75話従魔の加護
ルシールが今使った短剣は、街中で携帯する為、刃を潰し殺傷力を抑えた物だ。
だが、鉄の塊である事は変わりがない。
それを思い切り鳩尾に叩き込もうと、力を込め振り切ったのだ。
生身の手で受ければ、指の骨くらいは折れてもおかしくは無い勢いだった。
事実、キャサリンに向け
しかしこの男は、何事も無かったかの様に薄ら笑いまで浮かべている。
しかも掴まれた短剣はビクリともしない。
ルシールの背に、嫌な汗が流れた。
そしてフルークは、左手で持つルシールの腕を更に持ち上げ、右手の棍棒を振りかぶった。
咄嗟にルシールは短剣から手を離し、その場から離れる為に地を蹴った。
「チョロチョロしてんじゃねぇぞぉっ!!」
フルークのスイングは、ルシールの想像以上の速度をもって彼女を襲う。
ルシールは飛び退くと同時に両腕で頭部を庇ったが、棍棒の凶悪な打撃部は的確に彼女を捉えていた。
「っ!!」
腕ごとその直撃を受けたルシールの身体は、そのまま後方へと弾き飛ばされる。
更には、ガード越しに受けた衝撃で、ルシールは意識を飛ばしてしまう。
そのまま5メートル以上も吹き飛ばされた挙句、無防備に石畳の上をゴロゴロと転がって行く。
「ル、ルシール?!!」
普段感情を表す事の少ないキャサリンが、動揺した様に声を上げ、ルシールの元へと咄嗟に駆け出した。
だが、そのキャサリンへ向け、大型犬が襲いかかる。
それにいち早く気が付いたコーディリアが、素早く従魔を放った。
「スタージョン!お願い!!」
コーディリアは従魔に大型犬を牽制し、あわよくば幻惑させようと指示を出した。その隙に2人を引き戻そうと考えたのだ。
だが、素早く動く小型従魔を、大型犬は苦も無くその牙で捕らえてしまう。
「ああ!スタージョン!!」
牙が身体に食い込み、甲高い鳴き声が大型犬の口元から響いた。
それを見たコーディリアが悲鳴を上げる。
だが、その大型犬の横面に、重い一撃が食い込んだ。
アニーが自分のポシェットを振り当てたのだ。
堪らずに大型犬は、口に咥えていた従魔を溢れ落としてしまう。
アニーは間をおかず、飛び退いた大型犬に追撃を加えようと前へ出た。
そして致命の一撃にすべく、その眉間に勢いの付いた一振りを叩き込む。
だが、その一撃は大型犬の牙に難なく捉えられ、ポシェットのベルトが簡単に食い千切られてしまった。
今度はアニーが大型犬から距離を取るべく、素早く後ろへ飛び退く。
そのまま手に残ったポシェットのベルトを投げ捨て、腰に下げた剣を手早く引き抜いた。
「コーディリアさま!お二人とお早く!!」
コーディリアはアニーの声に涙目のまま頷き、血だらけの従魔を拾い上げ、キャサリンと2人でルシールを引き摺り戻した。
ルシールは脳震盪を起こしているらしく、声をかけても意識を戻さない。
取り敢えず頭には大きな外傷は見られなかった。しかし、ガードに使った両腕は別だ。既に紫色に腫れ始めていて、コーディリアの様な素人目にも酷いと思わせた。
一方の従魔は、身体に幾つも牙による穴が開き、酷く出血して虫の息だ。
「ああ……スタージョン、スタージョン」
「申し訳ありませんコーディリア様、私ではこれ以上は……」
「……そんな!」
従魔に癒しを与えるキャサリンが、彼女の力量では命を繋いで置くのが精一杯だと、それもいつまで持つか分からない、と悲痛な面持ちでそう告げた。
アニーが前方の2人と一匹を警戒しながら、後方のコーディリア達の様子に耳を立てる。
唯一の前衛であったルシールは昏倒し、キャサリンはスタージョンの治療に専念。双子はコーディリアにしがみ付いている。
今まともに動けるのは自分しか居ない。
少なくとも、双子とコーディリアだけはココから逃がす。
アイツらがこの魔獣らしき大型犬をどうやって従えているのかは分からないが、コレは自分が相手をして見せる。
自分が今持っている剣は本物では無い。模造の剣だと言う事は良く分かっている。
それでもやらなくてはいけない。
自分を慕う双子を守り、コーディリアの力になると決めたのだ。
この剣が、この魔獣相手にどこまで通用するかは分からない。
だけどスー姉さまも、どんな得物でもやりようはあると言っていた。
ならばやって見せる!
