56話アニーのポシェット

 アーヴィンに「今日の仕事は終わりだ」と言い渡され、アニーはそのまま自分の屋敷まで送って来られた。


 父に警護の人間を頼んでおくと、アーヴィンにあの時は言ったが、今屋敷に父はいない。まだ15時のなかばを回ったばかりなのだから、仕事中なのは当たり前だ。

 そこでアニーは屋敷の執事を捕まえ、ざっとした事のあらましを話した後、警護の人間を派遣して欲しいと父に伝えて貰う様に言付けを頼んだ



 アニーは自分を慕ってくれるあの幼い双子を、もう他人とは思っていない。

 アーヴィンには『仕事は終わり』と言われていたが、彼女自身はこのまま終わりにするつもりは毛頭無かった。


 施設に居た他の子供達の話では、管理人は夕方までは戻らないと言う。双子達の姉も仕事が終わるのは夕方過ぎだ。ではそれまであの場所に、子供達だけで居ろと言うのか?


 そんな事、断じて許せるワケが無い。

 きっと今あの子達は、子供だけで心細い思いをしているに違いない。

 せめて、父様が手配してくれる警護の人達が来るまでは一緒に居てあげなくては!





 彼女は自分の部屋に戻り必要な物を取ると、その足を直ぐに屋敷の厨房へと向けた。

 そして厨房の掃除をしていた、若い見習いの料理人に声をかける。


「ノルド!なにかお菓子はないかしら?」

「……お嬢様。そんなつまみ食いみたいな事はするもんじゃありませんよ?」

「ちがうわ!わたしが食べるんじゃないの!施設の子どもたちに持っていきたいの!」

「施設……?ああ!今から向かわれるんですか?」


 アニーの父であるフィリップは、事あるごとに、娘がおこなっている活動を周りに言わずにはいられないでいた。

 その親馬鹿ぶりのおかげで、屋敷で働く者は当然何度もその話を耳にする機会に恵まれてしまう。


 なので、アニーが毎日施設に通っている事は、この若い見習いも当然のように承知していた。


「そうなの!なにかお土産を持っていきたいのだけど……、だめ?」

「丁度、お茶の時間も過ぎたばかりですしね。お嬢様が持ち歩けるような物となると……。あ!形が不揃いで見てくれの悪いクッキーなら、結構ありますよ」

「ふぞろい?」

「ええ!味は及第点なので、皆んな口寂しい時につまんでいたりします」


 アニーは、この若い見習いノルドの話に首を傾げる。

 曲がりなりにも此処は、領事館の料理を預かる場所でもある。料理長は、アニーには優しいが、厨房内では厳しい人と聞き及ぶ。

 そんな場所で、形の悪いクッキーが置いてある事に、アニーは違和感を覚えていたのだ。


「これはサリが作った物なんですよ」

「サリが?」


 サリというのはやはり領事館で働くメイドの1人で、10代半ばとまだ若く、アニーともよく知った仲だ。

 ノルドがしゃがみ込んで収納の中から、かなり大きめの缶を取り出し、それをアニーの前に出しながら話を続ける。


「なんでも、誰かにあげる為に焼いたらしいんですけどね……。あ、こちらのナプキンで包みますね」

「……だれかって誰?」

「そこまでは聞いていませんけどね。でも、随分熱心に作っていましたよ」

「ヘェ〜〜〜〜」


 コレは中々に興味深い情報である。

 サリはアニーにとっても心許せる家族の様な存在だ。齢も近い事もあり、アニーの身の回りの世話をするのはサリの仕事だ。

 今朝だって髪をセットして、学園へ送り出してくれた時だって何時もと変わらなかった。

 それがいつの間にそんな事に!そんな面白そうな話は聞いていない!!


 アニーは少しばかりノルドにその辺の話をジックリと聞いてみたい衝動に駆られていたが、しかし今はそれどころでは無い事も十分理解しているので、乗り出しかけた身をグッと抑え込んだ。

 だが今日双子の所から帰って来たら、その辺りどうなっているのかサリ本人から洗いざらい聞いてやろうと心に決めた。


 そんな決意をしながらテーブルの上を見ると、何やら不思議な形をしたクッキーが、大きめのテーブルナプキンの上に山積みになって行く。


「足の長いネコね」

「馬らしいですよ」

「トゲが多いけど、お星様?」

「……お城を作ろうとした、と言っていた気がします」

「これは……木でいいのよね?」

「……騎士様だと言っていました」


 積み上がっているクッキーに、成程とアニーは頷く。何が何だか全く分からない。


 形状がよく分からない物を量産した挙句、結局、丸とか四角とかの当たり障りのない形で落ち着いたのだそうだ。


 ひとつ試しに齧ってみれば、味は悪くない。

 バターの風味が口の中に広がる質の良いクッキーだ。「最初からそうすれば良いのに」と思わなくもないのだが、サリらしいと言えばサリらしい。


 アニーはそんな事を考えながら、部屋から持って来たポシェットに、ナプキンでくるんでもらったクッキーを詰め込んで行く。


 このポシェットは、スージィからのアムカム土産で、空間圧縮魔法が施されている。

 その容量は凡そ5倍。

 大人の両手で余るほどの大きさに包まれたナプキンが3つ収まったが、まだまだ十分余裕がある。

 飾り気は余り無く、少女が持つには少し地味に思える代物だが、実用性はとても高い。


 このポシェットには、他にも魔道具としての仕掛けがある。

 その仕掛けをスージィから教わった時、アニーは飛び跳ねて喜び、両親以外の大人達……、つまりサリをはじめとする使用人達は少しばかり頬を引き攣らせて聞いていた。

 実にアムカムらしい仕込みが為されている逸品だ。



 アニーはそのポシェットを肩にかけると、見習い料理人のノルドにひと言礼を言い、厨房を後にした。


 子ども達にクッキーを振る舞う事を考えると、今から自然と頬が緩んでくる。

 アニーは足早に、再び双子達の居る施設へと向かうのだった。

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