70話アニーの約束

 昨夜アニーは、父親のフィリップから「もう仕事は終わりだ。明日から食堂に行く必要は無い」と一方的に言い渡された。

 当然アニーには、そんな言葉を飲み込む事など出来ようはずもなく、「納得できない!」「まだ仕事は終わっていない!」と反論する。

 しかしフィリップからは「子供の仕事は終わりだ。ここからは大人の仕事だ」と断じられる。


 親子の間で「行く!」「必要無い!」の平行線が幾度も繰り返された挙句、遂に『お父様なんて大嫌い!』と言う伝家の宝刀が炸裂してしまう。


 結果大きなダメージを負ったのはフィリップの方で、その晩妻の慰めを受けながら、取って置きのボトルを開け、それを呷る事になったのだが……。

 しかし、そんな事はアニーには全く預かり知らぬ話である。



 それでも、アニーは翌朝ひとりで屋敷を出る事が出来た。

 当然止められるものと覚悟していたのだが、拍子抜けである。

 サリの話では、父も母も昨夜のうちに出かけていて、まだ戻っていないのだと言う。


 何があったのかは分からないが、アニーにとっては好都合だ。おかげで自分は気兼ねなく、双子達の居る施設へ行く事が出来る。

 サリに「友達の所に遊びに行く」と伝えれば、喜んで出かける準備をしてくれた。


 サリは父親に、「アニーを仕事には行かせるな」と言われているかもしれないが、アニーが友達の所に行くのは本当の事なのだから、サリの事をチョロいなどとは思っていない。多分。


 そうして、サリにお土産にと用意して貰ったウエハースチョコを、ポシェットにと仕舞って行く。

 サックリとしたウエハースを、チョコレートで包んだこのお菓子は、自分も大好きな物だ。

 サクサク食感で、チョコの甘さが口一杯に広がるこのお菓子は、ついつい手が止まらず食べ過ぎてしまい、良くお母様に叱られる。

 でも、コリン姉さまもスージィ姉さまもお好きだと言っていた。きっと、ダンとナンや施設の子供達も喜んでくれるに違いない。

 その姿を想像すると、早くこれを届けたい想いが溢れて来る。


 それに昨日、落ち込むコーディリアを見かねたアニーは、彼女とも約束を交わしていたのだ。


『カレンさまは、とつぜんの事にされているのだと思います。あすの朝、もう一度おいでになってはいかがでしょう?』

『わたくしもあす、ダンとナンのようすを見に来ようと思っております。その時、ごいっしょいたしませんか?』


 というアニーの申し出に、目を潤ませたコーディリアは自分も一緒で良いのかと恐る恐る問い返したが、それを押しのけルシールとキャサリンが「是非お願いしたい」とアニーの手を取った。


 ルシールとキャサリンの2人は、自分達の仕えるポンコツと比べ、「幼いのに何とシッカリした子だろう!」「流石はクラウド様の従妹様!」と感涙に咽びながら、握ったアニーの手を何度も力強く上下に振っていた。


