72話スージィ・クラウドの気懸り

「え?カレンがもう来てたのです、か?」

「ええ、今日はお休みにさせて下さいって、態々言いに来てくれたのよ」


 アルマさんは「言伝でも良かったのに、ホントに真面目な子よね」と続けて仰った。


 そうだ、カレンは真面目で良い子なのだ。

 それはわたしも良く知っている。


 それに最近は、始めに会った頃よりも、良く笑顔を見せてくれる様にもなって来た。

 きっと、カレンの中で何かが少しずつ変わって来ているのだと思う。


 あの次男達との接触を極力減らした事をはじめ、アムカムウチの鍛練に誘ったりしてアリシアと仲良くなったのも、良い影響を与えていると思いたい。

 わたしからは余り見えていない所では、あのコーディリア嬢も、カレンを何かと気にかけてくれていると聞く。


 カレンも、それを取り巻く環境も、今変わりつつあるのだ。

 だからこそカレンを心配するのは、当然なのではないだろうか?


 過保護だおかあちゃんだと、また誰かに言われてしまうかもしれないけれど、やっぱ心配なモノは心配なのよ!

 大体にして、昨日の様な事があったばかりなのだから、尚の事しょうがないと思うのよさ!


 尤も、その心配の元は、昨夜のうちに潰してしまったのだけれどさ!

 あンの野郎には最後に更に「今度カレンの前に姿を見せたら、その首引っこ抜いちゃうゾ♪」と、キッチリバッチリ脅しまでかまして来たのだ!もう、完璧じゃなかろかと思う!

 

 だが、おかげでビビからは、きつくキツくお小言を長時間頂いてしまったワケで……ぁうっ。

 今日もわたしの方を、チョコチョコと胡乱な目付きで見て来るのだ。


 そんなね、昨日の今日ですよ?いくらわたしでも、立て続けに何かやらかしゃしません事よ?!

 わたしにも良識と言うものがあるのですからね!


 あれ?何か今ビビのジト目がきつくなった気がした?え?気のせいか?



 それでもやっぱり、今はカレンの事が気になってしょうがない。

 ホントだったら今日1日は、付き添っていて上げたいくらいなのだ。

 

 ココまで来たと言うのなら、施設まで一緒に付いて行って上げたかった。


 いくら最近は変わって来たと分っていても、やはりオドオドと周りを気にして視線を彷徨わせていた頃の、そのカレンの姿を思い出してしまう。

 そうするともう、心配で心配でしょうがなくなる。


 そんな事を考えながら仕事をしていたから、手がお留守になりがちだった。

 開店前の掃除をしながら、ビビやミアに注意をされて手を動かし始める始末。


 そんなわたしを見ていたのだろう。

 アルマさんが小さく嘆息してわたしを呼び寄せた。


「スーちゃん、ちょっとお使いお願いできるかな?」


 注意を受けると思っていたのに、アルマさんの口からは意外な言葉が出て来た。


「実はね、ハーブを頼む数が足りなかったから、いつもの商店まで追加をお願いして来て欲しいのよ」


 大きな前庭ウチのお店は、アルファルファ大通りから、一本西側の通りにある。

 ウチのお店が茶葉などを頼んでいる商店は、アルファルファ大通りの東側にある大街道の更に先だ。

 言って見ればカレンの施設がある地区の、比較的近くでお店を開いている。

 アルマさんはそこまで行って、追加注文を入れて来てと言うのだ。


「ゆっくり行って来てくれて良いからね。様子を見るくらいに、ノンビリ行って来ても良いからねぇ~」


 と、何故か明後日の方向を向きながら、なんか棒読みセリフみたいな言いまわしで言われてしまった。

 これは……気を遣われちゃったかな?やっぱり。


「あ、え、えーと……。よ、宜しいんです、か?」

「わたしがお使いに頼んでいるからねぇ。全然問題無いよぉ~」


 なんかアルマさんの言葉が段々胡散臭さが滲み出て来るんだけど、しょうがない。

 ビビやミアも「しょうがないわね!」ってな目で見て来るし……。

 ここは、気を遣って頂いているアルマさんのご好意を、素直に有難く受け取っておこうと思います。

 

「そ、それでは直ぐに行ってまいり、ます!」

「だからぁ、ゆぅーっくりでぇ、良いからねぇ~~」

 

 そうしてわたしは、アルマさんのお心遣いに感謝をしながらお店を出たのだ。

 だけどあまり長い時間、仕事中にお店を開けるのは申し訳ないので、カレンの様子だけ見たら、直ぐに帰ってこようと思う。

 屋根の上でも走ってくれば、直ぐに戻って来れるしね!!


 

 だが、アルファルファ大通りまで出ようと進んでいる時。

 不意にわたしの探知に引っかかるモノが現れた。

 それは本来、こんな場所で感じる筈の無いモノだ。


 これはどういう事なのだ?

 何故街中に魔獣が湧いている?

