にしてやる!

 

「げぎゃびゃひゃぎゃぎゃ!ざあ!ぶぢごどじでやンぎょ!!げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 フルークがこれから行う蹂躙劇を思い描き、悍ましい笑いを上げ続ける。


 



 




 

 その時、ズシリと大地が揺れた。


 何か巨大な物体が落ちた様な衝撃を、足元に、大気に感じて身体が揺れたのだ。


「ああ……、時間切れだ」


 アーヴィンが、諦めた様に小さく呟いた。

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