55話冴えない淑女の育て方

 コーディリア・キャスパーは困っていた。

 これからどうしたら良いのか、ほとほと弱り果てていた。

 何が困っているかと言えば、この後、どう行動して良いか皆目見当がつかないからだ。


 此処は、デケンベルのメインストリートであるアルファルファ大通りから、一本入ったショッピングエリアにある『大きな前庭ビックフロントヤード』という名のティーハウス。


「……無計画」

「仰らないで!キャサリン!!」

「で、でも!こうして行動を起こされているだけでも、凄い進歩だと思いますよコーディリア様」

「そ、そう……?そうですわよね……、ありがとうルシール」

「ルシール、それ褒めてる?」

「!……ル、ルシール?」

「ち、違います!違いますよ?!」


 今三人は『大きな前庭ビックフロントヤード』で、上質な茶葉と人気のシフォンケーキで、午後のお茶を楽しんでいる。

 ……様に見えるがその実は、学園内でクラスも同じなのに、どうしてもまともに会話が出来ないカレン・マーリンに対し、職場ココでなら会話あいてをしてくれる筈!というお嬢のぶっ飛び思考の強行策による来店だった。


 普通に考えれば、仕事中に私語など以てもってほかだろう。

 しかし、そこに思い至らないのが『お嬢クオリティ』。

 その事を指摘しようとするルシールを、「尊いから……」と制して泳がす方向で舵を切るキャサリン。


 実際、カレン・マーリンを見かける度に、声をかけようと手を伸ばすが思い切れず、手を戻しては切なげな表情を作るコーディリアを、キャサリンは静かに眺めている。

 何度も繰り返されるその有様を横目に、「尊し」と呟きながら満足そうにお茶を口にするキャサリンに、ルシールは軽く頭痛を覚えてしまう。


 お嬢のこのポンコツ具合は、キャサリンのこの舵取りによるトコロが大きいのではなかろうか?と最近ルシールは真剣に考えている。



 それにしても、初めにコーディお嬢が意気揚々とお店の扉を開けた時、出迎えたのがあのベアトリス・クロキであった事には、少しばかり肝が冷えた。


 二人の間に僅かな沈黙が生じた瞬間は、本当に空気が固まったと感じた。

 でも直ぐに、クロキ嬢が接客に徹してくれたのは流石だと思った。

 お嬢にも、これくらいのしたたかさは持って欲しい所だ。


 その後スージィ・クラウド嬢が、お嬢を嬉しそうに迎えてくれた事がホント有難かった。


 そのままクラウド嬢は、挨拶をさせようとカレン・マーリンも連れて来てくれてたのだが、肝心の二人の動きが悪い。

 もう少しお話をしては?とクラウド嬢がカレン・マーリンを促したが、仕事中だからと直ぐに席から離れてしまった。

 忽ち表情を沈ませるコーディお嬢にクラウド嬢が、「お客がひと段落すれば、少しは時間を貰えると思います、ので」と「後でまた連れてきますから」とコチラもお仕事に戻って行った。

 気を使って頂くクラウド嬢が、今の我々には本当にありがたい。


 最早コーディお嬢の頭の中には、当初の目的など見失っているに違いない。

 カレン・マーリンが近くを通る度、「……ぁ」とか「あの……」とか、最初からの挙動に全く変化が無いのだから、ホントにどうしようもない。


 分かっていますかコーディリア様。声をかけるのは最初のとっかかりの筈ですよ?

 ルシールは、小さく嘆息しながらコーディリアが店に到着するまでに、彼女が頬を僅かに上気させながら語っていた姿を思い出す。


 そこでお話をして、少しだけ距離が縮まったと感じましたら、透かさずお茶会にお誘いするのです!そして彼女の好きなお茶やお菓子を沢山用意して、昔のように楽しくお話するのですわ!


 そう嬉しそうに自分の計画を語っていた事など、今のコーディお嬢の頭の中からは、綺麗サッパリ消えているのだとルシールは確信する。


 全くどうした事なのだろう。

 最近では、昔ほどの酷い人見知りも無くなったと思っていたのに。




「失礼します。お紅茶をお淹れ致します」


 給仕にやって来たのは、1人のエルフの女給だった。

 間近で見るそのエルフの美しさに、ルシールは思わず小さく息を飲んでいた。


 勿論、エルフを見るのは初めてではない。

 彼女たちの住むボルトスナンにも、僅かだが住み着いているので、たまに見かける事はあった。

 この街に来てからも、地元よりも遥かに都会である為か、街中で何度も見かけている。

 学園内には、生徒にも教師にもエルフは居た。

 元々エルフは、美しい容姿の者が多いので、目にはつくものなのだ。


 でもこのエルフの女性は、そんなエルフの中でも特に目を引く様な気がする。

 どこがどう他のエルフの人達と違うのか、言葉に出来ないのは自分が人を見る観察眼が、まだ拙い為なのだと自覚しながらもその人から目が離せずにいる。


 ティーポットからカップへお茶を注ぐ。その何気ない所作の一つひとつが、ルシールはとても優雅で美しいと思った。

 まるでそこにだけ光の粒子が舞っている様な、そんな気持ちにさせられる。


 コーディリアもキャサリンも、きっと同じ思いなのだろう。

 二人もそのエルフが給仕をする様を、息もせずに見入っている。


「皆さんは、スーちゃんとカレンちゃんの、お友達なのかしら?」


 夢み心地の様なひと時が、その人からの問いかけで唐突に終わりを告げる。

 慌てて意識を戻し、その問いかけに何とか答えた。


「は、はい!そうなのですわ!」

「そうですか。スーちゃん達のお知り合いは何度かご来店頂いているのですが、カレンちゃんのお友達は初めてだったので、つい嬉しくなってしまって」


 その女給は、近くでお顔を見たくて給仕をさせて貰いに来たと、少し恥ずかし気な笑みを浮かべながら話してくれた。


「どうか仲良くして上げて下さいね。もし、何かの時は、力になって頂けたら心強いです」

「も、勿論ですわ!わ、わたくしたち……お、お友達ですもの!」


 コーディリアが、つっかえながら力強く答える様を見て、女給は嬉しそうな笑顔を零し「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」と綺麗な礼を取ると、そのまま三人の席から離れて行った。

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