78話赤の代償
クロスする様に、リボンが舞う様に、赤い光りが飛び跳ねる。
魔獣も男達も、その赤い靴の踊り手に只翻弄されるだけだった。
「あは!あははははは…………」
カレンが笑いながらパーカーを、フルークを蹴り上げる。
男達2人は、小柄な彼女に踊らされ、一方的に嬲られていた。
男達の身体は、始めから比べると、随分大きく変化していた。
路地の辺り一面に、飲み捨てられたアンプルの欠片が散乱している。
蹴り飛ばされる度、男達はその薬を飲み干していたのだ。一体どれだけの量を飲んでいたのかは、本人達にも当然分からない。
だが、既に男達の身体はアンプルを飲み干さなくても、僅かな時間があれば修復されるまでになっていた。
その体付きも大きく変わりつつある。
筋肉は肥大し、太い血管が全身至る所に浮かび上がっている。肌の色も赤黒く、目線が定らぬ血走った目は、到底焦点が合っているとは思えない。
腕を振るえば大気を裂き、石畳に拳が当たれば、それを粉微塵に砕く。
「ぐろ゛ぉぉがぁぁあぁーーっっっ!!!」
「がぁあでぇえぇンんー〜ーっっ!!!」
最早彼等は、まともに人語を繰り出す事も儘ならなくなっていた。
だが、それでもその手はカレンに届かない。
踊るカレンは彼等を蹂躙し続ける。
頬を上気させ、楽しくて仕方がないとでも言いたげな姿だ。
まるで踊っているみたいだと、それを見ていたコーディリアは思った。
犬の魔獣が近付けば、その顎に、頭に、透かさず重い一撃が蹴り込まれる。
それが血を撒き散らしてもんどりを打てば、カレンは更に楽しそうな笑い声を上げる。
まるで今まで鬱々としていた事の反動の様に、本来の明るさを取り戻したかの様に、屈託のない笑みを溢して踊る。
カレンの蹴りがパーカーの膝を砕く。
バランスを崩し、身体を傾けたその首筋に、カレンの膝が巻き付いた。
その場でスピンをする様に身体を回せば、バキリ!と大きな音を立て、パーカーの首がへし折れる。
血を吹き出してもんどり打つパーカーの上で、カレンがプリマの様に踊り回る。
「うふ!あはっ!あははははははは!」
立ち上がる毎に男達の力は増している。
だが、カレンの力はそれを常に上回っていた。
激しく苛烈に、赤い光撒く靴が踊る。
朦朧としているコーディリアには、カレンの動きを目で追うのがやっとだ。
それでも時折り、ハッキリとその表情が目に入る。
いかにも楽しそうに笑みを浮かべ、恍惚に頬を染めるカレンの表情が。
赤い靴が相手を蹂躙する度に、その顔が歓喜に染まる。
ドキリとする程綺麗で、とても少女とは思えぬ艶のある表情を見せる。
それがコーディリアには怖かった。
カレンが別の何かに塗り潰されている様な気がした。
「…………ダメ。カレン……ダメ」
何がそう思わせるのかは分からない。
しかし、コーディリアはこのままでは駄目だという強い思いが、胸の奥底から込み上がるのを感じてしまう。
あれはカレンだけどカレンじゃ無い。
今一瞬、やっと昔のように近くに感じる事が出来たのに、このままではカレンがまた何処かへ行ってしまう。
そうなったら、きっとカレンはもう帰って来ない。
何かに覆い塗り潰されて、カレンとは違うモノになってしまう。
コーディリアの胸の奥に、そんな想いが膨れ上がる。
それれは忽ち小さな胸から溢れて零れ、コーディリアの中に抑えきれない焦燥感が募って行く。
まともに動かぬ体を転がして、コーディリアはカレンに向けて手を伸ばす。そして、篭らぬ力で精一杯に声を絞り出していた。
「カレーーン!ダメぇえぇぇーーーーーッッ」
その声は決して強くもなく、大きくも無いものだった。
それでも、残る力を振り絞ったその声は響く。想いの乗ったその声が、彼女へと届く。
「?!!」
その一瞬、カレンの動きがピタリと止まる。
「コーディ?……え?なに?」
まるで微睡んでいた所を、突然揺り起こされたかの様に、カレンがハッと顔を上げた。
それまであった恍惚とした表情が消え、年相応の戸惑う少女の顔を覗かせる。
「……どうして……え?」
そのカレンに、立ち上がった犬の魔獣が飛びかかって来た。
それをカレンは咄嗟に躱すが、その動きには今までの様なキレが無い。
いつの間にか、足元から溢れていた赤い光が消えていた。
