68話其々の夜 その2(コレット・ベアの場合)
全くとんでもないお嬢さんさね……。
コレット・ベアは緊張から解放され、全身が弛緩していくのを感じていた。
何が『黄金世代』だ。
何が『秘蔵っ子』だ!
そんな可愛いモンじゃ無いだろアレは!
フィリップめ!タヌキにも程がある!
アーヴィン達は、あの子を守る為の盾だと言っていた。
確かにそれは間違ってはいない。
只、その意味合いは、外野が受け止める物とは全く真逆の物だ。
――守っているってお姫様は、きっと実力が追い付いていないんだ。『黄金世代』である同年代の子供達に護られて、このデケンベルに居る間に内面的なモノも含め、実力を身に付けて行こうって計画なんだろうね――
アーヴィン達の実力をこの目で見た時、そう考えた。
誰だってそう考える。当たり前だ。
他所の領地から来ている連中だってそう思っている。
他所の連中は、彼らがまだ
或いは、その周りにいる『黄金世代』の子供達を引き抜くべきかと未だに判断を決めかねている所も多いと聞く。
全く話の前提が違うと言うのに。
大体、アレが懐柔出来るタマかね?
そんな事を考えながら、先程のスージィとの邂逅を思い出す。
思わず喉が詰まり、「ゴフッ!」口に含んだブランデーを噴き出しそうになった。
肝っ玉も据わり切っていない連中じゃ、アレの相手など出来るワケが無い!
対峙しているだけで手が震えた。
あの時、あの子が放っていた威圧は、その辺の裏稼業で腕に自慢がある程度のヤツでは相手にもならない。そんなシロモノだ。
まかり間違って真正面から挑みでもしたら、確実に消し飛ばされる。
それだけは確信出来た。
さて、ウチの野郎どもは、そんなあのお嬢さんの後を、ちゃんとついて行っているんだろうか?
場合によっては道案内をしろと言ってあるが、どうなる事か……。
連中のアジトが見つけられるとは思わないが、あのお嬢さんなら、何かやってくれるかもしれないと思わせてくれる。
上手い事、この膠着した事態を動かせたら御の字だ。
いい加減、あのクソ共の野放図はどうにかしないと収まらない。こっちも、いつまでも好き勝手やらせる程、温くは無いって事を教えてやる頃合いだ。
「姐御ぉ!!」
「何だいオッズ!騒々しい!!」
コレットが、事務所から見えるマグアラット河の北側対岸に視線を送りながら思いを馳せていると、ドアが荒々しく不調法に開けられた。
「連中のアジトが次々ぶっ潰れてる!」
「なんだって?!」
「もう5箇所目だってベアードの奴が!……アイツ、顔を青くさせながら事務所に転がり戻って来た!!」
「5箇所……?何だいそりゃ?」
「知らねぇよ!でもまだ続いてるって言ってるぜ!フルークの野郎が、ズタボロの血だらけになりながら転がされてるとも言ってる!」
「ちょっとお待ち!話が良く見えないよ?」
「オレだって分かんねぇよ!直接ベアードに聞いてくれ!まともに話せるかは分かんねぇけどよ!」
「厳つい顔してるくせに、一体どうしたってんだい?アイツは」
「だから直接聞いて確かめてくれよ!」
コレットは、オッズと呼ばれた商会の構成員に連れられ、自分の事務室から詰所へと向かった。そこには髭面の大男がテーブルに小さく座り、コレットが来るのを待っていた。
ベアードと呼ばれた大男はコレットを見つけると慌てて立ち上がろうとしたが、コレットは手でそれを制し、改めて椅子に落ち着かせた。
そしてコレットに促されるまま、事の報告をし始める。
「姐御に言われて直ぐに追いかけたンすけど、あッという間にお嬢さんの事は見失っちまいまして……」
「ああ?!何やってんだよ!全く!そんで?良くまた見付けられたね?」
「そ、それが……、結局30分くらい辺りを探し回ったンすが、見つからなくて……。だけど、酔いどれ橋の向こうで騒ぎがあると聞き付けたんで、もしや?と思い行って見たンすよ」
「酔いどれ橋?旧市街の方かい?」
「へい!そ、そんで騒ぎがあるって方へ行って見たら……。連中の兵隊だと思う奴らが……何人も……ち、血塗れで……ぶっ倒れてて……」
「血塗れ?」
「た、多分10人以上は居やした!店の入り口も……どうやったらあんな壊れ方するんだ?!ってくらい、メ、メチャクチャに壊れてて……」