わたしだってアムカムの娘だ!こんな事で怯んでいたら、姉さま方に顔向けできない!
アニーはそう覚悟を決め、前方の魔獣を睨みつける。
その魔獣が直ぐに動き出した。
アニーは剣先を魔獣に向けたまま、僅かに腰を落として構えを取る。
だが、そんなアニーの覚悟を見透かした様に、魔獣はその目前で脇に跳び退き、彼女を避ける様に、その後方へと進路を変えてしまった。
「!?」
ほんの一息の間で、魔獣はアニーの脇から双子達へと飛びかかるべく地を蹴ったのだ。
虚を突かれ、アニーが慌てて振り向くが、既に魔獣は双子の目の前だ。
しかし咄嗟にコーディリアが双子を庇い、魔獣の進路に立ち塞がり、突撃をその身で受け止めた。
「コ、コーディリア様!」
キャサリンが思わず声を上げた。
コーディリアは魔獣に押さえ込まれ、その大きな体の下で藻掻いている。だが、彼女の悲鳴は上がらない。
「……だ、大丈夫です……わ!」
「「コーちゃ!!」」
コーディリアが魔獣の下から声を出した。
その場の誰もが驚きで目を見開く中、コーディリアが魔獣の首を抱えながら、ゆっくりとと立ち上がる。
「
それは、『従魔の加護』と呼ばれる固有のスキルだとコーディリアは言う。
「特定条件下で、魔獣を従える事が出来る物ですわ。コレを持っているから、
そう言って、コーディリアはキャサリンの手の中のスタージョンを見やり、辛そうに自分の唇を嚙んだ。
「……コーディリアさま、すごい」
アニーが思わず感嘆したというように声を溢す。
「クソ!何だ?!何でいう事をきかねぇ?!」
一方フルークが、手に持つ棍棒を忌々しげに振り回す。
その先端の魔法石は、棍棒が振られるたびに僅かな光を灯すが、その効果は見て取れない。
「まじゅうと、心を通わせていらっしゃる?」
「そんな……大層な物ではありませんよ、アニー」
コーディリアが魔獣の首を抱えたまま、共に前へと進み出る。魔獣は始終、低く唸りを上げ続けている。
「只、無理矢理に行動を征しているだけ……です。やっている事は、彼らと……何ら、変わりません」
コーディリアが苦しげに顔を顰めながら言葉を続けた。
「……でも、この魔獣の意思は伝わって……来ます。酷く混沌と渦巻いていて……意志と呼べるものでは無いのですが……」
魔獣を抑え込むようにその首を抱えたまま、コーディリアの額に汗が浮かんで行く。
「……魔獣は、例外なく……人に対して殺意を向けて来ます……が、これからは止めどない、怯えと怒りと憎しみが……、力まかせの憎悪で……溢れています」
「クッソ!何でそいつを襲わねぇ!この!この!!」
フルークが苛付いた様に棍棒を振り回す。
その度に、その先端に付く魔法石がチラチラと光を溢していた。
それを見ながらアニーは目を細める。
やはりあの魔法道具で、この魔獣を操っているのか、と。
「さあ!どうなさるおつもり?貴方方の切り札は、既にコチラの手の内でしてよ?!」
アニーの横で、コーディリア・キャスパーが力強く声を上げた。
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