76話アニーよ剣をとれ

 コーディリアが額に玉のような汗を浮かべている事に、アニーは気が付いた。


 恐らく魔獣を制御下に置く事は、コーディリアに大変な負担を強いているのだ。

 長くは持たせられないと直感し、アニーは手に持つ剣の握りを強める。


「オイオイ!まさかそれで勝ったつもりか?あぁ?!」


 フルークが手に持った棍棒を水平に振り切った。


 ゴッ!と云う風を切る音と共に、今まで以上の多くの魔力の光が、その先端から零れて散った。


 それを見た瞬間、アニーの背に嫌な感覚が走る。

 咄嗟に左右に目を走らせ、今感じたを探す。

 敵を目前にして目線を外すなど、愚行以外何者でもないと理解はしているが、ここに近付く何かがあるとアニーの感覚が訴えているのだ。


 この路地は小型の荷馬車がギリギリすれ違える程度、凡そ5メートル程の幅しかない。

 正面の男達が居るのは東側だ。そこから10メートルも進めば突き当りになり、道は左右に、南北に分かれる。

 あの突き当りにある建屋の先は、何棟も長屋の様な建物が密集して並んでいる。ここから50~60メートルも向こうへ行けば、そこはもうマグアラット河の川縁かわべりだ。


 自分達の後方は、やはり10メートル程で突き当り、こちらは右である北に曲がって道が伸びている。


 ここは、東西に30メートルの長さも無い、閉ざされた路地なのだ。

 そしてアニーは今、この西側、後方から何かが来るのを感じていた。


 それを感じた直後、アニーの視界にそいつらが入って来た。

 濃い灰色の大きな塊が2つ。

 ひとつは右に伸びる路地の壁を伝って走り、後方から姿を見せた。

 もうひとつは屋根を越え、上方から来る。


 それが2体の魔獣だと、アニーは直ぐに気が付いた。


「コーディリアさま!!」


 アニーが叫びを上げた時には、既に2体の魔獣は空を駆っていた。


 時速で言えば40~50キロで走り、体重も100キロに届くかという質量だ。

 それの体当たりなど、小型バイクがぶつかって来るような物だ。


 しかも魔獣共は牙を突き立てて来る。


 犬の物とは比較にならない大型の牙は、キャサリンの脇腹に、コーディリアの右肩に鋭く喰い込み肉を抉って裂いた。


 2人の悲痛な声が辺りに響く。


「コーちゃコーちゃぁぁあーーーっ!!!」「コーちゃぁあぁあぁーーぃやゃあぁーーー!!」


 一瞬で魔獣に肉を裂かれ、その質量に弾き飛ばされ、石畳に打ち付けられたのだ。無事でいられる筈も無い。


 弾き飛ばされ、石畳を転がって行く2人を、アニーは唖然と見つめる事しか出来なかった。痛ましい姿で石畳の上に転がる2人を見て、堪らずに泣き声を上げ、コーディリアの名を呼ぶ双子達。


