73話澱んだ雫

 パープルハウスの周囲には、その日5人の衛士が守りに着いていた。

 それが見る間に全て薙ぎ倒されてしまった。


 1匹の大型犬が衛士に襲いかかった時、それに対応しようとした衛士達に対し、その隙をつく様に2人の男が彼らに襲いかかったのだ。

 男達は其々の手に棍棒の様な物を持ち、それをフルスイングで衛士達の頭を、顔を殴り付けた。

 

 その棍棒はバット程の長さと太さを持つ物だったが、その先端には男達の握り拳よりも一回りは大きいであろう瘤が付いていた。更にそこには大小の石が埋め込まれ、歪な凹凸を作り出している代物だ。

 

 衛士達が身に付けているアーマーやヘルメットは、それの衝撃に耐えられず、一撃で大きく凹み、陥没していったのだ。


「目が赤い?まさか魔獣?!魔獣に衛士達を襲わせた?!」

「まさか!まじゅうをあやつっていると言うのですか?!」

「魔獣を操る……。出来ない事ではありませんよ……」


 ルシールが、赤く仄めく目から、大型犬を魔獣だと見抜いた。

 信じられないと言うアニーに、コーディリアが「手段はある」と静かに告げる。


 衛士達が倒れ伏し弱々しい呻きを上げる中、2人のうちの小柄な男が施設に向けて声を上げた。


「いるのは分かってんだ!出て来いカレン!!」

 

「カレンに、何か用が御座いまして?」


 たった今、目の前で行われた蹂躙劇に怯む事無く、コーディリアが強い眼差しで男に問い返した。


「よく良く拝見すれば、アナタ、昨日お逃げになった方ではありませんか?懲りずに、またおいでになりましたの?」


 敢えて挑発する様な物言いをしながら、ダンとナンを庇う様に足を前へ踏み出した。2人を施設の中へ向かわせようと後ろ手で示すが、2人はコーディリアの背中にしがみつき、離れようとはしない。


「言われてんじゃねぇかパーカー!どうした?昨日の借りを返すんじゃ無かったのか?」

「分かってますよ!フルークさん!」


 パーカーが顔を歪めて手に持った棍棒を振り下ろす。

 ガツンと音を立て、石畳の煉瓦が砕けた。


「ミリアだからって、いつまでも調子に乗ってんじゃねぇぞ!ごら゛ぁ!!」


 瞬間、ビクリとコーディリアの身体が小さく跳ねるが、そんな事はおくびにも出さず、取り出した扇で口元を隠した。


「あら?負け犬の遠吠えと言う物でして?」


「おんなじ手に引っかかるかよ!『ふぁいあぼぉーる』!」

「?!!」


 パーカーが彼女達に向け棍棒を突き出し、つたなく魔法名を唱えると、その先端で魔法が発動し火の玉が生まれた。それが真っ直ぐにキャサリンへと向かって行く。

 撃ち出されたファイアーボールは、その大きさも速度もミリアの学生が使う物からすれば、かなり見劣りがするものだ。

 だが、魔法を唱えようとしていたキャサリンを止めるには十分だった。


「!!」

「魔法を使った?!」

「ヒハハハ!まだまだだぜ!『ふぁいあぼぉーる』『ふぁいあぼぉーる』『ふぁいあぼぉーる』!」


 咄嗟に庇ったキャサリンの両腕が、魔法の直撃を受ける。

 放たれた基本魔法の威力は脅威になり得る物ではない。

 その火は、魔法抵抗が付与されている制服の袖を、僅かに焦がした程度だ。

 だが、信じられぬ事に相手はそれを連射している。


「そんな?!連続で?魔法名コールのみで魔法を?!」


 本来なら魔法を使用する為には、エーテル体に刻まれた魔法回路とでも言うべき霊溝エーテルキャナルに魔力を通し、霊印エーテルシールを発現の基幹としなくてはならない。


 だが、今目の前で魔法を使っている相手はどうだ?

 とても霊溝エーテルキャナルに魔力が流れているとは思えない。

 とても霊印エーテルシールから魔法が発現している様には見え無い。


 正当な経路に流れる魔力流は、秩序があり整合性も取れている物だ。こんな荒っぽい流れである筈がない。


 ここには精霊魔法スピリットマジックを使う時の様な、静かで自然な魔力の流れも無い。

 酷く荒々しくて無秩序で力まかせに爆ぜている様な、あれはそんな魔力の濁流だ。

 まるで不正規のルートから無理やり魔力を捻じ込み、強引に魔法を発動させているかの様に見える。

 

 よく見れば魔法が発動する時、棍棒の先に埋め込まれている幾つかの石が光を放っていた。

 