 昨日、コーディリア達とそんなやりとりがあったのだ。

 なのでどんな事があろうとも、今日行かないなどと言う選択肢は、到底アニーには考えられなかったのだ。




 アニーが施設に到着した時には、まだコーディリア達の姿は見えていなかった。時間は7時を少し回った所だ。

 約束は「8時頃にこの施設前で」としていたから、自分が早く来過ぎてしまったので仕方が無い。


 取り敢えずこのままコーディリアを待つか。それとも、先に持って来たお菓子を子供達に差し入れてしまうか。

 アニーがそんな迷いを巡らせていると、入り口の扉が不意に開かれ、その中からカレン・マーリンが姿を現した。


 カレンは扉の前に立つアニーに驚き、一瞬目を見開くが、直ぐに思い立ったという様に少しだけ身を屈めて口を開いた。


「アニーちゃん……ですよね?こんな早い時間に……。ひょっとして、ダンとナンに会いに来てくれたのかな?」


 カレンがアニーと目を合わせ、優しく問いかける。


「はい!アニー・クラウドです。おはようございますマーリンさま」

「ふふ、おはようございます。私の事はカレンで良いよ。あ、私もアニーちゃんって呼んでも……良かったかな?」

「もちろんです!カレンさま!」

「ホント?ありがとう嬉しいわ」


 カレンは「ふふふ」と笑みを零しながら、アニーの頭を優しく撫でた。


 アニーは、カレンと初めてティーハウスで会った時と比べて、随分印象が違っている事に気が付いた。


 最初の時は、随分内向的な人かと思っていたけど、今のこの方は、コリン姉さまやスージィ姉さまと同じく、明るくて気さくなお姉さんだ。


 ダンとナンがいつも、「優しい自慢のお姉ちゃん」だと言っている事にも納得できる。

 あの時に、何故そんな印象を受けたのかが分からない。

 今は笑顔がとても魅力的な人だと思った。


「ダン!ナン!アニーちゃんが来てくれたよ!」


 カレンが施設の中に向けて声を上げると、中からパタパタと小さな足音が二つ近付いて来るのが聞こえた。


「……アニーちゃん。少し、お願いしても良いかな?」


 その音を、優し気な微笑みを浮かべて聞きながら、カレンはアニーに声をかけた。


「どうかされましたか?」


「昨夜から管理人のお二人が帰って来ていないの。昨日の事もあってとても心配なんだけど、衛士の人達が今日の昼過ぎには安全な施設を用意して下さると言ってくれて……」


 アニーは、「ああ、これはお父様のお手配だ」と、カレンの話を聞きながら思い至った。

 昨晩父はこの施設について、「手配はしてある」「心配する必要はない」と繰り返し言っていた。

 その事に気付いたアニーは、「さすがお父さま!」と言う誇らしい想いと同時に、その時、父が理不尽に自分の仕事に対する姿勢を否定して来た事も思い出す。

 すると、胸の奥から悔しさが沸々とぶり返して来た。

 今アニーの胸の内では、父に対する誇らしさと忌々しさが複雑に絡み合い、激しく渦を巻いている。


「こんな小さな施設に衛士隊が親身になって下さって、本当に有難い事なの。だけど、小さい子たちにはとっても不安だと思う。だから私、今日一日はココに一緒に居て上げようと思ってるのよ。でも、今日は朝からお仕事が入っているから、お店にお断りを入れて来たくて……。直ぐに戻って来るから、その間だけココをお願いしても良いかな?」


「も、もちろんです!おきがねなく、行ってらしてください!」


 アニーは父娘喧嘩を思い出し、鬱々としそうになっていた所でカレンから問いかけられ、反射的に答えを返していた。勿論、カレンに気兼ねなく行って来て欲しいと思うのは本心だ。