 

 直ぐに自分の探索範囲を拡大すると、そこら中に何体もの魔獣を捉える事が出来た。

 1か所に固まっているのではない。あちらこちらに分散しているのだ。

 大して強い魔獣じゃないけど、そこそこ数が居る。


 大体が馬車ステーションのある大街道とマグアラット河の間、所謂、市民街とザックリと呼ばれている辺りにバラバラと居る。


 探索範囲内の魔獣に意識を向けてみれば、ソイツの名前が読み取れる。

 『フェイリヤ・ドッグ』

 犬型の魔獣かな。


 取りあえず一番近くに居る奴までの距離は、2~300メートル程度だ。

 ほんのひとッ飛びで行ける。

 石畳を蹴り、屋根を飛び越えて上空からソイツを視認した。

 

 その見てくれを例えるなら、全身がダークグレイで酷く筋肉質なグレートデン。

 身体は大きく、体高は1メートル以上ありそうだ。

 牙と爪も異常に発達していて、魔獣特有の赤い目が狂暴な光を湛えている。


 脅威値で言えば『1』も無いとは思うけど、それでも戦闘値を持たない一般人には絶望的な相手だ。

 衛士の人達だって、たとえ一匹でも上手く連携して当たらなければ、充分な脅威になる。


 そして今、わたしの眼下に居る一匹が、細い路地の中で一般人の目の前に迫っていた。

 まだアニーくらいの年頃の女の子だ。親御さんらしき大人の姿は近くには見えない。

 衛士さんもやっぱり近くには居ない。少し離れた場所で魔獣には気が付いた様だけど、コレは間に合わない!

 現在の高度は地上20メートといった所か。この高さからの自由落下では、わたしも無理だ。


 だからちょっと小技を使わせて貰う。

 『魔法障壁マジック・シールド』を、素早く自分の斜め上に展開する。

 障壁シールド特性は『反射リフレクト』。属性は『対物理アンチマテリアル』に全振りだ。

 そして障壁ソレを右の掌底で思い切り打ん殴る!

 殴った障壁シールドはそのインパクトの瞬間砕けて消えたが、わたしの身体はその衝撃に乗り、一直線に目標に向かって突っ込んで行く。

 その一瞬音速を超えたのか、白い空気の壁を突き破っていた。


 ゴ・ス・ロ・リ・メイドキィィィィィック!!!!

 目標違わず、蹴りは犬っころのボディのど真ん中にヒットする。


 更に蹴りの威力は、犬っころの身体と一緒に石畳をも砕き、小さいクレーターまで作ってしまった!

 ヤバぃ!やり過ぎた?!


 襲われそうになっていた女の子も、尻餅を付いたまま目を見開いて固まっている。

 マジでヤバいか?かなり派手な事やらかした気がヒシヒシとして来りゅ!


 咄嗟に「顔バレ不味くね?」と思い至り、インベントリからアイテムを取り出し装着した。


 『パーティーマスク』

 頭部を飾るアクセサリーアイテムの1つだ。

 それを着ければ、女王様的な仮面を着けた、ゴスロリメイドさんの出来上がりだ!

 仮面メイドーだっっ!


 不必要に不審者感がガッツリ上がった気がするが、気にしたら負けな気がするので気にはすまい!ウン!しない!!


 そんな事よりも、女の子に怪我は無いだろうか?と様子を見る為近付こうとしたら……まだ犬っころが動いていた!


 犬っころの胸元から下は、完全に消し飛んで無くなっているのに、前足だけでジタバタと動こうとしている。

 おまけに傷跡までウゾウゾと蠢き、再生迄しようとしているのだ!

 コイツ、弱いくせに再生能力だけは高いってか?

 

 めっちゃキモい!

 キモめんどクサい!

 

 余りにもキモいので、思い切りソイツを壁に向かって蹴り飛ばしてやった!


 壁にぶち当たり、ソレはそのまま見事に壁のシミになる。

 流石にココまで破壊してしまえば、再生は出来ないっぽい。


 改めて周りに意識を向ければ、衛士の人達がコチラに向かって来ている様子。

 女の子にも怪我は無い様なので、このままお任せするのが良いだろう。


 今はそれよりも他の場所が気になる。

 自分の探知に引っかかった魔獣は全部で10体。

 1体は今潰したので、残りは9体だ。

 少数を除きみんなバラバラの場所に居る。

 3体ほど纏まっているトコがあるけど……。でも、近くにはアーヴィンが居るな。

 衛士さん達だけだったら無理ゲーっぽいけど、アーヴィンならコイツ等程度苦も無く斃せる。

 取りあえずソコは任せよう。


 他を一掃したら、わたしも急いで向かう。

 何しろその場所は、カレンや双子ちゃんが居る施設の筈だ。


 わたしはその場で地を蹴り、屋根を飛び越え次の現場へと直行する。

 街を壊さぬ様に速度を抑えるので、少しまどろっこしいゾ!コンチクショーめ!


 それにしても、この街中にいきなり魔獣が現れるとか、どゆことよ?

 一体今、何が起こっているというのさ?!

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