 そうか!あれは『杖』とすら呼べない乱雑な造りの、魔法を発動させる為の魔法道具なのだ。

 あの武器は、霊印エーテルシールの無い相手から無理矢理魔力を吸い出し、魔法を発動させる為の物なのだ。コーディリアは、その零れる魔力の光を見て、そう理解した。


 同時にコーディリアは、前方へ突き出した扇の先から唱えていた魔法を展開させる。

魔力障壁マジック・シールド

 魔法ファイアボールを受けていたキャサリンの前にシールドが広がり、その火の玉を遮り始めた。


「ありがとうございます、コーディリア様」

「いえ、……ダメージはありませんわね?」

「勿論です」


 今コーディリアが使った魔力の流れと、パーカーが目の前で使っている魔力の濁流は、全くの別物だと分かる。

 それ程までに魔力の流れも質も違うのだ。


 やがてパーカーの鼻から、耳から、目から血が零れ出す。


「そんな事をしていては!アナタの身体は……!」

「ヒャハハハハーーハッ!ヒャァハァーーーヒハッ!!」


 自身のキャパを超えた魔力が身体を駆け巡り、毛細血管を破裂させ肉体を破壊していく。

 それでも、パーカーは自らの血を辺りに振り撒きながら、狂った様に笑い、魔法を撃ち続ける。


「アナタ!そんな物を使い続けては!死んでしまいますわよ!」


 コーディリアが、悲鳴を上げる双子を飛来する火の玉から庇いながら、パーカーに向け声を上げた。

 その言葉を証明する様に、パーカーの身体からは血が溢れ続ける。


 パーカーは、未だ狂ったように笑い声を上げていた。

 だが直ぐに、息を切らせながら棍棒を降ろしてしまう。

 顔色も流石に良くは無い。肩で息をしながら立てた棍棒に体を預けた。


「ご覧なさい、それ以上はもう……」


 武器を降ろしたパーカーに、コーディリアが恐る恐る言葉をかける。

 基本魔法の『ファイアーボール』とは言え、コーディリア達ミリアの生徒でも、一度に撃てるのは精々5〜6発がいい所だ。

 それ以上使おうとすれば、魔力切れで間違いなく昏倒する。

 既にパーカーは、10数発は撃ち出していた。限界を超えていない方がどうかしているのだ。


 現にパーカーの状態は見るからに酷い。

 血の気の無くなった顔から、滝の様な汗と血をダクダクと流している。

 息も酷く荒く、ヒューヒューと呼吸困難に陥っている様にも見える。

 棍棒に体を預けて辛うじて立っている様な物だ。

 

 あれだけ消耗していては、これ以上は魔法を撃つどころか、立っている事すらおぼつかない筈。

 コーディリアは、今のうちに双子を建屋の中へ避難させてしまおうと2人の体に手を伸ばした。

 

 だが、パーカーの様子がどうにもおかしい。

 いまだに笑う事を止めていない。

 その様子がコーディリアには、酷く不気味に感じてしまう。


「ヒッ……ヒッ!……ヒハッ!」

「ホラよ!もう一本空けとけ」


 そのパーカーに向け、フルークが何かを放り投げた。


 手を震わせながら、パーカーはそれをやっとの事で掴み取る。そして小刻みに震える手で、それを中程からパキリと折った。

 

 それは、手の中に収まる小さなアンプルだ。

 パーカーは割ったアンプルを自分の口に傾け、一気にその中身を流し込む。


「――――――――ッ!」


 棍棒を石畳に突き立てたまま、アンプルの中身を飲み干したパーカーの顔色が、見る見る赤味を増す。

 それどころか必要以上に血流が増えたのか、頭部の血管が浮き出して来た。茹だった様な顔の赤みも、どす黒く変わって行く。


「スゲェ!スゲェぜコレ!やっぱコレスゲェよフルークさん!!」

「当たり前だ。何せ『とっておき』だからな」


 だが、そんな悍ましい変化を受けながらも、パーカーのテンションは異常に高い。

 それに答えるフルークもどこか得意げだ。まるで緊張感のかけらも無い。



 しかし、そんな隙だらけの男達に対し、ルシールは動いていた。


 奇襲のように魔法を使われ、図らずも相手のペースで始まってしまったが、この隙は見逃せない。


 ルシールは身を低くし、彼等の死角を縫う様に走り抜け、パーカーに向けて短剣を思い切り振り切った。


「?!」


 だが、その短剣はパーカーには届かなかった。

 短剣は、パーカーの手前で無造作に出されたフルークに左手により、しっかりと掴み取られていたからだ。

 

「あ?何すか?」


 自分の目の前に突き出されたフルークの腕に、パーカーが一拍遅れて気付き、間の抜けた声を出す。


「こんなオモチャが役に立つと思ってんのか?」


 フルークはそんなパーカーを気にも留めず、握った短剣ごとルシールの腕を持ち上げ、イヤらしく口の端を吊り上げた。

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