「ホント?!助かるわ!30分も掛からずに戻れると思うから」

「「アニーおねえちゃん!」」


 ダンとナンが施設の中から飛び出して、アニーに飛び付いて来た。

 その2人をアニーが受け止める。


「ダン、ナン。お姉ちゃん少しだけお店まで行って来るから、それまで、アニーちゃんとお留守番しててくれるかな?」

「アニーおねえちゃんと?」「おねえちゃんと?」

「そう、少しの間だけ。大丈夫?出来る?」

「うん!アニーおねえちゃんを、おもてなしするよ!」「おもてなしするの!」

「ありがとうダン、ナン。お願いね」

「「うん!」」

「それじゃアニーちゃん、よろしくお願いします」

「はい!いってらっしゃいませ!」


 そのまま三人で並び、急ぎ足で「大きな前庭ビックフロントヤード」へ向かうカレンを見送った。


「それじゃ、またおかしを持ってきたから、中でみんなで食べましょうか!」

「おかし?!」「うん!!」


 カレンを見送った後、アニーが双子の手を取って中へ入ろうとしたちょうどその時。


「お!おはよう御座います!ですわ!!」


 激しく息を切らせ、その場へ飛び込んで来る者がいた。

 コーディリア・キャスパーだ。

 更にその後ろにはお付きの2人、ルシール・ムーアとキャサリン・ムーアも付いて来ている。


 お付きの2人は道すがら、コーディリアが道に迷わぬ様にと誘導し、その安全を確保して来た。

 それと彼女は歩きながら良く壁に激突する。急いでいる時などはそれが殊更顕著になる。

 2人は、そんな事態には陥らない様にと気を遣い続け、若干の焦燥感がその顔には浮かんでいる。


「コーちゃ!」「コーちゃっ!!」


 そのコーディリアに気が付いた双子が、すかさず彼女に飛び付いた。


「あぶ!あ、ぁ、お、おはよう御座います。ダン、ナン」

「おはよ!コーちゃ!」「コーちゃ!おはよ!」


 コーディリアは、飛び付かれた勢いでバランスを崩し、思わず足を縺れさせそうになる。しかし何とか体制を持ち直すと、改めて2人に朝の挨拶を返す事が出来た。


「おはようございます。コーディリアさま」

「おはようですわアニー。ぁ、え、えーと、カ、カレンは、いらっしゃるの……かしら?」

「それが、ちょうど今すれちがいでお出かけになったところで……」

「そ、そうなんです……の?」


 本当に、たった今までココに居たのに、見事にすれ違った。

 何と言うか、この人の間の悪さを目の当たりにした気がする。

 コーディリアの表情が、見る見る萎れて行く。


「あ!で、ですが!すぐにもどられますので、中でおまちになってはいかがでしょうか?」

「え?そ、そんな事……。わたくし部外者なのに、宜しいの……かしら?」

「だいじょうぶです!もんだいありません!!ね?!ダン?!ナン?!」


「是非お願いします!」

「助かります」


 コーディリアに代わって、ルシールとキャサリンが勢いよくアニーに答えた。

 その勢いに思わずアニーは身を引いてしまう。

 だがすぐに気を取り直し、施設の中へ入って貰う事にした。


「では皆さま、中でお待ちいたしましょう。ダン、ナン、皆さんをあんないしま……」



 ――――その時、アニーの背筋に強烈な何かが迸った。同時に身体は硬直し、顔から色が失われる。

 突然動きを止めたアニーを、何事か?と周りの者が首を傾げている。



 ……こんなモノは今迄感じた事が無い。前にアムカムで魔獣と対峙した時感じた脅威も、ここまで禍々しい物では無かった。

 この建屋の向こう側から感じるこれは一体何だ?一体そこに何が居る?


「?アニー?どうかしまして……?」


 動き出さぬアニーに、コーディリアが不審に思いその肩に手を置いた。

 だがそのコーディリアも、顔色を失い目を見開き汗を流し続けるアニーを見て、言葉を失ってしまう。

 だがアニーは、意を決したようにコーディリア達に向かい振り向き、声を上げた。


「みなさま!いそいでココをはなれましょう!」

「何を仰っているの?アニー。中には子供達がいるのでしょう?」


 そうだった!中の子供達を置いて行くわけには行かない!

 だが、こんな禍々しい気配の中、傍に近付くなど到底出来ない。


「それに、衛士の皆様もいらっしゃるでしょう?何かあるのなら、この方達にお願いしてみては?」


 コーディリアの言葉にハッとして、施設の周りに目をやれば、建屋を守る様に衛士達が立っている。


 アニーの視線に気が付いた衛士の1人が、ニコリと人の良さそうな笑みを浮かべた。

 だが次の瞬間その衛士は、巨大な何かに飛びかかられ、そのまま真横に吹き飛んだ。


「!!!」


 その場にいた者全員が言葉を失った。

 1人目の衛士を倒したソレは、間を開けず2人目へととびかかり、見る間に衛士達全てを無力化して行った。


「はっはぁっ!衛士なんざものの数じゃ無ぇな!!これで邪魔は居なくなったか?!」


 アニー達が呆然とする中、悪意を纏った男の声が、嘲る様に辺りに響く。


「さあ!昨日の続きと行こうじゃねぇか!!」


――――――――――――――――――――


あけましておめでとうございます!


カクヨム様へ投稿を始めて、本日でちょうど1年!w

今年も引き続きお付き合い頂ければ幸いでございます!

よろしくお願いいたします!!

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