「…………」
「そ、そしたら!いきなり上の窓から何かが飛び出して来て!!直ぐに人だと分ったンすけど……。一緒に居たザックが、それは例のフルークだと言い出したンす。だ、だけど手足がおかしな具合に曲がってて……。気付くと、例のお嬢さんがソイツの前に立ってたンすよ!い、いつ現れたのか全然分かんなくて!!」
「………………」
「そんであのお嬢さん、いきなりフルークをボールみたいに蹴り飛ばしたンすよ!あのデカい身体が、まるでゴムまりみたいにすっ飛んでって!」
「ちょっとこれでも飲んで落ち着きな」
興奮し始めたベアードに、コレットは落ち着けとばかりに、その目の前に持って来たブランデーを一杯差し出した。
詰め所にはいつの間にか、コレットの張り詰めた雰囲気を感じ取った構成員や人夫達が集まって来ている。
ベアードは受け取ったそれを一息で飲み干し、一言コレットに礼を言うと、改めて話の続きをし始めた。
「そんで、通りを1つ越えた先にあった建物にフルークを蹴り込むと、そっからワラワラとまた10人以上男共が出て来たンす……。けど、お嬢さんがそいつ等に近づくと、連中片っぱしから吹き飛んで行くンすよ!こう……パチン!パチンと!」
「人間あんな簡単に吹き飛ぶモンなんすか?!何すか?アレ?!あれ魔法すか?!魔法って、あんなに簡単に人間吹き飛ばせンすか?!あんな連発出来るモンなんすか?!」
――――話だけで判断すれば、詠唱無しで魔法を使っているのだろう。
だが、詠唱無しで魔法を行使するには、相当な実力と経験が必要な筈。
あのお嬢さんは、そこまでの魔法の実力を持っていると言う事か?
しかも間を開けずに連続使用?そんな事が出来るの物なのか?
確か話に聞くエクシードクラスなら、その位はやると聞いた覚えはある……。だったらお嬢さんは、そのレベルだって事か?いやいや、いくらなんでもまだ学生なのにそんな馬鹿な事……。
だが待て、そもそも魔法ですら無いのかもしれない――――
そこまで考えたコレット・ベアは、スージィが事務所で放った威圧で割れた窓ガラスを思い出し、ゾワリと背筋に震えを覚えた。
「何がおっかないってあのお嬢さん、表情ひとつ変えねえンすよ!連中、顔面潰れてたり手足が千切れかけてたりで血塗れになってて、辺りは血の海みたいになってるってぇのに!あのお嬢さん、そんなモンまるで見えてもいないって風に、涼しい顔して歩いてンすよ!」
「一体何モンなンすか?!あのお嬢さんは?!!」と叫ぶベアードの顔から、見る見る色が失われて行く。
その様子を窺う周りの人間たちも、思わず息を飲んでいた。
「今はザック達がお嬢さんを追いかけてるっす。俺はひとまず姐御にご報告をしろって事で、大急ぎで戻って来たンす!」
コレットは「ご苦労だったね」とベアードの肩に手を置いた。
「……それで?その後フルークはどうなったか分かるかい?」
「わ、分かンねぇっす!い、生きてるのかさえ分かンねぇっすよ!」
「奴には、かなりの数の娘が
顔色を無くしているベアードを除き、その場にいた者達が揃って「へい!」と、無論ですとばかりに声を上げた。
「とは言った物の、コレはウチらじゃ少し荷が重いのも確かだね。誰か!ひとっ走りアムカム領事館まで行って来ておくれ!アタシが一筆入れる。それをフィリップ・クラウド総領事へ届けるんだよ!!」
更にコレットは周りを見渡し声を上げる。
「良いかい、お前ら!今夜は確実に事態が動いてる!コレを逃す手は無いよ!今までの借りを返すには、今夜を置いて他にないと思いな!!」
これが好機なのか、又は危難の門口なのかは分からない。
だが今夜尤も幸運だったのは、決して敵対してはいけない相手を知る事が出来た事だ。
そしてその関係者とは、友好的な関係にある。恐らくそれは、これからも続けて行く事が出来るだろう。
コレットは、自分の扇動に応える男達の雄叫びを聞きながら、事態が動いた事よりも、今日それを得られた幸運を深く噛み締めていた。
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