54話フルークの地団駄

「クソが!!くっそがっっ!!!」


 大ぶりの机を何度も蹴り上げ、フルークがその整った顔を歪めて悪態をつく。豪華な装飾を施した厚みのある執務机が、その度に何度も揺れては音を出す。


「ふっざけんじゃねぇぞ!!クソ餓鬼が!!!」


 なんだってあんなヤバそうな餓鬼が居やがる!

 何なんだアイツは!?

 コッチがナイフを抜いたら絶対にやられていた。

 あの野郎、俺がナイフを抜くように最初から煽って来やがったんだ!

 冗談じゃ無ぇぞ!チクショウめ!!


「テメェらも簡単にやられてんじゃねぇよ!このクズ共がっ!」

「ひぃ!す、すいません」


 机の上に乗っているグラスを掴むと、苛立った様に机周りで平伏している男達に投げつけた。

 厚みのあるグラスが1人の男の頭に当たり、琥珀色の液体と大きめの氷が辺りに散らばって、毛足の長い絨毯に染みを作った。


「あそこの管理人はどうなってる?!なんで居ねぇ?!!」

「た、多分、先週は出荷があったと言っていたんで……」

「今頃はレース場に入り浸ってるかと……」

「屑がっ!クッソ!!誰でもいい!あのジジィババァを連れて来い!!!今すぐだ!行け!!このヤロウ!!!」


 フルークの怒鳴り声と共に、床に平伏していた4人の男が我先にとドアに向かい、慌ただしく足音を響かせて出て行った。


「パーカー!!」

「へ、へい!!!」


 ドアの横でフルークの剣幕に顔を青褪めさせて立っていた若い男が、突然の呼びかけに、ビクリと盛大に身体を震わせ姿勢を正す。


「パーカーてめぇ、施設あそこの双子のガキを連れて来い」

「え?お、俺がですか?」

「このクソが!!あったりめぇだろうがっ?!オレがそう言ってんのが分んねぇのか?!!ああ?!!」

「ひっ!も、申しわけありません!!!」


 思い切り机を蹴り上げ、重量のある机が激しい音と共に僅かに動く。

 その音にパーカーは、ビクリと咄嗟に頭を抱える。


 パーカーは、フルークがこれほどの怒りを露にする所を始めて見た。

 いつも良い服を着て女達に囲まれ、気前の良い兄貴分の姿が、パーカーには見慣れた顔だった。

 それでも、女を商売に使い、平気で使い潰して金に換える。パーカーも、そうして消えて行った女を何人も見ていた。フルークにとっては女は、道具以外の何物でもないのだ。

 怒らせればヤバい人だと言うのも分かっていた。

 逃げようとした女と、連れ出した男を直接シメた時の暴れ方は、思い出すだけで震えが来る。

 結局、その後二人がどうなったのかをパーカーは聞かされていないが、碌な事になっていないのは容易に想像がついた。


 今、その恐ろしいフルークの怒りが、こうして自分に向くなど、ちょっと前には想像も出来なかった。


「イイか?お前の不始末で、テメェと、貸し出した兵隊を留置所から出すのに幾らかかったと思ってんだ?ああ?!!」

「す、すいません!」

「ただでさえ人手不足だって言ってんだろが!!余計な手間と金かけさせやがって!このクソが!!ちったぁ役に立て!この襤褸ボロカスが!!」

「も!申し訳ありません!!」

「手が空いているヤツ2~3人は付けてやる。いいか、陽が沈む前には必ず連れて来い!分かったか?!陽が沈む前だ!!」

「は、はい!」

「分ったンならトットと行けぇ!このノロマがっ!!!」

「は!はい!!!」


 パーカーが、絨毯に足を取られながら大慌てで部屋を出て行った。

 男達が大慌てで出て行った厚手のドアを睨みつけながら、フルークは大きく舌打ちをして、誰に言うでもなく悪態をつく。


 実に苛立たしい。

 本来であれば、今日そのまま強引にあの娘を連れ去って、思う存分楽しむつもりでいたのだ。

 それがなんだこの有様は?!

 昼間、夜の楽しみを思い描き、手下共と浮かれていた事が嘘のようだ。

 それもこれも全部あの餓鬼ガキのせいだ!!


 怒りに任せ、思い切り床を踏みつけた。

 ドスン!と辺りに振動が伝わる。


 ミリアの女生徒で遊べるなど、普通では考えられない事だ。

 デケンベルここの色街の連中でさえ、相手にした事は無いと言う話だ。

 むしろ、連中はミリアの生徒に手を出す事を、忌避している節もある。

 それが、向こうから転がり落ちて来たのだ。

 フルークにとって、手を出さない理由が無い。


 それが今日やっと手に入るって時にあの餓鬼が!!


 踏みつけられ、再び重い振動が辺りに響く。


 だが、あの目を思い出すと怯む自分が居る事も理解している。

 それが尚の事腹立たしい。


 クソが!クソが!!とフルークは、何度も何度も床を力の限り踏みつけ続ける。



 階下では、フルークの指示に従い人を集めるパーカーが、重い音を響き続かせる頭の上を、顔の色を無くしながら見上げていた。



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