「ギャハハ!ザマァねぇな!ミリアだからって良い気になってやがるからだ!ギャハハハハハ」

「バカが!ガキが舐めクサってやがるから、そう言う目に会うんだ!てめぇら見たいなメスガキは、地に這いつくばって男のご機嫌取ってりゃ良いんだよ!!くはははは!」


 それとは対照的に、その状況を大笑いしながら囃し立てる二人の男。


 その男達を見た瞬間、アニーの中で何かがミシリと音を立てる。


 コーディリアが抑えていた魔獣は、彼女から離れた事でその支配も解けたのか、フラフラとしながらしきりと頭を振っている。

 まるで酔っ払ってでもいるようだ。


「わ、わたくしの手から離れると、魔獣への制御も消えてしまう……、アニー……早くここから……は、離れなさぃ……。ダンとナンを連れて……お、……ぉねがぃよ……」



 他の2体はコーディリアとキャサリンを弾き飛ばした後、双子を狙おうと踵を返して来た。それに気が付いたアニーは素早く双子の前に出て、剣を振う。


 小さく、素早く、鼻先を、瞼を、耳を。顎を上げれば、喉元も剣で叩く。

 決定打にはならなくとも、相手を怯ませる場所を素早く確実に叩き込む。

 その剣では斬れはしなくとも、アニーの的確な打ち込みに近付く事がままならず、魔獣たちは警戒をし始めた。


「ダン。ナン。わたしがひきつけている間に、しせつの中にひなんしなさい!」


 アニーが剣を振るい、魔獣たちを牽制しながら双子に声をかけた。


「で、でもコーちゃが」「コーちゃたちが」


 双子が涙声で、コーディリア達が心配だと、離れたくないと訴える。


「今は自分を守るときです!ここで2人がきけんな目にあうなど、コーディリアさまものぞんでいませんよ!」


「……ダン、ナン……。は、早く、逃げな……さい。……ぁぐっ!」


 右肩を裂かれ石畳に叩き付けられて、全身に激しい痛みがあるにも関わらず、コーディリアが双子にアニーの言う事を聞けと、早く逃げろと促す。


「コーちゃ!」「コーちゃぁ」


 双子が、泣きながらも漸くコーディリアから離れ、施設内へ向かおうと立ち上がった。



 アニーは双子達を魔獣から庇う様、立ち位置を調節しながら周りを窺っていた。


 さっきの一体は、まだ頭を振っている。恐らく制御がまだ戻っていないのだ。

 男2人は少し離れた場所から、ニヤニヤとコチラの様子を眺めている。


 その姿に、どうしようも無い憤りを感じてしまう。


 今直ぐにでも、あの歪な魔法発現道具を叩き折ってやりたいが、連中迄の距離は5メートル以上はある。


 でも、アーヴィンに教わったあの技を使えば!




 アレを破壊すれば魔獣のコントロールが出来なくなるはず。

 少なくとも、制御は不安定になる。

 アニーは、いまだに頭を振っている魔獣を見て、改めてそう考えた。


 そうすれば少なくとも、双子を施設の中に逃す時間は作れる。


 だが、男達まで進もうとしても、間違いなく魔獣に阻まれる。連中も大人しく待っていてくれる筈もない。


 それならば……!


 でも、まだ自分はそれを使えた事が無い。

 出来るかどうか分からない……。


 いや!分からないでは無い!

 やるのだ。今やるしか無いのだ!!

 思い出せ。アーヴィンは何と言っていた?


 目標を掴め!

 一直線を頭に描け!

 距離など有ると思うな!

 自分は既にそこに居るのだ!!



『アサルト・ダッシュ』

 それは、スージィがこの世界に来て初めて使ったスキル。

 本来は攻撃力は無いものの、ターゲットとの距離を一瞬で詰め、その防御力を下げ、短時間スタン状態にさせるデバフ効果を与えるスキルだ。



 スージィがこれをアーヴィンに教えたところ、アーヴィンは純粋な突撃技として理解、消化し、自身のモノとして身に付けてしまった。


 デバフすら掛からなかったものの、進路上の敵を悉く弾き飛ばした様は、スージィの口を開いたままにさせるには十分な出来事だった。


 アーヴィンは、この独自に吸収取得した技をアニーに教えていたのだ。


 教えたアーヴィンも、まさか本当にアニーが使える様になるなどとは思っていない。当然スージィもだ。


 だが、アニーは覚えてしまった。使えてしまった。


 アニーは目標との間に居た魔獣2体を弾き、一瞬で相手の懐に入り込み、その手に握る剣を力の限り目標に打ち込んだ。


「なっ?!」


 剣は棍棒の中心を打ち据え、見事にそれを粉砕して見せた。

 ど真ん中から破壊され、棍棒全体にヒビが走る。

 魔法を発現させる機能など、最早そこから失われている。

 フルークは突然の出来事に反応も出来ず、只、口と目を大きく見開いた。



 しかし同時に、アニーの握っていた剣がその根本から折れてしまう。

 止まった様な時間の中、アニーはその落ちた剣先が自分の足元の石畳を打ち、乾いた音を立てたのを確かに聞いた。

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