頭から血の気が引く様な眩暈を感じる。身体が酷く重たい。
「くっ!!」
躱した魔獣が、再びカレンへ飛びかかって来る。
カレンはそれをいなし、魔獣の側頭部に回し蹴りを叩き込む。だが、魔獣は吹き飛ばされはしたものの、今度は頭が割られる事はない。
魔獣は弾かれた先で頭を振った後、もう一度飛びかかる機会を窺うべく、低く唸りを上げている。
魔獣に対して体勢を整えようとしたカレンの足が、突然何かに捉われ止まってしまった。
動かない足元を見れば、自分の足首を何者かが掴んでいる。
「づがま゛え゛……だぁ、がでぇん」
「パーカー?……ぅあっ?!」
そこに居たのは、先程打ち倒したパーカーだ。
パーカーは倒れたままでカレンの右の足首を掴み、あり得ない角度に曲がった首を動かし、悍ましい形に顔を歪めながら口角を上げる。
パーカーはカレンの足首を握ったまま、何事もなかった様に立ち上がる。
足首を待たれたまま立ち上がられた為、カレンは俯せに倒れ込んでしまう。
立ちながらパーカーは身体を揺らし、首を大きくゴキリと鳴らすと、それを元の形に戻してしまった。
「も゛う……に゛がざねぇエぇ。げぇひぇへぇへぇ」
「ぁうっ!は、離してパーカー……。離しなさい!」
カレンは右足を持たれながらも、残った左脚でパーカーの手首を蹴り込んだ。
カレンの踵がパーカーの親指の付け根を砕く。親指は外れたモノの、残った四本の指で抑えられたまま、カレンの身体が逆さに持ち上げられようとしていた。
「離せ!と言ってる!!」
カレンは石畳に着いた両手を使い身体を跳ねる様に起こし、パーカーの手ごと身体を振り、それを外側に捻るように回し込んだ。
パーカーの手首はゴキリと大きな音を立て、関節を外されたが、その指はまだカレンの足首を抑えたままだ。
「う゛ずぜぇえーーーっ!」
「?!!」
手首の関節が外されたまま、パーカーは腕を振り回しカレンを石畳に叩き付けた。
パーカーの手首が上を向いたまま振り回された為、カレンは背中から石畳に叩き付けられる。
「ぁあっぐぅっっ!!!」
叩き付けられた衝撃が全身を襲う。
瞬間、視界は白く弾け、上下の感覚が無くなり意識も飛んだ。
肺の空気が叩き出され、呼吸も出来ない。
だがその直後、肺が空気を求めて咳き込み、飛んだ意識が戻ったのは救いだ。
辛うじて受け身は取ったはずだが、石畳を叩いた腕の骨はかなりまずい事になっている。
「……ぁ、あぅ!げほっ!げほっ!」
身体がまともに動かない。
叩き付けられたダメージ以上に、全身が酷い怠さに苛まれている。
気を抜けば意識が飛びそうになるのを、必死の思いで繋ぎ止めていた。
緩慢な動きのカレンを見下ろし、パーカーが嫌らしく口元を歪めてゲタゲタと笑い声を上げ始める。
「げはげぇははは!ぉヴぁえはぁもう、オデのぉ、ぅぎにぃ、ざぜでぇもらうごぉぉ」
「ぅぅ、……く」
カレンはパーカーの手から離れようと、石畳に身体を付けたまま這うように動こうとするが、パーカーの手はそれを許さない。
「どぉごにぃ、いくぎぃだぁ?ガァレェンんーー?ンばははは!」
「あうっ!」
パーカーの手は、僅かに進んだカレンの身体を引き戻す。そして再びゲタゲタと大声で笑いだす。
「な゛ンだぁ?ア゛イヅらのどごにい゛ぎでぇのがぁ?なだ、オデぇがづででっでやる!げひゃひゃひゃ!」
「や、やめて!コーディ!逃げてコーディ!!」
パーカーがカレンの足首を持ったまま、コーディリア達の方へ向き直る。
逃げろとカレンは声を振り絞るが、既にコーディリアに意識は無い。
左脚で何度もパーカーの指を蹴り込むが、力の入らぬ蹴りは全くダメージを与えていない。
少しでも進むのを止めようと、引き摺られながら石畳に爪を立てるが、なんの抵抗にもならず爪だけが幾つも剥がれた。
「……コーディ……ぅくっ!コーディ!!」
「当たるなよ!カレン・マーリン!」
突然そのカレンに向けて、誰かが鋭く声を投げかけた。
何の事かは分からなかったが、カレンは引き摺られながらも咄嗟に頭を庇う様に抱え、出来る限り身体を丸め込む。
刹那、大気を裂く衝撃が飛んだ。
それは真っ直ぐ吸い込まれる様にパーカーに向かい、その腕を肘から切断した。
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